「「「「「ただいまぁ、陽だまり亭~!」」」」」
心の底から、そんな言葉が漏れ出てきた。
疲れたぁ……今日は本気で疲れた。
これまでのイベントに比べて何もしてないはずなのに、今日のが一番疲れた。
やっぱ、精神的ダメージって耐性つきにくいんだろうな。
「さぁ、みなさん! 何が食べたいですか?」
「いや、ちょっとは休めよ、ジネット……」
「はい。ヤシロさんたちは休んでいてくださいね」
いや、お前も……
あぁ、もういいや。
料理することでHPが回復する変わった生き物なんだよな、お前は。
「とりあえず、一口食べたら半年くらいは目覚めない危険な食べ物をベッコに」
「やめてくだされ、ヤシロ氏! 冗談でも危険過ぎでござる!」
あはは~、冗談じゃないんだぞ?
なんなら、湿地帯にでも埋めに行きたいくらいなんだから。
「大丈夫でござるよ。ヤシロ氏の許可なく誰かに譲るようなマネはしないでござる。これは完全なる趣味でござる故、金額もつかぬ、商品にもならぬものでござるよ」
「そう、ですか……残念です」
ジネットがしゅんとうな垂れる。
これで諦めてくれるといいんだが。
「商品にならない…………はっ! そうです、ヤシロさん! ここはゴミ回収ギルドの出番ではないでしょうか!?」
「また懐かしいもん引っ張り出してきたな!?」
今現在最も危険なジネットを厨房へと追いやる。
しばらくはベッコと完全隔離しておくのがいいだろう。
「しかし、大きな棚をお願いしなくてよかったです」
賞を総ナメにしてトロフィーをずらりと並べると豪語していたロレッタだが、ようやく現実が見えたようだ。
「楯二つ分の棚で事足りるですね」
「俺の分は飾らねぇよ」
一個分で十分だ!
「どうしてです!?」
「……仲間の功績は陽だまり亭みんなの功績」
「『ヤシロ子ちゃん』なんて店員はこの店にはいないんだよ!」
誰が飾るか、あんな忌まわしい楯!
明日にでも竈にくべてやる。
「ヤシロ。竈にくべるなら、ボクの楯もあげるよ」
「いや、お前のは飾っておけよ、準『ミススタイリッシュ』、ぷぷーっ」
「おや、どうもありがとう『ヤシロ子ちゃん』!」
……こんにゃろう。
「あ~、でも、あたしも欲しかったですねぇ。この際楯なんて贅沢は言わないです。参加賞的な何かでもいいです」
「しょうがねぇだろう。あたいらは、選ばれなかったんだからさ」
「また、今度頑張ろぅ、ね? ろれったさん」
「むぅ……」
楯がもらえたのは、準『ミススタイリッシュ』のエステラと、準『ミス料理上手』のノーマと、準『ミス元気娘』のパウラ、『ミスマッスル』のマーシャに、『ミスキュート』のマグダ。そして『ミス素敵やん』のベルティーナだけだ。
教会のガキどもと一緒に帰ったベルティーナと、テレサを寝かしつけると先に帰ったバルバラ。セロンと一緒に帰ったウェンディ。
この辺のヤツは陽だまり亭でのお疲れ会には参加しない。
今ここにいる面子でもらっていないのは、ジネット、ロレッタ、ナタリア、ミリィ、デリア、レジーナ、ネフェリー。
まぁ、もらったからってマグダたちを省く必要はないんだが……
「なんでもよかったのか? 参加賞っていや、しょーもない記念品くらいだぞ?」
「それでもよかったですよ~……なんというか、『今日のあたしは可愛かったんですよ』って証が欲しかったです」
「そーかい。んじゃ、これをやるよ」
保険じゃないが……
万が一にも誰か一人だけ何ももらえなかったら――そんなことを考えて一応用意しておいた物が、役に立ちそうだ。
フロアに隠しておいた革の袋から小さな記念品を取り出し、渡す。
「お兄ちゃん……これは?」
「ミスコンテスト陽だまり亭杯の参加賞だ」
それは、翼の生えた太陽をモチーフにした、五百円玉サイズの記念ピンバッチだ。
陽だまりの温かさと、未来へ羽ばたく無限の可能性を表現している。
「俺が審査委員長を務める小規模のミスコンだけどな」
「お兄ちゃんが審査委員長の賞で、あたしコレもらえたですか!? うはぁ! やったです! すごく嬉しいです!」
小さな記念品を両手で握り、大げさに天を仰いで高々と掲げる。
飾るには小さ過ぎる、ささやかな景品だ。
「ちょっと待ってです、お兄ちゃん! こ、これっ、『グランプリ』って書いてあるですよ!?」
あ。
そういえばなんか細かい部門を作ってみんなグランプリにしたんだっけ?
とはいえ、せいぜい「頑張ったで賞」とか「字が綺麗で賞」とか、その程度の子供騙しな賞だ。
「あたし、お兄ちゃんにグランプリもらったです! 選んでもらったです! やったーです!」
……だから、そんなオーバーにはしゃぐな。
ささやか過ぎて、逆にちょっと恥ずかしくなってきた。
「あぁ、まぁ……なんももらえないのもアレかと思ってな」
「じゃあ、あたいの分もあったりするのか!?」
「みりぃの、も?」
「あぁ、一応な。けど、本当に大したもんじゃ……」
「やったぁー!」
「ゎーい!」
デリアにミリィまでもが、ロレッタが感染したかのように諸手を挙げてはしゃぐ。
バンザイするほどのことかね?
「んじゃあ、記念品を――」
と、革袋からピンバッチを取り出そうとした時、「わしっ!」っと、服の裾を掴まれた。力強く。
「……」
振り返ると、マグダがじっと俺を見上げていた。
俺の服を掴んでいるのとは逆の手に、『ミスキュート』の楯を握って。
「……」
間違っても捨てようとか考えるなよ。こんなしょーもないピンバッチのために。
……ったく。
デリアとミリィには悪いが、ちょっと後回しにさせてもらおう。
「マグダ」
「……」
「これはな、俺が主催のミスコンだから、四十一区のミスコンとはなんの関係もないんだ」
「……」
「だから、向こうで受賞しているとかいないとか、そういうのはこっちの審査にはなんら影響しない」
「……じゃあ」
「ウチのマグダが賞から漏れるなんて、あり得ないだろ」
ロレッタとの待遇にちょっと差は出てしまうが、……こんな泣きそうな顔をされたんじゃ仕方ないだろう。
片ヒザをついて恭しく、マグダのケープにピンバッジを取り付ける。
穴は……まぁ、あとで誤魔化せばいいだろう。小さい穴だし。
「『ミス看板娘』グランプリだ。おめでとう」
「……そう」
自身に付けられたピンバッチを指でなぞり、その文字を読み、尻尾をぴんと立たせる。
「……むふー」
満足そうで何よりだ。
「ヤシロはマグダに甘過ぎるよなぁ」
「くすくす。そこが、てんとうむしさんのぃいところ、でしょ?」
「まっ、そうさねぇ」
マグダが楯をテーブルに置き、くるくると回り始めた。
いやいや、楯も大事にしろ? 飾っとけ、な?
「……マグダは陽だまり亭の看板娘。いや、看板娘界の頂点」
まぁ、楽しそうで何よりだ。
「ヤシロ! あたいは!?」
「ほい、デリア」
「えぇ~……。マグダみたいに着けて……ほしい、な?」
デリア……どこで覚えた、そんなあざとい上目遣い。
ミスコンの準備期間で誰かに教わったのか……危険だな、ミスコン。来年から廃止にしてやろうかな。
「それじゃあ、グランプリのバッチを贈呈します」
「あはっ! なんかくすぐったいな」
自分から催促したくせに。
……で、この後全員に着けなきゃいけないんだろうな、この流れ。
「ちょっと穴あくぞ?」
「いい!」
そーかい。
「デリアは『ミス頼れるお姉さん』だ」
「えっ!? 強いとか筋肉とかじゃなくて!? そ、そういうの、あたいにくれるのか!?」
「ガキどもの面倒とか、よく見てくれてるだろ? 俺も頼りにしてるしな」
「そっかぁ! あたい、もっともっと頼れるようになるからな!」
デリアはそういう言葉が好きかなと思ったんだが、とりあえず外しはしなかったか。
次は『キュート』要素も入れてやらなきゃな。
「じゃあ、ミリィ」
「ぅ、ぅん! ……ぇへへ、なんか、てれる、ね」
恥ずかしそうに俯いて口元を緩めている。
やっぱ、ガーターベルトがチラ見えしていても、ミリィは『可愛い』だな。
「ミリィは『ミス森の妖精』だ」
「ぁはっ。ぅん。みりぃ、森大好き」
「また一緒に森行こうな」
「ぅん!」
……ちょっと安直だったかなぁとは思わなくもないが、イメージが固まってしまったら変更が利かなかった。
喜んでくれたようで一安心だ。
「でりあさん、見せっこしょ」
「おう! あたいのやつ、可愛いんだぞ~!」
と、デリアと二人で戯れ始めた。
体格差は倍くらい違うのに、精神年齢は同じくらいのようだ。笑顔がよく似ている。
「ん、んんっ! ア、アタシにも、あるんかぃね?」
「おう。服に穴があくといけないから脱いでくれるか?」
「分かったさね」
「ノーマさん、ストップです! 最近、ちょっと残念な娘過ぎるですよ!?」
またしてもロレッタに止められてしまった。
しょうがないので、高そうな服に穴をあける。
「ノーマは『ミス癒し系』だ」
「い、癒し……!? それは、また意外というか……アタシといると、癒されるんかぃね?」
「落ち着くしな、ノーマの隣は」
「そ……そうかぃ、ね…………くふふっ」
人は、予想外のところを褒められると嬉しいと感じる。
どーせ『ミスマシュマロ』とか『ミスやわやわおっぱい』とか言われると思ってたんだろう。
もし、マジでヘコンでたら……って思って考えた賞だからな。今回はそういうノリはなしだ。
「『ミスマシュマロ』とか『ミスやわやわおっぱい』とか言われると思ってたさね」
「そっちがいいなら変更してやるが?」
「いーや! こっちがいいさね! 大切にするさね」
お気に召したようで何より。
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