「負けるなぁー!」
ハッと我に返ると、観客席から盛大な声援が飛んでいた。
「あんたたち! もっと声を出すんさよ!」
「さぁ! 泣きながらも健気に戦う我らがデリアさんを応援するです!」
ノーマとロレッタが先導し、観客席が一体となってデリアを応援していた。
デリアに「ガンバレ!」「ガンバレ!」と。
そんな声援を受けて、デリアは必死な形相で激辛チキンに齧りつく。
口の周りを真っ赤に染め、目も涙で赤く染め……
そんな姿がまた、観客の心を打ち、声援に熱がこもる。
「ガンバレ!」「ガンバレ!」「ガンバレ!」と……
…………もう十分頑張ってんじゃねぇかよ。
「デリアッ! もういい!」
思わず、叫んでいた。
「もう食わなくていい!」
観客席が静かになる。
デリアも、手を止め、顔を上げて……涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺を見る。
「で、でも…………」
「いいんだ! 大丈夫!」
下手に頑張るより、最下位になった方がいい。
今回みたいなミスを回避できる。
こっちに都合のいいメニューを用意して、こっちが有利になるように……そうだな、選手の好物にするとか、最初のカレーみたいに、レジーナ以外食えないレベルの料理にするとか…………
とにかく、これ以上は一口たりとも食べなくていい。
デリア、もういいんだ。もう、やめてくれ……
「俺が必ずなんとかする! なんとかしてみせる! だから、もう食うな!」
これは、すべて俺のミスだ。
浮かれきっていた、俺の…………不手際だ。
「……すまん、デリア」
情けないことに、蚊の鳴くような声しか出なかった。
それでも、デリアの耳がぴくっと動いていたので、言葉は届いたのだと思う。
デリアの肩から力が抜けて……チキンが皿の上に落ちる。
「…………はは…………まいったなぁ、もう……」
乾いた声でデリアが呟く。
声は、微かに、震えていた。
「……ごめん、みんな…………あたい、負けちった……っ!」
悔しさから、喉を詰まらせ、また盛大に涙を溢れさせる。
グッと奥歯を噛みしめ、懸命にこらえるが……それでも嗚咽が漏れ始める。
この状況を招いたのは俺だ。
……俺の責任だ。
「責任は俺にある!」
観客席に向かって、俺は声を張り上げる。
ここにいる誰にも、デリアを責めさせない。
「だから、文句があるヤツは俺に言え! 他の誰でもない、俺にだけ言え!」
四十区の料理はラグジュアリーのケーキに違いない?
すでに有名な名物を、わざわざこんなイベントに持ってくるかよ。
考えたら分かるだろう。
折角、これだけ大きな宣伝の場があるんだ。今はマイナーだが知られれば必ず売れる、そういうもんを宣伝しに来るに決まってんじゃねぇか! つうか、俺だったらそうしただろうが!
自分が考えることを、相手も考えている。そんな当たり前のことを失念していた。
救えねぇ。壊滅的な大馬鹿野郎だ、俺は。
責められたって当然の……
「責めるかよ、バーカ!」
それは、観客席から投げ込まれた、優しい暴言で……
「勝負事に絶対なんかあるかよ!」
「次とその次勝ちゃあいいじゃねぇか!」
「責任とか言うんだったら、次、絶対勝てよ!」
そんな暴言が……どんどん感染していって……
「デリアー! よく頑張ったぞー!」
「そうだそうだ!」
「胸張って帰ってこいよー!」
あちらこちらに、笑顔が咲いていく。
……こいつら…………バカか?
バカみたいに………………お人好しばっかりだ。
――カンカンカンカーン!
それから四十分間、デリアは俺の言いつけ通り一口もチキンを口にせず、四十二区の結果は二皿となった。
優勝は四十一区の七十二皿で、四十区は五十六皿という結果となった。
これで、四十一区が二勝。優勝に王手をかけられてしまった。
一方、こっちは残り二試合を全勝しなければいけない。
次の料理を選ぶ権利は得たが……どう攻める……?
「ヤシロ……みんな……」
フラフラとした足取りで、デリアが戻ってくる。
「へへ……負けちまった」
「ナイスファイトです! デリアさん!」
作り笑顔のデリアに、ロレッタが飛びつく。
負けたつらさや悔しさは、ロレッタが一番よく知っている。
あいつなりに、励ましたいと思ったのだろう。
「最後まであの場に留まったその勇気。称賛に値すると、ボクは思うよ」
食べられないまま、舞台に残り続けるのは、相当苦痛だったはずだ。
それでもデリアは逃げ出さず、最後まであの場所に留まっていた。
……つらい思いをさせてしまった。
「みんな、聞いてくれるか?」
まだ涙の跡が残る赤い目をして、デリアが言う。
背筋はまっすぐ伸び、キリッとした表情で。
「正直、メチャクチャ悔しい。今までのあたいだったら、悔しくて三日三晩泣き続けてたと思う。……けど、あたいはもう泣かない。悔しいけど! すっげぇ悔しいけど! 絶対泣かない!」
自身の腰に抱きつくロレッタをギュッと抱き寄せ、不安げに見つめるマーシャの手を取り、デリアは清々しい顔で言う。
「あたいらは、みんなで一つのチームなんだ。あたいが負けた分は、きっと誰かが取り返してくれる。ヤシロが、そうなるようにしてくれる。……だろ?」
全員の視線が俺へと注がれる。
デリアが、まっすぐに俺を見つめている。
「あぁ。…………約束してやる……」
カエルがなんだ。『精霊の審判』がなんだ。
はっきりと断言してやろうじゃねぇか!
「俺は! いや、俺たちは、絶対に四十二区を優勝させる! 絶対にだ!」
柄にもなく声を張り上げると、観客席から歓声が上がった。
俺を見つめる無数の視線が、ふわっと柔らかくなった。
「はい。わたしも、精一杯お手伝いします」
ジネットが、俺の前へと進み出てくる。
隣にエステラがやって来て、いつもの呆れ顔で嘆息する。
「もう、あとには引けないね。ふふ……珍しく熱くなっちゃって」
俺の服の裾を、マグダがギュッと握りしめる。
「……マグダは、絶対に勝つ。一勝を、ヤシロにプレゼントする」
深い海のような静かな瞳の奥に、闘志の炎が揺らめいていた。
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