異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

168話 商談と報告 -1-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:4,522

「これは非常に興味深い調味料ですね!」

「調味料というか、バターみたいなもんだけどな」

 

 ピーナッツバターとは、果たして何に分類されるのか。

 

「いやはや、こんな物が発見されずにいたなんて……実にもったいないことです」

 

 アッスントが真珠のように瞳をきらきらさせている。豚の真珠だ。

 

 俺が昨晩作製したピーナッツバターを、焼きたてのクレープにたっぷりと塗って美味そうに頬張るアッスント。

 本当ならパンにでも塗って食いたいところだが……ここのパンはパンじゃない。鈍器だ。

 パンのポテンシャルが低過ぎてピーナッツバターの足を引っ張りかねないから、クレープをわざわざ焼いたのだ。

 

「本当に、もっと早くに出会えていれば、素敵な思い出が今の三倍は増えていたでしょうに、惜しいですね……もきゅもきゅ」

 

 そして、当然のように試食会に参加しているベルティーナ。

 ……教会への寄付は、このあと行く予定なんだが。

 

「店長さん、すごいです! どうやったらこんなに薄く焼けるですか!?」

「……ロレッタのは、ホットケーキ」

「クレープですよ!?」

 

 どう見てもホットケーキな物体を手にロレッタが吠える。……が、ホットケーキだな、それは。まぁ、ピーナッツバターで食っても美味いけどさ。

 

「教会の寄付が終わったら、ハムっ子年少組を集めてくれ。落花生を剥かせたい」

「年少組でいいですか!?」

 

 幼く、まだ仕事を任せてもらえない年少組。ロレッタはいつも「働きたい働きたい」とせっつかれているらしく、宥めるのが大変なようだ。

 

 なので、こういう『お手伝い』をさせて不満を解消させてやればいい。単純作業は地味に時間と体力と心の朗らかさを消費してしまうから、手伝ってもらえればこっちも助かる。

 何より! ――年少組には報酬はいらない。

 仕事を与えてやることがもうすでに報酬みたいなものなのだ。……活用しない手はない。ふふふ……

 

「はっ!? お兄ちゃんが、なんだかあくどい顔をしているです!?」

「いいえ。あの顔は、誰かのために何かを考えている時の顔ですよ」

「……ロレッタはまだまだ甘い」

「えっ!? そうなんですか!?」

「私の目にも、物凄くあくどい顔にしか見えませんがねぇ……」

 

 ジネットとマグダの言葉に、ロレッタとアッスントが俺の顔を凝視してくる。

 やめろ。拝観料を取るぞ。

 

 だいたい、俺がいつ誰かのために何かをしたってんだよ。

 買い被り過ぎだ。

 

「でだ。ここ最近、甘い物の話題が多い陽だまり亭だが……」

「はいはい。ケーキに続き、このピーナッツバターもきっと大ヒットするでしょうね」

 

 アッスントのにこにこ顔が留まるところを知らない。

 こいつ、そのうちえびす顔になるんじゃないか? 出会った頃の悪人顔は、今や見る影もないな。

 

「実は、新しい調味料を作りたくてな」

「詳しくお聞かせ願えますか!?」

 

 えびす顔が一瞬で捕食者のようなギラついた表情に変貌する。

 思いのほか食いついてきたな!?

 ピーナッツバターの効果、覿面だな。

 

 最初に未知の美味いものを食わせておいて、さらに新たな未知のものを提案すれば、「次はどんなすごいものなのだろうか」という期待が膨らむ。

 こうなれば、商談はスムーズに運ぶ。多少の無理も聞き入れてもらえることだろう。

 

「麹を取り扱っているヤツを紹介してくれないか?」

「麹……ですか?」

「あぁ。これから作る物には不可欠なんだ」

「麹でしたら、味噌を作っている者たちに話をすればいろいろ手に入ると思いますよ」

「いろいろ?」

「えぇ。塩麹に米麹、種麹なんかもあります」

 

 さすがアッスントだ。俺が欲しいと思ったものをきちんと押さえてやがる。

 

「お作りになろうとしている物は、味噌、ですか?」

「まぁ、味噌というか……豆板醤ってやつなんだが」

「とうばんじゃん……聞いたことのない名ですね。翻訳もされませんでした」

 

 アッスントは、『強制翻訳魔法』の聞こえ方の違いにも気を遣って会話をしているのか。

 やっぱりこいつは他のヤツとは少し脳の使い方が違うよな。

 よく味方になってくれたもんだぜ。ずっと敵のままだったら、きっと厄介な相手になってたろう。

 

 金儲けって偉大だなぁ。

 金によって繋がった絆は何よりも強固なのだ。

 やっぱり、金儲けはこの世界唯一にして最大のジャスティスだよな。

 

 ――と、そんなことを再確認している場合じゃない。

 

「ピリ辛の調味料でな、これを使えば単純な野菜炒めが飛躍的に美味くなり、また、これを使うことで生み出せるとある料理は絶対にヒット間違いなしという優れものだ」

「ほほぅ……そんなにすごい調味料なんですか。ヒット間違いなしとは……しかし、ヤシロさんがそこまできっぱり言い切るということは、きっとすごい料理が作れるのでしょうね」

 

 おうよ。

 豆板醤を使った代表的な料理といえば、麻婆豆腐だ。あれは外れがない。

 

「麹を使うということは、発酵させる必要があるのですよね?」

「あぁ。常温で半年くらいな」

「随分かかりますね」

「辛いんだよ、とにかく。丸みを帯びた美味さを引き出すには時間がかかる」

 

 だが、今回は小分けにして熟成時間を短縮しようとしている。

 

「それでしたら、発酵も任せられる味噌職人をご紹介しましょう。彼に任せておけば、間違いなく完璧な発酵をしてくれるでしょう」

 

 そうか。何も俺が作らなくても、プロに任せれば麹の管理もしっかり出来るか。

 

「ですが、その場合は、その……作り方の方を教えていただくことになりますが……ふふふ」

「分かってるって。成功したら一枚かませてやるから」

「でしたら、是が非でも成功させましょう!」

 

 アッスントが乗り気だ。

 もう確信しているらしい。「これは儲かる」と。

 

「あの、ヤシロさんに作っていただいた『豆板醤もどき』で野菜を炒めてみたんですが、おひとついかがですか?」

 

 小皿に載った野菜炒めを、ジネットがそっと差し出してくる。

 こいつは、味噌とラー油、あとは塩と醤油で味を調えたなんちゃって豆板醤、いわゆる『豆板醤もどき』だ。

 ちなみに、ラー油も自家製だ。レジーナのところに唐辛子と八角があったので以前作ってみたのだが、こんなところで役立ってくれるとは。なんでも試してみるものだな。

 

「んんっ!? これが豆板醤の味ですか!?」

「『もどき』だけどな」

「ピリッと辛くて、食欲をそそりますね!」

「いつも味付けに使う調味料をこれに変えただけですので、どなたでも簡単にこの味が出せると思いますよ」

「なるほど。ジネットさんほどの腕前がなくともこの味が出せるとなれば…………」

 

 アッスントの頭蓋骨の中からそろばんを弾く音が聞こえてくる……気がするくらい、分かりやすく脳内で銭勘定をしてやがる。

 

「少し手強いかもしれませんが、プロ中のプロをご紹介しましょう! 味噌職人界のレジェンドをなんとか口説き落としてみます!」

 

 先ほど紹介すると言っていた人物よりもワンランク上の人物へ切り替えたようだ。

 味を見て、本格的に成功させにかかったのだろう。

 しかし、味噌職人界のレジェンドって……いるもんだなぁ、どこにでもそういう有名人って。

 

「こうしてはいられません! すぐに話をつけてまいります! あの、その『豆板醤もどき』という物を少し拝借しても? 説得する際の武器になると思いますので、是非!」

「は、はい! お持ちください。セロリなどにつけて食べても美味しいですので、試してみてください」

「助かります!」

 

 ばたばたと、準備が進む。

 交渉はアッスントに丸投げしても問題ないだろう。ということで、俺は豆板醤のレシピを口頭で伝えておく。

 仕事を任せるなら、それが可能かどうかまで検討してもらいたい。まぁ、味噌作りよりも簡単なはずだからそこは問題ないだろうが、正体の知れない物の作製に応じる人は少ないからな。

 

「ソラマメを使うんですか……そんな発想はありませんでしたね」

 

 アッスントが感心したような目で俺を見る。

 やめろ。俺が考えたんじゃない。昔の料理上手か誰かが編み出した物を、ウチの女将さんがアレンジしてお手軽にしたレシピだ。

 俺はその情報を知っていただけだよ。

 

「実は、ソラマメは需要に対し供給過多でして……どうにも捌き切れなくて困っていたところなんですよ」

「だろうな……」

 

 なにせ、名産地でこんなにも押しつけられるような代物だからな。

 余るなら生産量をセーブしろっての。ノルマとか言ってないでさ。

 

「とにかく、必ず色よい返事をいただいてきますので、期待していてください」

「おいおい。俺に『必ず』なんて言っていいのか?」

 

 うまくいかなければカエルにされちまうかもしれないぞ?

 

「ほっほっほっ。ヤシロさんは信用に値する方ですので平気です」

「ほぅ。それはいいことを聞いた。利用しやすそうで助かるよ」

「んふふ……それに。ヤシロさんとしても、私をカエルに変えてしまうより、生かし続けて利用する方がうま味があるでしょう?」

 

 まぁ、それはそうだな。

 アッスントをカエルに変えてもなんらメリットがない。

 

「これくらいの刺激があった方が、良好な関係が長続きしますからね。友人関係というのは」

「えぇ……いつから友人になったの、俺ら……」

「気が付いた頃には……ですよ。んふふふ」

 

 嬉しそうな顔すんじゃねぇよ、気持ちの悪い。

 新たな商売に胸を膨らませ、上機嫌でアッスントは帰っていった。

 

「……ったく。あいつに頼みごとをするのは骨が折れるよ」

 

 盛大に息を吐くと、隣でジネットがくすくすと肩を揺らす。

 

「でも、とても楽しそうな顔をされていましたよ。お二人とも」

「どっちも金儲けが大好きだからな」

「仲良しさんなんですね」

 

 やめてくれ。寒気が悪化して寝込みそうだ。

 くすくすと笑うジネットの後ろで、ロレッタがホットケーキを量産し、ベルティーナがそれを食べていた。……お前ら、この後朝飯食うんだぞ? いい加減にしとけって。

 

「ベルティーナ。それくらいにしとけ。朝飯食えなくなるぞ」

「平気ですよ。甘い物は別腹ですので」

「……別腹って、先に満たしてもいけるもんなの?」

 

 あれって、腹いっぱいでもまだ食えるってヤツじゃなかったっけ?

 

「とにかく、もうダメです。没収します」

「あぁ~っ!」

 

 手を止めようとしないベルティーナの前からホットケーキを没収するジネット。

 こういうところでは厳しさを発揮できるんだなジネットは。激アマではあるが、一応躾とかは出来るのか。……立場が逆だけどな。しっかりしろよ、母親代わり。

 

「このピーナッツバターというのはすごいですね。いくらでも食べられそうです」

「食べ過ぎると太りますけどね」

「飢えるよりもずっといいことではないですか」

 

 この世界の、特に貧困にあえいでいた四十二区ではそうなのかもしれない。

 ……だが、ベルティーナレベルで食い続ければ、教会のガキどもがみんな肥満児になってしまう。それは看過できない。

 

「使用量の制限が必要だな」

「そうですね。食べ過ぎはよくないですからね」

 

 その言葉、もっと早くお前の母親代わりに教え込んでおいてほしかったよ。

 まぁ、そう思えるのも、四十二区の食事事情が充実してきたって証拠かな。

 喜んでいいのやら、嘆くべきなのか、複雑だ。

 

「では、そろそろ教会に向かいましょう」

 

 下ごしらえをした食材を台車に積み込み、豆板醤もどきとピーナッツバターもしっかりと持って、俺たちは教会へと向かった。

 

 

 

 

 

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