物の十分でテーブルの修繕は完了した。
確認作業に時間がかかったが、入念にチェックした結果、ウーマロのOKが出た。
これで、テーブルがどうにかなることはもう二度とないだろう。
「いやぁ、まさかあそこで釘を減らすとは……」
「万が一にも破損した時に、釘で怪我をする恐れがあるッスから可能な限り減らしておくんッス」
「接合部の木材同士に溝を掘って噛み合わせるなんて……勉強になりました」
「やはは。これは基本ッスからまた機会があれば違った加工も紹介するッス」
「マジですか!? 是非是非!」
「その代わり、潮風で腐食しない工夫とかあれば、今度教えてほしいッス」
「それでしたら任せてください! 海での建設なら、俺ら得意ですから! なぁ?」
「「へい!」」
なんか仲良くなってる。
しかも、若干ウーマロが優位に立ってる。
こうやって他所の大工たちを吸収していったんだろうなぁ。
お~お~、三十五区の大工たちの目がキラキラしちゃってること。
「……ウーマロ、人気者」
「だな」
「……そんなウーマロに大人気のマグダ」
「頂点に立とうとすんじゃねぇよ」
あれ?
もしかしてこれって、マグダ病患者が増えるフラグか?
あんまり増えると煩わしいんだけどなぁ。
「もう直ったですか!? さすが大工さんたちですね! すごいです!」
「い、いや。俺らは……教わりながらやっただけだから」
「それでこの完成度なら余計にすごいですよ。ウーマロさんの指導は厳しいってウチの弟たちも言ってたですし、妥協知らずのウーマロさんのOKが出たんなら、みなさんの腕がいいって証拠です」
「いや、それほどでも……なぁ?」
「「へ、へぃ……えへへ」」
「謙遜する必要ないです! すごいです! やっぱり、一流の人は基礎がちゃ~んと出来てるですから飲み込みも早いですね、きっと。これで、あたしたちは安心してお料理できるです。ありがとです、みなさん!」
「「「やだ、なにこの娘!? めっちゃ可愛いっ!」」」
ロレッタ病患者が増えた!?
そういやこいつは大工キラーだったっけな。
媚びるわけでなく、素で賞賛してくるからぐらっときちまうんだろうなぁ。大工連中、普段は怒鳴られる方が多いだろうし。
特に、妥協知らずの怖ぁ~い棟梁の下にいると。
「……ロレッタ。やり手」
「あいつのアレは天性の才能だな」
「……ふむ」
三十五区の大工どもがでれっとした顔でロレッタを見つめる中、マグダがそのそばまで歩いていき、修繕されたテーブルをぽんっと叩いて呟く。
「……マグダは、この完璧に修繕されたテーブルでお料理するのが楽しみ」
「はぁぁああん! マグダたんの期待に応えられて、オイラ感激ッスぅ!」
三十五区の大工三人の声援よりも熱量の高い声援を受けて満足そうに尻尾を立てるマグダ。
張り合うなよ、負けず嫌いめ。
「ふふ。すっかり仲良しさんですね。みなさん」
「まぁ、一回仕事してみりゃ、出所不明の噂なんかどうでもよくなるからな。自分の目が一番信用できるもんだし」
「ウーマロさんのたゆまぬ努力とお人柄の賜物ですね」
「ま、技術はあるからな」
「くすくす」
なぜ笑う。
俺は事実を述べているだけだぞ。
……ったく。
けどまぁ。
「よかったな。誤解が解けて」
「はい。わたしもそう思います」
ウーマロが笑っている。
それがなんだか、妙にほっとした。
「災い転じてというヤツだな」
ルシアが、わいわいと賑やかな大工たちを見つめてぽつりと呟く。
三十五区の大工とトルベック工務店の良好な関係の構築がルシアの狙いだったのだ。目的は達したと言えるだろう。
実際会わせてみれば、危惧していたほど深刻な状況ではなかった。
だが、今日のこの出会いがなければ港の建設に大きな影響が出ていたかもしれない。
これだけでも、ここまで出張してきた甲斐があったというものだ。
俺は海産物が好きだからな。
ゴリも美味いが、ブリやカツオも食いたい。それが、島国日本で生まれ育った俺の正直な気持ちだ。
三十五区の大工どもには、粉骨砕身、身を粉にして働いてもらおう。
「精々こき使ってやるよ」
「あぁ。盛大に揉んでやるといい」
「えっ!?」
「大工の話だ!」
「……ちっ」
「ヤシロさん。……めっ」
ジネットが脇腹をぐりぐりと突っついてくる。
やめろ、くすぐったい。
「オオバ様。この度は我が主を救ってくださり、誠にありがとうございます」
ドニスのところの執事が俺に頭を下げる。
ついさっきまでエステラに頭を下げていたと思ったら、今度は俺のところだ。通す筋が多過ぎて忙しいな、執事は。
「いいよ。ドニスに怪我なんかされて、三十五区の大工は危ないなんて機運になりゃ、四十二区の港の工事がどんどん遅れるからな」
事故がないのが一番。
事故があっても誰も怪我しないのが二番目だ。
「お心遣い、感謝いたします」
深く頭を下げ、その後穏やかな笑みをこちらに向けてくる。
「ドニス様の長年の悩みを解消してくださり、『BU』のルールに縛られ低迷していた我が区の財政をお救いくださり、新たな名産を生み出し未来を明るくしてくださった。あなたは、ドニス様の憂いをいつも取り払ってくださいます」
「やめてくれ。大袈裟に持ち上げられると気持ちが悪い」
「あなた様は、私の中で二番目に大切な方です」
「やめろっ。気持ち悪い!」
「ヤシぴっぴ、……ラブ」
「キモい!」
「ヤシロ。ほどほどにね」
「向こうに言え!」
見当違いなことを抜かすエステラを一睨みしてから、妙に熱っぽい視線を向けてくる執事をドニスへ突き返す。
俺の順位なんか三十番目くらいでいいっつの。
つか、次期後継者のフィルマンより俺を上にすんじゃねぇよ。おっかねぇよ、むしろ。
「店長さん! もち米が蒸し上がったっぽいです!」
「はぁ~い。今行きます」
ロレッタに呼ばれ、ジネットは「では」と俺に挨拶をして蒸し器の方へと駆けていく。
いよいよ餅つきだ。
「ギルベルタ」
ルシアの後ろで静かに立っているギルベルタを手招きして呼び寄せる。
やや俯き、遠慮がちに近付いてくるギルベルタ。
「誰のせいでもないから、もう気にするな。餅つき、楽しもうな」
「……ん。受け取っておく、私は。優しい気遣いを、友達のヤシロの」
確認不足による事故。
ギルベルタも、物凄く責任を感じているようだ。
「何かあったら、出来るヤツに頼れ。頼れる相手がいるってのも、その人間の能力の一つだぞ」
「頼る……うん。分かった思う、私は。頼らせてもらう、友達のヤシロ」
給仕長たるもの、常に完璧であれ――的な矜持があるのかもしれないが、出来ないこととやっちまったことは仕方がない。
いつまでも引き摺るより、反省だけはきっちりしてさっさと気持ちを切り替えて前を向く方が大切だ。
こういう、ミスが許される場面で失敗できたことをラッキーだと思えるくらいに図太くなればいい。
ナタリアなら、きっとそうしているさ。
「ギルベルタさん」
頼れる給仕長の先達。ナタリアがギルベルタの前へと進み出る。
エステラがそうするように指示したのだろう。ちょっと離れて見守る体勢を取っている。
「仕事での汚名は、仕事で雪ぐべきです」
「挽回する、汚名を」
「返上しましょう」
「そうする、私は」
「では、心労を与えてしまった皆様のために、今なすべきことは何か――分かりますね?」
「うん。分かる、私は。実行する、速やかに」
「私も、お手伝いいたしましょう」
言うが早いか、二人の給仕長はすたすたと歩き出し、俺たち全員の視線が届きやすい場所へと移動した。
そして、二人並んでこちらを向いて、おもむろに――
「あは~ん」
「うふ~ん、と吐息を漏らす、私は」
――セクシーなポーズを取った。
「何やってんの二人とも!?」
「癒している、みんなの心を」
「癒されないよ!?」
「むはぁあ! ギルベルタ、かわゆす! いとかわゆす!」
「発作を起こさないでくださいルシアさん!?」
「……目の毒だ。……ちら」
「指の隙間から見ないでください、ミスター・ドナーティ! で、体をくねらせるのやめてナタリア!」
エステラが一人で大はしゃぎだ。
それにしても息ぴったりだな、給仕長。さすがと褒めるべきところか、これは?
ま、おかげで場は和んだわ。
「みなさ~ん! お餅つきを始めますよ~!」
ジネットが手を振って俺たちを呼び、出張餅つき大会の開催が宣言された。
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