異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加62話 朝の教会で -3-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
文字数:2,352

 それから小一時間の時間が過ぎ、イネスとデボラは自区へと帰っていった。

 今日も普通に仕事があるからな。

 ギルベルタとナタリアはここでそれぞれの領主と落ち合うのだそうで、談話室でのんびりとお茶を飲んでいる。珍しい光景かもしれないな、こいつらが寛いでいる姿は。

 

 マグダとロレッタはノーマたちを連れて陽だまり亭へ戻った。

 ジネットがまだ動けないので開店準備を引き受けてくれたのだ。

 今日は下ごしらえが出来ないのでお好み焼きメインの屋台DAYにすることになった。

 

 金物ギルドと生花ギルドは、今日は午後かららしく朝のうちは手伝ってくれるらしい。

 川漁ギルドは、今日は休みなんだとか。

 

 飲食店や一部のギルド以外は、今日はのんびりするようだ。

 丸一日運動会やった翌日だからなぁ。

 陽だまり亭も休めばいいのに……

 

「疲れている時は外食がいいと、ヤシロさんも言っていたじゃないですか」

 

 運動会の後は外食で済ます家庭が多い、疲れているから。

 そんなことを言ったっけなぁ。

 とにかく、ジネットは休むつもりがないらしい。

 

 それはカンタルチカも同じで、パウラは朝食の片付けが終わったらいそいそと帰っていった。

 ネフェリーも、養鶏場の朝の仕事は両親がやってくれたらしいが、生き物の世話に休みなんてものはないと帰っていった。

 

 で、俺とジネットはというと、開店準備をマグダたちに任せて教会に残っている。

 開店までに少しでも筋肉痛を和らげるために談話室で休憩をしているのだ。体をさすさす、筋肉の回復を待つ。さすさすさすさす……

 

 空は徐々に明るくなり始めていた。

 

 それからしばらく静かな時間が続き。

 

「まったくもう、バルバラさんは……」

 

 もぐもぐと味の染み込んだジャガイモを咀嚼しながらベルティーナがむくれている。

 まだ尾を引いているらしい。

 懺悔室から戻ってきたベルティーナは、朝食をナタリアに食べさせてもらっている。俺の介助はやんわりと拒否された。

 ま、気持ちは分かるよ、うん。

 

 あそこまで表立って『好き』だの『結婚』だのって話題を振られることなんかなかったろうからな、敬虔なアルヴィスタンのベルティーナは。照れくささが他人の数倍に感じられるのだろう。

 

 で、バルバラはと言うと――

 

「ぐず……っ、くすん…………もぐもぐ」

「よしよし、おねーしゃ、なかないのぉ、かなしい、ないぉ」

 

「……うん……もぐもぐ……」

「おぃしぃ?」

「…………うん……ぐすっ」

 

 泣きながら朝飯を食い、妹のテレサにずっと背中をさすってもらっていた。

 めんどくせぇ姉だな、おい。

 アレが仮に俺の実の姉だったら、庭に深い穴を掘ってそこへ落とし、這い出してこられないようにその上に立派な桜の木でも植えてるだろうな。毎年桜を見上げる度に思い出してやるよ、「あぁ、俺にも姉がいたんだっけなぁ」って、一年の内で一週間ほどだけ。

 

「トットさん、無事に帰れたでしょうか?」

「大丈夫だ。トットは、そこのアホサルよりずっとしっかりしてるから」

 

 帰ってこないバルバラを心配してトットが教会にやって来たのが二十分ほど前。

 ちょうどバルバラが懺悔室に閉じ込められている最中で、事情をなんとなく察したトットが「あぁ、そっか……どうしましょう、か?」みたいな気を遣った顔で必死に笑おうとしていた。

 なので、あのアホな姉と一緒じゃなきゃ帰りそうもないテレサはここに置いておいて、飯だけ持って帰るように言って、荷物を持たせて先に帰したのだ。

 トットが帰るころにはシェリルも起き出すだろう。

 温め直すのはトットには難しいかもしれないな。ま、冷めても美味いけどなノーマの煮物は。

 

「ぐす……ぉいしぃ…………ごはん、ありがとう、てんちょう……えいゆぅぅううううううっずびぃ~!」

 

 汚い汚い! 洟をすするな!

 あぁ、だからって垂らすな! おにぎりにかかる! あぁ、もう!

 

「泣くか食うかどっちかにしろ!」

「……食ぅうう……」

 

 ……この教会、食欲優先するヤツ多くない?

 

「ほら、洟かめ」

「ん……手、塞がってるし……」

「っとに、もう……」

 

 おにぎりを両手で持っているアホのバルバラ。

 一個ずつ食えよ。誰も取らないかr……いや、確保しておかないとベルティーナが食い尽くすか。なんてサバイバルな教会だよ。

 仕方がないので、くしゃくしゃっと丸めて柔らかくしたちり紙を広げてバルバラの鼻を摘まむ。

 ほれ、「ぷーん!」ってしろ。

 

「ん……ぶびぃぃいいい!」

 

 ……とはいえ、もうちょっと躊躇いは持ってろよ、女子。全力だな。

 

「ベルティーナのお説教は怒ってるわけじゃないから、もう泣くな。反省して次から気を付ければいいだけだから」

「……うん」

「俯くな。また洟が垂れる」

「…………うん」

「ほら、また洟……」

 

 顔を上げたバルバラの、湿って光る鼻先をちり紙で拭ってやる。

 お前はもう上を向いていろ。垂れてくるから。

 

「えぃゆう……やさしぃ……」

「今頃気付いたのか。俺ほど優しいジェントルマンはそうそういないぞ」

「……けど、アーシ…………どんなに好きになられても、英雄とは結婚、してあげれない……」

「はぁ!?」

「ごべっ…………ごべんなぁああ……!」

「なんの話だ!?」

「やさしいの、好きだからだろぉぉお? ごべんなぁぁああ!」

 

 このアホサル……っ!

 

「ヤシロ様。昨日からバルバラさんに振られまくりですね」

「振られてねぇから! ノーアクションなのにリアクションがバンバン投げつけられてるだけだから!」

 

 告白まではいかなくとも、せめて俺が好意を寄せてからにしてくれ、俺を振るのは!

 応募してないオーディションから不合格通知もらっても身に覚えがなさ過ぎてきょとんとしちゃうから!

 

「ごめぇぇん、えいゆぅぅうう……おぃしぃいいいい、おにぎりぃぃぃいいい!」

 

 並列で語んな、アホサル。

 

 この煩わしい泣きサルをどうしようかと思っていると、教会の窓からチャラいタヌキがぬっと顔を出した。

 

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