異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚6 馬車の中 -1-

公開日時: 2021年3月2日(火) 20:01
文字数:3,173

 ウェンディの親に会いに行こうという話をした翌日。

 俺たちは今、エステラの家の馬車に揺られて四十区を目指している。

 ガコガコと揺れる馬車に少し気分が悪くなる。馬車の性能があまり良くないのだ。おまけにエステラの持っている馬車は小さく、馬力も低い。

 

「しょっぼ!」

「文句あるなら走って付いてくれば!?」

 

 なんでもこの馬車を曳く馬は、誕生の場にエステラが立ち会い、そして名前を付けた非常に思い入れのある馬らしい。

 毎日毎日話しかけて、大切に育てているそうだ。

 

「確かに馬車は小さく、馬力も低い。けど、この馬にはボクの愛情と夢と希望が込められているんだよ!」

「『爆乳号』だっけ?」

「そんな名前付けるかっ!」

「ヤシロ様。『爆乳になりたいよ~号』です」

「なるほど、夢と希望が詰まってるな」

「そんな名前でもないよ!?」

 

 馬の名前は『ナントカカントカ』と、長ったらしい感じだったので割愛するが、まぁ、愛馬らしい。

 とはいえ、いくら愛情をかけて育てようと、遅いもんは遅い。

 そこで、ハビエルに頼んでいい馬車を貸してもらおうというわけだ。

 ハビエルの家には三頭立ての早馬車があるからな。

 

「昨日のうちに、ハビエル様からの許可は取り付けております。イメルダ様にも口添えいただき、快く承諾してくださいました」

 

 そんなナタリアの説明に、俺は憤りを感じずにはいられない。

 

「だったら、昨日のうちに馬車を借りてきておけば、最初からいい馬車で出発できたんじゃねぇのか?」

「ハビエル様所有の名馬にもしものことがあれば…………四十二区は破産しますよ?」

「……そんな大袈裟な」

 

 凄みのある表情で微笑むナタリアに、嫌な汗が噴き出してくる。

 いや、馬が高いのは分かるが……そんないい馬を持ってるかぁ? 四十区に住む、言ってしまえば『たかが』ギルド長が? 成金貴族が区の財政ほどもする馬を?

 

「お父様の馬好きは趣味の域を通り越して、もはや馬主の域ですわ。様々な品種を掛け合わせて最高のサラブレッドを生み出すことに身命を尽くしているんですわ」

 

 俺の隣に座っているイメルダがそんなことを言う。

 

「え? 馬主って、金だけ出して『頑張って儲けてね~』ってヤツじゃないのか?」

「馬主は馬を所有している人のことだよ。調教師を雇う人もいれば、自分で調教する人もいるよ」

 

 俺には競馬の馬主のイメージしかないのだが、こっちでは馬車や騎乗用の馬を育てるヤツが馬主らしい。なんか、そういうのは『ブリーダー』とか言いそうなんだけどな。

 ……一口馬主詐欺には手を出していなかったので、馬の知識はさほどない。やっときゃよかったかな。

 

「ミスターハビエルの馬は、愛好家の中では評判がいいんだ。けど、畜産ギルドに加入していないから売買は出来ない。愛好家は毎日のように血の涙を流しているようだよ」

 

 馬主の説明に続いて、そんな話をしてくるエステラ。

 やっぱ、畜産ギルドとかあるんだな。牛乳とか羊毛とかなんだろうが、どこまでが含まれるんだろうか。食肉もそこに入っているのだろう。

 そして、当然馬車用の馬も。

 

「売買しなきゃ、自分で育てるのはありなのか?」

「何を言ってるんだい。陽だまり亭にもニワトリがいるじゃないか」

「あ……あれと同じ扱いなんだな」

 

 ニワトリと馬では随分違うような気がするが……ルール上は同じなんだそうだ。

 

「陽だまり亭で採れた卵を売っちゃいけないように、ミスターハビエルの育てた馬は、ミスターハビエルしか使っちゃいけない。……もっとも、贈与することは可能だけどね」

「なるほど……それで貴族や他の強豪ギルドに便宜を図ってもらってるんだな?」

「まぁ、ゼロではないだろうね」

「イヤらしい! イヤらしいオヤジだよ、あの髭だるまは!」

「ワタクシの親を侮辱しないでくださいまし! 仮にその通りにイヤらしいオヤジであったとしても!」

「いや、イメルダ……自分で肯定しちゃってるよ……」

「おまけにロリコン趣味の度し難いド変態だったとしても!」

「酷くなってる、酷くなってる!」

 

 ヒートアップするイメルダを、エステラが宥めている。

 

 今現在、四人乗りのこの馬車には俺とエステラ、ナタリアにイメルダが乗っている。進行方向を向いた奥の席、いわゆる上座にエステラが座り、その向かいにイメルダが座っている。エステラの隣はナタリアだ。

 

 そして、俺たちの馬車のすぐ後ろを走るもう一つの馬車には、ジネットとセロンとウェンディが乗っている。

 エステラが用意できる馬車はこの二台しかなく、また、陽だまり亭の営業もあるので――

 

 

『……ロレッタ。あなたはもう一人前……教えることはもう何もない』

『とか言いながら、あたし一人を置いてけぼりにしようって魂胆が見え見えです! ダメですよ、マグダっちょも残ってです!』

 

 

 ――なんてやり取りを経て、今回マグダとロレッタには留守番をしてもらっているのだ。

 

 それもこれも、貧相な馬車しか持っていないエステラが悪い。

 

「……ったく。エステラが巨乳だったら、こんなことには……」

「関係ないだろう!? ボクが巨乳でも馬車のグレードは上がらないよ!?」

「じゃあ一生貧乳のままでいろ!」

「お断りだよっ!? …………誰が貧乳かっ!?」

 

 狭い馬車の中で暴れるエステラを、俺、ナタリア、イメルダが「……まったく、この娘は」的な目で見つめる。

 

「なに!? なんで、ボクが間違ってるみたいな空気になってるの!? 今気付いたけど、このメンツだと、ボク物凄くアウェーだよね!?」

 

 というか、そもそもがだ……

 

「ハビエルがそんないい馬を持ってるなら、イメルダの馬車を使えばよかったじゃねぇか」

 

 イメルダの家には、ヤンボルドの作ったファンシーな馬車があったはずだ。

 それを、ハビエルの育てたいい馬とやらに曳かせればよかったんだ。

 

「ワタクシの馬車は、ワタクシ専用ですの」

「ケチケチすんなよ」

「それに、あの馬車は見栄え重視で、高速移動には向きませんわ。馬がのんびりお散歩する速度を超えると車輪が外れますの」

「不良品じゃねぇか!?」

 

 なんてこった。

 顧客の無茶な要求をあれもこれもとのみ込んだ代わりに、最も大切な耐久性を犠牲にしていたのか……ある意味、ウーマロとは考え方が真逆かもしれないな。

 ウーマロなら、機能第一で意匠は二の次にしそうだ。

 

「ワタクシがそれで構わないと言ったんですよ。どうせ、急ぐ用などそうはありませんもの。必要なら、実家からそれ用の馬車が迎えに参りますわ」

 

 なんてお嬢様思考なんだ……

 旅行に手ぶらで行って、「現地で買えばよくね?」とか言うヤツレベルのワイルドさだ。男前過ぎるだろう。

 

「そんな貧弱な馬車しかなくて、木こりギルドの支部としてやっていけるのか?」

「門のそばに支部を作っていただきましたので、特に馬車を必要とすることなどありませんわ。遠方からのお客様は、ご自分の馬車に乗っておいでになりますし」

 

 まぁ、そりゃそうなんだろうが……

 

「イメルダのとこって、馬もほとんどいないよね?」

「必要ありませんもの」

 

 エステラの言葉に、イメルダはさも当然というような口調で答える。

 いやいや、必要あるだろうに。

 

「木こりギルドだったら、重たい丸太とか運んだりするんじゃないのか?」

「馬にも劣るような力しかない者は、木こりギルドに必要ありませんわ」

 

 つまり、馬に頼らず自分で運べということか……

 言われてみれば、マグダもミリィもノーマも、でっかい荷物を自力で運んでたっけな。獣人族、ハンパねぇな……

 

 そういうわけで、イメルダの馬車は使えず、俺たちはエステラの家の馬車に分乗してハビエルの家を目指しているのだ。

 イメルダは、たまたま実家に帰る用事があったとかで同行することになった。

 ハビエルに話を通してもらう見返りに同乗させているというわけだ。

 

 ついでだから、などと言っていたが……一緒におしゃべりしながら小旅行気分でも味わいたかったのだろう。なんだかんだで寂しがり屋だからな。

 

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