異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

142話 大会から一週間経った四十二区にて -1-

公開日時: 2021年2月19日(金) 20:01
文字数:4,181

「随分賑やかになったもんだね」

 

 窓の外から聞こえる威勢のいい声に、エステラはどこか満足そうな表情を浮かべる。

 

 大食い大会から一週間。

 街は大きく様変わりしていた。

 具体的には、人の往来が三倍近くに膨れ上がっていた。

 

「三区合同で、四十二区の街門建設及び、街道を整備することになったよ。あと三週間もあれば完成するはずだよ」

「随分急がせてるな。突貫工事で、後々問題起こしたりするなよ?」

「大丈夫だよ。工期短縮は熟練の技が集結したからこそなせる業なんだ」

 

 トルベック工務店をはじめ、大食い大会の会場建設の際に協力してくれた大工たちが、今回も総動員されている。

 そんな大工連合のトップにトルベック工務店が置かれている。

 ウーマロが、ここら一帯の大工のリーダーになったってわけか。もっとも、街門と街道を作るまでの間限定ではあるけどな。

 

「すごい門になりそうだよ。なにせ、外の森の最奥に通じる門だからね。相当頑丈なものにしなきゃ」

「門がすごくても、守りがお前んとこの自警団じゃ心許ないよな。ウッセあたりに話をつけて、狩猟ギルドから何人か回してもらえないのか?」

「ふふん。その辺は抜かりないよ」

「ん?」

 

 なんだか得意げに、エステラは一枚の羊皮紙を取り出す。

 

「メドラとハビエルに頼んで、門番を派遣してもらうことになった。その代わり、入門税を勉強する約束になってるんだ」

「そんな交渉も、もうしてきたのか?」

 

 いつもは後手後手に回るエステラが、随分と用意周到なことだ。

 

「ボクは、領主だからね」

 

 少しだけ照れくさそうに……けれど、明確な決意を感じさせる表情で、エステラは言う。

 こいつは、変わった。はっきりと、あの瞬間から。

 大会五戦目の後の、あの領主宣言から、はっきりと。

 

「後悔してないか?」

 

 あの瞬間、エステラが領主だと知った者が大勢いる。

 大きなパニックにはならなかったものの、それ以後、やはり今までと同じというわけにはいかないだろう。接し方や見られ方に変化が出ることは仕方がない。

 こいつは、その変化に耐えられるだろうか。

 

「はは。まぁ、勢いで言っちゃったことは確かだけどね…………けど、いつかはこうしなきゃいけないことだったんだ。後悔はしてないよ」

「そっか」

「まぁ、あの後で何人かに文句を言われたけどね」

「文句?」

 

「いやぁ、大変だったんだよぉ」と、エステラは苦笑を漏らしながら言う。

 

「ノーマにデリアにパウラにネフェリー……あ、あとミリィにも、『なんで黙ってたんだ』って怒られちゃったよ」

「騙されてたみたいだってか?」

「ううん」

 

 小さく首を振り、そしてエステラは照れくさそうに笑った。

 

「もっと早く言ってくれてれば、もっといろいろ協力できたのに……って」

 

 これまで、一人で抱え込んでいたエステラにとって、その言葉はどれほど嬉しかったことだろうか。

 って、盛大にニヤケ顔をさらしているこいつを見りゃ聞くまでもないけどな。

 

「ジネットも驚いてたぞ」

「はは……だろうね」

「『エステラさんが領主様だったなんて、ビックリこきまろです』って」

「『ビックリこきまろ』は嘘だよね!?」

 

 嘘?

 俺はジネットがそう『言っていた』なんて言ってないぞ?

 イメージだ。

 証言をもとにしたフィクションというヤツだな、うん。

 

「ロレッタも、やっぱり気付いてなかったみたいだな」

「領主代行の姿で何度か会ってるんだけどね」

「『あたし全然気付きませんでした! ビックリこきまろです!』」

「いや、だからさっ!?」

「マグダも驚いてたなぁ……『……ビックリこきまろ』」

「え、なに? 陽だまり亭で流行ってんの、『ビックリこきまろ』!?」

 

 まぁ、そんな感じで多くの者に衝撃を与えたエステラの領主宣言だったわけなのだが……

 俺としてはエステラの親がどう思うかという方が気になっていた。

 

 その点に関しては、さっきナタリアに聞いたのだが……

「現領主様……失礼……先代領主様はご病気が悪化し、現在はこの街を離れておられます。気候の穏やかな地で療養し、静かに快復をお待ちになることになられています」と、いうことらしく、タイミング的にはちょうどよかったのだそうだ。

 猛暑期豪雪期には街を離れなければ命すら危ない状態では、領主は務まらない。ただただエステラが心配だという、その親心だけで領主の座に留まっていたようだが、エステラが決意を固めたことで、本格的な治療に専念するらしい。

 

「区政に意識を向けず療養に専念されれば、そう遅くないうちに回復されることと思います」と、ナタリアも言っていたし、ストレスフリーな環境に置いてやるのは親孝行ってやつかもしれないな。

 

 そんなわけで、この領主の館もエステラのものになり、俺みたいなパンピーが我が物顔で出入りしても文句を言われることはなくなった。

 もっとも、前から結構好意的ではあったのだが、一応は門でのチェックとかいろいろあったしな。

 顔パスになったのはありがたい。実に楽だ。

 その防犯意識の低さはちょっとどうなんだろうって思うがな……詐欺師が顔パスってな……

 

「そうそう。四十一区の大通りは現状のまま、飲食と宿泊関連の店を置くことにするって。一部フードコートも残して四十区と四十二区の出店も続行させることになったよ」

「じゃあ、そこに出店する店も決めなきゃな」

「うん。またミーティングだね」

 

 ここ最近、エステラはずっと働き詰めだ。

 なのに、以前のように不平不満を漏らすことはなくなった。

 陽だまり亭に顔を出せない日が続いても、気力で乗り切っていると、ナタリアが言っていた。

 

「ちょっと頑張り過ぎてないか?」

「え?」

「ヌクとこは、ちゃんとヌイとけよ。ずっと張り詰めていると、どっかで、ある日突然ぷっつりいっちまうぞ」

 

 糸でもなんでも、張り詰め過ぎると切れやすくなる。

 ある程度はゆとりを持たせる必要があるのだ。

 

「うん、ありがと。……でも、今はとことん頑張りたい気分なんだ」

 

 エステラの表情が陰る。

 そして、真剣な瞳が、俺を見る。

 

「もう二度と、君にあんなことをさせないように」

 

『あんなこと』――それはつまり、大会終了後のゴタゴタのことだろう。

 俺が悪者となり、内部分裂寸前だった四十一区の矛先を一点に集中させた一件。

 

 そのことに対し、こいつは罪悪感を覚えているようだ。

 

「ボクの力では、あの騒動を収めることは出来なかった……どうやったって、ボクには無理だった。……力不足を痛感したよ。アレは…………本当に、効いた……」

 

 自嘲、憤怒、悲哀……そんな色を含ませて、エステラの表情が曇る。

 

「ヤシロ。ボクは約束するよ。二度と、君にあんな真似はさせない」

 

 もう一度、同じことを言う。

 

「もう二度と、君一人に重荷を背負わせるような真似はさせない」

 

 言った後……微かに口元をほころばせる。

 

「ボクはもっと強くなるよ。だから、また協力してほしい。矛盾しているように聞こえるかもしれないけれど、それでもボクは、君にいろいろと助けてほしいんだ。これからも、ずっと」

 

 飾らず、気取らず、かといって開け広げでもない。

 素直な笑みがそこにあった。にっこりと破顔するでなく、ほころぶような、優しい微笑。

 

 今までの我武者羅なだけのエステラとは違う、落ち着いた雰囲気に、ほんの少し動揺してしまう。

 人はこんな短期間で変われるものなのかと思うほど、エステラは一回り大きくなった。

 そんな気がする。

 

 こいつには、もう、俺なんか必要ない。

 教えることなんか、何もねぇよ。

 

「適材適所って言葉がある」

 

 だからもう、こいつは俺のことなんか考えずに、自分で前に進むべきなんだ。

 きっと、そういう時期がやって来たんだよ。

 

「陽だまりがありゃあ、そのすぐ裏には日陰が出来てるもんだよ」

 

 俺一人が泥を被って、他のすべてがうまくいくのなら、それが一番いいじゃねぇか。

 みんなで幸せに、なんてのは結局理想でしかなくて……平和に見える世界にも、その平和を懸命に守っている『裏方』がいるもんだ。

 

「世の中にはな、必要悪ってのがあるんだよ。んで、俺はそんな悪役にピッタリだ。だから、そんなに気にすん……」

「嫌なんだよ」

 

 軽口を叩いて誤魔化そうとした俺の言葉をエステラは遮る。

 そして、誤魔化しの利かない真剣な表情で、はっきりと言った。

 

「君が傷付くのは、ボクが嫌なんだ」

 

 胸に手を添え、演説でもするかのようにはっきりとした声で、まっすぐに俺を見つめて言葉を発する。飾らず、気取らず、偽りのない、澄んだ瞳を俺に向けて。

 

 

「ボクは、君が好きだから」

 

 

 …………え?

 

 面と向かい、あまりに堂々となされた発言に、一瞬思考が追いついていかなかった。

 何度か頭の中で反芻して……ようやく思考が開始される……

 

 これって……所謂…………告白……とかいう……?

 

「いや、あの、エステラ……」

「君も、大切な領民の一人だしね」

「……は?」

 

 胸を張り、悠然とした表情でエステラは言う。

 

「ボクは、領民を愛する、心優しい領主を目指しているからね」

 

 ……んだよ、それ。

 

「紛らわしい言い方しやがって……深い意味でも込められてるのかと思っちまったじゃねぇかよ。やれやれだ、まったく」

「ふふ……」

 

 短く笑い、その後エステラは言葉を発しなかった。

 …………おい、なんだよ。

 なんなんだよ、その意味深な笑みは?

 なんだよ、この静かな空気は?

 

 いつもみたいに、照れるなり、否定するなり、ギャグにするなり……なんか反応しろよ、調子狂うなぁ、もう……

 

「街門が完成したら、盛大に除幕式をするから、ヤシロもちゃんと見に来てよ。ボクが領主として最初に立つ大舞台なんだから」

 

 除幕式……完成は三週間後あたりだっつってたか。

 来月の頭ってところだな……

 

「ま、気分が向いたらな」

 

 その頃まで、俺がこの街にいたら……な。

 

「それじゃあ、特等席を用意しておくよ。両隣に巨乳の美少女を配置しておくね」

「喜んで出席させてもらおうか!」

 

 まぁ、街門と街道の完成は見届けなきゃな。そのためにいろいろ奔走したんだし。

 除幕式まではいてやるか。

 

「イメルダとメドラでいいかな?」

「すまん。俺、その日ちょっとお腹痛くて寝込む予定なんだ。出席できないかも」

 

 イメルダはともかく、メドラは無い! あれを巨乳カテゴリーに入れるんじゃない。

 

 その後、四十区、四十一区との民間交流の活性化や公共事業での協力強化などの話をし、以降三区はより密接な関係を築くことで同意した旨を聞かされ、あとちょっとした雑談なんかをして……俺は領主の館を後にした。

 

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