異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚30 花園ティータイム(ティーじゃないけど) -3-

公開日時: 2021年3月6日(土) 20:01
文字数:3,345

「ある物を空高く放り投げてほしい。ずっとずっと高くだ」

「なんだ? なんか、変わった依頼だな。……だが、面白そうじゃねぇか。詳しく聞かせてくれよ」

 

 カブリエルの顔つきが変わる。

 職人気質の厳しそうな表情の中に、少年のような好奇心を織り交ぜて。

 食いついたな。よし、好感触だ。

 

「投げてもらうのは、火をつけてから十数秒で大爆発を起こす玉だ」

「なっ!?」

「爆発っ!?」

 

 物騒なワードに、一瞬花園がざわつく。

 花園に来ていた虫人族が何事かとこちらへ視線を向ける。

 

「大丈夫だ。取り扱いを間違えなければ危険はない」

 

 きっとレジーナとセロンが、安全な花火を完成させてくれる。

 

 俺は、カブリエルたちに花火の説明をしてやる。

 それはとても美しい炎の芸術で、祝いの日には持ってこいであるということ。そして、そいつは虫人族がいなければ生み出すことの出来ないものであるということも。

 

「協力してほしいんだ。一組の、新しい夫婦の幸せのために」

「人間と虫人族の結婚を、人間と虫人族が協力して祝う……そいつが出来りゃ、もっと歩み寄ることが出来るかもしれねぇな。頭の固い連中もよ」

 

 もちろん、そうなるように企画したものだ。

 

「それで、どれくらいの高さまで放り投げればいいんだ?」

「頭上に150メートルほどだ」

「ひゃっ!? 150…………か」

「十数秒で到達させてほしい」

「ってことは、200くらい飛ばすつもりで投げて、150付近で爆発させるのが理想か?」

「まぁ、そうだな」

 

 俺たちの作る花火は、爆発時に直径が60メートル程度になる予定だ。

 球状に炎が飛び散る花火は、安全のために直径の倍程度上空で破裂させなければいけない。

 そして、それくらい高く上がっている方が、美しく見える。

 

「出来るか?」

「やってみねぇことには、なんとも……だがっ! やってみてぇ」

 

 職人の瞳に炎が宿った。

 こういう目をするヤツは大丈夫だ。きっと成功させてくれる。

 なんだかんだ、こいつらはやっぱり仕事に飢えていたんだろう。

 難しくてハードルの高い、やり甲斐のある仕事を目の前にした時の親方に、よく似た表情をしている。

 

「何度か四十二区に来て、練習してくれると助かる」

「任せておけ! 何日か泊まりがけで行ってやる!」

「カブさんっ! 俺も! 俺も行きたいですっ!」

「おう! 何人か使えそうなヤツ見繕って、四十二区に乗り込むぞ!」

「うっす!」

 

 物凄くやる気になってくれたようだ。

 ……つか、やっぱりお前ら仕事してねぇだろ。泊まりがけの遠征を即決しやがった。ミリィは一日あけるためにいろいろ根回しに走り回ってたってのに……

 

「だがまぁ……ここの蜜がしばらく飲めねぇと思うと、ちょっと寂しいけどな」

「そう……っすねぇ」

「ぁ、ぁの…………っ!」

 

 この話題を待っていたと言わんばかりに、ミリィが震える声を張り上げる。

 ガチガチに緊張しつつも、譲る気はまったくなさげな力強い目でルシアを見つめる。

 

「も、もし……許可が、でるなら…………っ、こ、ここの蜜を、飴にしたいっ……ですっ」

「飴?」

 

 それは、ミリィが最近始めたという新しい趣味だ。

 ベッコの家からもらった花を育てて、そこで採れる蜜を飴にしている。

 採れる蜜の量が少なく、趣味程度に留めると言っていたらしいが……

 ネクターを飲んで考えが少し変わったらしい。

 この味を是非飴にしたい……随分と、商売人らしい発想になったものだ。

 花園の蜜を使った飴は、俺も考えていたことだからな。ミリィが俺に近付いている…………なんだろう、なんかすげぇ不安な気分になってきたな。俺みたいなひねくれ者にならないでくれよ、ミリィ。……誰がひねくれ者だ。失敬な。

 

「しかし、花園の蜜を商売に利用させる気は……」

「ぅ、売りませんっ! ぁ、ぁの……大切な人に、贈り物…………ここの蜜なら、きっと、みんな……もらうと、嬉しい、から」

「贈与用……か」

「それくらいの商売なら、させてやってもいいんじゃないか?」

 

 贈与用とはいえ、人気が出れば金が動くこともあるだろう。

 だから、完全予約制にして、なんならそれ用に職人を雇ってもいい。

 

「生花ギルドと三十五区の共同開発で、虫人族たちの大好きなこの味を銘菓にしてやればいい。売上金は、花園の維持費にでも当ててよ」

 

 そして、いまだ難しい顔をするルシアにこそっと耳打ちをする。

 

「働き口がない連中に仕事を振ってやればいい」

 

 ウェンディの両親は、お世辞にも裕福層には見えなかった。

 きっと、かつて『亜系統』と呼ばれた者たちにはまともな職がないのだろう。

 そいつらに、領主が仕事を斡旋してやればいい。

 

 開発にミリィが加わることで、ミリィは個人的にここの蜜をもらえるようにして、残りの利益は還元してやれば文句も出ないだろう。

 

「はぁ……貴様は、やたらと例外を作りたがるがな、そうそう特例を認めていては……」

「実現すれば、定期的にミリィに会えるぞ」

「特例を認めよう! 生花ギルドのギルド長と話をつけて、すぐにでも開発に取りかかるっ!」

 

 うん。

 この領主はいい意味で最低だな。いい意味でな。

 

「よぉしっ! 飴でもなんでも、ここの蜜の味が味わえるなら文句はねぇ! 四十二区に乗り込むぞ!」

「はいっ、カブさんっ!」

 

 これで、なんとか花火の目途はついた。

 あとは、シラハとオルキオを引き合わせて虫人族たちの意識改革を……

 

 

「ヤシロさんっ!」

 

 

 風に乗って、懐かしい声が聞こえてきた。

 春の陽射しのように柔らかくて暖かい……まるで、陽だまりのような声……

 

 振り返ると……

 

「……ジネット」

 

 ジネットがこちらに向かって懸命に駆けてきていた。

 大きな胸をばいんばいん揺らして、大きく手を振り、ジネットなりの全速力で…………全速力の……徒歩?

 

「走るの、遅っ!?」

 

 相変わらず、ジネットはどん臭い。

 けれど、それがなんともジネットらしくて……

 

「ヤシロさんっ!」

 

 俺の前まで来ると、ジネットが両手を広げて飛びかかってきた。

 俺の胸へと一直線に。

 俺も両腕を広げて、ジネットを迎える。

 

 たかが二日ぶりだってのに大袈裟なもんだが……

 

 俺は、感動の再会を喜ぶようにジネットを抱きしめ……ようとして、ナタリアに掻っ攫われた。

 

「揺れ過ぎの爆乳、けしからんです! だが、それがいいっ!」

「にゃぁあああっ!?」

 

 寸前で、横入りしてきたナタリアがジネットを抱きしめ、どさくさに紛れて右手で左パイを揉み揉みしている。

 

「あぁっ!? 俺がやろうとしたことをっ!?」

「こんなことをしようとしたんですかっ!? 懺悔してくださいっ!」

「なんで俺!?」

 

 アホのナタリアに感動の再会をぶち壊しにされ……まぁ、たかが二日で大袈裟だったし……よくよく考えると、あそこで抱き合ったりしたら、後々死ぬほど悶絶するような羞恥が……………………結果として、でかしたナタリア。

 

「す、すみません。あの、久しぶりだったもので、ちょっと、取り乱してしまいました」

「いえ、私も、あまりにばいんばいんだったので取り乱してしまいました」

「お前に言ったわけじゃねぇよ、今のジネットの謝罪。そこは横取りすんな。あと、お前は適当に懺悔してこい」

 

 ジネットも我に返ったようで、「未遂に終わってホッとしました」的な照れ笑いを浮かべている。

 

「それで、ジネットちゃんはどうして花園へ? 帰るところだったの?」

「あ、いえ。少しお散歩していたんです、二人で」

 

 二人。ギルベルタか?

 振り返るジネットの視線を追うと、そこに品のいい小柄なお年寄りが立っていた。

 ジネットよりも少し背が低く、線が細い。

 背中に美しい蝶の羽が生えているからアゲハチョウ人族なのだろう。

 白く染まった白髪はまとめられて、気品の溢れる落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 どこかの大金持ちの大奥様。そんな印象を受けるお婆さんだ。

 

「あらあら。お久しぶりねぇ、ヤシロちゃん」

「……へ?」

 

 脳みその中の記憶を全部ひっくり返して探してみるも、こんな上品なお婆さんに会った記憶はない。

 ニアミス……どっかで見かけただけ?

 しかし、相手は俺の顔と名前を覚えているし…………『ヤシロちゃん』?

 

 ハッとして、そのお婆さんの頭に視線を向ける。

 頭の前で揺れている触角は、右側だけ半分から先がなくなっていた。

 

「シッ、シラハッ!?」

 

 それは、もはや別人レベルにまで、とんでもなく激ヤセをした、シラハだった。

 

 

 ジネット、お前…………どんな毒を盛ったんだよ?

 

 

 

 

 

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