異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

344話 耳聡い協力者 -1-

公開日時: 2022年3月20日(日) 20:01
文字数:4,049

 準備に奔走した本日。

 昼過ぎころから小雨が降り出し、夕方には本降りになった。

 なんとなく、久しぶりの雨な気がした。

 

「さっさと準備を済ませて正解だったな」

「そうだね。フロッセが濡れると大変なことになるからね」

「あほ。そんなことよりも、ゴッフレードに会わなきゃいけない上に雨まで降って地面がぬかるんだりしたら、俺のストレスがマックスを振り切ってしまうって話だよ」

「君の気分の問題こそ『そんなこと』の部類だよ」

 

 ゴッフレードと別れた後、ベックマンに会って演技指導――というか、言わせたいセリフを覚えさせたのだが、これが意外と時間を食った。

 まず、応用が利かないから『今のをうまく組み合わせてそれっぽく騒げ』という指示が出来ない。いや、指示できないんじゃなくて、出した指示を理解しやがらない。

 アイツに出来るのは、同じセリフを二度、三度と繰り返すだけだ。

 なので、十分な尺になるように、長ぁ~い時間俺はベックマンの前で演技をする羽目になった。真に迫る熱演だった。

 演じきってくったくたになった後は、それをちゃんと覚えているか、同じように言えるのかの確認をしなければいけなかった。

 俺が演じたものを、もう一度そっくりそのまま聞く――これがなかなかに地獄でなぁ。もう二度とやりたくない。

 

「ボクは、同じのを二回聞かされたからね」

「じゃあ付いてこなきゃよかったのに」

「君は、ちょっと目を離すと、ボクの知らないところで危ないことをしでかすじゃないか」

 

 街門前広場での説明会のことを言っているのだろう。

 なんでべったり張り付いているのかと思ったら、俺の行動を監視してやがったのか。

 俺がやろうとしていることを全部把握しておきたいと。

 ……無駄な努力してんなぁ、こいつ。

 そんなもん、いちいち知らなくてもいいのに。

 

 …………まぁ、俺が心配かけちまったせいなのかもしれないが。

 でも、俺は心配してくれなんて言ってないからな?

 ……いや、そーゆーこと言うと本気で怒るから言わないけども。

 

 ……なんでそんなに俺を気にするかなぁ、ったく。

 

「とにかく、本降りになる前に戻ってこられてよかったよ」

「だね~」

 

 エステラがにっこにこなのには理由がある。

 今、俺たちが陽だまり亭にいるってのと、今、まさにツナマヨおにぎり祭りが陽だまり亭で開催されているからだ。

 

「ヤシロっ、これは美味いな! うちの野菜といい勝負だ!」

「うちのお米がこんな素晴らしい料理に……さすが、夢再生ギルドだ! 夢再生ギルド、万歳! オオバヤシロ、万歳! 英雄様、ばんざーい!」

「……おい。モーマットの隣で号泣してる、あの胃にモタれそうな鳥顔のオッサンは誰だ?」

「お米農家のホメロスさんですよ」

「……うん。初対面だな」

「君が罠を仕掛けてまでお米を提供させたカモ人族のホメロスだよ。稲作ギルドの」

「コメだけは農業ギルドじゃないんだな」

「なにさ、今さら。米は食用より先に酒用として栽培された経緯があるからね。それで別のギルドになっているんだよ」

「へー、そーなのかー」

「って言いながら、ホメロスから視線を逸らさないの」

 

 いいじゃねぇかよ。

 泣くカモ顔のオッサンなんか見てても何一つ楽しくないんだからよ。

 つか、夢再生ギルドなんぞ作った覚えはねぇわ。

 

「マグダ、ロレッタ。生きてるか?」

「……うむ」

「すっごく忙しいですけど、楽しいですよ!」

 

 陽だまり亭の新メニューということで、足下の悪い中、結構な人数の客が陽だまり亭へ詰めかけていた。

 そんな中、店内の最奥。一番の特等席でもくもくとツナマヨおにぎりを飲み込み続けているのは、言うまでもないと思うが、ベルティーナだ。

 

「ちゃんと噛んでるか?」

「はい。美味しさと一緒にこの世に生を受けた喜びを噛みしめています」

 

 生命に感謝するレベルの美味さなのかよ、ツナマヨ。

 すげぇな。ツナマヨ。

 

「ジネット。ツナの味付けはもう確定したか?」

「はい。まだ試行錯誤の余地はあるでしょうが、陽だまり亭ではこの味でお出ししようと思います」

 

 そう言って、握りたてのおにぎりを二つ、皿に載せて差し出してくる。

 エステラと二人、それを一つずつ手に取る。

 

 ……お。

 

「カンパニュラ、随分うまくなったな」

「お分かりになるのですか?」

 

 ジネットの後ろに隠れていたカンパニュラが驚いた表情を見せる。

 分かるさ。

 手の大きさもさることながら、ジネットよりも俺の握り方に近いからな。

 

「ジネット姉様も、すぐに見抜かれました。すごいです、お二人とも」

「あぁ、美味しい!」

 

 おい、話に参加しろよ、エステラ。

 俺がまだ食ってないのに、先に食ってんじゃねぇよ。

 カンパニュラが一日でここまでおにぎりをマスターしたんだぞ。感想を述べろ感想を!

 

「カンパニュラ、最高!」

「ありがとうございます。でも、味付けはジネット姉様ですから」

「いいえ、カンパニュラさん。おにぎりは、握った人の心がそのまま宿るものですよ。きっとカンパニュラさんが美味しく食べてほしいと思って作ったから、とびきり美味しいおにぎりになったんです」

 

 ほほぅ、ということは、いつまで経ってもぶっちゃいくなおにぎりしか作れないエステラの心は凝り固まって歪になってるってわけか。

 はっはっはっ、猛省しろエステラ。

 

「いらないならもらうけど?」

「いるわ、バカめ」

 

 取ろうとすんじゃねぇよ。

 そっちにいくらでもあるだろうが。

 

 エステラに取られる前に、カンパニュラのおにぎりを口へ運ぶ。

 

「うん。ふわっとしていて、口に入れるとほろっと解けていく。合格だ」

「ありがとうございます!」

「うふふ。ヤシロさんのおにぎりにそっくりな優しさですね」

「あ、やっぱそう思うか? ジネットのより俺のに似てるよな」

「はい」

「それは、ヤーくんが懇切丁寧に教えてくださったからだと思います」

「ロレッタは、俺が付きっきりで教えたのに、一瞬でジネット流に寝返りやがったんだぞ」

「むはぁあ!? 人聞きが悪いです、なんか!? 違うですよ! あたしは、店長さんにアドバイスをもらって、それでお兄ちゃんの合格をもらえたですから!」

「……ロレッタは、ちょっとそーゆーところがあるから」

「背後から刺されたですね、今!? マグダっちょだって、めっちゃ店長さん流じゃないですか!?」

「……ヤシロ流は、形成が難しい」

「ですよね! クセが強いんですよ、お兄ちゃんのは!」

 

 言いたい放題だな、テメェ。

 

「でも、ロレッタさんのコーヒーはヤシロさんの味ですよね」

「そうです! あたしはお兄ちゃんも店長さんも尊敬してるですから、どっちからも技を盗むです!」

「じゃあお返しに、俺はお前の実家から下着を盗んでこよう」

「させないですよ!? お兄ちゃん、向こう十日間我が家への接近禁止です!」

 

 いいもんいいもん。

 妹を使うから。

 

「妹を使うからみたいな顔しないでです!」

 

 なぜ分かった!?

 っていうか、どんな顔だよ『妹を使うから』って顔!?

 

「ヤシロさんには懺悔が必要ですが、今はそれよりツナマヨおにぎりが美味しいです」

「なぁ、ジネット。俺は決して懺悔室に入りたいわけじゃないんだが、こいつはこれでいいのか? シスターとして」

「もう、シスター。お勤めはきちんとしてくださいね」

「もちろんです。ですが、ヤシロさんですから」

「君の病は日常茶飯事だから、懺悔室じゃ追いつかないんだってさ」

「じゃあ、今後は免除だな。やったー」

「ダメですよ、ヤシロさん。めっ」

 

 眉をつり上げつつ、ジネットが俺の口におにぎりを押しつけてくる。

 どんな叱り方だ、それは。

 口を開ければ、おにぎりの塩気が口の中に広がって、一口噛めばツナマヨのまろやかな油分が旨みを纏って流れ込んでくる。

 

「うまぁ……。これはジネットのおにぎりだな」

「正解です」

「塩加減が絶妙なんだよなぁ。たぶん、一粒単位で最適な量になってるはずだ」

「そんなに特別なことはしてませんよ。目分量です」

 

 だとしたら、相当正確な量りだな。

 日本の最新技術でも再現できるか分からないレベルの正確さだ。

 

「もう一口、いかがですか?」

 

 俺が一口齧ったおにぎりを両手で持ち、俺の前へ差し出してくるジネット。

 ……えっと、これは、最後まで食べさせてくれるサービスか?

 

「じゃあ、あ~ん」

「ふぇ!? い、いえ、あの、……さ、さすがに、これ以上は……ゆ、指とか、触れそうですし……その、ご自分で持っていただいて……」

「あ~ん」

「ぅぅう……で、では、し、失礼します!」

「やらなくていいよ、ジネットちゃん」

 

 ジネットの手から食べかけのおにぎりを奪い取り、俺の口へ強引に詰め込んでくるエステラ。

 折角の「ふわっ」「ほろっ」が台無しだ!

 

「エステラを経由すると、柔らかかったものが固くなるな」

「……きっと成分がにじみ出している」

「うるさいよ、そこ二人!」

「えっ、エステラさん、そんなことになるですか!?」

「ならないよ!? なるわけないよね!?」

 

 いやいや。

 お前なら出来るさ。自分を信じろ! ……ぷぷぷー。

 

「ヤシロさん」

 

 ベルティーナが俺を叱るような視線を向けてくるが、ほっぺたがぱんぱんでご飯粒がくっついているので迫力はゼロで、萌え度が急上昇している。

 なにこれ。どういうジャンルのリラクゼーション?

 

「ベルティーナ。明日なんだが」

 

 癒やされていたいが、言っておかなければいけないことがある。

 

「おそらく、不審な男がお前を訪ねてくる。ガキたちを一人にさせないように目を光らせていてくれ。もちろん、お前も不用意に一人にはなるな」

「はい。ご忠告ありがとうございます。気を付けますね」

 

 念のため、誰か頼れるヤツを教会に派遣しておくか。

 デリアとかノーマとか。

 でも、ここ最近手を借りてばっかりだからなぁ……


 その後、雨脚は徐々に強くなりはじめ、雨が酷くなる前にとベルティーナは帰っていった。

 

「お兄ちゃん、雨が強くなってきたです」

 

 窓の外を見て、ロレッタが知らせてくれる。

 結構な雨脚だ。

 

 手紙、ちゃんと届いたかなぁ。

 仮に届いたとして、今日の明日で協力してくれるだろうか。

 アイツ、忙しそうだからなぁ……

 

 はてさて、どうなるやら。

 

 

 

 そんなことを思っていると、突然陽だまり亭のドアが開け放たれた。

 

 

 

 

 

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