異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

22話 あまり見ないでくれるかな -4-

公開日時: 2020年10月21日(水) 20:01
文字数:2,602

「ちょっと来い、エステラ」

 

 俺は、震えるエステラの手を掴み、強引に引っ張る。

 

「ちょっ!? どこへ行く気だい!?」

「俺の部屋だ」

「ぅえぇえっ!?」

 

 腕を引いて歩かせようとしたのだが、エステラは足を踏ん張り、前進を拒絶する。

 何やってんだよ、ったく!

 

「俺のベッドで温めてやるっつってんだよ!」

「んなっ! な、何をする気なんだい!? は、離したまえよっ!」

 

 あぁ、もう、こいつは!

 

「俺のことを嫌いでもなんでも構わんが、お前に風邪を引かれるとジネットが気にするだろうが! お前がいいと言っても、俺とジネットが許さん! いいからお前は、湯が沸くまで俺の部屋で体を温めろ!」

 

 駄々をこねるエステラを強制的に連行する。

 あとで殴られるかもしれんが、今は緊急事態というやつだ。しょうがないのだ。

 

 俺は、エステラの体を抱え上げる。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 

「ジネット、店とお湯を頼むな」

「え…………あ、は、はい!」

 

 そう言い残して、俺は食堂を後にした。

 

「ちょ、ま、待って、ヤシロっ! 分かった! 自分で歩くから!」

 

 腕の中で喚くエステラだが、今さらもう遅い。

 ……エステラの体がかなり冷たくなっている。体が小刻みに震えている。もはや一刻の猶予もないだろう。

 

 エステラの訴えは完全無視して、俺は厨房を抜け、雨の中庭を突っ切り、階段を駆け上がった。

 階段が怖かったのか、エステラが俺の首にギュッとしがみついてきた時には……迂闊にもドキッとしてしまった。

 ……なに女子っぽいことしてんだよ、ったく。

 

 俺の部屋に入るなり、エステラを床に下ろし、すぐさま指示を出す。

 

「服を全部脱いでベッドに入れ」

「なっ、ななななな、なに、なに、なにをする気なのさっ!?」

「お前を温めてやるんだよ」

「ちょ……っ! そ、それは、さすがに……ダ、ダメ、だよ……っ!」

 

 語気は強くも、口調が弱々しい。

 顔が真っ赤だ。

 単に照れているだけならいいのだが、熱が上がってきた可能性もある。油断できないな。

 

「濡れた服は全部脱いで廊下に出しておけ。俺はドアの向こうにいるから、何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」

「…………え?」

「あと、俺のベッドは汚してもいいから、気にせずそのままもぐり込め。肩を冷やさないように掛け布団をしっかりかけてな」

「…………ヤシロ、廊下にいるの?」

「あぁ。濡れた服をジネットに届けたら、念のために廊下で待機しといてやるよ。心細いだろ?」

「………………そう」

 

 慌てふためいていたエステラが、力なく呟く。

 安堵と脱力感がない交ぜになった表情だ。

 

「……なんだよ。俺も一緒にベッドに入って、人肌で温めてほしかったのか?」

「んぃっ!? そ、そんなわけないだろう! もう! 着替えるんだから、さっさと出て行って!」

 

 ジネットに渡されていたタオルを投げつけ、エステラが怒鳴る。

 若干、女の子口調になっていたことに、こいつは気付いているのだろうか。

 

 急き立てられるように、俺は廊下へと追い出され、勢い任せにドアが閉められた。

 

 まったく……照れちゃってまぁ。

 

 壁にもたれかかるようにして座り、俺はため息を漏らす。

 

 もし、ここが日本で、お前が俺にとってどうでもいいような女であったなら……俺は迷わず一緒にベッドに入ってお前のことを温めてやっただろう。

 けど…………そうじゃない。

 

 エステラは、そんな風に軽く扱っていい女ではない。

 俺にとっては……まぁ、珍しく…………大切な友人なのだ。

 それに、ジネットもいるしな……

 

「なんだかなぁ……」

 

 こっちの世界に来て……いや、この陽だまり亭に来てからか…………感覚を狂わされっぱなしだ。

 なぁ、神様とやらよ……あんたは、マジで俺に『やり直し』をさせるつもりなのか?

 こんな、思春期みたいな感情をよみがえらせやがって…………今さら、恋だ愛だなんて…………

 

『…………ヤシロ』

 

 ドアの向こうから、エステラの声が聞こえてきた。

 

『部屋の中が見えない位置に移動して、絶対中を見ないようにね……』

「へいへい」

『………………絶対だからね。見たら、絶交だからね!』

 

 念を押すように言った後、そっとドアが開かれる。

 そして、押し出すように濡れた衣服が廊下に出された。

 

「……ジネットちゃんによろしく」

「あぁ。渡しておくよ」

 

 部屋の中を見ないように、腕だけを伸ばし、濡れた衣服を受け取る。

 ドア一枚隔てた向こうにいるエステラに声をかけ、立ち上がる。

 

「…………ありがと。あと、ごめんね」

 

 エステラは、そう小さな声で呟いて……ゆっくりとドアを閉めた。

 

 …………なんだかなぁ。

 

 俺は胸に渦巻くモヤモヤした、表現しがたい感情を振り払うように平常心を心がける。

 濡れた服をジネットに渡しに行こう。

 すぐに洗って干せば……今日中には乾く、かな?

 エステラの服に視線を落とす。

 作りのしっかりとした服だ。上はブラウスのような肌触りのいいシャツで、下はチノパンのようなズボンだ。

 そして、シャツとズボンの間に…………

 

「こ、これはっ!?」

 

 光沢の美しい純白のおパンツがっ!

 

 シルクッ!?

 シルクなのかっ!?

 この世界にもシルクのパンツが存在していたのかっ!?

 

「んぬぁあ! 思春期がっ! 俺の中の思春期がっ!」

 

 おのれ、神め…………どこまで俺を試すのか…………

 俺が中学生だったらソッコーでポッケないないしてるところだぞ!

 だが、俺は大人…………そんな倫理に反することは………………いや、体は高校生…………高校生なら、少年法で保護されているから………………おのれ、神め……こうしてまた一人の純朴な人間に試練を与えるのだな…………

 

 さすがにこの状況で盗むとすぐバレるだろうから…………まぶたに焼きつけるだけに留めておく。

 どうだ神よ、この理性的な大人の判断力。

 俺は、貴様などには屈しない!

 まいったかっ!

 

 神の試練に打ち勝ち、俺は勝利の余韻を胸に階下へと降りていった。

 この服をジネットに手渡す…………前に、もう少しだけまぶたに焼きつけておく。

 

 そうか、シルクがあるのか…………

 

 ジネットには世話になっているからな。

 金が貯まったらプレゼントしてやろう。うん、そうしよう。

 

 こうして、俺の目標が一つ増えた。

 目標を持つことはいいことだ。勤労意欲に火がつくというものだ。

 

 鼻歌交じりに厨房へと入っていった俺は、降り続く雨をさほど鬱陶しいとは思っていなかった。なかなかやまないなぁ、くらいの意識しか持っていなかったのだ。

 

 

 

 この長雨が、後にあんなトラブルを巻き起こすことになるなんて、この時の俺は思ってもみなかったからな。

 

 

 

 

 

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