「よう! 今日もメイクが決まってるな」
「うっせぇよ、あんちゃん」
最早、すっかり通い慣れた四十区。
俺はパーシーの砂糖工場へと来ていた。
あの夜中の会談から中一日をあけて、今日は早速砂糖をもらいに来たのだ。昨日は一日、方々への通達や細々とした作業や準備に走り回っていたのだが、今日もこのあと予定が詰まっている。やるべきことはサクッと終わらせなければ。
「んじゃ、さっさと許可を取ってケーキの販売を始めるかね」
「なぁ、あんちゃん。ケーキってあれだよな? 大通りの向こうにある気取った店の……」
以前エステラと行った店のことだろう。
「あれ……美味いか?」
「不味くはないが、ただあれは俺の求めているケーキではないな」
「あんちゃんの言うケーキってのはあれじゃないのか?」
「全然違うぞ。まぁ、完成したら食わせてやる」
「砂糖を使うんだよな? どんくらい甘い? オレ甘い物に目がないんだよなぁ、マジで」
いろいろあり、いろいろ考え、いろいろ吐き出したせいだろう。パーシーは憑き物が落ちたようにさっぱりした顔つきになり、以前のようなチャラチャラした雰囲気が戻ってきている。
もっとも、前みたいに相手の顔色を探るような卑屈さはなくなっているが。
「自分で作った砂糖をさ、こう、樽一杯『ザラーッ』っと食えちゃうくらい甘党なんだよなぁ」
「……お前、よく死なねぇな、そんな食い方して」
普通の人間なら糖尿病一直線だ。
「そこまでバカみたいな甘さはないが……砂糖ダイレクトじゃ味わえない高尚な味わいがあるとだけは言っておこう」
「お……ぉおおっ! なんか分かんねぇけど、すごそうだなぁ……」
パーシーの小鼻が膨らんでいる。どんだけ興味惹かれてるんだよ。
「よしっ! 後学のためだ! しょうがねぇ、うん、しょうがねぇ。オレ、ついていく!」
「お前……仕事しろよ」
「明日から頑張る!」
「うわ、コレ絶対頑張らないヤツだ」
「頑張るっての! オレ、男だぜ!?」
「先延ばし、カッコ悪い、男らしくない」
「うっさい! 甘いケーキが食いたい!」
「断言する姿勢だけは男らしいな。……内容を度外視すれば」
まぁ、ケーキの美味さを知れば明日からの仕事に弾みがつくってんなら、食わせてやらんでもない。どっちにしろ、ワンホール焼くつもりだしな。
………………あ、絶対ワンホールじゃ足りないな。うん、そんな気がする。
「んじゃ行くか」
「モリーも呼んでくるっ!」
子供みたいに輝く笑顔で駆けていくパーシー。
つくづくシスコンである。そして、完璧に子供だ。昨日、暗殺未遂を起こした男とは到底思えない。
意気揚々と駆けていったパーシーだったが、数分後戻ってきた時には肩を落とし、しょんぼりとしていた。
「……仕事があるから無理って」
「妹の方がしっかりしてんじゃねぇかよ……」
妹にはお土産を持って帰るということで話をつけ、パーシーだけがついてくることになったという。
……お前も仕事するっていう風にはならなかったんだな。
「んじゃ、行くか」
俺はパーシーと連れだってアリクイ兄弟の畑へと向かう。
砂糖大根の価値と今後の展望に関して、マグダとアッスントが説明をしに行っているのだ。
「あぁ、そうだ。二人っきりのうちに聞いておきたかったんだけどよ」
俺がパーシーのもとへ一人で来たのは、聞きたいことがあったからだ。
それも、出来るだけ内密に。
「闇市に流れた砂糖の行き先なんだが、お前は心当たりあるのか?」
「……なんでそんなこと聞くんだ?」
「いや……ちょっと気になることがあってな」
闇市は行商ギルドに真っ向から盾突くシステムで、教会をはじめ貴族や住民にも認められていない、毛嫌いされるものだ。当然堂々と取引など出来ないし、取引があることが知れれば自分の名に大きな傷が付く。
パーシーも、もう触れてほしくない話題なのだろうが、これだけはどうしても聞いておきたかった。
「モリーは今年で十三歳だっけか?」
「そ、そうだけど……やらねぇぞ?」
怖い目で睨むな、シスコン。
「そのモリーが生まれて間もない頃、お前が工場を引き継いだとして……普通に商売をしていて子育てと仕事を両立できたとは考えにくい。お前、バカだし」
「ひでぇ!? オレ、超頑張ったつぅの!」
「随分と前から闇市に砂糖を流していたんじゃないのか?」
並んで歩き、なるべく顔を見ないように話しかける。
話しにくいことは、顔を見られると一層話しにくくなるしな。
「まぁ…………もう、八年くらいになるか……でも、最初はまっとうにな……っ!」
「分かってるよ。しょうがないことくらい、生きてりゃいくらでもある」
俺は闇市を利用したことを責めているんじゃない。
そんなことはどうでもいいんだ。
「八年もの間砂糖を流し続け、それなのに一般に砂糖が行き届いていない。四十区の一流ケーキ屋ですら黒糖を使っている有り様だ。となれば、どこかが流れてきた砂糖を買い占めていると考えるのが妥当だろう」
むしろ、パーシーに砂糖を流させるように働きかけていた可能性すらある。
一昨日聞いたところによると、パーシーは今年二十歳だそうだから、八年前ということならまだ十二歳。そんな子供を騙すのは容易なことだろう。不安を煽ってやれば一発で落とせる。
そこまであくどいことをやったかどうかは知らんが、この八年砂糖を不当に手に入れ甘い汁を啜っていたヤツがいる。これは間違いない。
「まぁ、あんちゃんの言う通りなんだが……さすがに、ここでオレがそいつの名前を言うのは……」
「今川焼き……」
「――っ!?」
「…………だよな、やっぱ」
言い渋るパーシーに俺の予想をぶつけてみると、見事に正解だったらしい。パーシーの瞳孔がこれでもかと言わんばかりに見開かれた。
やっぱそうだったか。
あの今川焼きに使われていたあんこは黒砂糖では再現できない味だった。
あの店では昔から上白糖を使用していたんだ。パーシーの作った『新砂糖』をな。
俺もずーっと気付いていなかったのだが、今川焼きの店は四十区にあるらしい。祭りの際はエステラが『特別枠』として出店を依頼していたそうだ。
どうりで、四十二区を歩き回っていた時に見かけなかったわけだ。……さり気に探していたのに…………いや、ほら、最初にジネットから奪っちゃったし……祭りで返せたからいいけどさ。
今川焼きの店が四十区にあるというのであれば納得だ。
「な、なぁ! そのこと……誰かに話す……のか?」
「いや。むしろ緘口令を敷きたいくらいだ。お前も絶対誰にも言うな」
『新砂糖』が一般に普及すれば、今川焼き屋も今後は正規品を使うようになるだろう。味も変わることはない。
俺たちが黙っていれば、誰もその過去を知ることはない。
ジネットの好物が、闇市を利用して作られていたものだったなんて、わざわざ知らなくてもいいことだ。
食べ物に罪はないのだ。
下手に、いい思い出に泥を塗る必要など、どこにもないのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!