「あの、みなさん。とりあえずお食事にしませんか?」
店先で騒ぐ俺たちのもとに、ジネットがやって来る。
「よし、ジネット。ハビエルの奢りで全員に日替わり定食を頼む」
「はい。かしこまりました」
「お、おい、ちょっと待て!?」
「ハビエルさん、ご馳走様ッス!」
「ボクも、ご相伴にあずかりますよ、ミスター・ハビエル」
「これも、家長の務めですわ、お父様」
「……太っ腹。包容力は重要」
「ありがとうです、ハビエルさんっ!」
「食べるー!」
「ありがとー!」
「太っ腹ー!」
「ハビエルいい人ー!」
「あぁ、妹ちゃんたちが可愛いっ! よし、いいだろう! ここにいるヤツ全員分、奢ってくれるわ!」
さすがは金持ち。羽振りがいい。
……ウーマロと同じタイプの人間っと…………メモメモ。
そんなこんなで、俺たちは結構な大人数で朝食を食べることになった。
弟妹たちが厨房にいたからな。屋台の準備中だったのだ。
ちなみに、俺たち陽だまり亭の従業員は教会で食ってきているのだが……奢りとなれば食わないわけにはいかないだろう! 他人の金で食う飯は別腹なのだ。
「なぁに! 構わん構わん! こうなりゃあ、十も二十も同じじゃい!」
と、本人が豪儀なところを見せているので問題ないだろう。
「とにかく、ワタクシはあの宿に住み、この四十二区で木こりギルド支部の陣頭指揮を執ることに決めましたの」
「……とか、言ってるけど?」
「すまんなぁ。ウチの娘は、顔は世界一可愛いんだが、言い出したら聞かない部分があってなぁ」
「なに、サラッと身内自慢入れてんだよ、この親バカ」
「あの娘が幼女だった頃はそりゃあもう可愛くて、目の中はもちろん、どこの穴に入れても痛くないどころかちょっと気持ちいいんじゃないかって思うほどだったんだぞ」
「娘をそういう目線で見てんじゃねぇよ、クソロリコン!」
なんというか、全区に影響力を発揮するすごいギルドのトップのはずなのに、平気で罵倒できてしまう。ハビエルも満更嫌そうでもないし、こういうフランクなのが好きなオッサンなのかもしれん。
「まぁ、ワシがこっちに来て陣頭指揮できりゃあそれが一番なんだが、さすがに本拠地を放ったらかしにするわけにゃあいかねぇんだわ。組織のトップってのはしがらみが多いもんだからよぉ」
「……だ、そうだぞ、組織のトップ」
「オイラには何も聞こえないッス……他所は他所、ウチはウチッス」
同じ四十区に拠点を置き、共に名の通った大きな組織のトップ同士。どうしてこうまで思考が違うんだろうかね。
「……日替わり定食、お待ち」
「お待ちー!」
「はぁぁああんっ! マグダたんっ、マジ天使ッス!」
「ふふぉおおおっ! 妹ちゃんっ、今日も可愛いっ!」
……いや、めっちゃ似てるわ、こいつら。
なに? 四十区ってつるぺた教の総本山でもあるの?
「聞いているのですか、みなさんっ!?」
突然、イメルダが叫びながら立ち上がる。
なんかめっちゃ怒ってる。
「あぁ、聞いてるよ」
「ではなんの話をしていたのかおっしゃってみてくださる!?」
「つるぺた教の総本山の話だろ?」
「そんなお話はしておりませんわっ!」
「おい、その総本山の話、あとで詳しく聞かせてくれねぇか?」
「お父様はお黙りになっていてくださいましっ!」
娘に怒られ、しゅんとうな垂れる筋ムキ親父。……弱ぇ。
「聞くところによると、木こりギルドの支部はあの下水処理場のそばに建設されるそうですわね?」
という話を聞いたとするならば、情報源は…………
エステラに視線を向けると、両手を合わせてこちらに向かって頭を下げる。
余計なことを言って機嫌を損ねたらしい。……こじれるのかなぁ、また。
「ニュータウンは明かりに溢れ、素敵な場所でしたわ! それに比べ下水処理場付近は…………」
素敵な場所と絶賛しているそのニュータウンが、数日前『スラム』と言って毛嫌いしていた場所だとはつゆとも思っていないようだ。
「これから開発が進む場所なんだ。今は暗くて当然だろ?」
「ナンセンスですわ!」
熨斗つけてお前に着払いで送りつけたいよ、その言葉。
「このワタクシが住まう場所が、いまだ未完成だなんて…………作業が遅過ぎるのではなくて、トルベックさん!?」
「す、すいませんッス!? 今は四十区の下水工事がメインッスから、そこら辺は後回しで……」
「言い訳は聞きたくありませんわ!」
「………………あの、オイラ、なんで怒られてるッス?」
うな垂れつつ、ようやくその理不尽さに疑問を抱き始めたウーマロが、尋ねるような視線を俺に向けてくる。
俺だって知らん。怒られている理由が「ワタクシの思い通りじゃないから」だもんな。
「ワタクシ、暗いのは好きではありませんの」
俺だってそうさ。
「一人暮らしで、夜に暗いだなんて…………その…………困りますでしょう、いろいろと」
「夜中トイレに行けないからな?」
「そんなハッキリ言わないでくださいますっ!?」
「……ヤシロみたい」
「はいです。お兄ちゃんと一緒です」
お~い、おいおい。何も今バラさなくてもよくないかそれ?
つか、水洗トイレが出来てから怖くなくなったっつうの! 外のトイレでなければ、室内なら、まだ怖さは半減だ。
…………あ、そうか。
「そう言えば、お前にトイレを見せてやるっつってたんだっけな」
「そう言われてみれば、そんなお話もありましたわね」
そうそう。真面目な話なのに、なんか勘違いされて頬を殴られたんだよな。……まったく。
「ちょっと見てみるか」
「お食事が運ばれているというのにですの!?」
「すぐ済むよ。そこだから」
「え…………室内ですの?」
「あぁ。ちょっと来てみな」
立ち上がりトイレの前までやって来る。
驚いた表情のまま、イメルダが俺に続いてトイレの前にやって来る。
ハビエルと、ロレッタの弟妹たちもやって来る。
そして、なんでかエステラとウーマロまでやって来た。……お前らは何回も見てるだろうが。
「この向こうにお手洗いがありますの? まったくにおいませんけども」
「におわないさ。そういう造りになっているからな」
ドアを開けてやると、イメルダとハビエルが競うように中を覗き込む。
「まぁ……」
「へぇ……綺麗なもんだ」
まず、その外観を見て驚いたようだ。
輝くような純白のボディ。ほのかに香るポマンダーの爽やかな香り。
そこは、まさに清潔という言葉を具現化したような空間だった。
ポマンダーってのは、柑橘系の果物に香辛料をまぶして作る、虫除け効果のある芳香剤みたいなものだ。
においと虫。食堂の二大天敵を一挙に防いでくれる優れものだ。
「どうやって使いますの?」
「使ってみるか?」
「み、見せませんわよ!?」
「見ねぇよ!」
俺はどんな変態だ!?
ドアが閉まることと、音が外に漏れない構造になっていることを説明し、次いで使い方をざっとレクチャーしてやる。なにせ、この世界は和式が標準だからな。便座に座って用を足すのはこれが初めてだろう。
「ほ、本当に大丈夫ですのね?」
「あぁ。一回使ってみりゃそのすごさがよく分かるぜ」
「で、では……………………出て行ってくださる?」
そんなわけで、俺たちはトイレを出て、出口の前にて待機する。
…………なんか、妙な沈黙が辺りを包む。
主に、男子がそわそわと落ち着きをなくし、誰とも視線を合わせないようにあさっての方向を向く。
「……なんでトイレの前で待機してるのさ? 席に戻りなよ」
「いや、それはほら……なんとなく…………なぁ?」
「あぁ、なんとなくだ!」
「そうッスね! なんとなくッス!」
「……君らね」
エステラの視線が氷点下を記録する。
冷たい、冷たいぞエステラ。
違うんだ。なんというか…………ここで退いたら「あれ、なんか変なこと考えたの?」みたいな妙な雰囲気になって、以後「あの人、トイレで変な妄想する人だ」みたいなレッテルを張られかねないのだ。
だからこそ、ここはうまく切り抜ける必要がある。
それは、俺たち男子全員の共通認識だ。
「御免!」
と、その時陽だまり亭に張りのある声が響いてきた。
ベッコだ。
今日は、食品サンプルがうまくいったことをきちんと報告しようと呼んでおいたのだ。
ちょうどいい、巻き込んでやろう。
「ベッコ! ちょっと! ちょっとこっち来い!」
「やや。どうされたのですかな、みなでそのようなところに集まって」
「俺たちは今、ある重要人物を迎え入れる準備をしているんだ」
「ふむふむ、重要人物でござるか」
「だからお前も、このドアから人が出てきたら、盛大な拍手をもってお出迎えするんだぞ」
「相分かった! 拙者、誠心誠意、心よりの拍手を送るでござる!」
そして、俺たちの準備が整うのと同時に、ドアが静かに開かれた。
今だっ!
パチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
「なっ、なんですの!? なんで拍手がっ!? は、恥ずかしいですわっ! なんだか恥ずかしいですわっ!」
「…………バカばっかりだ」
戸惑い照れるイメルダに、呆れてため息を漏らすエステラ。
しかしこれで、我々男子の面目が保たれたのだ。よしとしようではないか。
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