さて。
ある日、ウーマロが陽だまり亭に来た時にこんな話を聞かせてくれた。
以下がその内容である――
弁当を持っていくようになったトルベック工務店の三バカは、現場でも固まって飯を食っていたらしい。
……仲良しか。
すると、徐々にその弁当に興味を示す者が増えてきたそうだ。
「何食ってんだよ?」
「美味そうだな」
「一口寄越せよ」
他所の現場の大工や、トルベック工務店の仲間たちから、そんな言葉を言われるようになり、いつしかウーマロたちは注目されるようになっていった。
もともと、弁当という文化がない街だ。
昼飯は近所の飯屋に行くか、自宅に帰るのが一般的で、現場に留まって外で弁当を掻っ食らっているウーマロたちは目立ったのだろう。
さらに、仕事が終わると、そわそわワクワクしながらさっさと帰り支度を始めるウーマロたちに、現場の人間はことさら興味を引かれたようだ。
「お前ら、毎日急いで帰って、どこ行ってるんだよ?」
「なんか毎日楽しそうだよな」
「なんか俺たちに隠してんだろ?」
そう詰め寄られることもしばしば。
だが、女神と天使を独占したいと欲をかいたウーマロたちは頑なに事実を隠し続けた。
それがマズかった。――と、ウーマロは語った。
俺に言わせれば、目論み通り――まさに、狙い通りだったのだが。
仕事終わりのウーマロたちは、現場の連中にこっそりと後をつけられ、ついにその尻尾を握られてしまう。
すなわち――
「うっはぁ! すげぇ巨乳美少女!」
「飯もうめぇ!」
「マグダたん、マジ天使!」
「こんな店が四十二区にあったなんて、知らなかったよな?」
「俺、毎日通う! もう決めた!」
陽だまり亭にご新規さんがどどどとなだれ込んできたのだ。
「うぅ……オイラたちだけの憩いの場だったッスのに……」
涙ながらに経緯を語ったウーマロ。
いやいや、遅かれ早かれこうなっていたはずだぜ。
なにせ、お前たちが毎日ここに通うように仕向けたのはこれが目的だったんだからな。
嬉しそうな顔をしていそいそと出かける者を見た時、人間はその行き先に興味を抱く。
それが毎日ともなれば尚更だ。さらに、秘密になんてされたら、これはもう「暴いてくれ」と言っているのと同義だ。
俺は、リフォームの代金代わりに一ヶ月分の食事を約束し、その期間こいつらを『無料広告』として利用したのだ。ジネットの親切心のおかげで、食事無料期間は二ヶ月に延長され、結果的に無料広告は二ヶ月間継続されることになったのだ。
さらに、ウーマロが仲間を引き連れてここへ通うようになれば、大工の大行列が四十区、四十一区、そして四十二区を横断することになる。
その光景を見た住民たちは何事だと興味を引かれるだろう。
そして、何人かはその後をつけ、ここへとたどり着くことだろう。
これぞ、俺が代金を食事フリーパスにした本当の目的。
絶望的に立地条件の悪い陽だまり亭へ人を呼ぶための作戦だったのだ!
飲食店の宣伝で最も効果的なのは『口コミ』だからな。
誰かが足しげく通っている店があれば、自分も行ってみたくなるものだ。
そうして店を知り、そしていつしか常連になるのだ。
そうなれば、その客が離れることは滅多にない。
「ヤシロさん! すごいです! 席が……席が半分以上埋まるなんて、何年振りでしょうか!?」
ジネットなど、感激のあまり涙ぐんでいる。
宣伝の効果は、一応あったと言えるだろう。
もっとも、まだまだこれからが本番だけどな。
一過性の繁盛で浮かれてしまってはダメだ。今後は客の定着と、引き続き新規顧客の取り込みに力を入れなければいけない。
でもまぁ……
「ヤシロさん。わたし、今とっても幸せです!」
今はとりあえず浮かれていてもいいんじゃないだろうか。
ジネットも、あんな嬉しそうな顔をしているし。
その顔を見て、俺も……まぁ、楽しいしな。
リニューアルオープンから十日。
陽だまり亭・本店のディナータイムは、賑やかな笑い声に包まれて、従業員一同はその大盛況ぶりに幸せな悲鳴を上げたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!