「よし。私も同席してやろう。二十九区の貴族に会うのであれば、その方が有利になることもあるだろう」
疑似触角をぴよんぴよん揺らして、口の端にピーナッツバターをつけたルシアが言う。
……威厳、欠片もねぇぞ。
しかし、ルシアの言う通り、『格上の貴族』に会うのであれば、エステラ一人よりもルシアを連れて行った方がいいだろう。貴族が二人もいれば、『格上』相手にも多少は張り合えるかもしれない。
「……え? まさか……、ル、ルシア様ですか!?」
「これはっ、き、気付きませんで! ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした!」
俺たちに話をするということで頭がいっぱいだったのだろう。
俺たちの奥に座るルシアに、今さら気が付いたセロンとウェンディが立ったまま頭を床にぶつけるんじゃないかという勢いで頭を下げる。
「よい。そうかしこまるな。私とウェンたんの仲ではないか」
「二人とも、『他所の領主様』にはしっかり礼を尽くすように」
「えぇい、割って入ってくるなカタクチイワシッ!」
お前とウェンディの間に『仲』なんてもんがあると、いろいろ問題が起きそうなんでな。ぶち壊させてもらう。
「え……ルシア様って……」
「まさか、三十五区の……!?」
「えっ!? ルシア様がいるの!?」
セロンたちの言葉を聞いて、食堂内がにわかに騒がしくなる。
……っていうか、本気で気付いてなかったんだな、こいつら。
触角つけてるだけなのに。ギルベルタもついているのに。……のんきな領民どもだよ、まったく。
「うわぁ! 領主様の前で、俺たちはなんて自由な振る舞いを!?」
「領主様の前なのに、こんな小汚い格好しちまって……恥ずかしい!」
「領主様がいるのに、騒がしくしていたなんて……恐れ多い!」
「あ~……、うん。君たち。ボクも一応領主なんだけどね」
「領主の前で」と騒ぐ領民に、さすがのエステラもちょっと物申したくなったらしい。
黙っとけよ。お前が望んで選んだ道なんだから。
お前は領主じゃなくて、街のナインちゃんとしての知名度の方が高いんだから。
「よっ! 四十二区のミスぺったん娘!」
「顔にピーナツバターを塗りたくるよ!?」
なんだよ、その脅し?
そのあとぺろぺろ舐めとってくれるなら大歓迎だが?
「よい。皆の者よ、普段通りに振る舞ってくれ。その方が私も嬉しい」
「だってよ」
「な~んだ、普段通りでいいのか」
「恐縮して損したなぁ」
「マグダた~ん! オイラにドーナツのおかわりをお願いするッス~!」
「ここの領民はちょっと素直過ぎるんじゃないか、カタクチイワシッ!」
「いや、俺に怒るなよ……」
それも、お前が望んだことだろうが。
普段通り接してほしいけれど、どこかでちょっと敬われていたいとか、面倒くさい連中だよ、まったく。
残念ながら、四十二区の連中にそんな微妙な匙加減とか、無理だからな?
フレンドリーなら、とことんフレンドリーになる連中なのだ。領主の教育の賜物だな。
「心の広い、領主様やー!」
「さすが、大物の風格やー!」
「はうっ! ハム摩呂たんの弟たんたちに褒められたっ!? これは、結婚秒読みか!?」
「おい、ハム摩呂。いたら、すぐ逃げろー!」
絶対ルシアにはくれてやるものか。
青少年の健全な育成のためにも!
「はむまろ?」
「ぬはぁぁあ! ハム摩呂たん、キタァーーーー!」
くっそ! ハム摩呂いたのか!?
そしてギルベルタ! お前んとこの領主の変質性がおびただしく溢れ出してるぞ! 止めろ止めろ!
「心の広い、領主様やー!」
「ごふっ! …………し、死ぬ…………愛おし過ぎて……死ぬ」
「では介錯する、私は」
「まてまて! ここでやるな、他所でやれ!」
「他所でもやっちゃダメなんだよ、ヤシロ!?」
エステラの見当違いなツッコミが入る。
食堂さえ汚れなければ、問題などないだろうに。
「さすが、隠れぺったん娘やー!」
「褒められたぁー!」
「褒めてねぇだろ、どう考えても」
そしてハム摩呂……隠れてねぇから、ルシアのぺったん娘。
「あ、あの……英雄様……」
話の腰を見事に粉砕されたセロンが、ルシアの『素』に戸惑い……いや、ドン引きしている。
「あぁ、すまん。話を戻してくれ」
「は、はい」
ルシアの素性がバレたが、陽だまり亭内はいつも通りの和やかな雰囲気のままだった。
ならばよしとする。
……ルシアの『素』の『性癖』という意味での『素性』がバレた点は…………ま、俺の知ったこっちゃないな。
「それでですね、先方様は、いつでもいいとおっしゃっていますので、英雄様たちの都合のいい日に出向いていただければと。ご足労おかけすることになって申し訳ないのですが」
「いや、アポイントを取ってくれただけで助かったよ」
「そう……ですか」
幾分か、セロンとウェンディの表情が和らぐ。
こじつけだとしても、自分たちの結婚式に端を発したトラブルだということで、解決に向けて微力ながらも力になりたい――そんなことを考えていたのだろう。
「会いに行くよ。この後、すぐにでも。大丈夫だよな、エステラ?」
「もちろんだよ」
幾分、力の戻った瞳でエステラが拳を握る。
こいつも、糸口を見出しているのだろう、その貴族とやらに。
「二十九区に住む貴族なら、『BU』のことに詳しいかもしれない。ボクたちがまだ知らないことを教えてもらえるチャンスだね」
余るほど大量に生産される豆のことや、あの奇妙過ぎる多数決の採り方。
『BU』という組織は謎が多過ぎる。それについて話を聞けるかもしれない。
わざわざ会ってくれるということは、少なからず敵対心はないと見ていいだろう。友好的かどうかは、まだ分からんけどな。
「ルシアも、問題ないか?」
「すまん。この後ハム摩呂たんとの逢瀬があるので、すぐには無理だ」
「いいから来いよ」
出禁にするぞ、コノヤロウ。
あと、ハム摩呂は絶対貸し出さねぇから。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!