異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編7 ミリィ -3-

公開日時: 2021年3月11日(木) 20:01
文字数:2,609

 それから少し森の中を歩いて、ようやく見つけたのはサクランボの木だった。

 

「サクランボか」

「リンゴとは、随分違う、ね?」

「いやいや、どっちもバラ科の植物だ。広い意味で言えば仲間と言える」

「よく知ってるね、てんとうむしさん」

「ふふん!」

「……けど、リンゴとは、随分違う、ょね?」

「……まあな」

 

 見つけたのはサクランボの実が二つ。

 細い枝でつながって仲良くぶら下がっていた。

 

 まるで……

 

「ぁ……」

「ん? どした?」

「ぅ、ぅうん。なんでもない」

 

 サクランボを見て、のーまさんが作ってくれたプレートを思い出した。

 つながったままのサクランボを仲良く食べる、二羽の鳥……

 

「じゃあ、半分こするか」

 

 そう言って、てんとうむしさんがサクランボを採ろうとするから――

 

「待ってっ!」

 

 ――思わず止めちゃった。

 

「なんだ? これ、食えないのか?」

「ぅうん……あの、そうじゃなくて…………」

 

 ぁう……どうしよう。すごく恥ずかしい。

 でも……

 

「ぃ、一緒に食べるっていう、挑戦、だから……」

「え……あ、こうか?」

 

 ミリィの言いたいことを察して、てんとうむしさんは『つながった枝ごと』サクランボを採ってくれた。

 

「で……こ、こうか?」

 

 そうして、枝のつながった部分を持ち上げて、自分とみりぃの間くらいにサクランボを持ってくる。

 

 …………はぅう……ド、ドキドキする。

 

「そ、それじゃあ……ちょ、挑戦、だからっ……」

 

 緊張で顔とか真っ赤だけど……声も、上擦って全然出てないけれど……でも。

 口づけにはまだ早いけれど、好きな人をもっと近くに感じたい。

 まだまだ、まだまだまだまだ早いけど…………

 

 きっと、二人で食べるととてもおいしいから。

 絶対絶対、おいしいから。

 

 今日のこと、忘れないで。

 みりぃのこと……絶対に、忘れないで…………お願い。

 

「ぃ……ただき…………ますっ」

 

 サクランボへ顔を近付ける。

 そしたら、向こうからてんとうむしさんの顔が近付いてくるっ。

 ぴゅぃぃいいいっ!

 逃げそうになるのをグッとこらえる。

 

 ダメ。

 挑戦、だからっ。

 

 躊躇うみりぃよりも先に、てんとうむしさんがサクランボに口を付ける。かじる一歩手前。サクランボにキスをするような感じで、みりぃを見てる。

 

 こ、これに、近付く…………ん、だよ、ね?

 

 ごくり……と、喉が鳴る。

 落ち着いて……すぅ……はぁ…………

 

 ゆっくりと近付く。

 まるで、キスするように、顔と顔が近付いて…………ぁ。

 てんとうむしさんの顔が…………赤、ぃ?

 ぁは、なんだ……てんとうむしさんも、照れてるんだ。

 

 そう思ったら、急にてんとうむしさんがかわいく見えて……

 

「ぇいっ!」

 

 覚悟を決めて、サクランボに、かぶりつく。

 

 まるで、のーまさんのプレートの鳥みたいに、つながったサクランボを一緒に食べる。

 リンゴより……全然、ずっと、もっと、ドキドキした…………ドキドキし過ぎて、味なんかわかんなかった。

 

 サクランボを口に入れると同時に、恥ずかしさが限界を超えて、みりぃは「ばっ!」て飛び退いちゃった。

 ……心臓が、痛いょう…………

 

 少し硬めのサクランボが口の中を転がる。

 ぅうう…………てんとうむしさんの顔が見られない……

 

「いやぁ……これはさすがに…………緊張したなぁ」

 

 そんなてんとうむしさんの声に、耳の先まで真っ赤に染まる。

 ちょっと……やりすぎた、かな?

 

「あんまり刺激を求め過ぎて、変な趣味に走ったりしないでくれよ?」

「し、しないっ…………もん」

 

 だ、だって、これは…………てんとうむしさんにみりぃのことを忘れないでもらうための…………

 

「けど、これでもう絶対忘れねぇよ。ミリィのこと」

 

 …………ぇ。

 

 思わず振り返る。

 すると、少し赤い顔をしたてんとうむしさんが照れ笑いを浮かべていて……

 

「まぁ、サクランボ自体は、緊張し過ぎて味とか全然分かんなかったけどな」

 

 みりぃが思っていたことと同じことを言う。

 

「ぅん……みりぃも」

 

 てんとうむしさんの前で、自分の名前は言っちゃダメって言われてたけど…………もう、いいよね?

 絶対、絶対忘れないように、何度でも言うね。

 

「みりぃも、サクランボの味、よくわかんなかった……」

 

 普段通り過ごせって言われてたけど、やっぱり難しかった。

 みりぃの日常には、もうすっかりてんとうむしさんがいて、それが当たり前だから。

 

 これでようやく普段通り。

 

 ただ、今は――

 

「んじゃあ、よく味が分かんなかったから、今度また何かを食いに来るとするか」

「――っ!?」

 

 今度……

 次の約束、できちゃった。

 

「ぅん! また今度、一緒に来ようね」

 

 本当に、てんとうむしさんはいつも、みりぃが「こうなってほしいな」って思うことを実現させてくれる……

 そんなてんとうむしさんが、みりぃは……

 

「あ、種……」

 

 そう言っててんとうむしさんが胸元をまさぐる。

 ぇ……飲んじゃった、の? サクランボの種。

 みりぃのは、まだ口の中にあるけど……てんとうむしさんの前で「ぺっ」ってするの……恥ずかしい、かも。

 

「ほら」

「……ぇっ?」

 

 おもむろに、てんとうむしさんが手のひらを上に向けて差し出してくる。

 ぇ、ぇえ……「ぺっ」ってする、の?

 

 ぅ……ぅう…………挑戦。今日は、挑戦の日……っ!

 ぇいっ!

 

「……ぺっ」

 

 なるべくよだれがつかないように、てんとうむしさんの手のひらに種を出す。

 …………と。手のひらの上に、みりぃが出したのとは違う種が載っていた。見たこともない種………………はっ!? これって、寄生型魔草の種!?

 

「あ、いや……魔草の種が取れたから、見せようと思ったんだが……」

「ふにゃぁぁあああっ! ごめんなさいっ、ごめんなさいぃぃいっ!」

 

 サクランボの種を退かして、てんとうむしさんの手のひらをごしごしこする。

 汚してごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!

 

 魔草の種は、ここで発芽されると困るからきちんと持ち帰るとして…………

 よだれを完全に拭きとらなきゃ!

 

「ミリィ」

「……ふぇ?」

「俺、今日のこと、絶対忘れない」

「忘れてぇぇえっ!」

 

 顔だけじゃなくて、全身が真っ赤になった。

 顔も心もぽかぽかすぎて熱いくらい。

 

「あはは」って笑うてんとうむしさんの声が、耳に心地いいやら恥ずかしいやらで……

 

 サクランボを食べてもっと近くに…………感じすぎだよぅ……

 

 けど、みりぃのこと、思い出してくれてありがとうね、てんとうむしさん。

 

 

 恋とか愛とか、そういうの、みりぃにはまだちょっとよくわからないけど…………

 

 だけどね、てんとうむしさん?

 みりぃはてんとうむしさんのこと、とってもとっても大好きだって、そう思ったんだ。

 

 

 

 

 

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