それから少し森の中を歩いて、ようやく見つけたのはサクランボの木だった。
「サクランボか」
「リンゴとは、随分違う、ね?」
「いやいや、どっちもバラ科の植物だ。広い意味で言えば仲間と言える」
「よく知ってるね、てんとうむしさん」
「ふふん!」
「……けど、リンゴとは、随分違う、ょね?」
「……まあな」
見つけたのはサクランボの実が二つ。
細い枝でつながって仲良くぶら下がっていた。
まるで……
「ぁ……」
「ん? どした?」
「ぅ、ぅうん。なんでもない」
サクランボを見て、のーまさんが作ってくれたプレートを思い出した。
つながったままのサクランボを仲良く食べる、二羽の鳥……
「じゃあ、半分こするか」
そう言って、てんとうむしさんがサクランボを採ろうとするから――
「待ってっ!」
――思わず止めちゃった。
「なんだ? これ、食えないのか?」
「ぅうん……あの、そうじゃなくて…………」
ぁう……どうしよう。すごく恥ずかしい。
でも……
「ぃ、一緒に食べるっていう、挑戦、だから……」
「え……あ、こうか?」
ミリィの言いたいことを察して、てんとうむしさんは『つながった枝ごと』サクランボを採ってくれた。
「で……こ、こうか?」
そうして、枝のつながった部分を持ち上げて、自分とみりぃの間くらいにサクランボを持ってくる。
…………はぅう……ド、ドキドキする。
「そ、それじゃあ……ちょ、挑戦、だからっ……」
緊張で顔とか真っ赤だけど……声も、上擦って全然出てないけれど……でも。
口づけにはまだ早いけれど、好きな人をもっと近くに感じたい。
まだまだ、まだまだまだまだ早いけど…………
きっと、二人で食べるととてもおいしいから。
絶対絶対、おいしいから。
今日のこと、忘れないで。
みりぃのこと……絶対に、忘れないで…………お願い。
「ぃ……ただき…………ますっ」
サクランボへ顔を近付ける。
そしたら、向こうからてんとうむしさんの顔が近付いてくるっ。
ぴゅぃぃいいいっ!
逃げそうになるのをグッとこらえる。
ダメ。
挑戦、だからっ。
躊躇うみりぃよりも先に、てんとうむしさんがサクランボに口を付ける。かじる一歩手前。サクランボにキスをするような感じで、みりぃを見てる。
こ、これに、近付く…………ん、だよ、ね?
ごくり……と、喉が鳴る。
落ち着いて……すぅ……はぁ…………
ゆっくりと近付く。
まるで、キスするように、顔と顔が近付いて…………ぁ。
てんとうむしさんの顔が…………赤、ぃ?
ぁは、なんだ……てんとうむしさんも、照れてるんだ。
そう思ったら、急にてんとうむしさんがかわいく見えて……
「ぇいっ!」
覚悟を決めて、サクランボに、かぶりつく。
まるで、のーまさんのプレートの鳥みたいに、つながったサクランボを一緒に食べる。
リンゴより……全然、ずっと、もっと、ドキドキした…………ドキドキし過ぎて、味なんかわかんなかった。
サクランボを口に入れると同時に、恥ずかしさが限界を超えて、みりぃは「ばっ!」て飛び退いちゃった。
……心臓が、痛いょう…………
少し硬めのサクランボが口の中を転がる。
ぅうう…………てんとうむしさんの顔が見られない……
「いやぁ……これはさすがに…………緊張したなぁ」
そんなてんとうむしさんの声に、耳の先まで真っ赤に染まる。
ちょっと……やりすぎた、かな?
「あんまり刺激を求め過ぎて、変な趣味に走ったりしないでくれよ?」
「し、しないっ…………もん」
だ、だって、これは…………てんとうむしさんにみりぃのことを忘れないでもらうための…………
「けど、これでもう絶対忘れねぇよ。ミリィのこと」
…………ぇ。
思わず振り返る。
すると、少し赤い顔をしたてんとうむしさんが照れ笑いを浮かべていて……
「まぁ、サクランボ自体は、緊張し過ぎて味とか全然分かんなかったけどな」
みりぃが思っていたことと同じことを言う。
「ぅん……みりぃも」
てんとうむしさんの前で、自分の名前は言っちゃダメって言われてたけど…………もう、いいよね?
絶対、絶対忘れないように、何度でも言うね。
「みりぃも、サクランボの味、よくわかんなかった……」
普段通り過ごせって言われてたけど、やっぱり難しかった。
みりぃの日常には、もうすっかりてんとうむしさんがいて、それが当たり前だから。
これでようやく普段通り。
ただ、今は――
「んじゃあ、よく味が分かんなかったから、今度また何かを食いに来るとするか」
「――っ!?」
今度……
次の約束、できちゃった。
「ぅん! また今度、一緒に来ようね」
本当に、てんとうむしさんはいつも、みりぃが「こうなってほしいな」って思うことを実現させてくれる……
そんなてんとうむしさんが、みりぃは……
「あ、種……」
そう言っててんとうむしさんが胸元をまさぐる。
ぇ……飲んじゃった、の? サクランボの種。
みりぃのは、まだ口の中にあるけど……てんとうむしさんの前で「ぺっ」ってするの……恥ずかしい、かも。
「ほら」
「……ぇっ?」
おもむろに、てんとうむしさんが手のひらを上に向けて差し出してくる。
ぇ、ぇえ……「ぺっ」ってする、の?
ぅ……ぅう…………挑戦。今日は、挑戦の日……っ!
ぇいっ!
「……ぺっ」
なるべくよだれがつかないように、てんとうむしさんの手のひらに種を出す。
…………と。手のひらの上に、みりぃが出したのとは違う種が載っていた。見たこともない種………………はっ!? これって、寄生型魔草の種!?
「あ、いや……魔草の種が取れたから、見せようと思ったんだが……」
「ふにゃぁぁあああっ! ごめんなさいっ、ごめんなさいぃぃいっ!」
サクランボの種を退かして、てんとうむしさんの手のひらをごしごしこする。
汚してごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
魔草の種は、ここで発芽されると困るからきちんと持ち帰るとして…………
よだれを完全に拭きとらなきゃ!
「ミリィ」
「……ふぇ?」
「俺、今日のこと、絶対忘れない」
「忘れてぇぇえっ!」
顔だけじゃなくて、全身が真っ赤になった。
顔も心もぽかぽかすぎて熱いくらい。
「あはは」って笑うてんとうむしさんの声が、耳に心地いいやら恥ずかしいやらで……
サクランボを食べてもっと近くに…………感じすぎだよぅ……
けど、みりぃのこと、思い出してくれてありがとうね、てんとうむしさん。
恋とか愛とか、そういうの、みりぃにはまだちょっとよくわからないけど…………
だけどね、てんとうむしさん?
みりぃはてんとうむしさんのこと、とってもとっても大好きだって、そう思ったんだ。
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