異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編2 ベルティーナ -1-

公開日時: 2021年3月11日(木) 20:01
文字数:2,300

「シスター、お花に水やってくるねー!」

「こーら、あんたたち、『やってきます』でしょー!」

「今度からそー言うー!」

「こらぁ! 待ちなさぁーい!」

 

 子供たちは、今日も元気よく走り回っています。

 ここにいる子たちは本当にみんないい子ばかりで、純粋に、まっすぐに育ってくれています。

 彼ら、彼女らに励まされているのは、いつも私の方です。

 

「……いけませんね。こんな沈んだ顔をしていては、子供たちを不安がらせてしまいます」

 

 誰もいなくなった談話室で、自分で自分に言い聞かせます。

 

 …………ヤシロさんの記憶は、本当に戻るのでしょうか。

 

「シスター! おにぎりの、お差し入れー!」

「シスター、朝ご飯食べてないからー」

 

 ロレッタさんの弟さんが二人、私におにぎりを持ってきてくれました。

 この子たちは本当によく気の利く子で、前から教会にいた子供たちともすぐに仲良くなって。

 本当に優しく、明るくて、よく出来た子たちです。

 

「ありがとうございます。ですが……今は食べられそうにありません。よければ、二人で分けて食べてください」

「シスターからのもらいものやー!」

「得した気分やー!」

 

 そんなことを言って、一つのおにぎりを半分に分け、二人で仲良く頬張る。その様がなんとも可愛らしくて、私はまた、癒されるのでした。

 少し単純過ぎるきらいはあるものの、このまままっすぐに育ってくれることを切に願います。

 

「では、私は礼拝堂にいますので、何かあったら呼んでくださいね」

「「はーい!」」

「みんなと遊んできてください」

「おまかせー!」

「そういうの得意ー!」

 

 元気よく飛び出していく二人の背中を見て、思わず頬が緩みました。

 ……けれど、またすぐに強張ってしまいます。

 まったく。私の心配性は、いつになったら治るのでしょうか。

 よくジネットにも呆れられてしまいます。「シスターは心配性過ぎです」と。

 ジネットも、人のことは言えないと思うのですが。

 

 礼拝堂に入ると、私は懺悔室に向かいました。

 そして…………「あと一度だけ」と、自分に誓いを立てて……

 

「…………はぁ」

 

 私はため息を落としました。

 どんなにため息を吐いても、胸の奥に溜まった重苦しい気持ちは出ていってはくれません。それが分かっているから、ため息は吐かないようにしているのですが……

 

「精霊神様……」

 

 私は、精霊神様の前で跪き、手を組んで祈りを捧げます。

 

 ですが、なんと祈ればいいのでしょうか。

 

 彼の記憶が戻りますように……

 それとも、彼が無理をして苦痛にあえいだりしませんように……でしょうか。

 

 記憶がなくなったらもう一回やり直しだと、レジーナさんはおっしゃいました。

 また一から、あの時と同じように、もう一度出会って、そして積み重ねていく――彼がいなくなるわけではないのですから、それならそれでいいのかもしれません。

 お人好しで、少しひねくれて意地悪な部分もありますが、親切心が服を着て歩いているような彼のことです。きっとまたすぐにあの優しい顔を見せてくれることでしょう。

 

 そして、記憶を取り戻すには体力がいる……とも、レジーナさんはおっしゃっていました。

 無理やり記憶を呼び戻そうとして、気絶してしまったと……

 

 私は、彼にそんな負担をかけたくはありません。

 私に出来ることは…………

 

「どうか……彼の心が穏やかでありますように」

 

 心からの祈りを捧げることのみです。

 

「ぅはははーいっ!」

 

 不意に、表が賑やかになりました。

 子供たちが庭で騒いでいるようです。

 

 ジネットがいつも作りに来てくれる朝食は、ジネットの店の準備がある関係でいつも早朝になります。

 それに合わせて、子供たちは早寝早起きをしています。

 ですので、これくらいの時間でも、いつも元気いっぱいなんです。

 

 ですが、お日様がちゃんと顔を出すまでは、大声で走り回ったりということは極力避けるようにと、いつも言い聞かせています。

 朝はゆっくり眠りたいという方も、いらっしゃるでしょうから。

 

 子供たちも、その言いつけをいつもきちんと守り、日の出までは畑の水やりや、談話室で日用品の修繕などに時間を使っています。

 

 そんな子供たちが、こんなに大はしゃぎをするなんて久しぶり…………そう、あの日、彼が初めてここを訪れた時以来ではないでしょうか。

 

「……まさか」

 

 無意識に速まる鼓動を感じつつ、私は懺悔室を後にしました。

 玄関へ回り、庭へ出てみると……

 

「一人一回ずつだっつってんだろ!?」

「きゃははは! こわーい!」

「うぎゃあああ、こわーい! きゃっきゃっきゃっきゃっ!」

 

 ヤシロさんが、子供たちを両脇に抱えてグルグルと回っていました。

 ……あの日と、同じように。

 

「はぁ……はぁ…………お前ら、数は増えるわ、成長して重くなるわ……そのくせ柔らかさはまだまだ未熟だわ…………散々だなっ!」

「「ぅはーい! さんざんだってー!」」

「何に喜んでんのか分かんねぇよ!」

 

 子供たちを降ろして、肩で息をするヤシロさん。

 言葉は乱暴でも、そこに含まれているのは計りようもないほどの優しさ……

 

「はぁ~……もう疲れた。俺、もうオッサンなんだから手加減しろよな」

「「「「おっさーん!」」」」

「自分で言うのはいいけど、人に言われんのはムカつくんだよ!」

「「「「きゃー! 怒ったー」」」」

「「「「回してー!」」」」

「「「「グルングルンしてー!」」」」

「一人一回までだっつってんだろ! 並ぶなっ!」

 

 ……くすっ。

 

「ふふ…………うふふふ」

 

 不思議なものです。

 彼の……ヤシロさんの顔を見た途端、先ほどまで重くのしかかっていた不安な気持ちが一瞬で消えてしまいました。

 

 このままでもいい。

 ヤシロさんが、こんな風に穏やかな表情を見せてくれるのであれば……たとえ私のことを忘れてしまっても…………

 

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