パーティーが終わり、中庭から花に囲まれた道を通って門へと向かう。
その途中、背後から軽快な足音が近付いてきた。
「お兄ちゃん! どうだったです? あたしの名司会っぷり! 大したもんだと自負してるです!」
「あぁ。大したもんだったぞ」
「ふほぉう! 褒められたです! 最近、お兄ちゃんに褒められる確率高くなってるです!」
「……マグダの、地味ながらもきらりと輝く名サポートもお忘れなく」
大はしゃぎするロレッタの脇からマグダが現れ、これでもかとアピールしてくる。
「そうだな。マグダがいると、安心感が増すもんな」
「……にくい一言を、さり気なく…………ヤシロはやり手」
周りが薄暗いからかもしれんが、一瞬だけ、マグダがニヤケているように見えた。
「ヤシロさん。お疲れ様です」
そして、ジネットがやって来る。
そういえば、今日はジネットと全然話をしていない。本当に忙しかったからな。
「お疲れさまだったな」
「いいえ。お料理は好きですから」
本当に、逞しくなったよな、みんな。
これなら、もう大丈夫だろう。
ロレッタはどんな職業にだって就けるだろうし、マグダは独り立ちしてもうまくやっていける、コミュニティを作ってそのトップになることだってきっと出来る。
そしてジネットも、もう誰かに騙されたり、寂しくて泣いたり……悪人をホイホイ信じて家に住まわせたり……そんなことはしないだろう。
もし、何かドジを踏んでも、こんなに頼れる仲間が、こいつの周りにはたくさんいるんだ。
今日は、それがよく分かった。
「ヤシロ」
そろそろ帰ろうかとした時、エステラが俺を呼び止めた。
デミリーたちがいるから、今日はもう話している暇はないかと思っていたのだが……
「走ってきたのか?」
「君が帰りそうになっていたからね」
「んな、慌てなくたって、俺なら陽だまり亭に……」
「『陽だまり亭に……』なんだい?」
……っと。
そういや、こいつ相手にいい加減な言葉は厳禁だったな。
気が緩んでんのかな、俺。
「で、そうまでして俺に話したいことってなんだ? デミリーの見送りとかは御免だぞ。今日はもう疲れたんだ」
「そうじゃないよ。街門のことさ」
「街門?」
「…………ねぇ、少しだけ、歩かないかい?」
このタイミングでそういうことを言うのは、「関係ない人は席を外してくれないか」ということと同義だ。
エステラがジネットたちに対しそういうことを言うのは非常に珍しい。
「では、ヤシロさん。私たちは後片付けを手伝ってきますね」
空気を察し、ジネットがマグダとロレッタを連れて中庭へと引き返していく。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
エステラと連れ立って門を出る。
木こりギルドの支部から街門までは、徒歩で十五分というところか。
少し遠くに門が見える。デカい門だ。近くで見れば、もっと迫力がある。
「ついに完成したよ」
「したのか?」
「したよ。なんだい? あれだけ情熱を注いでいた街門なのに、すっかり興味を失ってしまったのかい?」
というか、俺が街門を作りたかったのは、陽だまり亭の前の道を街道として整えるためだ。
それが叶った今、街門なんぞどうでもいい。
「来週、街門と街道の開通式典を行うから、『必ず』出席するようにね」
「……なんで俺が」
立て続けに舞い込んだかしこまった行事にややうんざりして、顔の筋肉が「うにょろ~ん」と歪む。
「そんな『うにょろ~ん』って顔しないでよ。君が言い出したことなんだから、最後まで責任を持ってもらうからね!」
「まぁ……言い出しっぺは確かに俺だが……」
「『何かトラブルでも起こらない限り』式典は一週間後だから」
「……なんだよ、その引っかかる言い方は」
こいつ、何かトラブルを起こす気なのか?
それとも、もうすでに罠が仕掛けられて…………
「……あっという間だよ、一週間なんて」
「…………」
そうか。
こいつは……
「成熟した女性の、一日の平均歩数は六千から八千歩らしい」
「……え、なに? 急にどうしたんだい?」
「つまり、一週間あると掛ける七だから……四万二千から五万六千回ってとこだな」
「だから、なんの話なんだい?」
「一週間あれば、それだけの数おっぱいが揺れるということだっ!」
「…………刺すよ?」
なぜだ!?
一週間はそれだけ長いということを言ってやりたかっただけなのに!
五万六千回だぞ!? 五万六千ぷるん!?
一週間ありゃ、結構なんだって出来るし、それこそ、トラブルが起こる可能性だって十分過ぎるくらいにあるってこった。
……俺も、トラブルなんかを求めているのかな…………トラブルでも起こりゃ、まだここに…………なんて。
エステラは、もう覚悟を決めたのだ。
俺がこの先、どんな決断をしようとも何も言わないと。
領主だからな。俺にばかり構っているわけにはいかないのだ。
だからせめて、あと一週間後の式典には『必ず』出ろと。そう言っているのだ。
この一週間の間に、何かが起こることを期待して…………
「ねぇ、ヤシロ…………」
顔を背けて、エステラが呟く。
「ボクは……ズルいかな」
その問いに、答える言葉を、俺は持ち合わせていない。
狡賢く生きてきた俺に、他人をどうこう言う資格などないのだ。
だから、せめて……
「俺はお前が割と好きらしい」
「え……っ」
「だから、物凄~~~く、依怙贔屓をした意見だと思って聞いてくれ」
何も言わないエステラの後頭部に向かって、今出来る最大限の優しさを込めて言う。
「そんなこと、ないんじゃねぇの」
それが、今出来る限界だ。
「…………そっか。うん。分かった。ありがと」
短い言葉を続けて発して、エステラは顔を上げる。
こちらを振り返った顔は、寂しそうな笑顔で……
「ボクのズルさは、君よりマシだってことだね」
そう言って、一人で歩き出した。
俺の隣を通り過ぎる際に、ぽすっと、弱いパンチを腹に当てて。
エステラは、俺を残して行ってしまった。
本当に……どいつもこいつも逞しくなりやがって。
最初の頃は、とんでもないところに紛れ込んだもんだと思ったりしたもんだが…………
「あ~ぁ……楽しかったなぁ。マジで」
夜空を見上げて呟いた言葉は、自分でも驚くほど清々しい声音だった。
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