「じゃあ、ウーマロ。箱を持っててくれ」
「はいッス!」
すっかり俺のアシスタントが板についたウーマロに箱を持たせ、俺は観衆に向かって玉の入った箱を掲げて見せる。
「それじゃあ、入れていくぞー!」
軽く声が上がり、適度に盛り上がっていると実感する。
では……と、三つの玉を箱から取り出す。
玉を三つ右手に持ち、左手で空になった箱を床へと置く。
そして、右手にまとめて持った三つの玉から、白玉一つを左手で取り、ゆっくりと箱の中へと入れる。
一つ……
そして、左手でもう一つの白玉を取り、ゆっくりと……箱の中へ入れる……
二つ…………
「さぁ、これで最後だ!」
言いながら、右手をゆっくりと箱へと入れ、玉を落とす。
コトン――と、硬い音がして三つの玉が箱の中へと入れられた。
ウーマロに指示を出し、箱をシェイクさせる。
「順番はそうだな……俺が用意して四十二区の領主が一番に引くといかにも胡散臭いからな……ここはどうだろう。毛根の少ない順というのは?」
「年齢順でどうかな、オオバ君!?」
デミリーから物言いがつくが、どっちにしてもお前が一番なんじゃねぇか。
「リカルド、それでいいか?」
「好きにしろよ」
顔を顰め、リカルドは相変わらずつれない態度を取る。
んじゃ、デミリー、リカルド、エステラの順番で行く。
特に台座もないので、ウーマロに箱を持たせたまま領主に引いてもらうことにしよう。
まずはデミリーがやって来る。
「赤玉が当たりだね」
「おう。玉を引いたら、観客に見やすいように高く掲げてくれ」
「分かった」
そう言って、少しだけ楽しそうに、デミリーは箱へ腕を突っ込む。
「なんだか、私も大会に参加している気分になってきたよ。責任重大だね」
デミリーはなんとか当たりを引こうと、箱の中で玉をあれこれ弄り倒しているようだ。ガタゴトと木箱が音を鳴らす。
早く引けよ。
「よし、これだっ!」
箱から玉を引き抜いて、頭上に掲げるデミリー。
その瞬間、四十区の観覧スペースからはため息が、他のスペースからは歓喜の声が上がった。
すなわち、デミリーは……
「白……か」
残念そうに、引いた玉を見つめるデミリー。
「まぁ、しょうがないか」
諦めがついたようでリカルドに場所を譲る。
リカルドは箱の前に立つと、まだ諦めきれないように猜疑心にまみれた視線を向けてくる。
「諦めの悪いヤツだな……早く引けよ」
「うるっせぇ! ……俺はこの先一生、テメェだけは信用しねぇからな」
「お前、あんまりそういうことばっかり言ってると、レジーナに薄い本書かれるぞ……」
「なんの話だよ?」
「知らないことがいいことは、世の中にたくさんある……いいから引けよ」
「ふん……っ!」
箱を差し出すと、リカルドは不満そうな顔で腕を突っ込んだ。
箱の中で玉の確認をしている。それから、箱の中をペタペタと触り、どこかに『第四の玉』が隠されていないかを調べているようだ。
「……なんもねぇか」
「お前、ホント嫌な性格してるよな」
「テメェにだけは言われたくねぇよ」
言いながら、リカルドが引き抜いた玉は……白色だった。
四十一区のスペースからため息が漏れる。
「『まぁ、あの領主なら仕方ないか』『運、なさそうな顔してるもんね』『だから目つき悪いんだよ』みたいなため息だな」
「勝手な解釈つけてんじゃねぇ! あと、目つきが悪くて悪かったな!?」
と、目つきの悪い目で睨まれる。
怖~い。目つき悪~い。
「んじゃま、残りは……っと」
言いながら、俺はさっさと箱に手を突っ込む。
「あっ!? ボクもやりたかったのに!」
「結果が分かっているのに時間をかけるのも馬鹿らしいだろ?」
「まぁ、それはそうだけど」
「ほいよ」
箱から腕を引き抜き、手に持った赤玉をエステラへと投げて渡す。
「わぁっと!」
慌てながらも、両手で赤玉をキャッチするエステラ。
赤玉を手にすると、軽く見つめてから……ちょっとこすりやがった。
……お前も俺を疑ってんのかよ?
「塗装とか、剥げないからな?」
「えっ!? あ、いや、そういうことじゃなくて……あはは。なんかヤシロがやることって、何か裏があるような気がしちゃうんだよね。ごめんごめん」
「ま、日頃の行いが悪いからな、俺が」
「あはは。悪かったって。とにかく、ウチが当たりだよ。やったね!」
えへへと、取り繕うような笑みを俺に向けるエステラ。
「おい。もう一回調べさせてもらっていいか?」
もう結果が出たというのに、空気を読まない『目つき悪男』ことリカルドが待ったをかける。
……だから友達が出来ないんだよ。
「しつこいな、目つき悪男」
「誰が目つき悪男だ!? 念のためにだよ。ここで不正があったんじゃ、この後の大会が気持ちよく進行できないからな!」
こいつは……本当にバカだな。
「へいへい……ウーマロ、箱を渡してやれ。ついでに、そいつの処分も任せちまえ」
「え? いいんッスかね? 領主様にゴミの処分なんかお願いしちゃって」
「破壊して中までたっぷり調べれば気が済むだろう」
「そうッスか……? じゃあ、お渡しするッス」
ウーマロが恭しく空の木箱をリカルドへと差し出す。
それを受け取り、中を覗き込むリカルド。
うむ。傍から見ていると、なんとも感じが悪い男である。好感度駄々下がりだな。
女子にも嫌われるがいい。
「ふん……どうやら、イカサマはしていなかったようだな」
ようやく、納得してくれたらしい。
「だが、念のためにこれはもらっていくぞ。あとで解体してもう一度調べる」
「……好きにしろよ」
使い終わったら、薪にでもしてくれ。
「では、改めて!」
くじ引きの結果を受け、デミリーが再び声を上げる。
「第一試合、四十二区の料理で試合を行う! 試合開始はこれより三十分後とする!」
会場から歓声が上がる。
開会式は、これにて終了だ。
デミリーたちは、先ほどの通路へと戻っていく。個室でゆっくり試合を観戦するのだろう。
だが俺は四十二区関係者待機スペースへ戻るため、領主たちとは反対方向へ向かって歩き出す。
いちいち回り道をするのも面倒くさいので、このまま舞台を降りて待機スペースへ向かうのだ。
「ヤシロ」
そんな俺に、エステラが駆け寄ってくる。
「また、あとでね」
耳元に顔を近付け、そんな言葉を耳打ちしてくる。
会場からどよめきが起こる。
「ヤ、ヤシロさん……あ、あんた…………領主代行様にまで、手を…………とんでもないお人ッスね……」
なんか、勘違いされているっぽいな。
そういや、エステラは偽乳を装着して領主代行に変身してる時は、みんなからは『高嶺の花』と見られているんだっけな…………
「……エステラ」
「……ごめん」
他のヤツに聞こえない声の大きさでエステラを非難しておく。
両手を顔の前で合わせ、謝るジェスチャーをした後、エステラは逃げるように領主の個室側通路へと駆けていった。
……ったく。迂闊なヤツだ。
ま、俺もか。
「ヤシロさん……パネェッスわぁ……」
「アホなこと言ってないで、俺らも戻るぞ」
「はいッス」
ウーマロを引き連れて、俺たちは舞台を降り四十二区の待機スペースへと戻る。
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