異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

337話 重ねられた嘘 -2-

公開日時: 2022年2月21日(月) 20:01
文字数:4,288

 金物ギルドの工房にあった筒や他の部材を流用した結果、空気入れはあっという間に完成した。

 

「言ってくれれば、より完璧な物をゼロから作ってみせるさね!」とノーマが意気込んでいたが、そこまでのものは必要ない。

 今回ちょっと使うだけだ。

 自転車があるわけでもなし、空気入れの出番などそうそうない。

 

 ……自転車、作れそうだな、こいつらなら。

 ま、それはまた今度だ。

 

 というわけで、道具が揃ったので早急に説明会を開催することになった。

 その日のうちに街中に広報して、開催は明日の朝。興味がある者、不安を覚えている者には是非参加してほしい旨を伝える。

 そして、陽だまり亭従業員と教会のガキども、それから豪雪期に陽だまり亭に泊まりに来ていた者たちの参加は『必須』とした。

 そいつらは、絶対に必要なのだ。

 

 あとは、盛大に騒いでウィシャートが寄越している『監視役』の耳に入ればめっけもんだ。

 一応ウィシャートに「説明会するけど来る?」って手紙は出してもらうが「お前が説明しに来い」と言われるだろうとエステラは言っていた。

 ま、そうなるんだろうな。

「ラーメンもあるよ?」と書き添えてもらったが、まぁ釣れないだろう。

 来てくれりゃ説明する回数が少なくて済むのに。

 

 ――でだ。

 

 説明会の後にはラーメンの試食会を開催することにした。

 一人でも多くの者に直接俺の説明を聞いてもらえるように。って理由をエステラに告げたが、本当の目的は別にある。

 

 新しい料理の登場にその場が盛り上がってくれれば、きっと誤魔化せるはずだ。

 俺が目論む誤魔化しが、俺の身を危険に晒しかねないという事実を。

 エステラには話したが、それ以外のヤツは知らなくていい。

 そういう後ろ暗い話を一切合切覆い隠してくれる楽しい催しを説明会とセットにしておく。

 

「ルシアは一度帰るか?」

「そうだな。急な出発になってしまったのでな。一度帰り、館の者たちを安心させて明日出直すとしよう」

 

 夕方に帰り支度を始めるルシア。

 カンパニュラの頭を撫で「しっかりやっているようで安心したぞ」と伝えている。

 ルピナスに元気だと伝えておいてやるといい。

 ま、この前押しかけてきたばっかりだけどな、ルピナス。

 

「あぁ、そうだ。急がなくてもいいが、オルキオに『警備に付いていた虫人族がすげぇ感謝してたぞ』って言っといてくれ」

「あぁ。オルキオはよくやってくれている。虫人族たちをうまくまとめ、街の発展に大きく貢献してくれたと感じている。今度褒美を与えようと思っていたところだ」

 

 やはりオルキオの貢献は大きいらしい。

 虫人族の就職問題はそれなりに大きな問題だったのだろう。

 

「オルキオさん、慕われているんですね」

 

 常連客のそんな情報に、ジネットが嬉しそうにしている。

 そして、カンパニュラも。

 

「カンパニュラはオルキオを知ってるのか?」

「はい。母様の恩師である方だと聞いています。お会いしたことはありませんが」

 

 本当に、ルピナスはオルキオを好きだったんだな。

 恋愛が尊敬や敬愛に変わった今も、オルキオは特別な存在なのだろう。

 ……腸がねじくれ返るようなクソポエムを量産していたことは知らないもんな。

 俺の中では、あのポエムのせいでどんな功績もチャラになってしまうが。

 

「では、また明日。都合が合うようならオルキオやシラハも連れてくるとしよう」

「ムリはしなくていいぞ」

「陽だまり亭の新メニューの情報は、あの者たちにとって褒美になるであろうからな」

 

 頑張っているのだから、耳寄りな情報を教えてやると。

 そこまで大したもんじゃねぇよ、ラーメンなんか。

 

 ルシアを先に馬車へと乗せ、ギルベルタが俺の前までやって来る。

 

「では、また明日。友達のヤシロ」

「おう、気を付けて帰れよ」

 

 ギルベルタがぺこりと頭を下げて馬車に乗り込み、馬車の窓からルシアが俺に変顔を見せつけて、馬車は去っていった。

 ……その変顔、俺よりお前にダメージ与えてると思うぞ。

 

「ルシアさん、ヤシロさんを心配して四十二区まで来てくださったんでしょうね」

 

 レジーナの旅立ちを知り、俺が気落ちしていると?

 あいつがそんなことを考えるかねぇ。

 ……もしくは、俺がそんなに落ち込んで見えたってことか?

 いや、まさかな。そこまで落ち込んでたわけでもないし。

 

 まさかなぁ。

 

「……ま、明日は精々サービスしてやるさ」

「はい。わたしもお手伝いします」

 

 特に用事もなく、突発的にやって来て、驚くほどあっさりと帰っていったルシア。

 ……やっぱ、俺を気遣ってたってことか?

 しかも、それを恩着せがましく口にすることもなく?

 く、ルシアのくせに殊勝な。

 分かったよ。明日は煮卵を四個入れてやるよ。

「多いわっ!」って言われそうだが。

 

「ヤシロく~ん☆」

 

 洞窟内でウーマロと共に『調査』をしていたマーシャにも明日の説明会への参加を頼んである。

 

「いざって時は、私がバオクリエアまで連れて行ってあげるからね☆」

 

 こそっと耳打ちされたそんな言葉に、若干驚く。

『海運公団』以外の船がバオクリエアに向かうのは危険だという話は、きっとマーシャたち船乗りなら当然知っていることだろう。

 それを押してでも乗り込んでくれるということは、最悪の事態を想定してのことなのだろう。

 レジーナが戻ってこず、俺たちの我慢が限界を超えた時、マーシャがその足になってくれると。

 

 それは、保険としては頼もしい限りではあるが――

 

「そんなことにはならねぇよ」

「うん。私もそう思ってる☆」

 

 レジーナは帰ってくる。

 だが、まぁ。

 

「でも、ありがとな」

「うん☆」

 

 気を遣ってくれたことには感謝を述べておく。

 

「マーシャはバオクリエアに行ったことはあるのか?」

「ないなぁ。あの国って自分たちが優位に立てない相手の前には出てこないから」

 

 人魚は人間にとって脅威となる種族だ。

 自分たちが優位な立場で周辺国を侵略していったバオクリエアは、危険な人魚との交流を持たないようにしているらしい。

 利口というか、臆病というか。

 

「人魚の方も、海面を固める薬とか、他にも魚に悪影響な毒物を開発したバオクリエアのことを嫌ってるからねぇ」

 

 毒物を海に流されれば、人魚たちは甚大な被害を受けるだろう。

 双方共に歩み寄るつもりはなさそうだ。

 

 とはいえ、マーシャ以外の人魚が四十二区のために戦ってくれるとは思えないけどな。

 海漁ギルドにしたって、全員がマーシャと同じ考えだというわけではない。

 マーシャ一人にムリをさせるわけにもいかないだろう。

 

「ま、最悪の場合は、この街のおっかない連中を全員乗っけて運んでくれ」

「うん☆ ま~かせて☆」

 

 メドラにハビエルにマグダにデリアに――

 いろいろと手強い強力なメンバーを満載したマーシャの船がバオクリエアに乗り付ける様を想像すると、なんだか少し笑えた。

 なんておっかない宝船だ。海賊船も幽霊船も尻尾を巻いて逃げ出しそうだ。

 

「今日はエステラのところに泊まるね。明日、楽しみにしてる」

 

 マーシャが楽しみにしてるのは説明会でもラーメンの試食でもなく、俺の説明によって工事が再開されることだろう。

 

「港が完成したら、陽だまり亭でお泊まりさせてね☆」

「それでしたら、いつでも歓迎いたしますよ。なんでしたら今日でも」

 

 ジネットがそう言うが、マーシャは首を横に振る。

 

「ん~ん。これは願掛けなの。早く港が完成するように」

「では、わたしもその日を楽しみにしていますね」

「うん☆」

 

 にっこりと笑って、マーシャはエステラと共に陽だまり亭を出て行った。

 エステラも「じゃ、また明日」と軽く挨拶だけを残して帰る。

 これから大急ぎで諸々の準備をするのだろう。

 

「ジネットも準備は大丈夫か?」

「はい。下ごしらえ、しっかりとしておきますね」

 

 ラーメンの試食に意欲を燃やすジネット。

 今日一日で、かなり手応えを感じているようだ。

 

「お兄ちゃん、あたしたちからも報告です!」

「……レジーナの家、清掃完了」

「そりゃ、ご苦労だったな」

 

 物凄くやりきった感満載のロレッタとマグダ。

 店舗部分を除いて、プライベートスペースは徹底的に掃除したらしい。

 レジーナが帰ってきたら、三日と経たずに散らかると思うけどな。

 

「ウーマロ。可能な限り大工を集めておいてくれ。トルベック工務店の連中は別にいなくてもいいから」

「いや、ウチの連中はラーメンに興味津々だったッスから呼ばなくても集まるッスよ」

 

 四十二区に住んでいない大工たちは、港の工事が中止となって自区へと戻っているヤツが多い。

 そいつらを一人でも多く参加させ、カエルが出たかもしれない洞窟への恐怖を和らげてやらなければいけない。

 

「ウチと、カワヤ工務店、あと四十区と四十一区の大工たちで協力して明日までに声をかけられるだけかけておくッス」

 

 これで来ないヤツは、工事が再開されても参加させないッス! などと鼻息荒く言うウーマロ。

 おーおー、溜まっとるなぁ、鬱憤が。

 

「あと、カワヤ工務店のオマールから聞いたッスけど」

 

 オマール・カワヤ。カワヤ工務店の棟梁だな。

 

「なんか組合からいろいろ言われてるみたいッス。カエルの噂を聞きつけたようで、『呪いをもらいたくなければ四十二区と手を切れ』とか、『今なら波風立たないように戻してやる』とか」

 

 と、出口を気にして小声で教えてくれる。

 エステラが帰ったので口に出来たことなのだろう。

 

 組合は、取りこぼした大工を拾い集めるのに必死なようだな。

 

「言っとけよ。『戻りたきゃ戻れ』ってよ」

「カワヤ工務店は完全に組合を見限ってるッスよ。工事を始める前に相当嫌な目に遭ったようッスからね」

 

 情報紙とのゴタゴタが片付く前までは、組合もデカい顔をしていたからな。

 その後、俺も私もと大工が抜けて焦り始めたようだが……一度口から出た言葉はなかったことにはならない。

 勢いのある時の尊大な態度は、勢いを失った時にそっくりそのまま返ってくる。

 自業自得というヤツだ。

 

「工事が中断されている今が、突き崩すチャンスだと思われてるんッスよね、きっと」

「だろうな」

 

 トルベック工務店やカワヤ工務店はともかく、他の大工たちは不安に抗えない可能性はある。

 

「だからこそ、一日でも早く港の工事を再開させたいッス! ヤシロさん! よろしくお願いするッス!」

 

 両手を握られ、ウーマロが俺の目を覗き込んでくる。

 組合だの貴族だのにいろいろ横やりを入れられ、昨年末から年明けにかけていろいろやられてきたからな。

 さすがに頭にきているのだろう。

 

 まぁ、やれるだけのことはやるさ。

 

「……レジーナがいたら、『捗るわー』と言っていた場面」

「チャンスを逃すとは、レジーナさん、惜しいです!」

 

 マグダとロレッタが妙な呟きを寄越す。

 そんな解説はいらん。

 陽だまり亭へのレジーナ汚染を懸念しつつ、俺は翌朝に向けて準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

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