異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

338話 願ってなどない再会 -1-

公開日時: 2022年2月24日(木) 20:01
文字数:4,304

「どういうつもりだ?」

 

 ロレッタもマグダもジネットの手伝いに向かい、試食会場が人だかりに埋もれる中、エステラを舞台裏に引っ張ってきて問い詰める。

 

「自分の胸に聞いてみるんだね」

「答えろ、チッパイ!」

「そういうことじゃないし、誰がチッパイか!?」

 

 羽織っている外套の前を絞るように合わせ、「そもそも、これは君のじゃない」と赤い顔で睨みつけてくるエステラ。

 

 まぁ、お前の言いたいことは分かる。

 これまで、俺が独断で行動していたことへの意趣返し……いや、模倣をしたとでも言いたいのだろう。

 

 だがな、立場が違うだろう。

 それにスキルも経験も何もかもが違う!

 俺がうまくかわせることでも、お前はそうじゃない。

 ほんの一言ですべてが終わっちまうことだってあり得る。

 

 特に今、ウィシャートなんてねちっこいバカに目を付けられている状況で……

 

「……バカやろう」

「それはまぁ、甘んじて受け取っておくよ」

 

 多少なりとも、軽率だったという自覚はあるようだ。

 ……それがなお一層悪い。

 なんの自覚もないバカだったら、もっと語気強く詰れたのに。

 

「正直言うとね……」

 

 マントの前をぎゅっと握っていた両手を開いて俺に見せるエステラ。

 エステラの指先は、細かく震えていた。

 

「……ちょっと、怖いんだよね」

「お前………………はぁ、ったく」

 

 救いようがねぇ。

 覚悟もなく危険な領域に飛び込んできやがって。

 

「でも、約束したから」

「誰と?」

「自分と。……いや、弱かったあの頃の自分と、かな」

 

 大食い大会の時、自分が情けないと泣いていたエステラの顔が浮かぶ。

 

「あの日の決心に背を向けるようなことはしたくなかった。……まだまだ未熟だけどさ、それでも、成長することから逃げたくはなかったんだ」

 

 おのれの未熟さを認めながらも、前を向くことをやめない。

 ……はぁ。

 まぁ、未熟さを自覚できるくらいには、成長してんじゃねぇの。

 

「……次からはちゃんと相談しろ」

「君が相談してくれないからだろう」

 

 誰がお前なんぞに相談するか。

 

 ……くそ。

 こういう考えが、こいつを突っ走らせちまうのか。

 どうすりゃいいんだよ、ったく。

 

「さっきの冗談じゃないけどさ――」

 

 震える手をぎゅっと握り、エステラが俺を見る。

 

「君がボクと結婚して領主になってくれるなら、こんなことはもうしない」

「はぁっ!?」

「けど、そうじゃないなら、――この街の領主はボクだ。ボクには、この街を守る責任がある。この最高の栄誉を、他人の君に譲ってやるつもりはない」

 

 ……こいつ。

 

「へーへー。出しゃばって悪ぅございましたね、りょーしゅさまー」

「まぁ、これからまだまだ君には出しゃばってもらわないと困るんだけどね」

「その度に危険なことするつもりかよ?」

「まさか。こんな怖い思い、二度とごめんだよ」

 

 くしゃっと顔を歪めて言い、そして深い海の底を思わせるような寂しげな表情を浮かべる。

 

 

「でも、君を犠牲にするようなことは、もっと御免だ」

 

 

 ……あほめ。

 

「お前にはムリでも、俺なら回避できることってのが、この世には五万とあるんだよ」

「じゃあ、君がボクを鍛えてよ」

「ヤだよ。そんな手のうちを晒すような真似。まだ男女混浴義務法も制定してないのに」

「……義務付けるつもりなのかい?」

 

 もちろんだろうが!

「え、混浴? 当たり前じゃん」っていうのが俺の理想の世界なんでな!

 

「はぁ……まぁ、今回のことは大丈夫だ。ウィシャートが出張ってこない限り、さっきの話に疑問を持つヤツは出てこないだろう」

「ウィシャートが出張ってこなければ、ね」

「だから、出張ってこられないようにしておく」

「どうやって?」

「…………」

「また隠すぅ!」

 

 頬をぷっくりと膨らませて抗議してくるエステラ。

 甘えんな。お前は俺の彼女か。

 プライベートってのがあるんだよ、俺には!

「全部把握してなきゃヤダもん!」とか、彼女でもノーサンキューだわ。

 

「これから手を打つ。うまくいく保証がないことは先に言いたくない」

「じゃあ、どんな手を打つのかだけ教えて」

「聞けよ、人の話。うまくいく保証がないことは――」

「じゃ、ヒント」

「あほっぽい発想だな」

「悪かったね!」

 

 なんだ『ヒント』って!?

 そう言ったヤツが正解にたどり着いたところを、俺は見たことねぇよ。

 

「ヤシロはさ――」

 

 ふて腐れていたと思ったら、ふいにさっぱりとした雰囲気の声を出す。

 

「レジーナのことも心配するし、ボクのことも心配してくれる」

 

 ……ふん。

 別にそんなんじゃねぇけどな。

 

「四十二区のことも、もちろん陽だまり亭やジネットちゃんのことも」

 

 そりゃ、地盤がしっかりしてないと俺が困るからな。

 

「それと同じように、ボクたちも君が心配なんだよ」

「…………」

「それを、忘れんな」

 

 とすっと、小さな拳が胸にぶつけられる。

 まったく痛くない。

 まるで撫でられたような感触だ。

 

 撫でるか……ふむ。

 

「じゃあ、次はこっちの番――」

 

 どむっ! と、みぞおちに重ぉ~い一撃がめり込む。

 

「……お前、力の調節、ツマミがバカになってないか……?」

「バカになってるのは君の思考回路だよ」

 

 この人、本当に俺のこと心配してくれてんの?

 こういう時に優しさとか発揮してほしいんだよ、男の子って。

 

 ぉとこのこゎ、やさしくしてくれなぃと、なぃちゃぅんだょ。

 

「あの~、ヤシロさん……ちょっといいッスか?」

 

 離れた場所から、ウーマロがこそ~っと声をかけてくる。

 こっちの会話が終わるのを待っていたようだ。

 

 ……俺が殴られたから「あ、真面目な話終わった」って判断したのか?

 その判断基準、一回改めてくれない?

 

「実はッスね……」

 

 ウーマロは二人の大工を連れてきた。

 

「この二人、例の影を見た二人なんッスけど……その……」

「オレたちが洞窟にいた時、洞窟の中に霧なんかなかったぜ? なぁ?」

「あぁ、視界を覆うほどの霧なんかなかった」

 

 なるほど。

 自分が見た状況と俺の説明に矛盾を感じているってわけか。

 ま、想定内だ。

 

 だからエステラ、そんな焦った顔をするな。

 どーんと構えとけ。

 って、口に出さなきゃ分かんないか。

 

「エステラ。ストーンと構――」

「さっさと話を始めれば?」

 

 ……わぁ、怖い顔~。

 そういう顔してると嘘吐いてるようには見えないよね☆

 

「洞窟内に霧はなかったと?」

「あぁ。オレは見てねぇ」

「オレも」

「少しもか?」

「ん……そりゃあ、少しくらいは……」

 

 詰め寄れば言葉を濁す。

 まぁ、これくらいなら大丈夫だろう。

 

「ちょっと来てくれ」

 

 俺は大工二人を連れてラーメン試食会場へ向かう。

 

「ジネット、ちょっと鍋を一つ借りるぞ」

「はぁ~い!」

 

 列をなす観衆を前に、じゃんじゃかラーメンを作って振る舞っていくジネット。

 もうすでに、行列の出来るラーメン屋になってんじゃねぇか……

 ジネット、ちゃんと食堂に帰ってこいよ。

 そっちの道に進むとか言い出すなよ?

 

「えぇっと、あ、これでいいか」

 

 かまどに並んだ複数の鍋の中から、湯量の多いものを選ぶ。

 ぐつぐつとは煮たっていないが、湯が回るように沸いている。

 

「この辺、湯気出てるよな?」

 

 鍋の上には、細く頼りない湯気が昇っている。

 

「さっきの口ぶりからすると、この程度の霧はあった気がするってことか?」

「ん~……」

 

 頼りない湯気を見て、大工が腕を組む。

 

「これくらいは、出てた、かも……な、うん。出てたな」

 

 あの日も寒かった。

 洞窟内はさらにひんやりしていた。

 湯気とは違うが、霧も多少は出ていただろう。

 

「じゃあ、湯気の下。鍋の縁あたりを見てくれ」

 

 そこには湯気は存在しない。

 鍋の上と湯気の間には何もない、……ように見える。

 

「ここ、なんもないか?」

「ん? あぁ、ねぇな」

「そっちの大工にも、ないように見えるか?」

「あぁ、なんもねぇよ」

「じゃあ二人とも、この『なんもない空間』に手を出してくれ」

 

 そう言われて、おっかなびっくり鍋の上に手をかざす大工二人。

 そんなに熱くもないはずだ。

 一度かざせば、びくつくこともない。

 

「んじゃ、自分の手のひらを見てみろ」

「ん……あれ? 濡れてる」

「オレもだ」

「それが水蒸気だ」

 

 鍋のすぐ上には水蒸気が存在する。

 それがさらに上昇して空気で冷やされると目視できる湯気となる。

 なので、鍋のすぐ上には何もないように見えても水蒸気がある。

 

「目に見えなくても、水蒸気はそこにあるんだ。まして、薄暗い洞窟の中では視認が難しい」

「お、おぅ……」

「そう……いう、もんなの、か?」

「次に、ちょっとしゃがめ」

 

 大工に指示を出して、鍋のすぐ上、水蒸気が存在する空間に視線を合わさせる。

 

「そこから遠くを見てみろ」

「あっ!?」

「ゆ、揺れてる!?」

 

 鍋の上は熱せられた水蒸気が上昇しているので空気が揺らめく。

 空気の密度の違いが生まれて起こるシュリーレン現象というもので、陽炎のようなものだが、その揺らめく空間を通して遠くを見れば、当然景色は揺れて見える。

 

「何もないように見えるが、そこには確実に水蒸気が存在し、そして水蒸気は光を屈折させる。だから、お前らには『ない』ように見えてもこういう不思議な現象は起こるんだ」

「はぁ~……なるほどなぁ」

「じゃあ、オレたちが見たのも……あの、なんとか現象ってヤツなのかぁ」

「可能性はあるよな」

 

 そう。

 可能性はどんなものにだってあるのだ。

 

「そうか。いや、悪かったな。よく分かったぜ」

「やっぱ、オレたちの見間違いだったんだな」

「知らない現象に出会うのに年齢や経験は関係ない。運とタイミングが大きいんだ。何もお前らが悪いわけじゃないから、自分を責めたり卑下したりするなよ?」

「おう! ありがとよ!」

「じゃあ、もう洞窟も怖くねぇな!」

「まぁ、言われてみりゃあ、あの時見た人影よぉ、ちょっといい男だなって思ったんだよなぁ」

「じゃあ、オレの影を見たんだろうなぁ」

「バッカ、オレの影だっつーの!」

 

 なんて、冗談を言い合い、大工は去っていった。

 

「……で、今のは?」

「こじつけだ」

 

 エステラの囁きに、囁きで答える。

 今のは、無関係の事象をさも関連することのようにつなぎ合わせて煙に巻いただけだ。

 

 目に見えるくらいの濃い霧でなければブロッケン現象は起こらないし、そもそもあんな洞窟の中でブロッケン現象が起こるとは考えにくい。

 だが、連中はそれを『知らない』のだ。

 

 だから連中が『知らない』他の事象を並べて『世の中には知らないことが多いんだなぁ』と思わせれば『知らない』ことを『知らない』ことで誤魔化せる。

 木を隠すなら森の中。

『知らない』を隠すなら『知らない』の中だ。

 

「連中に必要なのは真実を知ることじゃない。自分が納得できることなんだよ」

「なるほどね。……その発想の違いが、君が他の人と違う所以なのかもね」

 

 遠ざかる大工ではなく、説明を終えて一息吐く俺を見て、エステラは「勉強になったよ」と呟いた。

 

 授業料取るぞ、このやろう。

 

 

 

 

 

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