異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

395話 手ごわい策略家たち -1-

公開日時: 2022年10月12日(水) 20:01
文字数:4,834

 元ド三流記者のバロッサがオールブルームを去った後も、イベント会場にはしばらくの間微妙な空気が流れていたが、カンパニュラに招待された三十区の騎士たちがどやどやと押し寄せてきたのを機に空気は一変した。

 

「「「りょ、領主様の御々足!?」」」

 

 ブルマ姿のカンパニュラに歓喜と幸福の舞を踊り、一層強い忠誠心を示した騎士たち。

 ……を、軽く締め上げた大工や漁師や狩人たち。

 四十二区でカンパニュラに狼藉を働くとそうなるんだよ。

 

 その後、カンパニュラが間をとりなし、和やかながらも賑やかな空気が会場を包み込んだ。

 

 

 そして、そんな狂乱の午前を終えて、夕方。

 陽だまり亭には『午後のハンコ』を求める客が押し寄せていた。

 

「焼き鮭、うンめぇえ!」

「ご飯粒が体に沁みるぅ~!」

「ハンバァァァーーグ!」

 

 久しぶりに食べるイベント以外の料理に、妙な感動を覚える者が割といた。

 こいつら、イベントに入り浸ってたんだな。

 まぁ、担々麺とか、今を逃すとまたしばらく食えなくなるし、「今のうちに!」って気持ちは分からんではないけどな。

 

「あ、あのさ、ウチのカミサンにさ、その、感謝をさ、こう、こっそり伝えられるようなさ……」

「はい。お好きな文字を書くことも可能ですよ? ご自分で書かれてみますか?」

 

 あぶり出しの包装紙は、パウンドケーキと共に話題となり、手に入れようと多くの者が殺到していた。

 そんな中、それをうまく使おうなんてヤツもちらほら現れた。

『あなたが好きです』スタンプも、割と需要があったが、自分で文字を書くというのがここにきて一気に流行り出した。

 

 

「これ、噂のパウンドケーキ」

「まぁ、嬉しい。早速あぶり出してみましょ。あぶりあぶり……え、『いつもありがとう』……って、これ?」

「まぁその、……いつも、ありがとな」

「嬉しいっ!」

 

 

 みたいな展開を期待しているのだろう。

 

「けっ! 爆発すればいいのにっ!」

「お兄ちゃん、抑えてです!」

「……さっきから、ヤシロが爆発しっぱなし」

「どうして君は、他人の幸せを喜んであげられないのさ」

 

 どうして?

 俺が別に幸せでもないのに幸せそうにしてるヤツがムカつくからですけど!?

 

「末期だね、まったく」

 

 呆れ顔でパウンドケーキを齧るエステラ。

 こら、何を当たり前のような顔で食ってんだよ。それが欲しくて多くの者が朝夕と陽だまり亭に金を落としているというのに。

 

「宣伝の一環だよ。こうしてボクが美味しそうに食べていると、みんなも食べたくなってくるだろう?」

 

 だったら、昭和のビールのポスターでも見習って無意味に水着姿にでもなれっつーの!

 バドガールみたいな、超ミニボディコンスーツでもいいけどね!

 

「お~い、冷凍ヤシロよ~い!」

 

 もっさりわっさりと髪の毛を揺らして、ボンバーヘッドタートリオが陽だまり亭に顔を出す。

 

「ほっほ~ぅ、盛況じゃぞい。それが、噂の『魔法のお菓子』かのぅ?」

「なんだよ、魔法って」

「隠された文様が浮かび上がるんじゃぞい?」

「魔法じゃねぇよ」

 

 むしろ科学だ。

 

「まぁ、子供らが『魔法じゃぞい、魔法じゃぞい』と騒いでおるからのぅ、そんな愛称が定着するのも時間の問題じゃぞい」

「まぁ絶対『魔法じゃぞい、魔法じゃぞい』とは言ってないだろうけどな」

 

 お前だけだよ、そんな奇妙な言葉を使うのは。

 

「ほれ、ワシもハンコを集めてきたぞい」

 

 どこで手に入れてきたのか、タートリオは午前と午後、両方のハンコが押された台紙を持っていた。

 

「お前、今日は会場に来てなかったじゃねぇか」

「取材は毎日行っておるのでなぁ、手に入れる方法はいくらでもあるんじゃぞい」

 

 他の記者がもらったハンコを奪ってきたのか。このパワハラ上司め。

 

「あ、ター爺も台紙持ってきたですか? ちょっと待っててです、今パウンドケーキ持ってくるです」

「おぉ、すまんのぅ、ロレッタちゃんや。ロレッタちゃんの直筆で『ター爺ステキ』って書いてきておくれじゃぞい」

「任せてです!」

「「「「じゃあ、俺も俺も!」」」

「ふぉぉおう!? 急に集まってこないでです、メンズたち!? 圧がすごいです!」

 

 ロレッタが安請け合いをして、他の男性客に群がられている。

 面倒な仕事が増えるから、安請け合いはするなと常々言って聞かせているのだが……迂闊だな、ロレッタは。

 

「じゃあ俺はマグダちゃんに――」

「……マグダの直筆メッセージには、台紙四枚が必要」

「くぉおお、さすがマグダちゃん! ロレッタちゃんほど安くない!」

「ちょぉーい! 聞き捨てならないですよ!? あたしも明日からはそーするですからね!」

「……ちなみに、店長の直筆は台紙八枚が必要」

「「「日替わり定食を八つください!」」」

 

 絶対食えねぇだろうが、バカヤロウども。

 

「ほっほっほっ! 四十二区は賑やかでえぇぞい」

「人口の八割がバカだからな」

 

 下手したら九割を超えるかもしれない。

 

「ロレッタちゃん、戻ってくるのに時間がかかりそうじゃのぅ」

 

 オッサンどもに群がられているロレッタを見やって、タートリオが目を細める。

 そしてこちらを向き、口元に浮かべていた笑みを消す。

 

「……バロッサ・グレイゴンが現れたようじゃの」

「よく知ってるな」

「あの場には、ウチの記者もおったんじゃぞい」

 

 そっか。あの場に情報紙の記者もいたのか。

 よく殴りかからなかったこと。

 

「組合の方も、判決を受けて動きが慌ただしくなっておるようじゃぞい」

「やっぱ、グレイゴンの影響は断ち切れなかったか」

「というよりは、そうならぬように内部で責任のなすりつけ合いが起こっておるようじゃの」

 

 ウィシャートや、その後ろ盾と懇意にしていた者も多いのだろう。

 グレイゴンの処刑のついでに、背後関係を洗われるかもしれないと戦々恐々としているわけだ。

 

「グレイゴンは、土木ギルド組合の笠を着て随分派手に動いておったようじゃからのぅ、土木ギルド組合の印象は地に落ち果てておるぞい」

「じゃあ、やっぱ解体待ったなしか?」

「まぁ、もともとが王族ゆかりの一級大工に仕事を回してもらえない弱小大工たちの集まりじゃったからの。それが増長して自滅するなら、誰も手を差し伸べたりはせんぞい」

 

 王族や中央の貴族たちと懇意にしている大工は組合には入っていない。

 もとより、中央区付近には大工自体が少なく、その少ない大工連中は王族や有力貴族の関係者ばかりで、そんな連中は組合には入らず、独自で稼ぎを出している。

 組合に入っていたのは、そういった有力者から仕事を振ってもらえない外周区や『BU』、それより少し内側にいるけれど発言力やコネを持ち合わせていない大工たちばかりだった。

 

 最初は、人員を融通したり仕事をシェアしたりと相互扶助としての働きが強かった組合だったが、数が集まり大きな組織となったことでその立場が大きく変わった。

 領主ですら下手に口出しが出来なくなっていき、組合は次第に影響力を増していった。

 外周区程度であれば、領主に脅しをかけてごり押しすることすら可能になるほどに。

 

「最初は真面目な組織だったんじゃぞい。今の役員連中の曽祖父ひいじい様の代くらいまではのぅ」

 

 今の役員連中はオッサンからジイサンだから、その二世代前あたりから腐敗していったとなると、かなり長い期間腐敗していたことになる。

 自浄作用が機能しなくなって久しいってところか。

 

「木こりギルドのギルド長がハビエル氏になってからは、外周区、特に下層三区へのあたりは一層激しくなっておったの」

 

 平民上がりの貴族であるハビエルが気に入らなかったのだろうか。

 それとも、大工と密接に関係する木こりギルドが四十区に拠点を置いたことが癇に障ったのかもしれない。

 

 なんにせよ、小せぇ連中だ。

 

「それで、四十区の道はデコボコだったんだな。あの状況なら、『大工を派遣しましょうか』って話があってしかるべきだもんな」

「頭角を現し始めていたトルベック工務店を、四十区の仕事から遠ざけようとウィシャートに紹介なんぞしておったようじゃしの」

「ウィシャートの館の修繕って名指しだって聞いてたけど、組合が一枚噛んでやがったのか」

「恩を売っておきたいという魂胆もあったんじゃろうの。あの頃のトルベック工務店はメキメキ腕を上げておったからのぅ。もともといい腕はしておったがの」

 

 そのまま成長を続ければ、組合を代表する大手になる。そんな期待を寄せられていたのかもしれない。

 だが、トルベック工務店は四十二区と接するようになり、組合の想像を凌駕するほど成長し過ぎた。

 他の大工たちを置き去りにする勢いで技術力を上げ、新たな知識を得て、他の追随を許さない集団になった。

 そして、目立ち過ぎてウィシャートに目を付けられ、専属を突っぱねたことで潰されそうになった。

 

「どんな名馬も、主人の言うことを聞かねば駄馬なんじゃぞい」

 

 操れないなら潰してしまえ、か。

 世界は自分を中心に回っていると考えている連中の考えそうな発想だ。

 

「ま、その結果、育ての親の逆鱗に触れて返り討ちに合ぅたんじゃから、笑い話にもならんぞい」

 

 かっかっかっ! と、御老公のような笑い方をするタートリオ。

 

「誰が育ての親だ」

「ほっほっほっ、本人たちに聞けば、おのずと判明するじゃろうぞい」

 

 あいつらは勝手に成長したんだよ。

 場の空気がそうさせたのさ。

 門前の小僧は教わっていない経を詠み出すし、思春期男子は誰に言われたわけでもないのにみんなおっぱいが大好きになる。

 世の中ってのはそういうもんだ。

 

「ウーマロたちの技術が上がったのは、思春期男子がおっぱいに情熱を注ぐのと同じ理由だ」

「そんなのとは一緒にしないでほしいッス!」

 

 にょきっと現れ、ウーマロが俺たちの話へ首を突っ込んでくる。

 手にはしっかりとパウンドケーキが、それはそれは大切そうに握られている。

 

「マグダに何か書いてもらったのか?」

「オイラの名前を書いてくれたらしいッス! オイラ、これを家宝にするッス!」

「ジネット~、筆と果汁~!」

「ダメッスよ!? 絶対落書きなんかさせないッス!」

 

 パウンドケーキを抱きかかえて、おのれの体で死守する構えのウーマロ。

 潰せ! そしてシワになって泣け!

 

「マグダちゃんのスペシャル包装紙かぁ、見てみたいぞい」

「ダメっすよ! オイラ、家に帰ってからじっくり楽しむんッスから!」

「お前、次家に帰れるのいつだよ?」

「え…………っと、たぶん、三日……いや、四日後には……」

「それまでず~っと我慢か。かわいそーに」

「ふぐっ!? ……じゃ、じゃあ、ここであぶり出させてもらって、お守り代わりにさせてもらうッス」

「……むむ」

 

 ウーマロの言葉を聞き、マグダの耳がピクリと動く。

 

「……店長。マグダは休憩を要請する」

「え? 疲れちゃいましたか? 休んできて構いませんよ」

「……すぐ戻る」

 

 そそくさと、マグダが厨房へ入っていく。

 仕事の途中だというのに。

 

 ……これは、何かあるな。

 

「ジネット、七輪を借りるぞ」

「はい。どうぞ」

 

 その場であぶり出せるようにと、七輪はフロアに置いてある。

 マグダのあの反応を見るに、ウーマロの包装紙にはただ『ウーマロ』と書かれているだけではないようだ。

 

 ウーマロもそれを感じ取ったのか、なんだか物凄く緊張した面持ちで包装紙を殊更丁寧に開けている。

 

 そして広げられた包装紙を、ゆっくりと七輪の上にかざす。

 すると――

 

 

『ウーマロ

 お仕事、頑張ってにゃん』

 

 

「ごふぅっ!」

「ウーマロさんが血を吐いて倒れたです!?」

「ほっほ~ぅ、これは攻撃力が高いんじゃぞい」

「マグダさん、いつも忙しくしているウーマロさんのこと、心配されていたんですね」

「文末の『にゃん』に照れが感じられるよね。ふふ、マグダらしいけど」

 

 全員がその包装紙を覗き込み、ジネットとエステラは顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 

 マグダも、こういう気を遣うようになったんだなぁ。

 でもきっとこれは、社交辞令じゃねぇぞ。

 

「よかったな。ちゃ~んと見てくれてるヤツがいてよ」

「オイラ……オイラ…………っ、今なら街だって作れそうッス!」

 

 ウーマロが吠える。

 いや、街は作んな。置くとこないから。

 

 けどこれで、テーマパークは相当豪華なものになるだろうな。

 

 

 

 

 

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