「おやおや、何やら賑やかでござるな」
「あ、ベッコさん。こんにちは」
ベッコが来店し、すぐさまジネットが接客に向かう。
そんなジネットに軽く挨拶を済ませ、ベッコはすぐさま俺のもとへとやって来た。
「聞きましたぞ、ヤシロ氏。また面白いことをなさるおつもりだとか」
「あぁ、そういやお前んとこには言ってなかったな。事後報告で問題ないと思ってたから」
「思っていてもいいでござるが、面と向かって言われるとちょっとショックでござるぞ!?」
「あぁ、ごめん。なんか、ぞんざいな扱いでもいいのかなって思ってるからさぁ」
「いや、だから! 今しがた申し上げたでござるが、思っていてもいいでござるが……っ!」
「あ、そうそう。ロウソク大量にくれ」
「頼み方すらぞんざいになったでござるな!? いや、ヤシロ氏の頼みとあらば提供することもやぶさかではござらんけども!」
よしよし。これでロウソクも確保できたと。
「イメルダが暗いと文句を垂れていたからな。出来ればあの通りにはずっとロウソクを置いておきたいんだ。外灯代わりに灯篭って感じでさ」
そうすれば、道も多少は明るくなるだろう。
「いや、さすがにずっとは無理でござるよ。ロウソクが足りなくなるでござる」
「……え?」
いや、だって、お前……
「余りまくってるって言ったじゃん!?」
「余りまくってはいるでござるが、毎晩使えばすぐになくなるでござる! 『あの通り』とは、ヤシロ氏の言う街道予定地でござろう? あれだけの距離に点々と設置するとなれば、数ヶ月と持たずに在庫がなくなるでござるよ!」
……マ、マジでか?
いや、モーマットのとこの野菜がぽこぽこ収穫されてるから、蜜蝋も毎日わんさか取れるんだとばかり……………………マズいな。イメルダには「ロウソクがあるから暗くないだろ?」って説得するつもりだったのに…………
「しかし、祭りの日を盛大に彩る程度は用意できるでござる。これでもかというほどに美しいロウソクの灯りを皆に堪能してもらうでござる」
…………祭りの日限定か………………そこで必要以上に派手な演出をして、テンション上げさせて、その場のノリで支部の場所を了承させてしまうか? 「ほら、こんなに明るいだろ!?」って、そこだけを重点的に推して…………どうせ目先の派手さにしか意識が向いていないだろうし、それで押し切れるかな……うん、いけそうだ。だってイメルダ、結構アホの娘だもんな。
……あ、アホの娘といえば。
「なぁ、アホの娘ぉ」
「酷いです、ヤシロさん!?」
「誰がアホの娘だい!?」
「お兄ちゃん、言い過ぎです!」
おぉっと……自覚のあるヤツが三人もいたか……
「えっと……ジネット」
「やっぱりわたしなんですか!? 酷いです、ヤシロさん!」
「ほっ……ボクじゃなかったのか」
「勘違いです。早とちっちゃったです」
安堵する二人のアホの娘。
「今ベッコが言ったように、祭りの日には大量のロウソクを使って盛大に明かりを灯す予定だ」
「はい。楽しみです」
「で、さっきベッコが言ったように、ロウソクは無限にあるわけじゃない」
「そうですね。大切に使わないといけませんね」
「つまり、ベッコが言うにはだな……」
「なんだか、ヤシロ氏……拙者に何かを押しつけようとしていないでござるか?」
えぇい、余計な勘繰りを入れるな。
お前は黙って「そうでござる、ヤシロ氏の言う通りでござる」とか言ってりゃいいんだよ。
…………黙ってたら言えないじゃん!? 矛盾したござるヤロウだな、こいつは。
「ベッコ、それは勘違いだ。気のせいだ」
「そうでござるか? 何か嫌な予感がするでござるが……」
「『嫌な予感がする』?」
「え……あ、う、うむ。そうでござる」
「『勘違いだと言われているのに、なんだか嫌な予感がする』のか?」
「い、いかにも……」
「『なんだかよく分からないけれど、な~んか嫌ぁ~な予感がする』わけだな?」
「…………な、なんでござるか、この感じは?」
「キュピーン! ござるさん! 嫌な予感しちゃってるですか!?」
よしっ! ロレッタセンサーに引っかかったな、ベッコ!
というわけで、お前は生贄だ。ロレッタとしばらく話していなさい。
「ささささっ! ござるさん!」
「ぬぉっ!? ロ、ロレッタ氏!? な、なんでござるか急に!?」
「嫌な予感といえば、……こんな話があるですよ…………実は、ある女性が夜中……」
よし、今のうちに。
「ジネット、向こうで怪談が始まったから、ちょっと場所を移そう」
「は、はい。そうですね。わたし、怖い話は苦手ですので」
そうして、ロレッタとベッコを残し、俺たちは席を移動する。
「で、さっきの続きだが」
「はい」
離れた席に座り直し、俺の対面に座ったジネットに話を振る。
ジネットの隣に腰を下ろしたエステラが疑うような眼差しを向けてくるが、今は放っておく。
「ロウソクは貴重だ。無駄には出来ない」
「はい。そう思います」
「そして、無駄にしてしまったものがあれば、それを再利用することこそが、環境的にも、また貧困にあえぐ四十二区の領主の懐的にも優しい、素晴らしい方策であると、俺はこのように思うわけだ」
「……は、はい? えっと…………つまりは?」
「俺の蝋像を溶かして、祭り用のロウソクにリサイクルする」
「ふぇぇぇえええええええっ!?」
思わず立ち上がり、ジネット、絶叫。
……いや、そんなにか?
「……ビ、ビックリしたでござる……」
「て、店長さん……物凄くいいタイミングで絶叫とか…………あたしまで驚いちゃったです……」
なんか、向こうの席で二次被害が起きているようだが、今はどうでもいい。
「落ち着けジネット。もともと、あの像はベッコの持ち物だ。今はここに保管してあるけど、ヤツが必要とするならば返却しなければいけない」
「そ…………それはそう、なんでしょうが………………溶かしちゃうなんて……」
放心したように、ジネットがストンと椅子に腰を落とす。
真っ白に燃え尽きている。
「あんなに……可愛いのに…………」
そこんとこがいまだに理解できないんだが……
「これも、祭りを盛り上げて、四十二区のみんなに楽しんでもらうためだ。俺たちの個人的な理由で、貴重な蝋を独占するのは……それは、ちょっと違うんじゃないかって、俺は思うんだ」
「…………そう、ですね」
「なぁ、ジネット。確かに物には思い出が宿る。お前があの蝋像を大切にしているのも知っている。…………でもな、四十二区のみんなが、たった一日とはいえ、心の底から笑い合える日がある。それって素晴らしいことだと思わないか?」
「…………それは…………とても、素晴らしいことだと思います」
「その、みんなの笑顔のために…………俺たちも協力をしてやろうじゃないか。な?」
「………………はい。分かりました」
「ジネットなら、きっと分かってくれると思っていたZE☆」
「……ねぇ、ヤシロ。いつまでその気持ち悪いしゃべり方続ける気なんだい?」
エステラがジト目で俺を見つめる。
おいおい、そんな目で見るなよ。
折角ジネットが納得してくれたんだからよ。
どれ、景気よく口笛でも吹いて誤魔化そうかとしたところで、エステラがおもむろに立ち上がり、俺の隣に回り込んでくる。
耳元で、やや棘のある声を発する。
「要するに、自分の蝋像を、それっぽい理由をつけて廃棄したかっただけなんだろう?」
はっはっはっ。何を言ってるんだいエステラさん。
当たり前じゃねぇか!
あんな、気持ち悪いほど俺にそっくりな蝋像が二十七体も中庭に並んでんだぞ?
毎日中庭を通るたびに憂鬱になっていたんだ。最近は中庭で飼っているニワトリも朝に鳴かなくなった。きっと蝋像によるストレスが原因だ。そうに違いない。
あんな忌まわしいものはさっさと廃棄してしまうに限るのだ!
「じゃあ、今日中にでもマグダに運んでもらおう」
「そういえば、マグダはどこに行ったんだい? 今日は姿を見ていないけど」
「……ポップコーンを売ってきていた」
「ぅひゃあっ!?」
タイミングよく背後に現れたマグダに驚いて、エステラが奇声を上げる。
「……エ、エステラ氏…………これまた絶妙のタイミングでの悲鳴……心臓が止まるかと思ったでござる……」
「わ、わざとやってるですか……みんなして……」
またしても向こうの席で二次被害があったようだが……当然無視だ。
「……話は聞いていた。蝋像を運び出す」
「いつからいたんだよ、お前は」
「……ヤシロが、『マグダがいないと張り合い出ないんだよなぁ』と言っていたところあたりから」
「あれぇ、おかしいなぁ。俺の脳内メモリーには該当するフレーズが存在していないようだぞ」
こいつは、真顔でギャグをかましてくるから扱いにくい。
「……中庭が広くなることは好ましい。…………少し、残念ではあるけど」
…………それもギャグ、だよな?
「つうわけで、ベッコ! あの蝋像持って帰ってロウソクに作り替えてくれ」
「なぬっ!? あれらを全部拙者一人で持って帰るのでござるか!?」
「……マグダが手伝う」
「おぉ、それはかたじけない。では、さっそく」
「あ…………黒い影が……」
「ぎゃあああああっ!」
「ぷーくすくすっ! ござるさんの顔、面白過ぎです!」
なに遊んでんだ、あいつらは?
まぁ、なんにせよ、うまく俺の懸案事項を一つ解決できたわけだ。
よしよし。
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