終わりの鐘が鳴る。
十六時だ。
夕方の四時。
生産者や職人たちが仕事を切り上げ、今日はどこに飲みに行こうかなどと話を始める時間だ。
「では、お二人とも。気を付けて行ってきてくださいね」
俺とロレッタは、祭りの協賛を募るために再び陽だまり亭を出発する。
陽だまり亭はまだ営業を続けるためにジネットとマグダはついてくることは出来ない。
……ロレッタと二人か…………不安だ。
夕闇迫る黄昏時。
ロレッタと二人。
向かうは………………
「お兄ちゃん! これだけ条件が揃えば、きっとあたしたちも遭遇できるですよ、『ヤツ』にっ!」
……したくねぇんだっつうの。
俺たちはこれからレンガ職人のところへ向かう予定だ。
エステラが代わりに行ってくれるという算段だったのだが……こいつが…………この、なんにでも首を突っ込みたがるロレッタが……
「いえ、大丈夫です! その地区ならばあたしとお兄ちゃんに任せてです!」
――と、頑として譲らなかったのだ。……俺を巻き込むなと言いたい。いや、言った。口を酸っぱくして豊齢線がくっきり刻まれるほどに強く言ったのだ。……だが、効果はなかった。
「大丈夫です! お兄ちゃんにはあたしがついているです!」
……お前がついているせいで散々な目に遭いそうなんだが…………ついてるって、『憑いてる』って書くんじゃねぇだろうな……
「あ、あの、ヤシロさん」
先ほどから重いため息が止まらない俺に、ジネットが不安げな表情を向ける。
「あまり、頑張り過ぎないでくださいね。ヤシロさんにもしものことがあったら……わたし、困りますから」
そんな優しい言葉が身に沁みる。
じゃあ、ロレッタに首輪をつけて暴走しないようにどこかの柱にでも括りつけておいてくれないかな?
ったく、誰だよ。ロレッタを実行委員に推薦したヤツは…………俺だよ、俺……
「あの……どうしても元気が出ないようでしたら、…………これを」
そっと手渡されたのは、俺が作った俺の2.5頭身フィギュアだった。
「いらんわっ!」
「可愛いですよ!?」
「可愛くねぇわ!」
「いいえ、可愛いです!」
「主観じゃなく客観的な視点での話をしているんだ!」
なんで俺が自作の自分フィギュアを可愛いと思って癒されなきゃいかんのだ。
「どうせならジネットの方を貸してくれよ」
「ヤシロさんはすぐスカートの中を覗くから、ダメです」
口を尖らせてジネットは拒否権を発動する。
バカモノ! こういうフィギュアはスカートを覗き込むことに意義があるのだ!
パンツに始まりパンツに終わる! それがフィギュアというものだ!
うん。これは伝えておかなければ!
「いいかジネット。フィギュアというのはパンツに始まりパン……」
「お兄ちゃん、早く行くですよ~!」
…………話の腰を折られた。
ロレッタめ、あとで頬袋をびろ~んって引っ張ってやる。
「じゃあ、行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
フィギュアのなんたるかをジネットに説くのは後日に回すとして、今は協賛を募るのが最優先だ。
街道予定地の長い道を出店とロウソク、そして楽しむ客で埋め尽くすのだ。
そのためには、まだもう少し出店者が必要だ。
出展でもいいかもしれないな。自社の製品の見本市だ。メッセ辺りで開かれる企業のエキスポのようなものでも、盛り上がるかもしれない。「四十二区にはこんな産業があるのか」とな。
レンガなんてのはそれに打ってつけだろう。
「楽しみですね、お兄ちゃん!」
「まぁ、レンガのプランターとか鉢植えがあれば、ちょっとした土産になるだろうし、そこそこの売り上げも期待できるだろう」
「いえ! 幽霊の方です!」
「…………仕事しろな?」
「はいです! 全力で幽霊の調査をするです!」
……この娘、目的とか覚えてないのかね?
「実行委員の仕事をしろつってんだよ」
「実行委員の仕事ですよ、幽霊の調査も」
「どこがだ!?」
「だって、パウラさんが怖がっていたです! 解明して怖いのをなくしてあげたいです!」
あれ……こいつ。
「なんか、お前やけに気合い入ってるけど……パウラのために頑張ってるのか?」
「はいです!」
ふんすと鼻息を漏らした後、ロレッタは少しだけ照れくさそうな表情を見せた。
「パウラさんは、あたしに仕事をくれた人ですから」
囁くような声で、でも、はっきりとした口調で言って、ロレッタはくしゃりと破顔する。
「どこに行ってもスラムの住人って、仕事すら見つけられなかったあたしに、パウラさんだけが手を差し伸べてくれたです。『ウチで雇ってあげる』って」
そうか。今合点がいった。
ロレッタがパウラにやたらと絡むのは……
「『その代わりこき使ってやるから覚悟しなさい』って言われたですけどね」
……姉を慕う妹のような感情からなんだな。
子沢山過ぎる家族の長女として、一人でなんでもかんでも背負ってきたロレッタが、初めて出会えた、厳しくも頼れる存在。それがパウラなのだ。
だから、どんなに邪険にされても、怒鳴られても、ロレッタはパウラを見ると嬉しそうに絡んでいくのだ。
パウラの方も、心底嫌っているわけではないしな。そんなもん、見てりゃ分かる。
だから、こいつは必死になっているのだ。
大好きな『姉』の期待に応えたいと。
認められたいと、思っているのかもしれない。
こいつの頑張りに免じて、少しくらいは協力してやってもいい……かも、しれないな。
「幽霊を捕まえて、どうしてさまよっているかを聞き出すです! そして、出来ることなら一緒にお祭りを盛り上げるです!」
……やっぱ無理かな!?
なに勝手に幽霊を引き込もうとしてんの!? 取り憑かれちゃうよ!?
「『みんなー、恨めしいですかー!?』『おぉー!』」
めっちゃ盛り上がってんじゃん、幽霊!?
絶対恨めしくないだろ、そいつら!?
「面白そうです!」
「幽霊を冒涜するんじゃねぇよ!」
祟るならロレッタだけで祟るならロレッタだけで……俺関係ないんで!
「ではお兄ちゃん! さっそく噂の地区の調査を開始するですよ!」
「レンガ職人に会いに行くんだよ! 目的を見失うな!」
「えぇー! ちょっとだけ! ちょっとだけでいいですから!」
「ダメだ!」
「ほんのちょっと、幽霊を探して、遭遇して、話を聞いて、成仏させる代わりにお祭りを手伝ってもらう約束を取り付けるだけですから!」
「がっつり絡んでんじゃねぇか!? つか、お前なに勝手な計画立ててんの!?」
「実行委員権限です!」
……こいつ、実行委員から追放してやろうか……俺が入れちゃったんだけど……あぁ、パウラよ、お前の気持ちがよぉ~く分かるわ。これは……ウザい。
「いいからレンガ職人のところに行くぞ! さっさとしないと日が暮れちまうからな」
「おぉ! なるほどです! 幽霊を探すなら日が落ちてから、ってことですね!?」
「違うわっ!」
なんで探すこと前提になってんだよ!?
俺は絶対関わらないからな!
幽霊なんか探しに行かないからな! 行かないんだからな!
――それが、俺の最期の言葉になった………………とか、冗談じゃないからな!
だいたい、一回死んだなら、大人しく死んどけってんだよ!
…………俺は例外でな。
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