異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加50話 面倒は突然やって来る -1-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:4,386

 やはり、青組――狩猟ギルドが強い。

 

「牛飼いがいい具合にお荷物なんだが……」

「……うまくフォローしている。狩猟ギルドは要人の護衛も引き受けることがあるから、フォローは得意」

 

 魔獣が徘徊する森で、鈍臭い偉いさんを守ったりしなきゃいけないことがあり、そのために他人をフォローする訓練はしているのだとマグダは言う。

 ……っていうかあいつら、メドラの特訓から逃れたい一心で猛アピールしてるだけなんじゃないのか?

 まぁ、中にはフォローしきれてないヤツもいたりするけど。

 

「てめぇ、牛飼い! 運動神経がねぇのか!?」

「なんだと狩猟!? お前ぇが先走ってオレの足を引っ張ってんだろうが!」

「あ゛ぁ゛ん!?」

「んだコラ!? やんのか!?」

 

 現在もコース上で狩猟ギルド四十二区支部のウッセと牛飼いの長モーガンが殴り合いを始めんばかりの剣幕で言い争っている。

 息がまったく合っていないので何度も平均台から落ちているのだ。

 

 日常業務で食肉のシェアを奪い合う関係で長くいがみ合っている両ギルド。

 普段の軋轢を運動会にまで持ち込むなよなぁ……まぁ、持ち込むなって方が無理なのかもしれないけれど。

 あ~ぁ、エステラが頭抱えちゃったよ。

 

「……平均台は、二人の息がぴったり合っていないと攻略が難しい」

「あいつら、一生クリア出来ないかもな」

「……なら、あそこに二人の愛の巣を」

「やめてくれ……気持ち悪い想像しちまった」

 

 オッサン二人が足を結ばれたまま生活する平均台ハウス……妖怪の住処だな、もはや。

 

 レースは白組のウーマロ&ヤップロックペアが独走状態で進んでいる。

 これはもらったな。ウーマロは何気に器用なヤツで、運動が苦手なヤップロックをうまくフォローしている。

 万能感が若干ムカつくなぁ……

 

「……足挫け」

「聞こえてるッスよ、ヤシロさん!?」

 

 ……なんで聞こえるのかなぁ?

 空気の密度とか弾性率がおかしいんじゃないのか、この空間?

 

「お兄ちゃん、相談があるです」

 

 ロレッタが俺の肩を叩く。

 隣でジネットが疲れきった顔をしている。……まだ走ってないよな? なんでもう燃え尽きかけてんの?

 

「店長さん、他の人が走っているのを見て自分が疲れちゃってるです。ご飯を作っていてお腹がいっぱいになるように!」

「それとはちょっと違わないか?」

 

 ジネットは、他の選手が仕掛けられた障害に挑戦する度に息を飲み、失敗する度に声を漏らし、一緒になってずっと力み続けていた。

 そりゃ疲れるわ。

 

「それで、店長さんがこれ以上無駄に苦しまなくていいように、あれらの障害をクリアするコツを教えてです」

「わたしからもお願いします。自分の番までにイメージトレーニングしておきますので」

 

 ジネットがイメージトレーニング!?

 大丈夫か? そのイメージ、途中で『かわいいねこさん』とか出てこない?

 一緒になって「うふふ~」って遊び始めない?

 

 なんとなく、ジネットのイメージトレーニングってそんなイメージだ。

 トレーニング出来てないだろって感じだが、まぁ概ねそんなところだろう。

 

「……ヤシロ。ウッセたちの最下位が確定して退場させられるもよう。次のレースを見ながら解説をお願いしたい」

 

 結局取っ組み合いのケンカに発展したオッサンとジジイが強制連行されていき、散々なレースはグダグダのうちに終わる。

 白組が勝ったからいいものの、この次はまともなレースになってほしいもんだ。

 

「次は、ソフィーさんとリベカさんですね」

「……では、二人を応援しながら、ヤシロに解説をしてもらいたいと思う」

「お願いするです、お兄ちゃん」

「やれやれ……」

 

 陽だまり亭ガールズに催促されて、俺はレースの解説をすることになった。

 スタートラインにはソフィーとリベカ。

 ソフィーはウサギ人族ながら、足がさほど速くないようだ。腕力はすごいんだがな。

 逆にリベカは速いが腕力はさほどすごくない。

 そんなもんらしい。

 まぁ、どちらも「獣人族にしては」って言葉が頭に付くけどな。

 

「お姉ちゃん、絶対絶対一番になるのじゃ!」

「そうですね、リベカ。頑張りましょうね、一緒に」

「一緒…………くひひ……お姉ちゃんと一緒、嬉しいのじゃ」

「くはぁああ! ウチの妹、可愛過ぎるっ!」

「え~、アレが重篤患者だ」

「お兄ちゃん、そこの解説はいらないです! コースの解説をお願いするです!」

 

 一番目を引いたものの解説をしてやったんだが。

 とりあえず、レースを見ながら考えてみるか。

 

 

「位置について、よーい!」

 

 

 ――ッカーン!

 

 

 レースが始まり、選手が「1、2! 1、2!」と声をかけ合いながら走り出す。

 

「リベカ!」

「お姉ちゃん!」

「リベカ!」

「お姉ちゃん!」

 

 ……あそこの姉妹だけ掛け声がおかしいけども。

 よくあれでタイミング合わせられるもんだな。

 

 そんなおバカ姉妹が最初の難関に差し掛かる。

 平均台だ。

 

「平均台は見ての通り細い。二人が横向きになってカニ歩きするしかないだろうな」

「足を縛られたままなんできっと難しいですね、店長さん」

「そうですね。おそらく、一人でなら楽ちんで渡れるんでしょうけど……」

「……えっ?」

「マグダ。そう驚いてやるな。ジネットも、自分では出来るつもりでいるんだから」

 

 平均台の幅は10センチ。俺に言わせれば見慣れたものだが、四十二区の住民にとっては未知の存在だったようで「細っ!? 狭っ!?」と騒がれた。

 平均台の周りにはマットを敷いて怪我の防止対策としている。

 だが……

 

「落ちる時にくるぶしを『ガリッ!』ってやるとスゲェ痛い」

「ぎゃああ! 痛みがリアルに想像できたです! やめてです恐怖心植えつけるのは!」

「……店長がぷるぷる震え出してしまった」

「だ、だだ、大丈夫です……わたし、くるぶしをぶつけたことなんてありませんし」

 

 だからこそ、いざぶつけると痛いんだがな。

 

「まぁ、落ちないように気を付けろ」

「そのコツを聞いてるですよ!?」

「落ち着いて、『1、2、3』のリズムで進むしかないだろうな」

 

『1』で前のヤツが右足を前に出して、『2』で前のヤツの左足と後ろのヤツの右足を、『3』で後ろのヤツの左足を動かして、そうやって一歩ずつ進んでいくしかないだろう。

 正直、俺も二人三脚で平均台なんかやったことがないから攻略法なんぞ知らんのだ。

 

「リベカ!」

「お姉ちゃん!」

「「仲良し!」」

「リベカ!」

「お姉ちゃん!」

「「仲良し! ……えへへ~」」

 

 あいつら仲いいなぁ。

 あんな奇妙な掛け声で、うまいこと平均台をクリアしていきやがった。

 

 で、その次に待ち構えているのが、ボール運びだ。

 

 直径30センチのボールを手を使わずに、お互いの体で挟んで一定区間を走るのだ。

 バスケットボールよりも大きいのだが、硬くて重い。ゴムボールなんて気の利いたものがなかったので木で玉を作り、その周りに分厚めの布を貼りつけたのだ。

 

「あれが硬くてなぁ……あばらを『ゴリ!』ってすると痛いんだ……」

「なんでそんなマイナス要素ばっかり出てくるです!?」

「……店長、よしよし。大丈夫だから」

「わたし、完走できるでしょうか……」

「大丈夫! ジネットならおっぱいに挟めば――」

「懺悔してください!」

 

 10kgくらいは持ち堪えられそうなんだけどなぁ、乳圧で。

 

「お姉ちゃん! 抱っこじゃ! だっこー!」

「うふふ。甘えん坊さんね、リベカは……可愛過ぎるっ!」

 

 木製の玉を押し潰さんばかりの勢いで抱擁し合うウサギ姉妹。

 木の玉がミシミシいい始めてないか、アレ!?

 

 そして、15メートルほど進んだ先で木の玉を下ろすと、その次に待ち構えているのが暗黒迷宮――ウーマロ設計の真っ暗闇の巨大迷路だ。

 分厚い木製の立方体がドドンとコースの途中に鎮座している。15×50メートル、高さ3メートルのど迫力スケールだ。

 あの中には一切の光が入らない。

 しかし空気はちゃんと循環しているという、トルベック工務店の技術の高さをこれでもかと見せつける建造物だ。

 

 ちょっとしたプレハブくらいあるもんをどう運ぶんだと思ったら、『腕力自慢何人かで力を合わせて運ぶ』という、なんとも原始的で絶対真似できない方法だった。手段が強引だっつうの。

 

 そんな暗黒迷路は、そこまで入り組んでいるわけではないが視界が奪われるためになかなかの難易度となっている。

 レベル的には幼児向け巨大迷路くらいかな。暗くなきゃな。

 一人でなら、物の一~二分で出て来られるだろう。

 だが、二人三脚となるとまた事情が変わってくる。

 

『うぎゃー! 真っ暗なのじゃ! お姉ちゃん、怖いのじゃ!』

『大丈夫ですよ、リベカ。お姉ちゃんがついてますからね。暗闇の中でぎゅっと抱きしめていてあげますからね、げへへへぶへっ、ぐへへへぇ~』

 

 おいおいおい!

 あいつが一番危ないんじゃないのか!?

 暗闇の中で幼女と二人っきりにしちゃダメなヤツだろう、あいつ!?

 

 

「――と、まぁ。変質者には気を付けろ」

「危険度が他の比じゃないです、あれだけ!?」

「あと、暗い中で足の小指とかぶつけたら地獄だ」

「壁の角とかにですか!? 怖いです!」

 

 そして、しばし暗闇の巨大迷路の中から「わーきゃー」いう声が聞こえ、選手が順番に出てくる。

 

 その次に控えているのがキャタピラだ。

 日本では段ボールで作っていたが、こちらのキャタピラはクロコダイル風魔獣の革で作った楕円の筒の中に二人で入って四つん這いで進んでいく。もちろん二人三脚でだ。

 

「お姉ちゃん、四つん這いってなんか変な格好なのじゃ。笑ってしまうのじゃ!」

「そうですね。はぁはぁ……笑ってしまい……はぁ……ますね……はぁはぁ」

「おい、誰か! あそこの『幼女の女豹のポーズにはぁはぁしてる汚れシスター』を摘まみ出せ! 完全アウトだろ、あんなの!」

 

 もう攻略法どころじゃない。

 なんとか競技の健全化を図らなければいけないレベルだ!

 緊急事態だぞ、これは!

 

 そして、最後に待ち受けるのが、……あぁ、安心して見ていられる……飴探しだ。

 お馴染みの、小麦粉満載の木のトレーの中から手を使わずに飴を探し出して口で咥えるあれだ。

 飴はルシアとミリィからネクター飴が大量に提供されている。

 

「むぁ~! 真っ白で何も見えんのじゃ~」

「まぁまぁ、リベカ。顔が真っ白ですよ。うふふ、可愛い」

 

 あぁ、今回は大人しい。

 よかったよかった。

 

「飴が全然見つからないのじゃ……」

「それじゃあ、お姉ちゃんが見つけた飴を譲ってあげます、んむちゅ~……」

「おい、誰かあの姉を止めろぉ!」

 

 舐めてる飴を口移ししようとしてんぞ!

 姉の権限越えてんだろ、もう!?

 強硬排除も可だ! デッドオアアライブだ!

 摘まみ出せ! もしくは閉じ込めておけ! 暗黒迷宮の中にでも!

 

「ソフィーさんとリベカさん、間もなくゴールですね」

「あれ、なんか手前で止まったですよ!?」

「……おそらく、妹と離れたくない姉の悪あがき」

「さっさとゴールしろぉ!」

 

「リベカの一等賞のため!」と涙を飲んでゴールテープを切ったソフィー。

 ゴールしても足を縛る紐は解かない意向のようだ。……好きにすればいいけどよ。

 

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