異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加57話 騎馬戦、開戦 -2-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:4,092

 鐘の音と共に各チームの騎馬が一斉に疾駆する。

 

「よぉーし、ジネット! 突っ込むぞ!」

「え!? あの、先ほどとお話が違……ぅきゃあ!」

 

 ジネットの悲鳴を耳に、俺はエステラたちの騎馬を目掛けて突撃していった。

 

「エステラ、覚悟ぉー!」

「ぅきゃぁああああああ!」

 

 悲鳴はどんどん大きくなり、ジネットは背を丸めて俺の頭にしがみついてくる。腕を回して俺の頭に縋りつくように密着している。

 

 

 わはぁ~……柔らかぁ~い☆

 

 

 今、俺の後頭部が幸せの極致に!

 

「こら、ヤシロ! ジネットちゃんを泣かせるんじゃない!」

 

 悠然と構えるエステラが憤然と俺に注意を寄越してくる。

 だからこそ、あえてそれを無視して突撃する!

 

「行くぞジネット! エステラの鉢巻を奪い去るのだ!」

「む、むむ、無理です! 手が離せませ~ん!」

 

 ジネットの腕ががっしりと俺の頭を拘束する。

 後頭部パラダイスッ!

 

「ヤシロ! 今すぐ停止してジネットちゃんを解放するんだ! さもないと後頭部を削ぐよ!?」

「無茶言うなよ! 敵の真ん前で停止など出来るか! それに今、後頭部めっちゃ幸せだし!」

「よぉし、分かった! ボクが君たちを守護するから一回立ち止まるんだ! 領主命令だよ!」

 

 この上もなく横暴な権力を振りかざし、エステラが俺の行動を制止する。

 足を止めると、ジネットがほっと息を吐き、慌てて俺の頭から体を離した。

 一瞬、後頭部がなくなったのかと思った。急激に軽くなったから。

 

「俺、もう一生頭洗わない」

「洗ってください! もう! 酷いです、ヤシロさん!」

 

 ジネットがぽかぽかと俺の頭を叩く。

 ぜ~んぜん痛くないけどな。むしろ頭ぽんぽんされているみたいでちょっと気持ちいいわ。

 

「コメツキ様。先ほどのポジションチェンジの要請に関しまして、再度話し合いの場を設けさせていただくことは可能でしょうか?」

「なに羨ましがってるのさ、イネス!? ヤシロが伝染うつったんじゃないだろうね!?」

「私も埋もれてみたい、あの膨らみに!」

「デボラも、慎んで!」

「いいや、このポジションと、おっぱい置きの座は譲れん!」

「ヤシロさんは懺悔してください!」

 

 俺だけジネットからのクレームだった。

 エステラが呆れ果てた顔で俺を見ている。

 

「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「呆れて言葉も出ないんだよ」

「つまり、『抉れた乳が膨らまない』というヤツか」

「『開いた口がふさがらない』だよ、それは!」

「けど、開いた口はふさがるが抉れた乳は膨らまないじゃないか!」

「抉れてないわ!」

「エステラ様。本日の発言に関して『精霊の審判』は不問にしておいてよかったですね」

「嘘じゃないよ!? 明日の朝一でもう一回言ってあげようか!? っていうかナタリアうるさい!」

 

 騎馬戦の競技中に、そんないつものような馬鹿話を繰り広げる。

 ジネットがクスクスと笑い、イネスとデボラが静かにそれを見守り、ナタリアとエステラがイチャイチャしている。

 ホント、仲のいい領主と給仕長だこと。

 

 ――そして、そんなエステラたちの背後からそっと忍び寄る一騎の騎馬。

 

「今だ、突っ込め!」

 

 リカルドの号令に従い、モーマットたち農業ギルドのオッサンたちが走り出す。

 

「エステラ、覚悟!」

「リカルド――」

 

 背後から伸びるリカルドの腕に、エステラは――

 

「――見え見え」

 

 苦労することなく体を捻って奇襲を回避する。

 騎馬と騎馬が接近して入り乱れると、ナタリア率いる給仕チームが農業ギルドのオッサンたちの足をさりげなく踏む。

 

「あいてっ!?」

 

 モーマットが悲鳴を上げバランスを崩す。

 

「わっ!? バカ、このワニ!」

 

 落馬しまいと上体を逸らしたリカルド。頭の守りががら空きになる。

 その勝機を逃すエステラではなく、危なげなく、確実に、リカルドの白い鉢巻を奪い取っていた。

 

「ボクに挑むなんて、無謀だったようだねリカルド」

「やかましい! 騎馬の性能の差じゃねぇか! 俺だって、爺やウチの執事どもの騎馬だったらもっとうまくやったよ!」

「あはは。ボクなら、モーマットたちの騎馬でももっとうまく出来たと思うけど」

「じゃあその給仕長騎馬を降りて狩猟ギルドの騎馬に乗り換えてみろ!」

「ごめんね、ボク、嫁入り前の淑女だからみだりに男性に触れさせるわけにはいかないんだ」

「テメェが淑女なんてタマかよ!?」

 

 超高性能騎馬にまたがり、エステラが盛大に勝ち誇っている。

 

「淑女が聞いて呆れますわ!」

 

 突如、モーマットたちを押しのけて暑苦しい肉の塊が突っ込んできた。

 

「いでででで! バカ、木こり! 痛ぇって!」

 

 ぐりぐり押されてモーマットが涙目になっている。

 そして、そんな戦車のような筋肉騎馬に颯爽とまたがっているのは、言うまでもなくイメルダだ。

 

「数多の男性を手足のように扱えてこその淑女ですわ!」

 

 いや、それは淑女じゃなくて悪女だ。

 しかし、騎乗姿が妙に似合うなイメルダ。

 女騎士みたいでちょっとカッコいいぞ。

 

「我が木こりギルドの精鋭による木こり騎馬は、その類い稀なる筋肉により安定性抜群、パワーも申し分なく、サスペンションも万全で揺れも抑えられていますのよ!」

 

 4WDかよ。

 険しい山道でも平気で駆け抜けていきそうだな。

 安定性で言えば、確かに給仕長騎馬よりも木こり騎馬の方が上かもしれない。耐久力もありそうだし。

 

「ふ、ふん。はしたないね、イメルダは。嫁入り前の娘がそんな格好で男性にまたがるなんてさ」

「エステラさん……。あなた、頭の中エロい妄想でいっぱいですの?」

「はぁ!? な、なな、なんでそうなるのさ!?」

「これは健全なスポーツですわよ? そんな、多少の接触をいちいち卑猥な妄想に結びつけるなんて……頭の中桃色タイフーンなんじゃございませんこと?」

「へ、変な誤解を招くようなことを言わないでくれるかい!?」

 

 ほっほ~う。

 エステラの頭の中は桃色タイフーンなのか。

 

「エステラ……エッロ」

「妙なことを呟かないでくれるかい、ヤシロ!?」

「エステラえろーい!」

「だからって叫ぶなぁ!」

「エステラさん! まずは『エロい』を否定しましょう! そんなことないですからね!」

 

 ジネットが必死にフォローしている。

 気ぃ遣わせんなよ、エステラ。

 

「もぉおおう! 全部イメルダのせいだー! 倒してやる!」

「ご自分の思春期を棚に上げて随分な言い草ですわね! 受けて立ちますわ!」

 

 給仕騎馬と木こり騎馬が正面から衝突する。

 華麗な足裁きで相手の騎馬の足を止める給仕騎馬。

 しかし、モーマットたちとは違いちょっとやそっとの妨害ではびくともしない木こり騎馬。

 筋肉の膨れあがった太い足で逆に給仕たちの動きを封じ込める。

 

「オーホホホ! 騎馬が動けなくなれば、騎乗する選手の一騎打ちですわよ! 格の違いというものをお見せ致しますわ!」

「そっくりそのまま返してあげるよ、イメルダ!」

 

 正面からぶつかり身動きの出来なくなった騎馬の上。

 エステラとイメルダが睨み合う。

 と、イメルダが先に仕掛けた。

 背筋をぐぐっと伸ばして肩を持ち上げ――すとんと落とす。

 

「あ~、なんだか最近無性に肩が凝りますわねぇ~」

 

 すとんと落ちた肩の反動で一年前よりも育ったおっぱいがぶるるんと揺れる、波打つ、激しく荒ぶる!

 

「格の違いを見せつけられてしまいました……」

「敗北感を醸し出さないで、ナタリア! 負けてないから!」

「「「「えっ!?」」」」

「騎馬戦での話だよ! ウチの騎馬とヤシロと外野も含めて、いろいろうるさいよ!」

 

 乳格差には触れずに、あくまで騎馬戦では負けてないと論点をズラすエステラ。

 騎馬戦なんか、今どうでもいいだろうが!

 

「あったまきた! 絶対鉢巻を奪ってやる!」

「出来るものならやってごらんなさいまし!」

 

 ある意味で下半身を拘束された状態での攻防。

 上半身の柔軟さや俊敏性、体幹の安定感が物を言う。

 そして、駆け引きがその勝敗を大きく分ける。

 

 右手で牽制しながら左手で鋭く鉢巻を狙うエステラ。並みの相手なら今の一撃で勝負はついていただろうが、対するイメルダもやるもので、奇襲をうまくかわし返す刀でエステラの鉢巻を狙う。

 息を飲むような攻防が繰り返される。

 

 騎馬たちも、地味ながらも熾烈な攻防を繰り広げている。

 

「エステラ! テメェ分かってるだろうな! この俺に勝ちやがったんだ! しょうもない相手に負けたりしたら許さねぇぞ!」

 

 と、敗北者のリカルドが関係ないのに声を荒らげる。

 なに「お前を倒すのは俺だ!」的な、やがて仲間になる敵ポジションっぽいこと言ってんだよ。

 見ろよ、エステラがイラッてしてお前のこと睨んでるぞ。

 

「余所見などと……その油断があなたの敗因ですわ!」

 

 このタイミングを待っていたとばかりに、狙い澄ましたイメルダの一撃がエステラに襲いかかる。

 速度、腕の角度、そしてタイミング。

 いくらエステラといえど、これはさすがにかわせない。勝負あった――と思った瞬間、エステラが消えた。

 

「……えっ!?」

 

 イメルダの腕が空を切り、脇腹ががら空きになる。

 

「その油断が君の敗因だよ」

 

 突然消えたエステラが、突如姿を現す。

 それと同時にイメルダの赤い鉢巻を奪い取った。

 

「騎馬が前後にしか動けないなんて、いつから思い込んでいたんだい?」

 

 今の瞬間。

 エステラがイメルダの攻撃に完全に捕らえられていたはずのあの瞬間。

 ナタリアがグッとヒザを曲げて思いっきり沈み込んだのだ。地面にヒザを突くくらいに深く沈み、エステラは座った人間一人分くらい下降した。

 そして、イメルダの攻撃が空振りに終わると同時に再浮上しイメルダの鉢巻を奪取したのだ。

 

「ボクたちはチームで戦っているんだ。木こりをただの乗り物としか認識していなかった君とボクの差がこれさ」

 

 呆然とするイメルダに、エステラが誇らしげな表情で言う。

 

「どうだい? ウチの騎馬は素晴らしいだろう?」

 

 と、自慢するエステラ。

 自分のとこの給仕たちが誇りのようだ。

 ――で、そんなことを言うとだな。

 

「テメェ、エステラ! やっぱ騎馬の性能に頼ってんじゃねぇか! 今自分で認めただろ!」

「あぁ、リカルド。君との差は騎馬じゃなくてそれに跨る者の純粋な力量差だから」

「はぁ!? ふざけんなコラ! 降りてこいエステラ! サシで勝負してやる!」

 

 リカルドがきゃんきゃんと噛みつく。

 メンドクサイのに懐かれてるなぁ、エステラのヤツ。

 

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