「ヤシロはいるか!?」
ジネット作、究極の親子丼を食べて、「こ、これはっ!? 本物の鶏肉と本物の卵、そして本物のみりんを使った本物の親子丼だ!?」と、グルメマンガごっこをしているところへ、モーマットが怒鳴り込んできた。
「お前、また今年も俺の畑にいたずら書きしたろう!?」
そういえば、去年はモーマットの畑に『モーマットのバーカ』って落書きしたんだっけ?
足跡のない真っ新な雪がキャンバスのように広がっていたから。
だが、今年はそんなことしていない。
「俺じゃねぇよ」
「嘘吐け、あんなくだらないことをするのはお前くらいしかいないだろうが」
がっはっはっと笑い、俺の背中をばしばしと叩く。
怒っている様子は微塵もなく、「まったくお前はよ~」と、世間話をしているような雰囲気なのだが……
「やっぱ、俺って信用ねぇんだな……」
「へ? あれ? いや、でも……え?」
分かりやすく落ち込んでみせると、モーマットが面白い顔で硬直して、きょろきょろと辺りを、主にジネットやマグダの方へと視線を向けた。
「あの、ヤシロさんは今朝から教会でかまくら講座をされていて、そのあとも陽だまり亭のかまくら製作にかかりきりで……さっきはお料理をされていましたし……」
「……つまり、ヤシロはモーマットの畑に落書きをしている暇はなかった」
「え。……そう、なのか、ヤシロ?」
「どーせ、俺が何言ったって信じねぇんだろ」
引き攣った顔をこちらに向けるモーマットから視線を外し、重いため息を吐く。
あぁ、悲哀。いと、悲哀。
「この中にいる、真犯人やー!」
ばばーんとドアを開けてハム摩呂が飛び込んでくる。
そうして、上げていた両腕を下ろし、親指で自分自身の顔を指す。
「真犯人の、ご尊顔やー!」
「お前がやったのか、ハム摩呂!?」
「はむまろ?」
「お前だよ!」
「『お前』って言っちゃダメって、おねーちゃん言ってたー!」
「お、おぉ、まぁそうだな。子供の教育にはよくない、よな……すまん」
「言い直して―!」
「は!? え、えっと……き、君だったのかい、ハム摩呂くん?」
「はむまろ?」
「なぁ、これエンドレスなのか!?」
モーマットが俺に泣きついてくるが、心が寒い寒いしているヤシロ君は、その一切を無視するのであった。
ガン無視。
シカトを決め込む。
あっちむいて、ぷん!
「なぁ、疑って悪かったって! 機嫌直してくれよ、ヤシロ~!」
まぁ、そう思われるようなことばっかりしている俺に問題があるんだけどな。
ほら、あれだ。よく言うだろ? 「日頃の行いが悪い」――それだ。
「な? な? 野菜やるから、な?」
「野菜はいらな……いや、やっぱり欲しい」
「欲しいのかよ!?」
「美味いからな、お前んとこの野菜」
「そぅか!? よっし、好きなだけ持っていけ!」
「じゃあ根こそぎ」
「でも遠慮はして!?」
こいつの迂闊な発言は、いつまで経っても改善されないなぁ。
アッスントが改心してなきゃ、十回くらい破綻してたんじゃないか?
もっとしっかりしろよ、農業ギルドのギルド長。
……と、そんなことはどうでもよくて。
「実は、モーマットに頼みたいことがあるんだが……めそめそ」
「ワザとらしい泣きマネしやがって……」
「まぐだぁ……しくしく」
「……あぁ、よしよし。可哀想なヤシロ。どこかのワニのせいで……ちらり」
「分かったよ! 何してほしいのか、早く言えよ!」
「……こっちが加害者みたいな言われ方……ひっくひっくびぇ~ん」
「……あぁ、可哀想なヤシロ。これが原因で将来グレて、悪の道にひた走って農業ギルドとかを壊滅させたりするかもしれない」
「ごめーん! 悪かったって! 完全に俺が悪かった! 疑ってすまん! 俺に出来ることがあったら協力させてくれい!」
「ま、そこまで言うなら?」
「……聞いてあげなくもない」
「ほ~んと、息ピッタリなんだねぇ~陽だまり亭は☆」
ワニが土下座したので、俺様の崇高なる計画に協力する栄誉を特別に与えてやる。
「モーマット、畑貸してくれ」
「今か? この雪じゃ、さすがに作物は育たねぇぞ?」
「いや、畑というか、場所だ」
モーマットの畑は広い。
どこまでも続く真っ平な雪原だ。
「エステラといい勝負だ!」
「人がいないところで、随分な言い草じゃないか」
外から持ち込んだ雪の塊を、俺のシャツの中に放り込むエステラ。
おまっ!? ばかっ!? 風呂上がりにそれは、最悪心臓止まるぞ!? ヒートショック起こすぞ!?
「で、今度は何を企んでいるんだい?」
話を聞かせろと、俺の前に勝手に座って、俺の食いさしの親子丼を勝手に食うエステラ。
こいつ、貴族なんだぜ? 信じられないだろ?
「雪遊び場を作ろうぜ」
「雪遊び場?」
モーマットの畑は広い。
そこで存分に遊べる広場を作るのだ。
「柵と網で囲ってさ、その中に壁とか山とか穴とか作って、雪合戦フィールドを作るんだ」
「それ面白そうです! 今も建物の壁とか、雪だるまかまくらの影とかに隠れて身を守っているです!」
「それで、雪だるまの顔に雪玉当てて、目のところの木炭落としてたよな、ロレッタ?」
「それ、秘密のヤツです!」
「えぇぇ!? ちょ、ちょっと見てきます!」
ジネットが慌てて外へ飛び出し、しばらくして「ほにゃぁああ!」という悲鳴が聞こえた。
……ロレッタ、適当につけて誤魔化したろ? 微妙なバランスで表情変わるんだからな? 適当にやってもバレるからな?
「うぅ……修正してきました」
「ご、ごめんなさいです、店長さん!」
「いえ、修正できたので問題ないです。……とはいえ、陽だまり亭の庭で雪合戦は、確かにちょっと危険かもしれませんね」
ドアを出た瞬間、雪玉をぶつけられるかもしれない。
なので、近くに思いっきり遊べる場所を作ろうと思う。
「団体戦用のデカいフィールドと、個人戦用の小さいフィールドを作ればいい」
「そりゃあいいな! そしたらあたいらも全力で戦えるぞ、ロレッタ!」
「ですね! ではモーマットさん、作ってです!」
「いや、俺には無理だよ!? 場所は貸してやるから、自分らで作ってくれ!」
その言葉を受け、デリアが物凄く張り切り「よし、ロレッタ、パウラ、行くぞ!」とか言い出した。ロレッタはロレッタで「はいです、デリアさん!」とか言って飛び出していこうとするし。パウラも乗り気だし……お前ら元気だな。
でも、明日にしろ。
さすがにもう時間が遅い。
明日の朝から好きなだけ作ればいい。
「あと、教会が近いから、ガキどもが遊べるソリ場を作りたいんだ」
スキーの文化は広まっていないので、スキー場ではなくソリ場だ。
雪を持ってきて斜面を作り、そこを滑って遊ぶ。
ちょっとしたコースを作って競争してもいい。
一人乗りのソリと、二人か三人くらいが乗れるソリを作って、ボブスレーみたいなことをしてもいい。
ソリなら――
「ソリだったら、マーシャも一人で自由自在に遊べるしな」
「え……」
にこにこ顔で話を聞いていたマーシャの目が点になる。
口をぽか~んと開けて、珍しく素の表情をさらしている。
「体を左右に倒すだけで右折左折も思いのままだしな。斜面の上まで誰かに運んでもらえば、下りは一人で好きなところへ行けるぞ」
マーシャはいつも、誰かに運んでもらわないとどこにも行けなかった。
コミュニケーション能力がチート級のマーシャなら、苦はなかったかもしれないが……
「デリアが雪合戦に夢中だからな。マーシャも思いっきり楽しめばいい」
邪魔しないように、なんて変な気を遣って陽だまり亭に閉じこもっている必要はない。
「折角四十二区に来たんだ。存分に楽しめよ」
とはいえ、誰かがそばで見ていてやる必要はあるだろうけどな。
ソリが転倒したら、自分じゃ起き上がれないだろうし。
「ウチの弟妹を監視員に派遣するです! 交代で遊ばせてやれば、きっと真面目に働くです!」
「じゃあ、ウーマロ。悪いんだけどトルベック工務店で暇そうな人を派遣してくれるかい? 領主からの依頼ってことで、報酬は出すからさ」
「まかせてッス! 総動員して、面白いソリ場を作り上げてみせるッス! ……って、エステラさんに……」
「伝わってるから大丈夫だよ」
あれよあれよと決まっていく。
こいつらは、本当に。
「遊びに貪欲だな」
「ヤシロさんが、誰かの笑顔を見ることに貪欲なんですよ」
そんなことをジネットに言われた。
視線を向けると、極上の笑みが俺を見ていて。
「そんな貪欲さなら、大歓迎ですけどね」
雪が溶けそうなほど温かい笑顔だな。
……なんつって。
「ヤシロ君……」
長持ちの上に置かれた大きめのたらいに入るマーシャが、俺を手招きする。
俯いて、弱々しくおいでおいでする。
素直に近付くと、ばしゃっと水を跳ねさせてマーシャが飛びかかってきた。
咄嗟に抱きとめると、尾ひれを持ち上げて俺の体に絡めてくる。
落ちないようにと考えた結果、最終的にお姫様抱っこをしていた。
「……すん」
耳元で、マーシャの鼻が鳴る。
俺の首に顔をうずめて、微かに震えるマーシャ。
ぽとりと、首に温かい雫が落ちる。
「……ありがとね。ありがと……ね」
震える声で言って、パッと顔を上げる。
こちらを向いた顔は、目尻に浮かんだ涙がアクセサリーに見えるくらいにまぶしい笑顔で。
「だからヤシロ君だ~い好き☆」
うっかり、ときめいてしまいそうだった。
なので……
「ホタテのルイベもいいもんだ」
「店長さ~ん、懺悔させといて~☆」
寂しがりの人魚姫をたらいへと返す。
マーシャは少ない水でも割と大丈夫なようだ。
海水でも淡水でも、お湯でも雪でも大丈夫なようだ。
たくましい生き物だな。そういや、人間が勝てない種族の一角だったっけ? 人狼、人龍と同格だと思えば納得だ。
「では、わたしはみなさんに防寒具を作りますね」
外で遊ぶなら温かい格好をした方がいい。
そんな、ジネットらしい優しさに見えて、その実「ニット帽の作り方、教えてくださいね」という催促でもあるようだ。
んじゃあ、出来たニット帽と引き換えに……ウクリネスからファーを譲ってもらおうかね。
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