異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

15話 サーモンピンク -1-

公開日時: 2020年10月14日(水) 20:01
文字数:3,390

「……獣を狩ると、とてもお腹が減る」

 

 陽だまり亭に戻った俺たちは、二階の空き部屋に集まっていた。

 食堂の改装が終わるまで、ここが簡易的なリビングになっている。

 

 部屋には小さめのテーブルが置かれており、椅子が四脚並べてある。

 部屋の入り口側に座ったマグダの斜向かいに俺は腰を下ろし、その俺の背後にエステラが立っている。ジネットは今ちょっと席を外し、この部屋にはいない。

 

 テーブルを見つめるようにやや俯き、マグダが静かに語る。あの人智を超える凄まじい力のことを。

 狩猟ギルドで疎まれていた、その原因を。

 

 マグダは、大通りに突如現れた暴れ牛を瞬く間に仕留め、そして瞬く間に平らげた。

 話を聞くところによると、こいつらトラ人族は獲物を狩る才能が他のどの人種よりも優れており、しかも狩りに関して特殊な能力も持ち合わせているのだという。

 ただし、その能力を使用すると尋常じゃなく腹が減るのだそうだ。

 

「あの炎みたいなオーラが出ると、お前たちトラ人族は無敵なんだな?」

「……そう。アレが発動すれば、トラ人族は力も速度も数十倍に跳ね上がる」

 

 とんでもねぇチート能力だ。

 

「……マグダたちは、あの光を『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』と呼んでいる」

「もうちょっとマシな呼び名を考えられなかったのかよ……」

「……先祖代々そう呼んでいる」

「なんて残念な一族なんだよ、トラ人族……」

 

 ネーミングセンスが皆無どころではない。

 もはや面倒くさくなって適当につけたレベルだ。……まぁ、実際そうなんだろうが。

 

「で、その『赤モヤ』が発動すると、すげえ腹が減って狂暴化するわけだな?」

「……変な略し方は容認できない」

「正式名称がすでに変だろうが」

 

『赤モヤ』を発動したトラ人族は激しい空腹感に襲われ、目の前にある食い物を貪り食ってしまうのだそうだ。

 味など関係ない。食えればなんだっていいのだ。生肉だろうが、ガッチガチの甲羅に守られた生き物だろうが……亀の甲羅をバリバリ噛み砕いて食うこともあるらしい。

 そして、飯を食っている時のトラ人族が最も恐ろしい。邪魔する者を容赦なく、それも無意識に排除してしまうのだ。マグダは俺を投げ飛ばしたことを覚えていなかった。

 食事中に近付くものは何者であろうと排除する。本能にそう刻み込まれているらしい。

 犬猫も、食事中に触るとすげぇ怒るもんな。あんな感じだろう。

 

「……訓練をすれば『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』をうまくコントロールすることは可能」

「だがお前は、訓練の甲斐なくいまだコントロールが出来ない、と」

 

 俺が言葉を継ぐと、マグダはこくりと頷いた。

 

 つまりこいつは、狩りに出る度に狩った獲物をその場で平らげていたのだ。

 狩れるのに収穫はなし。

 マグダが言うには、どんな強い獣にも負けることはないのだとか。ただし、相手が強ければその分力を使うことになり、それに比例して空腹感が増すようだ。

 小物の獣を狩ればぺろりと。

 大物を狩ればその分ガッツリと。

 結局、肉の一欠けらも残さず綺麗に完食してしまうらしい。

 

 ……あとでスタッフが美味しくいただきましたを地で行くヤツだ。

 

「でも、狩りさえしなければ小食なんだよね?」

 

 エステラがマグダに尋ねる。

 今、マグダの目の前には黒パンとミルクが置かれているが、まったく手はつけられていない。

 

「……今は、お腹いっぱい」

 

 そりゃ、あんなデカい牛を一人で完食すりゃあな。

 

 しかし、街での一件は本当に危うかった。

 下手をすれば大損害を被るところだったのだ。

 

 

 暴れ牛騒動が収まりを見せ始めた頃、横転していた荷馬車に乗っていた商人がマグダに詰め寄ってきた。

 そいつは暴れ牛を業者に連れて行く途中だったそうで、すっかり食い尽くされた牛を見て憤慨していた。肉をすべて食ってしまったマグダに「弁償しろ!」と声を荒らげたりもした。

 

 そこで俺は、咄嗟に行動に出た。

 マグダがいなければ、被害はもっと拡大していただろうという趣旨のことを訴えたのだ。

 もちろん、牛商人に向けてではない。その場にいた住民、とりわけ大通りに店を構えている人々に向けてだ。

 

 すると、俺に追随するように、この一連で大なり小なり被害を受けた者たちから口々に声が上がった。

「暴れ牛に商品を壊された」「肉や野菜を食い散らかされた」「店舗を荒らされ柱を傷付けられた」などの実害に対する訴えから始まり、果ては「暴れ牛の登場に驚き転んで膝を擦り剥いた」「ウチの爺さんが腰を抜かして立てなくなった」「ウチの子供にトラウマが植えつけられた」などの言いがかりと呼べるものまで。被害自慢合戦の如く、非難の矢が四方八方から掃射されたのだ。

 

 そうしてひとしきり騒いだ後、その場にいた者たちはある一つの結論を牛商人へと突きつけた。

「そもそも牛を逃がしたお前が悪いのではないか」と。

 

 時として、被害者の団結力というのは凄まじい勢いを見せる。ああいった場面なら尚更だ。

 ただ、そんな強固な団結力も、きっかけがなければ生まれない。

 その場にいる誰もが同じ思いを抱いていると分かっていても、誰もが先陣を切ることを躊躇する。万が一、周りからの賛同を得られなかった場合を懸念してな。

 

 故に、俺がその役を引き受けることにした。

 もちろん正義感からじゃない。まったくの無関係なただの傍観者なら、口を出すだけバカだ。

 

 が、その場において、俺はマグダの関係者だった。

 

 打ってもまったく響かないマグダ相手じゃ、凄みを利かせて詰め寄ったところで牛商人もそれ以上なす術がないだろう。すると、牛商人は次にどういう行動に出るか。

 言うまでもない。関係者探しだ。

 そんなことをされては堪らない。だから俺は、自ら進んで火点け役を買ったのだ。

 

 俺の予想は的中し、一度点いた火は業火のごとく燃え上がった。

 暴れ牛の被害を訴えるだけに留まらず、マグダを庇うような意見さえも出た。

「この娘がいなければウチの店は倒壊していたに違いない!」「小さい体でよくやったぞ!」「大したもんだ!」などである。

 マグダの功績を称賛し、もしマグダに難癖をつけるのであれば、今後この通りを歩かせないとまで豪語した者もいたほどだ。

 

 結果、牛商人は「牛は逃げたと思うことにする」とマグダへの損害請求を取り下げた。

 その言葉を聞き、俺は心底安堵した。

 牛丸ごと一頭なんて、賠償請求されたらいくら払わなければいけなかったか……焼き肉で腹いっぱい食ったって牛のほんの一部でしかないのだ。……恐ろしや恐ろしや。

 

 ちなみに、あれだけぶっ飛んだことをしでかしたマグダを擁護する意見が多く出たのには、マグダの容姿と、そしてその後の行動に関係しているものと思われる。

 

 マグダは小さく、表情こそ乏しいが顔の作りも悪くはない。可愛いと言ってもいいだろう。

 そんな小さな子がご飯をいっぱい食べて、食べ終わった後に満足そうに「ごちそうさま」をしたのだ。

 オッサンオバサン問わず、その場にいた大人たちは撃沈していたね。

 俺も、ちょっとだけヤバかった。

 食っていたのが牛肉でなければコロッと騙されていたかもしれない。……いやほら、満足そうに「ごちそうさま」したところで、「お前、いくら分食ってんだよ!?」って思うと可愛さよりも苛立ちが先に来るだろう?

「遠慮しなくていいぞ」とファミレスに連れて行った子供が、本気で一切遠慮しなかったら、「いや、遠慮しろよ!?」って怒鳴るだろう? そんな感じだ。

 

 俺は、牛肉が減っていく度に「今ので一万……二万…………あぁ五万は飛ぶな」と思っていたから、ハラハラしっぱなしだったぜ。

 

 まぁ幸いなことに、料金は請求されなかったからよかったけどな。

 代わりに、牛商人が大通りのブラックリストに載ってしまったようだが。

『杜撰な管理で街に被害を与えた』という旨のチラシが作成され、大通りの掲示板に張り出されることになった。その張り紙がある期間は、あの牛商人は大通りを通れないらしい。

 商談に行くにも、商品を届けるにも大通りを迂回しなくてはいけないのだそうだ。

 すげぇロスになるだろうな。ただでさえボロい荷馬車だったというのに。

 

 四十二区の大通りは、みすぼらしいながらも、道はきちんと均されている。

 馬車の通行にも耐え得る強度だ。

 だが、一本路地に入れば悪路に次ぐ悪路だ。……また牛逃がすんじゃねぇの。

 

 ちなみに、掲示板に張り出されたそのチラシが、例の俺の手配書の上に重ね張りされたことで、俺だけが密かに大喜びしていたのは内緒だ。

 

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