異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

138話 第三試合 甘いもの好きの落とし穴 -3-

公開日時: 2021年2月15日(月) 20:01
文字数:2,371

「負けるなぁー!」

 

 ハッと我に返ると、観客席から盛大な声援が飛んでいた。

 

「あんたたち! もっと声を出すんさよ!」

「さぁ! 泣きながらも健気に戦う我らがデリアさんを応援するです!」

 

 ノーマとロレッタが先導し、観客席が一体となってデリアを応援していた。

 デリアに「ガンバレ!」「ガンバレ!」と。

 

 そんな声援を受けて、デリアは必死な形相で激辛チキンに齧りつく。

 口の周りを真っ赤に染め、目も涙で赤く染め……

 

 そんな姿がまた、観客の心を打ち、声援に熱がこもる。

「ガンバレ!」「ガンバレ!」「ガンバレ!」と……

 

 …………もう十分頑張ってんじゃねぇかよ。

 

「デリアッ! もういい!」

 

 思わず、叫んでいた。

 

「もう食わなくていい!」

 

 観客席が静かになる。

 デリアも、手を止め、顔を上げて……涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺を見る。

 

「で、でも…………」

「いいんだ! 大丈夫!」

 

 下手に頑張るより、最下位になった方がいい。

 今回みたいなミスを回避できる。

 

 こっちに都合のいいメニューを用意して、こっちが有利になるように……そうだな、選手の好物にするとか、最初のカレーみたいに、レジーナ以外食えないレベルの料理にするとか…………

 

 とにかく、これ以上は一口たりとも食べなくていい。

 

 

 デリア、もういいんだ。もう、やめてくれ……

 

 

「俺が必ずなんとかする! なんとかしてみせる! だから、もう食うな!」

 

 これは、すべて俺のミスだ。

 浮かれきっていた、俺の…………不手際だ。

 

「……すまん、デリア」

 

 情けないことに、蚊の鳴くような声しか出なかった。

 それでも、デリアの耳がぴくっと動いていたので、言葉は届いたのだと思う。

 

 デリアの肩から力が抜けて……チキンが皿の上に落ちる。

 

「…………はは…………まいったなぁ、もう……」

 

 乾いた声でデリアが呟く。

 声は、微かに、震えていた。

 

「……ごめん、みんな…………あたい、負けちった……っ!」

 

 悔しさから、喉を詰まらせ、また盛大に涙を溢れさせる。

 グッと奥歯を噛みしめ、懸命にこらえるが……それでも嗚咽が漏れ始める。

 

 この状況を招いたのは俺だ。

 ……俺の責任だ。

 

「責任は俺にある!」

 

 観客席に向かって、俺は声を張り上げる。

 ここにいる誰にも、デリアを責めさせない。

 

「だから、文句があるヤツは俺に言え! 他の誰でもない、俺にだけ言え!」

 

 四十区の料理はラグジュアリーのケーキに違いない?

 すでに有名な名物を、わざわざこんなイベントに持ってくるかよ。

 考えたら分かるだろう。

 折角、これだけ大きな宣伝の場があるんだ。今はマイナーだが知られれば必ず売れる、そういうもんを宣伝しに来るに決まってんじゃねぇか! つうか、俺だったらそうしただろうが!

 

 自分が考えることを、相手も考えている。そんな当たり前のことを失念していた。 

 救えねぇ。壊滅的な大馬鹿野郎だ、俺は。

 責められたって当然の……

 

「責めるかよ、バーカ!」

 

 それは、観客席から投げ込まれた、優しい暴言で……

 

「勝負事に絶対なんかあるかよ!」

「次とその次勝ちゃあいいじゃねぇか!」

「責任とか言うんだったら、次、絶対勝てよ!」

 

 そんな暴言が……どんどん感染していって……

 

「デリアー! よく頑張ったぞー!」

「そうだそうだ!」

「胸張って帰ってこいよー!」

 

 あちらこちらに、笑顔が咲いていく。

 

 ……こいつら…………バカか?

 バカみたいに………………お人好しばっかりだ。

 

 

 ――カンカンカンカーン!

 

 

 それから四十分間、デリアは俺の言いつけ通り一口もチキンを口にせず、四十二区の結果は二皿となった。

 優勝は四十一区の七十二皿で、四十区は五十六皿という結果となった。

 

 これで、四十一区が二勝。優勝に王手をかけられてしまった。

 

 一方、こっちは残り二試合を全勝しなければいけない。

 次の料理を選ぶ権利は得たが……どう攻める……?

 

「ヤシロ……みんな……」

 

 フラフラとした足取りで、デリアが戻ってくる。

 

「へへ……負けちまった」

「ナイスファイトです! デリアさん!」

 

 作り笑顔のデリアに、ロレッタが飛びつく。

 負けたつらさや悔しさは、ロレッタが一番よく知っている。

 あいつなりに、励ましたいと思ったのだろう。

 

「最後まであの場に留まったその勇気。称賛に値すると、ボクは思うよ」

 

 食べられないまま、舞台に残り続けるのは、相当苦痛だったはずだ。

 それでもデリアは逃げ出さず、最後まであの場所に留まっていた。

 ……つらい思いをさせてしまった。

 

「みんな、聞いてくれるか?」

 

 まだ涙の跡が残る赤い目をして、デリアが言う。

 背筋はまっすぐ伸び、キリッとした表情で。

 

「正直、メチャクチャ悔しい。今までのあたいだったら、悔しくて三日三晩泣き続けてたと思う。……けど、あたいはもう泣かない。悔しいけど! すっげぇ悔しいけど! 絶対泣かない!」

 

 自身の腰に抱きつくロレッタをギュッと抱き寄せ、不安げに見つめるマーシャの手を取り、デリアは清々しい顔で言う。

 

「あたいらは、みんなで一つのチームなんだ。あたいが負けた分は、きっと誰かが取り返してくれる。ヤシロが、そうなるようにしてくれる。……だろ?」

 

 全員の視線が俺へと注がれる。

 デリアが、まっすぐに俺を見つめている。

 

「あぁ。…………約束してやる……」

 

 カエルがなんだ。『精霊の審判』がなんだ。

 はっきりと断言してやろうじゃねぇか!

 

「俺は! いや、俺たちは、絶対に四十二区を優勝させる! 絶対にだ!」

 

 柄にもなく声を張り上げると、観客席から歓声が上がった。

 俺を見つめる無数の視線が、ふわっと柔らかくなった。

 

「はい。わたしも、精一杯お手伝いします」

 

 ジネットが、俺の前へと進み出てくる。

 隣にエステラがやって来て、いつもの呆れ顔で嘆息する。

 

「もう、あとには引けないね。ふふ……珍しく熱くなっちゃって」

 

 俺の服の裾を、マグダがギュッと握りしめる。

 

「……マグダは、絶対に勝つ。一勝を、ヤシロにプレゼントする」

 

 深い海のような静かな瞳の奥に、闘志の炎が揺らめいていた。

 

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