「ヤ、ヤシロさぁ~ん」
「ちょっ、店長さん! 『1、2』です『1、2』! なんでちょいちょい『1、1、2』になるですか!? なんのためのツーステップですか!?」
ジネットとロレッタが肩を組んでよたよたとやって来る。
よたよたしている原因の九割以上がジネットに起因するものであるが。
「すみません。ロレッタさんに遅れないよう、小走りでついていこうとしたのですが……」
「違うです店長さん!? 速度を合わせるんじゃなくて歩幅、いや、歩数を合わせるですよ!? 店長さんが右足を動かした分、あたしの左足も動くですからね!?」
現在、ジネットの右足とロレッタの左足は紐でしっかりと結ばれている。
徒競走で記録的な最下位に輝いたジネットは、ヒューイット家の名に恥じぬ走りでぶっちぎりの一着を見せつけたロレッタとペアになっている。
ロレッタの俊足が完全に殺されている。……というかジネット、「ロレッタの二倍足を動かせば同じ速度に」なんてよく思えたな。足縛られてるのに。
「あの、それでヤシロさん。二人三脚がうまく出来ないので、何かアドバイスはないかと伺いに来たのですが?」
「アドバイスと言われてもなぁ……」
呼吸を合わせることくらいしかないからなぁ……
足の自由を奪われると、人は途端に行動力が低下する。それは避けられないことだ。だから、もし対策を立てるとするならば……
「足首じゃなくて乳首を縛って二人三脚をすれば、足は自由になるっ!」
「ロレッタさん、それです!」
「それじゃないですよ、店長さん!? しっかりしてです! テンパり過ぎて天然が加速してるですよ!?」
足はともかく、天然だけが誰よりも加速するジネット。
天然選手権があればきっと優勝できるだろうになぁ。
「……ロレッタ。店長にはリズム感というものが一切ないから、『他人に合わせる』ということが不可能。ロレッタが合わせるべき」
「不可能ではないですよ、マグダさん!?」
あはは、ジネットのヤツ。自分を過大評価してやんの。
あいつはじゃんけんをしても、たまに無自覚後出しをして負けたりするんだ。
もはや、ジネットの後出しに文句を言う者はいなくなった。後出しをしたとしても勝率が上がらないからな、ジネットの場合。
「……ヤシロ。マグダたちもロレッタと店長を見習うべき」
「見習うって……揺らせばいいのか?」
「……それではロレッタ要素が何もない」
「なくはないですよね!? 揺らそうと思えば揺れるですよ!?」
「バカだなぁ、マグダ。ロレッタには……『何もない』があるんだよ」
「よさ気なフォローしたような顔してるですけど、思いっ切り暴言ですよ、お兄ちゃん!?」
まったく、何も分かってないんだからロレッタは……
「離島とか行くと、その『何もない』感が最高のレジャーなんだぞ」
「あたし離島じゃないです! 首都がいいです!」
「……じゃあ、ロレッタはゆくゆく中央区へお引越しを……」
「わぁ! 嘘です! 四十二区がいいです! 四十二区の離島感大好きです!」
「勝手に離島にしないでくれるかな?」
ナタリアと肩を組んだエステラが不服顔でやって来る。
「どうしたエステラ? 乳成分の補給か?」
「こんなので補給できるなら毎日抱きついてるよ!」
その発言はどうなんだろうな、えぇ、嫁入り前の婦女子よ。
「ボクはナタリアとペアを組むことになったんだ」
「ズルっ!? どんな不正を働いたんだよ!? 何Rb積んだ!? 俺にもくれ!」
「人聞きが悪いよ!? あと君にお小遣いをあげる気はない!」
エステラとナタリアのコンビなんて、二人三脚してないのも同じじゃねぇか。お前ら息ぴったりなんだから。
「乳の格差を除けば」
「いいえ、ヤシロ様。エステラ様の凹と私の凸はぴったり合致します」
「しないよ! そして凹じゃない!」
そういえば、エステラは俺と同じレースで三位――つまり遅いチームに振り分けられたんだったな。
エステラが遅いチームって……ギャルゲーにいたら陸上部で出会いそうなタイプのくせに。
「まぁ、今回の競技はボクたちにとってボーナスステージのようなものだね。ボクとナタリアのコンビネーションをとくと見るがいいさ! さぁ、ナタリア。青組に戻るよ」
「畏まりました。せーの、凹、凸、凹、凸!」
「『1、2、1、2』だよ、掛け声は!」
「すげぇ、ナイスコンビ芸」
「芸じゃない! もう! 行くよ、ナタリア!」
「はい。ツル、ペタ、ツル、ペタ」
「黙って走れぇ!」
ツルペタツルペタと走り去っていくエステラとナタリア。さすがだな、すげぇ速い。
アレには勝てねぇわ。
「じゃ、あのチームの相手はロレッタたちで」
「やられ役はごめんですよ!? あたしと店長さんは一着を狙っているですから! ね、店長さん!?」
「えっ、えっと……はい! 一着です!」
「じゃあ、一位が取れなかったら明日は『陽だまり亭ビキニ祭り』な」
「すみません、たぶん四着です……」
「自信が一瞬ですぼんだです!? 店長さん! もっと気持ちを大きく持つですよ! 一番を狙うです! 一等賞を! そして目立ちまくって誉めそやされるですよ!」
誉めそやされたいのはお前だけだろうが。
「とにかく、俺たちも入場門へ行こうぜ」
「……ヤシロ」
歩き出そうとした俺の腕を、マグダがぐっと掴む。
そしてじっと俺の顔を見つめて、平坦な声で言う。
「……マグダたちもロレッタと店長を見習うべき」
「悪かったよ。賑やかなのが乱入してきてマグダの話が途中だったな。聞くから、拗ねんな。な?」
エステラたちの乱入で有耶無耶になってしまったマグダの提案。
で、何を真似するって?
「……勝利のためには心を一つにする必要があり、心を一つにするのには時間がかかる。よって、一秒でも早く、長く、お互いの呼吸を合わせておく必要がある」
「つまり、俺たちも今から足を縛って二人三脚で移動しようってことか?」
「……ヤシロがそうしたいと言うのなら」
「…………じゃあ、よろしくお願いします」
「……心得た」
なんでこっちから頼んだ風になってんだかな。
わがままを聞いてやった感満載の表情で、マグダが白い紐を俺に渡してくる。
「……ヤシロの本能の赴くままに、マグダを縛って」
「人聞き悪ぅうーい!」
「……二度と離れないように」
「俺、二人三脚で狩りの付き添いとか勘弁だから、レースが終わったらすぐ解けるようにしとくぞ」
なんだかマグダが妙によくしゃべると思ったら……
「……マグダが近付くから、ヤシロはその場で待機……」
どうやら照れているようだ。こうして密着することに。
普段からよく抱きついてくるくせに、改まってこういうことをするのは照れるらしい。
しかも、足を縛られたら逃げることも出来ない。そんな状況が、マグダを照れさせているのだろう。
マグダは、恥ずかしくなったらすぐに逃げるもんな。逃走が封じられるのは、不安感が大きいようだ。
驚異的な脚力を誇るとはとても思えない細い脚が、俺の足の横にそっと添えられる。
「……汗……かいてる、から……いやだったら、……ごめん」
「んなことねぇよ」
マグダが汗の匂いを気にしている。
いつの間にか、女の子になっていたんだなぁ、こいつも。なんだか感慨深いものがある。
出会ったころは、本当に表情のない、感情の起伏も少ない、存在感が希薄なヤツだったからな。
こうやって、少女は少しずつ成長していくんだな。
「……フェロモンが溢れ出してたら、ごめん」
「こっからの舵取りが大変だなぁー!」
大人の階段を登るのはいいが、行き着く先がソッチなら引き摺り下ろす必要がある。
とりあえず、レジーナがいないクリーンな世界を目指してもらいたいものだ。
けどマグダはもともとそーゆー資質がある娘だからなぁー、不安だなぁー、もう!
「つか、俺もかなり汗かいてんだよな。汗臭くないか?」
マグダは小さいから、俺と二人三脚をすると顔がわき腹の辺りに来る。
その辺は汗がたまりそうで、若干気になってしまう。
「……平気」
マグダはそう言うと、俺のわき腹に鼻を埋めて「すぅー!」っと大きく息を吸い込んだ。
「……ヤシロの匂いは落ち着く…………好きな匂い」
「そ、か」
いかんな。
なんだかじーんときてしまった。
娘がいたらこんな感じなのかなぁ……
「……漢のフェロモンで、多少ムラムラするけれど」
ん~……娘って感じは、やっぱしないかなぁ!?
やたらと「くんくんふかふか」匂いを嗅いでくるマグダの頭を押さえつつ、二人三脚で入場門へと向かう。
マグダの歩幅に合わせるので俺は小股になる。
が、速度もマグダに合わせるので小走りになる。……これは、しんどい。
本番では俺に合わせてもらおうかな。
いや、歩幅の小さい方に合わせるのはセオリーなんだけどな。分かってるんだが……はぁ、こいつは疲れそうだ。
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