異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

148話 変わらない日常 変われない現状 -1-

公開日時: 2021年2月25日(木) 20:01
文字数:4,401

「今日も平和だなぁ」

「そうですねぇ」

 

 早朝。

 いつものように大きな荷車を引いて教会へと向かう。

 朝っぱらからやたら元気のいいロレッタと、今日もいつも通り落ち着いたマグダ。

 変わらない道を歩きつつ呟いた俺のそんな言葉に、ジネットが相槌を打つ。

 

 平和だ。

 何もない。

 

 四季というものがない……いや、滅茶苦茶にやって来たりはするのだが……一年を通して比較的変動のない気候のため、朝夕の景色はさほど代わり映えがしない。

『同じ時間帯なのに最近は明るくなるのが早いなぁ……』とか、そういう、時間の流れを感じさせる事象はほとんどないのだ。

 

 だからこそ思う。

 

 

 平和だと。

 

 

 木こりギルドの支部で行われたパーティーからもう六日が経っていた。

 この六日間、ただただ時間は流れ、何事もなく、平穏無事で……俺は少し焦っていた。

 

 何も起こらない。

 起こらないのだ……何も。

 

 何かが……そう、厄介なトラブルでも起こってくれれば、俺がここにいる理由が…………

 

「ヤシロさん」

 

 ジネットに名を呼ばれ我に返る。

 

「行き過ぎちゃいますよ」

 

 気が付けば、もう教会に着いていた。

 ボーっとしているうちに通り過ぎてしまうところだった。

 

「あ、悪い」

「ふふ。まだ眠たいですか?」

 

 柔らかい笑顔が、俺を見つめている。

 

「まぁ、そうだな……」

 

 もしかしたら、俺は寝ぼけているのかもしれないな。

 どうかしてるとしか思えない。

 

 

 

 何か厄介なトラブルでも起こればいいな、なんて……考えちまってるんだからな。

 

 

 

「お兄ちゃん! あたしと一緒にお芋の皮剥きをするです! どっちが速いか競争です!」

「ん~……、やめとくわぁ」

「ふっふっふっ、負けるのが怖いですね!?」

「いや、お前普通だし。俺、超上手いし。なんか……競争しても圧勝で虚しいし……」

「そ、そんなことないです! そこまで言うなら、正々堂々、五つ分のハンデをつけて勝負です! もちろん、あたしがプラス五つ分もらえるです!」

 

 ハンデをもらって何が正々堂々か……

 

「まぁいいか。んじゃ、厨房に食材運べ」

「わ~い! 運ぶです!」

 

 諸手を挙げて、ロレッタが厨房へと入っていく。

 ……いや、食材食材!

 

「ったく、あいつは……」

「楽しそうですね、ロレッタさん」

「そうだな」

 

 最近また、ロレッタは教会への寄付へ同行するようになっていた。

 以前、陽だまり亭が嫌がらせや悪意にさらされていた際に、気落ちするジネットを心配してついてきていたのだが、それがなくなってからはぱったりと来なくなった……のだが、大食い大会後、再び参加するようになったのだ。

 あいつもあいつなりに、何かを感じているのかもしれないな。

 

 さっきの元気も、どこか無理しているようにも見えるし……

 

「軽くいじめてやるか。皮剥きで圧勝してやる」

「ほどほどにしてあげてくださいね」

 

 野菜の詰まった木箱を持って、ジネットは穏やかに笑う。

 なんだか、その笑顔は少しだけ……ベルティーナに似ていた。

 

「……そして、そのおっぱいはベルティーナをも凌駕していた」

「マグダ……俺の心を読んだ上で、勝手なモノローグ追加すんのやめてくんない?」

「…………なぜ?」

「『なぜ』っ!?」

 

 まさか、そこを疑問に思われるとは!?

『なんか嫌だから』以外の理由が思いつかねぇ!?

 

「お兄ちゃ~ん! 早く来るで~す!」

 

 いまだ庭にいる俺に向かって、教会の中からロレッタが手を振る。

 いやいや。状況、見たら分かるよね?

 

「お前、野菜持っていけよ!」

「……なぜです?」

「ロレッタ、お前もかっ!?」

 

 まったく、思い通りにならないヤツが周りにいるといろいろ苦労する。ユリウス・カエサルの気持ちが少しだけ分かったぜ。

 

「ヤシロさん」

 

 手伝わないロレッタへの不満を垂れながら教会へ入ると、ベルティーナが玄関先まで迎えに来てくれていた。

 

「いつもありがとうございます」

「ジネットに言ってくれ。俺はただの付き添いだ」

「うふふ……相変わらずですね」

 

 相変わらずなんなのか、それは分からんが、まぁ、からかわれてるんだろうな。

 しかめっ面をしてみせると、ベルティーナはくすくすと笑った。

 試しに、俺の人生において一度も『外した』ことのない爆笑必至の超面白い顔をして、見せてみる。と――

 

「ぶふっ!」

 

 あのベルティーナが吹き出した。

 おなかを抱えて笑い転げている。

 おぉ……なんか新鮮だ。

 

「ベルティーナ、大丈夫か?」

 

 と、紳士的な声を出してベルティーナの背中をさする。

 だが、顔はまだ変なまま。

 

「……はい。申し訳ありません、お見苦しい姿をお見せして……あまりに衝撃的でしたぶふぉっ!?」

 

 振り返った途端、すぐそこにあった面白い顔に、ベルティーナは先ほどよりも盛大に吹き出した。……顔に、唾が…………

 

「も……もう、やめてくださ…………くふふふ…………お、お腹が、痛…………ふふふふふふっ!」

「シ、シスター!? ヤシロさん、一体何があったんですか!?」

 

 厨房からジネットが出てくる。その角度では俺の顔は見えないだろうから、ゆっくりと振り返ってジネットにも見せてやる。

 

「何も、ないよ☆」

「ぷひゅっ!?」

 

 変な顔のまま、声だけを極限まで爽やかにして言うと、ジネットが不思議な音を漏らして吹き出し、慌てて後ろを向く。両肩がガクガク震えて、必死に笑いをこらえているようだ。

 

 いやぁ、まだまだいけるじゃねぇか、俺の最強にらめっこ。昔取った杵柄ってやつだな。

 

「もっ……もうっ、ヤシロさん……ダメですよ…………イタズラ、しちゃ…………こんな遊びが、子供たちの間で流行でもしたら……」

「そ、それは困りますね。特にご飯を食べている時にやられると、非常に困りますね。やめましょう、ヤシロさ…………くふふ……すみません。もう、ヤシロさんを見るだけで……面白くて…………くふっ……ふふふふっ」

 

 ジネットに窘められ、ベルティーナにも釘を刺される。

 面白フェイスは当面禁止か。ちぇ~。

 

「シスター、大丈夫ですか?」

「は、はい…………ふふ……だいじょう…………ふふふ」

 

 ジネットがベルティーナの背中をさすり、看病(?)している。

 どうやら、俺はさっさと退散した方がよさそうだ。

 

「じゃあ、芋の皮を剥いておくな」

「はい。お願いします」

 

 ベルティーナとジネットを残し、厨房へ入ると……ダンジョンのラスボスもかくやという雰囲気でロレッタが待ち構えていた。

 

「よく来たです! さぁ、あたしの力をとくと見ればいいですっ!」

 

 とかなんとか言っていたロレッタだったが……

 結果は俺の圧勝。

 

 ロレッタの皮剥きは、まぁ、大方の予想通り……普通だった。

 

 勝負に使用したジャガイモは、一部を食事で使用し、残った物は食事の後で薄くスライスしてポテトチップスにして美味しくいただいた。

 パリパリサクサクとした食感がベルティーナと子供たちにウケ、かなり大量に剥いてしまったジャガイモも、あっという間に平らげられてしまった。

 

「なんということでしょう……薄くスライスして揚げるだけ……こんな単純な調理方法を今の今まで見落としていただなんて…………」

 

 なんだかジネットが大きなショックを受けていた。

 これは、まぁ……褒められていると思っておいて間違いないだろうが。

 

「このポテトチップスは、陽だまり亭でも出したいです。これからの時期は根菜が美味しい時期でもありますし、是非!」

「お、おぅ。けど、料理ってよりかはオヤツ向きだと思うけどな」

 

 根菜が美味しい時期なんかあるのか……年中似た気候のクセに。

 

「スライスじゃなくて、細切りにして揚げるとフライドポテトっつって、それも美味いぞ。今度やってみるといい」

「はい。では今度教えてくださいね」

「はは、教えるほどのものでもねぇよ」

「いえ、でも……」

 

 ほんの一瞬の間――

 

「ヤシロさんといると、新しいことをたくさん覚えられて楽しいです」

 

 言いかけた言葉をのみ込んで、代わりに向けられたその微笑みは、どこか歪さを感じた。

 薄氷の上に立つような、そんな危うさを。

 

 やっぱ……気を遣われてるんだな。

 

「ヤシロさん」

 

 食事を終え、そろそろ片付けでもしようかというタイミングで、ベルティーナが俺のもとへとやって来た。

 穏やかな笑みを浮かべて――

 

「お話があります」

 

 ――逆らうことの出来ない、静かな声で俺を呼ぶ。

 

「…………分かった」

 

 片付けをジネットたちに任せて、俺はベルティーナと二人で礼拝堂へと向かう。

 過去に何度か連れてこられた懺悔室だ。

 小さく区切られたこの空間は、扉を閉めると完全な密室となる。

 

 どんな話も、気兼ねなく話せることだろう。

 

「ヤシロさん」

 

 名を呼ばれる。

 ただそれだけで、心を覗かれているような、そんな気分にさせられる。

 何もかもを見透かしたような曇りのない瞳が俺を見つめている。

 

「……もうそろそろ、いいのではないでしょうか」

 

 もうそろそろ……

 何を指しての言葉なのかは言うまでもない。

 ベルティーナにはすべてを悟られているのだろう。『何』を『どこまで』かは分からないが、もしかしたら初めて会ったあの時から、俺の身の上も正体も全部見抜いていたのかもしれない。と、そう思わせられた。

 

 しかし……

 

 果たして俺は「そろそろ」などと呼べるほどの時間を過ごしてきたのだろうか。

「まだまだ」とか、「ぜんぜん」とか……どちらかと言えばそういった言葉の方がしっくりくるような気がする。

 

 ベルティーナの腕がそっと伸ばされる。白くて細い指が俺の頬に触れる。

 

「出会ってからのこれまでの期間、あなたを見てきた一人として、私は言います」

 

 俺を見つめる瞳には、どこか切実な……それでいて温かい、願いのようなものが込められていた。

 この瞳から目を逸らすことなど、きっと何人たりとも出来はしないだろう。

 

「ヤシロさん――」

 

 俺の頬から手を離し、自身の胸の前で手を組む。

 祈るような仕草で、乞うような瞳で、許すような声で……ベルティーナは言う。

 

「あなたはもう、自分の幸せのために生きてもいいのではないですか?」

 

 ――自分の、幸せのために…………

 

 静かに頭を下げ、ベルティーナは懺悔室を出ていく。

 俺の返事を聞くこともなく。

 少し考えろということなのだろう。

 

 壁にもたれて視線を上げると――壁に掛けられた精霊教会の紋章が俺を見下ろしていた。

 まるで、精霊神が俺を見下ろしているような、そんな錯覚に襲われる。

 

 ……懺悔なんか、してやらねぇぞ。

 

 何を言われようが、俺は詐欺師で…………俺がやってきたことは……過去は消えはしないのだ。

 

「……俺だけが許されるわけには…………いかねぇだろうが」

 

 精霊教会の紋章を睨みつけてみるが……数秒で目を逸らしてしまった。

 

 正直なところ……「いつまでウジウジしてやがんだ、ボケェ!」と、大声で怒鳴られた方がはるかにマシだった。

 やっぱ、ベルティーナは厳しいシスターだよな。

 

 ……答えを出すのは、自分自身にしか出来ないって改めて突きつけられた気分だぜ。

 

 十数分、懺悔室にこもっていた。

 けれど、頭は冴えないし、考えもまとまらない……

 

 結局、何も考えがまとまらないまま、俺は懺悔室を出て……陽だまり亭へと戻った。

 

 

 

 

 

 

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