異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

131話 二つの歯形 -2-

公開日時: 2021年2月7日(日) 20:01
文字数:2,006

「じゃ、行こうか」

「ぁ……ポシェット、持ってくる、ね」

 

 もう一度、てとてとと店の中へと引き返していくミリィ。

 女の子の旅立ちは大変だな。

 

「ぉ待たせ……ごめん、ね?」

「いや……ごめんねはいいんだけど…………デカくない?」

 

 ミリィが肩に下げてきたのは、ミリィが丸々一人入れられそうな大きさのポシェットだった。

 肩紐を斜め掛けしているのに、カバンがデカ過ぎで肩紐が体から随分と浮いてしまっている。

 すなわち、『非・パイスラ』だ。

 

「もっと小さくて、こう、体に『ピタァー!』ってくっつくような肩紐のポシェットないのかな?」

「……ェ、ェッチな、こと、言ってる?」

「ううん、ううんううんううん! まさかまさか! ミリィにそんなこと言わねぇよ! 言うならエステラかノーマにする!」

 

 あの二人は非常に言いやすい。

 その上反応が面白い。

 

「だめ……だよ?」

「おぅ、そうだな! そういうのダメだよな! 悔い改めはしないけど、一つの意見として聞き入れておこう」

「ぁらため、ないの?」

「さぁ行こうか! そんだけデカいといろんなもん入りそうだよな!」

 

 はたして、ボストンバッグ並みのこのデカいカバンを『ポシェット』と呼んでいいのかは分からんが、ミリィが『ポシェット』と呼んでいるなら、こいつは紛れもなく『ポシェット』であって、『ポシェット』以外の何物でもないのだ。

 

 ミリィが言うなら、それが正解なのだ!

 

 俺が歩き始めると、ミリィはとてとてっと、俺の左隣へと駆け寄り、ペースを合わせて歩き出す。

 ……っと、少しゆっくり歩いてやらなきゃな。ミリィの一歩は小さいんだし。俺に合わせてちゃ大変だろう。

 少し弾むように歩くミリィは、とても可愛らしいのだが、如何せんカバンがデカい……すげぇ気になる。

 

「重そうだな、持とうか?」

「ぁりがと……でも、平気だよ。てんとうむしさんには……たぶん重くて持てない、から」

「…………え、すでに?」

「みりぃね、ちから持ちさんなの」

「そっかぁ……あははは…………この世界では、これでいい……んだよ、な?」

 

 てっきり空なのだと思っていたのだが、なんか、すでに入っているっぽい。

 デートと言えど、森に行く以上はプロとして欠かせないものでも入っているのだろう。

 例えば、こう…………高枝切りバサミ的な? ……入ってたらビックリだけどな。

 

「ぁのね、この季節はね、りんごがた~っくさん出来るんだよ?」

「リンゴ!?」

 

 なんてタイムリー!

 そうそう。リンゴが欲しいってミリィに言っておかなきゃな。

 

「ちょうどよかった。デートのついでにリンゴが欲しいと思ってたところなんだ。いくつか譲ってくれるか?」

 

 譲ると言っても、当然金は払う。

 あの森は、生花ギルドの管轄下なのだ。

 

「…………ついで?」

 

 ほんの少し、ミリィの眉間が膨らむ。シワにまではならないが、微かに不安のようなものを感じる微妙な変化が表れる。

 

「……りんごの、ついでに……デート……?」

「違う違う! デートのついでに、リンゴ! なんなら、リンゴいらないくらい!」

 

 やばいやばい。

 そんな勘違いで悲しまれては堪らない。

 リンゴは確かに必要ではあるが、今日でなくてもいい。

 いざとなったらアッスントに頼んで……

 

「そっかぁ……よかった」

 

 一瞬焦ったが、ミリィは機嫌を直してくれたようだ。

 ふむ、難しいもんだな。どこに地雷が潜んでいるのかが分からん。気を付けよう。

 

「やっぱ、持とうか? カバン」

「むりだよぉ……くすくす」

 

 ……無理なんだ…………

 

「ぁ…………」

 

 右腕を曲げ、ミリィが空中を掴むような仕草を見せる。

 ……虫でもいたか?

 

「どうした?」

「ぅ、ぅうん。……なんでも、ない……よ?」

「ん。そっか」

 

 ミリィがそう言うなら、きっとなんでもないのだろう。

 それから十数分間、おしゃべりをしながら歩き、俺たちは森へとたどり着いた。

 

 さっさと踏み込みたいが、……中には魔獣が居やがる上に、あのろくでもない食虫植物がうじゃうじゃいるのだ……ミリィの指示通りに動かなければ、俺はこの森の中に入ることも出来ない。

 

「ぁ…………ぁの、……ぁのね」

 

 また、ミリィの右手がふわふわと空中をさまよっている。

 ……酔拳?

 

「ぇっと……ね、その…………も、もりはね……キケンだからね…………あの……ね」

 

 ……あぁ、なるほど。そういうことか。

 

「そうだな。俺なんか、何回食虫植物に食われかけたことか……」

 

 腕を組んで、さもありなんと大きく頷く。

 そして、組んでいた腕を解き、左手をミリィへと差し出す。

 

「よかったら、手でも繋いでいってくれねぇか? 危険、だからな」

「ゎ…………うんっ!」

 

 差し出した俺の手をパシッと取り、少し照れくさそうに「ぇへへ」と笑う。

 そうだよな。デートだもんな。手ぐらい繋がなきゃ。

 

「ぇへへ……また、思い出がひとつできた……」

 

 キュッと、俺の手を握り、ミリィは楽しそうに歩き出す。

 森に入ってからは、ミリィにしっかりと守られていたこともあり……四回しか食虫植物に引っかからなかったぜ。成長だ成長。うんうん。

 

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