「あ、あの……ヤシロ、さん……」
厨房の入り口から、ジネットが顔をちょこっとだけ覗かせている。
今日は少し青っぽい印象のメイクをしている。死者を思わせる色味だな。
「一応、着て……みたんですが…………あの、この衣装はやっぱり……その……」
着たものの、見せるのはちょっと……ということらしい。
往生際の悪い。
「じゃあ、こっちから見に行こうかな!」
「いえ! あの、待ってください! み、見せます、から……こちらのタイミングで……!」
すーはーと深呼吸を繰り返して、背筋を伸ばす。
そして、ゆっくりと姿を現したジネットは亡霊シスターの衣装を着ていた。
ウクリネスの張り切り具合がよぉく窺える、気合いの入りまくった衣装だ。
ベースがシスターなので清楚なのだが、そこはさすがのウクリネス!
見事な立体縫いでおっぱいがどどーん! 際立って見える!
そして、視線をすすーっと下げていくと――
「頑張ったなぁ、ジネット」
「そ、そんなまじまじと見ないでくださいっ!」
そこには、すっきりと美しいラインのくびれが。
デリアお前……いい仕事しますね☆
「モリーはどうなった?」
「あ、あのっ、……私は店長さんほどではないんですが……」
ジネットの後ろから、そろりそろりとモリーが出てくる。
こちらは、ところどころが破れたウェディングドレスを纏った亡者花嫁だ。
確かにほっそりとして見えるが……一部メイクで誤魔化してある。
「こ、このメイクは、お腹が岩に貫かれた設定ということでしたので、イメルダさんにお願いして、ですから、あの……っ!」
「うんうん。ちょっと間に合わなかったんだな」
「…………お菓子が、多過ぎます、四十二区……」
怪我をしたように見せるため、どす黒い赤と濃いベージュや黒っぽい色で陰影をつけてあるお腹は、色のマジックでほっそりとして見える。
けどまぁ、うん、努力はした方だろう。十分だと思うぞ。育ち盛りの女子はこれくらいで。
モデル体型を必死に維持するような年齢じゃないし、周りがデリアやノーマ、ナタリアみたいな完璧バディばっかりだからちょっと気になるだけで、そもそもあいつらの方が規格外なのだ。むしろプロだしな。
モリーくらいの方が普通だ。
「上出来、上出来」
「うぅ……優しさ、痛み入ります……」
ただ、今後運動をさぼると、一気に体形が崩れかねないから食べ過ぎには気を付けろよ。
「けど、摂取したカロリーが脂肪に蓄えられるには数日かかるそうですので、今日思う存分食べてもそれがお腹に付くのは数日後――つまり、今日は食べ放題ですっ!」
あ、この娘、ダメな子かも。
この衣装持って帰って寝室に飾っておくといいよ。思い出して自制心を鍛えなさい。
「えーゆーしゃー!」
そろそろ出発しようかという頃合いに、テレサが陽だまり亭へ飛び込んできた。
真っ白いシーツをマントのように羽織って、俺に飛びついてくる。
「おんぶぉばけー!」
「これじゃ抱っこじゃねぇか」
「だっこぉばけー!」
「どっちでもいいのかよ……」
ぎゅーっとしがみつくテレサだが、よく見ると結構際どい格好をしている。
真っ白なマントの下は、目が覚めるような青色のビキニだった。
「どうしてこうなった!?」
「おねーしゃと、おそろー!」
バルバラもこんな格好してるのか!?
――と、思ったら、してた。してたよ、マジで。
「どうだ英雄!? 可愛いだろ!」
「あぁ、すごくエロい」
「違ぇよ! 可愛いんだよ! かーちゃんがそう言ってたし!」
バルバラよ。
世のかーちゃんは、九割が自分家の子を「可愛い」って言うんだよ。
それを真に受けて行動してしまうと、外で大恥をかくことになるぞ。
断言してやる。
その格好はエロい!
「ただのビキニならいざ知らず、マントでちょっと隠すからなおエロい」
「んなことねーよー。かーちゃんの友達だっていう羊のおばさんがくれたヤツだしさー」
ウクリネスの作品か……
あいつ、結構こういうスレンダータイプ好きだよな。
ネフェリーとか、バルバラとか、こーゆータイプを着飾るのが好きなんだろう。
そして、ほどほどに露出も好きなようだ。
ウクリネス。……えらい!
「これは、どんなオバケさんなんですか?」
「なんだ、店長。知らないのか? これはおんぶオバケって言って、すーごく疲れた時とか、肩がずーんと重くなるだろ? あれは、おんぶオバケが乗っかってるせいなんだってさ!」
「マジで!? ビキニ美女が!? ちょっと俺肉体労働してくる!」
「落ち着いてください、ヤシロさん! ……もう」
そっかー、あの肩の重さ、ビキニ美女の重さだったのかー。
そう思えば、あのしんどさもそうそう悪いものじゃなく思えてくるな。
発想って、人を幸せにするよな。
「……あんまり疲れてない時は幼女が乗ってる」
「ホントですか、マグダっちょ!? それは、なんというか……一部の人には、そっちの方が御褒美になっちゃうですね……」
ハビエルに教えてやれば、張り切って木を切り倒しに行きそうだ。
深刻な森林伐採につながるかもしれん。黙っておこう。
モリーがこそっとバルバラのお腹を見つめ、そっと肩を落とす。
武闘派と比べるな。あそこらへんの人種は特別仕様なんだよ。タヌキはもともと腹がぽっこりするもんさ。タヌキ人族の宿命だと思って諦めろ。
「カタクチイワシー!」
ばたばたと、荒い足音を鳴り響かせて、ルシアがフロアへと駆け戻ってくる。
「貴様は何を考えておるのだ!?」
ふわふわのミニスカートを翻して掴みかかってくる魔法少女ルシア。
うん、意外と似合うな。
けど何か足りない……そうだ!
「ルシア、動くな! ツインテールにしてやる!」
「話を聞け! なんだこの衣装は!?」
「魔法少女だ」
「魔女ではないのか?」
「似たようなもんだ。ほれ、魔法のステッキ」
「こんなハート形の杖を使うのか、魔法使いというのは?」
まぁ、いいからいいから。
ほい、ツインテールの完成。
「わぁ、可愛いです、ルシアさん」
「む、むぅ……ジネぷーがそう言うなら…………し、しかし、スカートが短過ぎではないか?」
「見えてもいいパンツ穿いてるだろ?」
「パンツに『見えてもいい』などあるか! 絶対に見せぬからな!」
別に覗き見たりはしねぇよ。
普段は隠れている生足、生太ももだけでも満足だしな。
……ホント、脚長ぇよな。
「綺麗な脚だな、相変わらず」
「ふなぁっ!? ほ、褒められても、ちょっとしか触らせぬぞ!?」
「ちょっとでも触らせちゃダメですよ、淑女として! 落ち着いてです、ルシアさん!」
「……ルシアはチョロい」
「浮かれている、とても、ルシア様は」
魔法のステッキで俺のみぞおちを「ぐりんっ!」として、つかつかと離れていく魔法少女ルシア。そわそわと落ち着きがない。
だが、一歩外に出れば、街中のヤツらが仮装しているんだ。
恥ずかしいのは最初だけで、すぐに慣れるだろう。
で、現在陽だまり亭には悪魔とミイラとアンデットとビキニとホタルがいる。……なんか、ちょっと違うのも混ざってるが、まぁ気にするな。
「あのぉ、ヤシロさん……これ、なんなんッスか?」
そろ~っと現れたウーマロは、全身真っ黒な服を着て、首に赤ちゃんサイズの胴体をぶら下げて、ベビーキャップを被っていた。
「ウーマロベビーだ」
「いやいや、ちっちゃい体を付けただけじゃないッスか」
「夜になったら、ウーマロ顏の赤ちゃんが浮いているように見えるぞ」
「……たぶん、見えないんじゃないッスかね」
バカだなぁ。舞台の上では黒い服は「見えないもの」として扱われるんだぞ。
舞台の上じゃないんでかなり間抜けな仕上がりになっているが、まぁ、ウーマロだし問題ないだろう。
「可愛いですよ、ウーマロさん」
「いや、あの……地味に嬉しくないッスよ、店長さん……」
「……ウーマロ、よちよち」
「むはぁあああ! 悪魔のエンジェルボイス、いただきッスー!」
今日は悪魔とエンジェルが一対なんだろうな、たぶん。
なんにせよ、楽しげでよかった。
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