「最終競技は、勝者に100万ポイントを贈呈しよう!」
「バカなのかい、君は?」
エステラが冷めた目でツッコミを入れてくる。
んだよぉ。こういう大会のお約束だろう? ちゃんと乗っかれよなぁ、ったく。
紆余曲折、てんやわんや、なんだかんだあれやこれやあった運動会も、残す競技はあと一つ。
最終競技を残して、全チームがまったくの同点となった現在、各チーム感じることもそれぞれといった感じだ。
「折角棒引きで頑張ったのにさぁ」
「前半のリードも、今となっては虚しいもんさね」
「だったら、最後の競技だけでよかったかもね……、な~んてね」
パウラとノーマが肩を落とし、ネフェリーが苦笑を漏らす。
が、それは違うぞネフェリー。
いろいろあって同点になったのと、な~んもせずに同じ立ち位置なのとではその意味合いが天と地ほども違うのだ。
その証拠に。
「よぉし! なんか分かんねぇけど、あたいらもトップに並んだぞ!」
「ふん。ここまですべて計算尽くであったと言っても過言ではないな」
「過言思う、ルシア様の今の発言は、さすがに」
赤組は「追いついた!」という感動にテンションが急上昇している。
逆に青組はちょっとぴりぴりしているかもしれない。
「あぁ……私が不甲斐ないばかりに他3チームに追いつかれてしまいました。エステラ様をお救いするつもりが、揃って苦境に……でも、この苦境を乗り越えた先に、真実の絆が結ばれて、私とエステラ様は…………ぐひゅふふふふふ」
……うん。さほど深刻そうでもないかもしれない。
若干一名物凄く幸せそうな他所の領主様がいるわ。
「エステラ。真実の絆――」
「言わないでくれるかい。折角聞こえなかったことにしようとしているのだから」
エステラが無我の境地に……いや、現実逃避だな、あれは。
「あ~ぁだよ、まったく」
逃避先から現実へ戻ってきたエステラが盛大にため息をつく。
な~んか俺に言いたそうな顔だ。
「結局、みんな君の思い通りに事が運んだわけだ」
難しい顔をして、少しだけ頬を膨らませる。
唇を突き出してむくれてみせる。
なんだよ、その顔。失敗キス顔写真としてSNSにばら撒いてやろうか。マニアから「いいね」をいっぱいもらえるだろうよ。
「なんだよ、思い通りって」
「今になってみれば、君が一回の失敗ごときで引き下がるなんておかしいって分かりそうなものなのにさ。奇抜な作戦はいつものことだけれど、いつものヤシロなら――そうだよ、ヤシロがあんな穴だらけの作戦を立てたこと自体が違和感の塊じゃないか。どうしてボクはそこに気が付かなかったんだろう……」
話の途中で思考が変わってまとまりのないまま言葉を打ち切り頭を抱えて「むぁああ」と唸る。
面白い生き物だな、お前は。
「とにかく、午後から白組が盛り上がってきて今から巻き返そうかって時の大失態――に、見えたから、つい、『あぁ、ヤシロでも失敗したらへこむんだ』とか思っちゃって…………あぁ、失敗した……」
失敗してへこんでんのはお前の方じゃねぇか。
つうか、そこまでへこまんでも……
「だから、つい信じちゃったんだよね。白組の内部崩壊を……それが、まさか、それまで込みの作戦だったなんて」
なんだか妙にグチっぽい。
言いたいことが言い出せない。けれど言わずにはいられない。なのに言い難い。
そんなもやもやした葛藤が見て取れる。
「大体、これから棒引きだっていう時に、しかも敵が強力過ぎてやばいなって時にだよ? 次の競技までひっくるめた作戦なんて立てるかい? ひねくれ過ぎだよ、君は。一つ一つ、目の前のものに全力で取り組もうという姿勢に欠けているんだ。そういう性格だからいろいろと誤解をされるんだよ。見直したまえよ、まったく!」
完全に小言になった。
しかし、その口調からは怒りなんか微塵も感じなくて、悔しさももうほとんどなくなっていて、伝わってくるのはただただ焦りばかり。
言いたいことはそんなことじゃないのに、言葉を重ねるほどに意思とは違う方向へ会話が進んでしまうことへの焦り。
へいへい。
分かってるよ、お前の言いたいことくらい。
ったく。ひねくれてんのはお互い様だろうが。
「エステラ」
「なにさ」
「大丈夫だからよ」
「…………」
結局こいつは心配性なのだ。
どんなに開会式で釘を刺そうが、どんなに言葉で否定しようが、一度盛り上がってしまった人の心ってのはなかなかどうして沈静化させにくい。
言うなれば、今のエステラもその状態だ。「もう気にしなくていいんだ」「結果オーライだから黙っていよう」と、冷静に考えればそれがベストだと理解は出来るのだが、湧き上がった感情はなかなか消えてくれない。盛り上がった気持ちは鎮まってくれない。
言葉として吐き出さなければ、ずっと胸の中に詰まって息苦しいままなのだ。
『折角心配してやったのに、それはみんな無駄なことだったんだね!』なんて口にしたところでなんのメリットもない。俺にとってもエステラにとっても。
エステラは俺を責めたいわけじゃない。自棄を起こしたわけじゃない。自分を労ってほしいわけじゃない。
けれど、一度湧き上がったもやもやはどうにかしなければくすぶり続けてしまう。
吐き出すのは簡単。
飲み込むのは至難の業。
だから、人はついつい吐き出してしまう。
厚かましいと分かっていても。
図々しいと自分が嫌になっても。
そうしたところで状況が好転することなどないと理解していても。
湧き上がった感情を吐き出さずにはいられない。
何か、その感情を沈静化してくれるきっかけでもない限り。
だからまぁ、礼を言うほどのことでも、謝るほどのことでもないから特別何かを言う気はないけども、一言くらいはあってもいいだろう。
エステラの顔を見て、きちんと言葉にして、伝える。
「ちゃんと分かってるからな」
「…………そ」
そっぽを向いて、俯いて、土を蹴って、顔を上げる。
「なら、いい」
こちらを向いたエステラの顔は、穏やかに笑っていた。
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