「じゃあ、エステラ。契約方面はお前に任せるよ」
「うん。モツの処理方法の権利と、行商ギルドとの交渉は引き受けたよ」
「ジネット。お前はしばらく通ってタレと煮込みを教えてやってくれるか」
「はい」
「あ、あのっ!」
レーラが声を上げる。
「教えていただけるなら、こちらからお伺いします!」
「悪いが、どて煮を陽だまり亭で作るわけにはいかないんだ」
酒飲みが「酒が飲めないなんて!」って文句言い出しそうだからな。
「ただし、どて煮も焼肉も、それにモツもだが、この店専有の知識じゃない。カンタルチカや他の飲み屋が知識を欲すれば、俺たちは教えてやる予定だ。模倣もすぐに出てくる。その中でどう生き残るかは、お前たち家族で話し合って決めるんだ」
『元祖』の看板だけで、どこまでも通用するわけじゃない。
本気を見せる必要があるぞ。
「ガキども。お前らも甘えていられなくなるぞ。修行は厳しい。特に、飲食店でのミスは客の命を奪いかねないことをその頭に叩き込んでおけ!」
「「は、はいっ!」」
こいつは脅しではない。
レバー一つとっても、適切に管理、調理をしないと食中毒を起こす。
ま、それはどんな食材でも言えることだ。
こいつらは誰一人料理人としての目も、生産者としての目も持っていない。
その辺を、体でしっかり覚えていかなければいけない。
デリアやジネットのような目を養うには時間がかかるだろうが……モーガンが頑張って教えるだろう。
弟子の家族のために。
美味い酒のために。
「あと、テーブルを焼肉仕様に変更する必要があるんだが……」
「そうですね……」
レーラが、店にあるテーブルをそっと撫でる。
「主人の選んだ机を残しておきたい気持ちはありますが……変わらなければ、私は子供たちもこのお店も守れませんものね……」
「お前らが嫌じゃなけりゃ、このテーブルを再利用してテーブルを作ってくれるヤツを紹介するぞ」
「このテーブルを、再利用なんて出来るんですか?」
「あぁ。デカいし、丈夫だし、品質がいい。これならまだまだ使える」
「ぜひお願いします!」
「あと、こういう七輪を作れるレンガ職人と、金網とトングが作れる金物ギルドの人間を……」
「何から何まですみません!」
ぺこぺこと頭を下げるレーラ。
ガキどもも、つられるように頭を下げている。
「レーラさん。カウさんにオックスさんも」
そんな親子をジネットが止める。
そして、べルティーナにそっくりな微笑みで静かに語る。
「エステラさんやヤシロさんは、善意から行動をされています」
えっ!?
違うけど?
エステラはともかく、俺は微塵も善意なんか持ってないけども?
「こういう時は、謝罪ではなく感謝を口にする方がきっと相手の方にも喜んでいただけると思いますよ」
「そう……ですね。私、本当に何も出来なくて……自信がなくて…………けど、皆様にお会いできた今日を、こんなにもよくしていただいた今日というこの日を境に、変わろうと思います」
線が細く、幸が薄そうに見えたレーラの微笑が、ほんの少し色づいて見えた。
「本当に、ありがとうございます。皆様」
「ありがとうございます!」
「ございます!」
親子が揃って頭を下げる。
腕を組みながらも包み込むような大らかな笑みを浮かべるエステラ。
心底嬉しそうに親子を見つめるジネット。
天井を仰いで目頭を揉んでいるモーガン。……泣いてやんの。
そして、夢中で漬け込んだモツを焼いて貪り食っているその他大勢。
こら、お前ら。ちょっとはこっちに関心持てよ!
「は~い、はいはい! ヤシロく~ん☆」
水槽の水をちゃぷちゃぷ波立たせてマーシャが挙手している。
「海産物を安く融通するから、このお店で広く宣伝してくれないかなぁ~? 七輪で網焼きにするの、陽だまり亭でもあんまり機会ないでしょ? この食べ方が一番美味しさが伝わると思うんだよねぇ☆」
まぁ~、海産物の網焼きは美味いからなぁ。
ただ焼いただけなのに、なんであんな美味いんだろうなぁ。
「って、ことらしいが。どうだ?」
「えっ、そんな! こちらに否なんてありませんよ! こちらからお願いしたいくらいで! なんならちょっと図々しいかなって遠慮してしまうくらいですよ!」
レーラ的には問題ないようだ。
なら、海産物を置いてもらえばいい。
「その代わり~……、私が来たらオマケしてねぇ☆」
「もちろんです! ここにいらっしゃる皆様からはお金はいただきません! いつでもごちそうさせていただきます!」
おぉ!?
年間フリーパスか!?
それは美味しいな。
……とはいえ。店が軌道に乗る前からそんな約束はしない方がいい。
「回数券とかにしとけ。で、繁盛したらグレードアップさせりゃいいから」
「うんうん☆ こっちとしても、払って応援したいしね☆」
金には困ってないもんなぁ、海漁ギルドのギルド長様は。
「けど、何かお礼を……いや、ご恩返しをさせていただかないと……」
「レーラさん」
一歩、ジネットが前へと進み出る。
「わたしたちは、カウさんとオックスさんにお願いされてこちらへ参りました。出過ぎた真似かとも思いましたけれど、それでも、あの時のお二人の真剣な瞳を見なかったことには出来ないと思ったんです」
店を続けるために何をすればいいのか分からなかった幼い姉弟が、分からないなりに考えた答えが、陽だまり亭へドーナツを教わりに来るということだった。
他人に頼っているじゃないかと非難するには、こいつらはまだ幼過ぎる。しょうがねぇだろう、ガキなんだし。
けれど、行き詰まった時に打開策として選んだのが、今まさに話題になり始めたあんドーナツだったという点。それは褒めてやっていいと思う。
ガキのくせに、きちんと時世を見てやがる。
レシピが公開されるならきっと頼めば教えてくれるだろう。
それなら自分たちにも出来るかもしれない。
ガキなりに、自分の出来る範囲内で取り得る行動をきちんと考えられている。
ま。まだまだ詰めが甘いけどな。
それでもだ。
この幼い姉弟の行動は、あれで十分だったのだ。この街一番のお人好しを動かすにはな。
俺はジネットを見る。
なぜか、ジネットも同じタイミングでこちらを見た。
「カウさんとオックスさん。お二人の強い信念が、きっと届いたんだと思いますよ。この街一番のお人好しさんに」
「ね?」と、見当違いな問いかけがこっちへ飛んでくる。
華麗にスルー。
天才マタドールよろしく、ひらりと身をかわしてやった。
俺にお人好しキャラを押しつけるな。それはお前とエステラの役目だ。
俺はお人好しじゃないので、こいつらに労働を強いることにする。対価だと思って甘んじて受けろ。無償労働だ。
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