「本日よりお世話になります、イメルダ・ハビエルですわ。よろしくさせて差し上げますわ」
朝っぱらから、アホがアホなことをのたまっている。
「……ジネット~、塩~」
「追い返さないでくださいますこと!?」
木こりギルドの視察が行われたのは一昨日のことだ。
夜中まで騒ぎ倒し、そのままトルベック工務店が用意した宿泊施設に泊まってもらって、木こりギルドの面々が帰っていったのが昨日の昼頃。
で、今朝。
目の前に木こりギルドのお嬢様、イメルダが立っている。
しかも、よく分からないことを言っている。
「……ジネット~、コショウ~」
「焼く気ですのっ!? ワタクシを熱した鉄板でミディアムレアにするつもりですの!?」
朝からテンション高いな、こいつ……
一昨日の疲れがいまだ抜けきらず、俺はまだちょっと眠たかったりする。
頭が回らない。
「えっと……木こりギルドの支部が四十二区に出来るのは決定したんだよな?」
「えぇ、そうですわ。ワタクシの一声で実現したと言っても過言ではありませんのよ?」
いや、そもそも、お前の一声で却下されかけたんだよ。
「支部のことは、このワタクシ自らが一手に引き受けて差し上げますので、大船に乗ったつもりでいてくださいな」
「大きくても、素材が泥だと不安なんだけどなぁ……」
「鋼鉄ですわ!」
「じゃあ沈みそうだな」
「う………………軽い、鋼鉄です」
「むしろ逆に不安」
この勢いだけで発言しているお嬢様の操縦する船になんか乗り込んだら、港を出る前に転覆すること請け合いだ。大船だったら、逃げるのに苦労しそうだもんな。
「というかだな……そういう話は領主に言いに行ってくれ」
「何をおっしゃっていますの? あなたの行動が、言葉が、ワタクシの心を動かしたんですのよ? あなたが責任者に決まっているでしょう?」
いやいや。
責任者と行動した人間は別物だぞ。
工場でも、物を作るのは作業者だが、責任を取るのは上司の役目だ。
ここいらの責任は全部エステラに丸投げするのが俺なりのルールなのだ。こっちに持ってこられて堪るか。
……居留守でも使うか?
「あ~、すまん。今気付いたんだが、オオバヤシロは現在取り込み中なんだ。また出直してきてくれ」
「じゃあ、あなたは誰ですのっ!?」
くぅ~……面倒くさい。
「おはようッス~! あれ? ハビエルさんとこのお嬢様じゃないッスか?」
そこへ、ウーマロが朝食を食いにやって来た。
いいところに来た! お前、元四十区民で顔見知りだろ? うまいこと言って追い返せ。
「あら、ちょうどいいところに。トルベックさん、先日の宿、アレ、木こりギルドの支部にしますので明け渡しなさい」
「ほゎあっ!?」
「なかなかの居心地でしたわ。少々改良が必要ですが……及第点といったところかしら?」
「ヤシロさん、この人何言ってんッスか?」
「俺に聞くな。お前の方が付き合い長いだろう?」
「オイラが女性と付き合いなんかあるわけないじゃないッスか!?」
あぁ、言われてみれば、こいつ一回もイメルダの顔見てない。全部俺経由で会話してやがるな。
「とにかく、場所とかに関しては、お前のオヤジとウチの領主で話し合って決めてくれ。俺らじゃどうすることも出来ん」
と言っても、木こりギルド支部の場所はほぼ確定しているけどな。
下水処理場のそばに広大な土地を確保してある。そこに支部の建物を建て、ギルド構成員の住む寮を作り、木材の加工場と保管庫を作る予定だ。
ちなみに、イメルダが言っているのはニュータウンにある宿なので、イメルダの要望がのまれることはないだろう。
「それじゃあ、ワタクシは今日からどこで眠ればいいのです!?」
「家に帰れよ! 徒歩圏内だろう!?」
「ワタクシにはもう、帰る家などございませんっ!」
「いや、あるだろう!? 四十区のくっそ目立つところにドーンっとでっかい家が!」
この娘、何言ってんの?
「とりあえず、オイラは関係ないんで、飯食わせてもらうッスね」
「あ、こら、ウーマロ!?」
……ちっ、逃げやがったか。
「朝から何を騒いでるんだい?」
「おぉ! エステラ! いいところに来た!」
「あら、あなたは……」
「えっ!? な、なんでイメルダが?」
「エステラ、ちょっと来い」
俺はエステラを連れて、イメルダから距離を取る。
「なんか、今日からこっちに住むとか言い出してるんだが?」
「は!? 家、どうするのさ?」
「ニュータウンの宿を寄越せって」
「誰がそんなの許可するのさ!?」
「……あのお嬢様が、じゃないか?」
どうやら、エステラにも話は通っていないらしい。
この調子じゃあのお嬢様、父親にも話してないんじゃないだろうか?
「領主権限でなんとかしてくれ」
「あのねぇ、ボクは領主『代行』であって、決定権はないんだよ。決定を下すのはあくまで父なんだよ」
「じゃあ父を呼んでこいよ」
「父は病気で外には出られないんだよ」
「じゃあ父のとこに連れて行けよ」
「だったらまず、あのお嬢様をあの場所から動かしてみせてよ」
お前は一休さんか!?
「とにかく、彼女一人の一存では事態は動かせないよ。ギルド長のミスター・ハビエルがここにいれば、また話は別だろうけど……」
「ワシならここにいるぞ!」
「ミスター・ハビエルッ!?」
突然降りかかってきたデカい声に振り返ると、イメルダの後ろにハビエルが立っていた。
「お、お父様っ!? どうしてここへ!?」
イメルダも驚いているところを見ると、やっぱりイメルダはこっそり抜け出してきたんだな。
「ワシの部屋にこんな手紙が舞い込んでおってな。『陽だまり亭へ行きます。探さないでください』」
「行き先言っちゃってんじゃん!?」
探さないで以前の問題だ!
何が『どうしてここへっ!?』だ!? そりゃ来るわ!
「この文面から読み取るに……イメルダ、お前、ここに住みたいんだな?」
「その通りですわ、お父様っ!」
読み取れちゃうもんなんだなぁ、あんな文章から……
「改革には、迅速な行動力が必要なのです! バッと速く! ガッと力強く! 強引なまでにっ!」
「しかし、イメルダ。こちらにもいろいろ準備しなければいけないことがあるのだ。従者の選定から、引き継ぎ、それにだな……」
「大丈夫ですわ! ワタクシ、一人暮らしをいたしますから!」
結論言おうか?
絶対無理だよ。賭けてもいい。
「絶対無理ッスよね」
ハビエル登場で騒がしくなったからか、ウーマロが再び入り口付近までやって来て、状況を見守っている。
お前も無理だと思うなら賭けにはならねぇな。
「イメルダ。お前に一人暮らしなどさせられるわけがないだろう? 食事はどうするのだ?」
……スッ。と、イメルダが俺を指さす。
「……指さないでくれるか?」
「では、寝床は?」
……スッ。と、ウーマロを指さす。
「……指さないでほしいッス」
「危険な目に遭ったらどうする!? 悪い男に言い寄られたりでもしたら!?」
「………………」
……スッ。
「だから、俺を指すなっつうのに」
結局こいつは、自分では何も出来ないんじゃねぇか。
「決意は、固いんだな……」
おいおい、ハビエル?
今の流れでどうしてそういう結論に行き着く?
完全に思いつきの突発的な行動だろうが。
二、三発引っ叩いて連れて帰れよ。
「相分かったっ! ワシもここに住む!」
「いいから帰れ、お前ら!」
「ここに住んで、屋台に通う!」
「妹目当てだろうが、テメェは!?」
くそ……こいつらが木こりギルドでさえなければ、四十二区への出入りを禁止するのに……っ!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!