異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

105話 ……おいおい -1-

公開日時: 2021年1月11日(月) 20:01
文字数:2,519

「ケーキ?」

 

 エステラが眉を顰める。

 そう、ケーキだ。

 

「『カンタルチカ』も『檸檬』もケーキを出している」

 

 ランチが終わり、客が引けた時間帯。

 そんなガランとした陽だまり亭の店内で、俺とエステラは向かい合って座っていた。

 テーブルには、甘味処『檸檬』のレモンパイが置かれている。テイクアウトしてきたのだ。

 

「ケーキなら、四十二区にある飲食店はどこも出しているじゃないか。君が広めたんだろう」

「じゃあ言い方を変えてやろう。『ケーキを出している店のうち、有名な店が上から二つやられた』わけだ」

「……ケーキを好ましく思っていない何者かが裏で糸を引いている?」

「二つの事件に関連性があるならな」

 

 一口サイズに切ったレモンパイを口へと運ぶ。うん、美味い!

 カスタードクリームに混ぜられたレモンのさっぱりとした風味が甘さにメリハリをつけている。

 

 今日の昼間、俺はエステラと共に『檸檬』に赴いた。

 先方にアポイントを取ったところ、今日の昼時なら都合がつくと言われたからだ。

 が、それ故にジネットを一緒に連れて行くことが出来なかった。お子様ランチが功を奏したこともあり、ここ最近ランチタイムは大忙しで、ジネットが店を離れるわけにはいかなくなってしまったのだ。

 そんなわけで、『檸檬』に出向いた俺とエステラはマスターから事情を聞き、厨房を見せてもらった。レモンパイの調理も見せてもらったが、当然問題はなかった。

 で、折角作ったんだからとレモンパイをもらったのだ。

 ジネットをはじめ、陽だまり亭で留守番をしていた面々にも食わせてやりたかったしな。

 

 もともと、この街でのレモンの地位は限りなく低かった。ここの連中は丸齧りする以外の食い方をしてなかったからな。

 それを、陽だまり亭が『レモネード』『レモン水』『レモンティー』と、レモンの活用法を示してみせたことで、徐々にその認知度は上がり、需要も増していったのだ。

 

 そこで、殊更レモンに思い入れの強い『檸檬』のマスターがケーキに使えないかと試行錯誤して完成させたのが、このレモンパイだ。

 リニューアル前は主に緑茶やほうじ茶を出す、割と和風な店だったそうだが、俺がケーキを教えた際にレモンティーに出会い、それに感銘を受けたのだという。

 

 そんなわけで、二人の愛の標であるレモンを使ったケーキが誕生までの経緯も含めて女性客に大受けし、あれよあれよと人気店へと上り詰めたのだ。

 ……ったく、どこの世界でも女子は好きだよな、愛のあるエピソード。

 

「……はむはむ…………愛の味」

「美味しいですねぇ。あたし、このケーキのファンになったです」

 

 マグダとロレッタも大いに気に入ったようだ。

 

「ヤシロさん。コーヒーを淹れてきましたよ」

「おう、サンキュ」

 

 ジネットが香り高いコーヒーを淹れてきてくれた。

 確かに美味いんだが、俺には少し甘過ぎる。……愛の味がしてな。

 なので、キレのあるコーヒーで口の中をシャキッとさせる。

 

 ふむ。コーヒーを飲むと、ちょっと頭がよくなった気になるのは、なんでなんだろうな。

 

「それで、さっきの話だけど、本当にケーキが狙われているのかい? カンタルチカで悪用されたのはハンバーグだっただろう?」

「まぁ、関連性の証明は難しいかもしれんがな」

 

 レモンパイを頬張りつつ、エステラが真剣な目を向けてくる。

 鼻から下はもっしゃもっしゃしてるけどな。

 

「カンタルチカは名実ともに四十二区ナンバーワンの飲食店だろうから、単純に狙われたのかもしれない。だが、ケーキも取り扱っている。その点を蔑ろにしちゃいけない気がするんだ」

「ケーキが、誰かの逆鱗に触れたってわけかい?」

「そうだと、俺は睨んでいる」

 

 嫌がらせが始まったのはここ最近だ。

 そして、四十二区内でここ最近、最も変わったことと言えば、ケーキの出現だ。

 それまで、ろくな甘味もなかったような街にオシャレなケーキが並ぶようになったのだ。

 

 砂糖の普及によってな。

 

「まさか……」

「その可能性も、無いとは言えない」

 

 これまでは貴族たちが砂糖を独占してきた。

 それが庶民に出回るようになったことに対し、何か思うところがあるのかもしれない。

 

「それはどうでしょうか?」

 

 しかし、珍しくジネットが異を唱える。

 

「以前アッスントさんに伺ったのですが、貴族の方は今この辺りで出回っている砂糖に関しては無関心なんだそうです。えっと、その…………『貧民砂糖』と呼んで、高級な貴族の砂糖の模造品だと……」

 

 なるほど。

 まともに食えもしない『臭ほうれん草』こと砂糖大根から作られた新しい砂糖。

 伝統や風格を重んじる貴族から見れば砂糖大根製の砂糖は浅ましい物なのかもしれない。

『貧民砂糖』なんて呼び方をしてるあたり、自分たちとは関わりのない取るに足らないものと思っているのかもしれんな。

 大金持ちが駄菓子に見向きもしない、みたいなもんで。

 

「確かに、砂糖の流通に関して貴族から反発があったなんて聞いてないな。むしろ気にも留めていない様子だよ」

 

 だとすると……俺の読みは外れているのかもしれないな。

 最近起こった二つの事件に関連性はなく、各々の店が知名度を上げたばかりに変な連中に絡まれてしまっただけ……とか。

 

「んじゃあ、無駄になっちまうかもしれないな」

「え? ……あぁ、アレかい?」

 

『アレ』というのは、エステラに頼んで実施している嫌がらせ犯誘導作戦の第二弾のことだ。

 今度は、甘味処『檸檬』の前に複数人の女子を配置し、「檸檬休みなのかぁ」「じゃあ陽だまり亭に行こうか」「そうだねぇ、あそこがケーキの元祖だからね」「陽だまり亭のケーキってホンット美味しいよねぇ~」的なセリフを、RPGの村人のように延々言い続けてもらっているのだ。主人公が話しかければ、何回でも同じ会話をしてくれる。ちゃんとその情報が伝わるようにな。

 

 つか、店先で他店の宣伝を繰り返される『檸檬』の不憫さよ……まぁ、許せ。

 

 だが、貴族が絡んでないとなると、ケーキの線は不発か……

 ケーキに反感を覚えそうなヤツなんか貴族くらいしか思いつかないもんな。

 

「こりゃ、もう一回作戦練り直しかぁ……」

「そうだね。もう少し様子を見てみる方がいいかもしれない。なんなら、護衛をつけて『檸檬』の営業を再開させるとか……」

 

 ――と、そんな話をしている時だった。

 

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