「ふぁーーーーーーーー!?」
と、エステラが壊れたクラリネットのような音を漏らす。パパからのもらい物か、お前は。
「ち、ちちちち、ちがっ、違う! ぜ、全然! 全然そういうことじゃないから!」
ばたばた、うにうに、わさわさと両手を振り乱しもじもじして、エステラが渾身の弁明を試みる。
……が、その前にその真っ赤な顔をなんとかしろ。
そんな顔じゃ、何を言っても逆効果だ。
「けれど、オオバヤシロさんに対するその気遣い」
「特別なものを感じます! ねぇ、みんな!?」
「「「そーね!」」」
「言われてみれば、以前から妙に親しげでしたわね、お二人は!」
「「「そーね!」」」
「領主様と領民が親しげに、ともすれば親密に接するなんて、普通あり得ないわよね!」
「「「そーね!」」」
「そういえば! さっきもオオバヤシロさんは領主様のお口をタオルで拭いていたわ!」
「「「拭いてたわ!」」」
「とても優しい手つきで!」
「慈しむような瞳で!」
「『あはは、口元が汚れているよ、僕の可愛い子ネコちゃん☆』みたいな感じで!」
「おい、ウーマロ、ベッコ! この女どもを一人残らず表へ叩き出せ!」
「む、むむむ、無理ッス! オイラ、メイクした女性とか、き、きき、緊張して、まともに顔も見れれれれれれななななな!」
「拙者も、直視は避けたいでござる! …………拙者、いささか記憶力が良過ぎる故……夢に見そうでござる」
勝手なことを言って勝手に盛り上がる女ども。
は? 女性? 敬ってやる必要なんかねぇだろうが、こんな連中! まったくくだらんちや! くだらな過ぎてちょっと土佐弁出ちまったよ!
そもそも、エステラの口なんぞ拭いてやってねぇわ!
タオルを押しつけただけだよ!
それを親密とか…………こいつに遠慮する理由がないだけだっつーの!
まったく、これだから女ってのは、なんでも色恋に結びつけやがって……
「おい、エステラ。お前も真に受けるなよ、こんな与太話……」
「きょっ、きょっち見るなぁ!」
「スイカの皮っ!?」
お前は、なんつぅもんを顔面目掛けて投げつけてくるんだ!?
べったべただわ!
「まぁっ!? ご自分が口をお付けになった物を、殿方の顔に……!?」
「間接チューね!?」
「「「きゃー! ロマンチックー!」」」
えぇ……こんな瓜臭いスイカ汁がロマンなの、この街では……こんなんで喜ぶの、カブトムシくらいじゃねぇのか。
「だからっ、そーゆーんじゃ……か、返して! ボクのスイカの皮!」
食い終わった皮は、誰のとかなくて単純にゴミだろうに…………エステラは、こういう話に弱過ぎる。
こういう時こそ冷静さを保って受け流すくらいの余裕を見せないと、いつかそこを突かれて不利益を出しちまうぞ。領主間のやりとりで。
「……ヤシロは、弄られる立場に立つと物凄く分かりやすく照れる。マグダだけが知っている弱点」
「いや、マグダたん。それはオイラも知ってるッスよ」
「ヤシロ氏は、意外と純情なお方でござるからな」
「お前ら、全員口を閉じないと酷い目に遭わせるぞ…………ウーマロを」
「…………」
「…………」
「…………」
「……やめてあげてほしい」
「そうでござるよ、ヤシロ氏」
「いや、今ここで口を開くのはむしろ『やれ』って合図に聞こえるッスよ!? ヤシロさんはそーゆー人だって知ってるッスよね!? わざとッスか!?」
ウーマロが人一倍デカい声で騒いでいる。よし、あとでお仕置きだ。
「まさか、オオバヤシロさんがそのような立場の方だったなんて……」
「四十一区は今、四十二区と友好的な関係を築いて、街がいい方向へ発展している途中……」
「領主様の不興を買って、関係がぎくしゃくするのは本意じゃないわね……」
「だからみんな……」
「「「そーね、諦めましょう」」」
「仕方ないわね。だって……!」
「「「領主様の大切な方なのですもの!」」」
「分かった! 『ヤシロ・アベニュー』を許可しよう! ボクが推薦状を書くから!」
「血迷うな、アホ領主!」
エステラは、一度頭に血が上ると一気にポンコツ具合が急加速する。
お前、一回恋人でも作った方がいいんじゃないか? 免疫がなさ過ぎだ。
どこぞの貴族に言い寄られたら、あっさり陥落するんじゃないだろうな? ……あ、お隣の領主(貴族)に褒められて苦虫噛み潰したような顔してたっけな、こいつ。
あぁ……姦しい。
……っとに。なんで俺がこんなに気を遣わなきゃいけないんだか…………
「ちょっといいか? おかしな誤解は、領主の名誉と四十二区にとって好ましくない事態を引き起こしかねないからはっきりと否定しておく。俺はエステラの婚約者ではないし、そういう甘ったるい関係でもない。精霊神に誓って、そういった事実はない」
な。
こうやってきっぱり否定してやるから、もう黙れ、女ども。
で、顔の熱を覚まして落ち着け、エステラ。
……あと、俺の背後でこっそりほっぺた膨らませるのやめろ。な、ジネット。
「俺たちは、この付近をよりよく、住みやすい街にしたい。そういう思いで共闘しているんだ。仲良く見えるのは、それだけ互いを信頼し合っているからだろう。そのくらい懐を開ける相手でなければ、こんな命がけの改革は行えないからな」
「……命、がけ? この『美の通り』の計画が、ですか?」
『新たな通りの名称を考える会』の代表が目を丸くする。
そうだよ。命がけなんだぞ。
「もし、四十一区全体を巻き込んだ改革を行って、目も当てられないような大失敗に終わったら…………俺は、どんな責任を取ればいいと思う?」
「あ…………」
言われて、ようやく現実が見えてきたらしく、『新たな通りの名称を考える会』のメンバーたちが順々に顔色を悪くしていく。
「そうだね」
まだ赤みの残る顔で、なんとか澄まし顔を装いながら、エステラが咳払いを挟んで静かに声を発する。
「他区の領主に持ちかけた事業が大きな負債を抱えたら、ボクは自分の領土を明け渡してでもその負債を補填しなければいけないだろうね」
街を変えるってのは、それくらいの覚悟が必要なのだ。
無計画に土地開発をして、数年も経たずにゴーストタウンに……なんて話は、世界中のどこにでも転がっている、よくある話なのだ。
調査が足りないと、震えが止まらなくなるくらいに人が集まらないなんてことも起こり得る。
成功が約束された改革など、あり得ないのだから。
まぁ、俺の場合、かなりの高確率で成功するって自信がないものには手を出さないけどな。
そんな本音の部分はいいとして、今はこいつらを黙らせよう。
……一応、エステラの名誉のために。
ほら、結婚前の貴族の娘だしな。噂話が致命傷にだってなり得るからな、こいつの場合は。
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