異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

290話 情報紙発行会の言い分 -3-

公開日時: 2021年8月19日(木) 20:01
文字数:4,244

 俺の提案を聞き、編集長の額からは滝のように汗が吹き出していた。

 到底認められない、けれどそれを突っぱねるとまた何か厄介なことが起こりそうで怖い。あぁもう、どうしたらいいんだ!? ――そんな心の中の声が聞こえてきそうだ。

 

「話にならんな」

 

 答えられない編集長に代わり、会長が口を開く。

 

「遊びではないのだ。素人の書いた文章など掲載させられるわけがないだろう。考えて物を言え」

 

 俺は貴族ではない。それを知っているから、会長は強い口調で言えるのだろう。

 肩書きしか見てないから足を掬われるってのに、こういう成り上がりバカはどうしようもねぇな。

 ……この場で、誰が一番発言権を持っているのかくらい見抜けなくてどうすんだよ?

 その程度のヤツがトップを張ってる情報紙なんか、本当になくなった方がいいのかもな。

 

 記事を見る限り、ジャーナリズムとはかけ離れた記事ばかりだもんな。

 連中が行っているのは『次の流行を生み出す』行為ばかりだ。

 それも、「こういうのが流行っている」ではなく「こういうのを流行らせる」って記事だ。

 もはや流行の情報を発信する情報紙ではなく、懇意にしているどこかの誰かさんに利益が向かうように民衆を誘導する扇動紙に成り下がっている。まぁ、もともとどのような理念をもって誕生したのか知らんけどな。

 

 だからさ、もう潰しちゃおうぜ。

 マーゥルもそうしろって言ってるし。

 ギルドじゃないから教会や王族も出張ってこないだろうし。

 

 なくなって困るのは誰か?

 自分の意思では何も決められない『BU』っ子たちか。

 知るか。自分で判断できるようになりやがれ。

 

 ……まぁ、その辺はちゃんとフォローしてやるよ。

 追々な。

 

 

 さて、と。

 

 

「大丈夫だよ、会長さん」

 

 きゃろん☆ って可愛らしいスマイルで会長を見る。

 こら、エステラ。「ぅわぁ……」とか言わない。そっち見てなくても声はしっかり聞こえてるからな。

 

「『謝罪の言葉一つ知らないような無知蒙昧なド四流な記者が書いた記事でも情報紙には掲載される』って、編集長も認めてるんだし、素人の記事が載ってても誰も気付きゃしないって」

「そんなわけがなかろう! プロと素人では文章の重みが違う、価値が違うんだ。これだから素人は……」

「あら? では重みのある文章で多くの者に誤解を与えるような記事を掲載したのかしら? だとするならば、その重みと相応の対応が必要なのではなくて?」

 

 俺が言おうとしたことを、マーゥルが横から掻っ攫っていく。

 イラッてしたんだな? 我慢できなかったか?

 お前はもうちょっと冷静なヤツだと思ってたけど、怒りの沸点低過ぎじゃない?

 

「今あなた方が行ったのは『未熟な記者が意図しない誤解を与えてしまった』というケアレスミスに対する謝罪ではなかったかしら? 重みや価値を語るのであれば、それに付随して責任が発生するのではなくて?」

「いや、この記者は、まだ経験が浅く――」

「素人との決定的な違いは何かしら? 経験の浅いそちらの未熟な記者さんが、素人とは大きく異なる、重く価値のある記事を書けるという根拠はな~に? 誰か師匠にでもついて研鑽を積んだのかしら? だとしたら、その師匠も大したことはないわね。未熟なまま弟子を現場に出すなんて、普通はあり得ないもの。大工なら、未熟な新人の仕事はすべて余すことなく監督者がチェックをして、監督者の責任で納品するものよ。そちらの未熟な記者さんの師匠は今どちらへ? 謝罪にも訪れないなんて随分と常識の欠如している方だこと」

「アタシ別に師匠とかいないし。勝手に決めつけんのやめてくれますかぁ?」

 

 未熟未熟と連呼されてキレたのだろう。

 マーゥルの分かりやすい挑発にまんまと乗っかる記者。

 うん。やっぱお前はド五流だよ。

 

「なら、独学なのね? だとしたら、三流にも満たない彼女の記事が載る情報紙に素人の記事が載せられないという理屈は認められないわ」

「おっしゃることはもっともです! ですが、少しお待ちいただきたい!」

 

 反発しかしない会長と記者を押しのけて、場を丸く収めたいのであろう編集長が割って入る。

 が、こいつの手口も分かっている。

 相手を肯定し、一部の非を認め、核心をはぐらかす。

 

「そのような理論で考えれば、確かに皆様がおっしゃるように素人である彼の記事を掲載することに問題はないのかもしれません。ですが、我々はこの仕事に誇りを持って臨んでおります。我々の中には、我々が譲れないルールがあるのです。その点だけは、どうかご了承いただきたい。誰でも彼でも記事を寄稿すれば掲載するという訳にはいかないのです」

「誰でも彼でもではないわ。そこの特別な男性――オオバ・ヤシロの記事を載せなさいと言っているのよ」

 

 おぉっと!?

 なんか、物凄い角度で持ち上げられたぞ、今!?

 

「彼は外周区の半分をまとめ、三十五区に横たわっていた亜人差別を解消するきっかけを作り、さらに『BU』の閉塞感を打破した上に外周区との経済協力を提携させた立役者よ。彼の書類を一度でも見たことがある者なら、彼の文章が素人の域を逸脱していることは理解しているはずよ。必要なら、この私マーゥル・エーリンが彼の文章を保証するわ」

「ワシも保証しよう。その男は特別だ」

 

 ドニスまで!

 とか思ったら、ガタガタッとギルド長やら領主やらリベカやらが立ち上がった。

 賛同しますってアピールか?

 俺に無断でそういうことすんなよな!

 これでも割と小心者なんだぞ!?

 

 ……いや、小心者ではないか。

 

「えっと……はい、それは、まぁ……彼の文章力がすごいということは、皆様の反応を見て理解いたしましたが……ですが、当会にもルールというものがありまして――」

「だから、それを曲げてくれって話をしてんだよ」

 

 立ち上がって無言の圧をかけまくっている権力者たちを座らせる。

 俺にしゃべらせろ。

 お前らのやり方じゃ、権力を後ろ盾に圧力をかけまくるウィシャートと同じなんだよ。

 権力同士の衝突になるとまずいんだろ?

 お前らが結託してにっちもさっちもいかなくなったら、こいつらはウィシャートに泣きつくぞ? そして三等級貴族を引っ張り出してくる。

 そうなる前に終わらせようじゃねぇか。

 

「未熟なド六流記者の記事じゃ納得できないから、謝罪する気があるならそのスペースを俺に貸してくれって話だよ」

「謝罪は、もちろん、ご迷惑をおかけした件に関しましては、え~っと、もちろん、はい、させていただきますが、それとこれとは……」

「別に変なことは書かねぇよ」

 

 こいつらが危惧しているのは、影響力の大きい紙面で自分たちの非難記事を書かれることだ。

 だから、安心させてやる。

 

「なに、ちょっと記者ってのを体験してみたくてな。事実無根なデタラメ記事は書かないと精霊神に誓おう。見聞きしたことを、見たまま聞いたまま、嘘偽りなく記事にする。それなら問題ないだろ?」

「…………」

 

 編集長は黙り込み、助けを求めるように会長へ視線を向けた。

 

「……どのような記事を書くつもりだ?」

 

 会長も少し冷静になり、こちらの要求をのむかどうか検討し始めている。

 この場にいる全権力者の起立が怖かったらしい。

 

「そうだな、そこのド七流記者を見習って――」

「つーか、さっきからなんなの!? 六流とか七流とか、あり得ないんだけど!?」

「『情報紙現役記者、新人へ度重なる恫喝。気に入らないことがある度に声を荒らげ、新人記者を罵倒し続ける』とか、どうだ?」

「はぁ!?」

「事実ではないか。ワシはこの目でその現場を見ておるぞ」

 

 ドニスが言うと、女記者はドニスを睨み舌打ちをした。

 そこですかさず次の記事を発表する。

 

「『情報紙発行会、二十四区領主へ宣戦布告か? 情報紙現役記者が、二十四区領主のドニス・ドナーティを睨みつけ眼前で舌を打ち鳴らすというあり得ない無礼を働く。その場に居合わせた同発行会会長と同紙編集長は同記者の蛮行に苦言を呈することもなく肯定の姿勢を貫く。今後、双方の関係が悪化した場合、情報紙発行会が本社を構える二十三区と二十四区の間に軋轢が生まれ関係が破綻する可能性を完全に否定することは難しいだろう』」

 

 ガタッと、編集長が立ち上がるが、何も言えず、中途半端な位置に両腕を持ち上げたままおろおろと辺りを見渡し、頭をガシガシと掻いて、「落ち着きましょう、とりあえず」と、しょーもないことを言った。

 

「落ち着いているさ。俺はただ、この目で見た真実を、嘘偽りなく、そこのド十流記者を見習って記事にしようとしているだけさ」

 

 

 お前らがやってるのは、こういうことだろ?

 

 

「話にならんな」

 

 苛立たしげなため息をこれ見よがしに吐き、会長がでっぷりした腹を揺すって立ち上がる。

 

「悪意を持って当紙と当会を貶める者の記事など、一顧だにする価値もない」

「悪意なんかないぜ。嘘だと思うなら『精霊の審判』をかけてみろよ」

「…………」

 

 会長が俺を睨む。

 

「だがまぁ、誠意をもって話してもこちらの意図するものが伝わらない時ってあるよな。俺の言い方に問題があったのだとすれば、謝罪するぜ」

 

 ホホ肉に埋もれかけた鼻の頭にシワを刻み込み、わなわなと震え始める。

 なので、こっそりとテーブルの上に置いておいた『陽だまり亭では使ったことがない私物の水差し』を蹴り飛ばす。

 こんなこともあろうかとこっそり用意しておいた水差しだ。

 いやほら、陽だまり亭の物を足蹴にするなんてあり得ないからな。このために安物を購入しておいて、今回こっそりテーブルに置いておいたのだ。

 ん? こんな展開になるって予想してたのかって?

 してたけど、なにか?

 

 で、俺がうっかり足を滑らせて蹴り上げた『なみなみと水が入った私物の水差し』が会長の眼前へと飛行して、会長の顔面に水がぶちまけられた。

 

「あ~、足が当たっちゃった。けどまぁよくあることだし、しゃーないよな? あれ? 水かかった? 飛んできてんのになんで避けねぇんだよ」

 

 肩を揺らして笑いながら言う。

「なんで避けねぇんだよ(笑)」ってヤツだ。

 

「水差しにぶつかったり、水をかぶったり、鈍臭いよなぁ~『お互い』な」

 

 笑顔で指さしてみせると、会長の額から「ブチィッ!」という音が聞こえた。

 大丈夫か? 血管切れたんじゃね?

 ここで死ぬなよ? 事故物件にしたくないから。

 

「謝罪の必要は、なかったようだな」

 

 それだけ言って、会長は足音荒く陽だまり亭を出て行った。

 編集長はおろおろしながら、一応軽く頭を下げて会長の後を追う。

 

 そして、ド……もう何流か分かんねぇけど、女記者が俺を睨みつけながらドスの利いた声で言う。

 

「アタシ、今回のこと全部書くから」

 

 言い捨てて、女記者は店を出て行った。

 

 

 

 

 

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