異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加54話 最初の運営なんてそんなもん -2-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:3,350

「ヤシロさ~ん」

 

 光る蛾に引き寄せられたという自称蝶を無言で足蹴にしているところへジネットがやって来て、「セロンさんが可哀想ですよ」とよく分からないことを言った。

 可哀想?

 幸せビーム出しまくりなのに?

 

「あのですね、運動会が夜までかかりそうですので、わたし……」

「あぁ、そうだな」

 

 ジネットは毎日朝早くから料理の仕込みを行っている。

 遅くまで運動会などやってはいられないのだろう。

 

「最後まで付き合う必要はないから、頃合いを見て帰っても……」

「いえ、お夕飯をご用意しようかと」

 

 働く気だー!?

 この人、こんな時まで労働する気でいるよー!?

 しかも、無償労働する気満々だよね!?

 

「実は、ナタリアさんに依頼されまして」

「領主の金か」

「はい。マーシャさんやアッスントさんも協力してくださるとのことで」

「アタシも、もちろん協力するよ。ウチの若いのに取って置きの熟成肉を持ってこさせるよ」

 

 メドラが言って、グラウンドの近くに待機していた大男に手で合図を送る。

 それで伝わったらしく、大男が物凄い勢いで走り去っていった。……四十一区に戻ったんだろうな。で、また戻ってくるんだろうな……メンドクセェことをやらされて、気の毒に。

 

「そういうわけですので、ヤシロさん」

 

 もう、料理がしたくてしたくて仕方ない。

 そんな顔でジネットが俺を見る。

 

「好きにしろよ。領主の金ならこっちの懐は痛まん。思いっきり贅沢してやれ」

「うふふ。そこは適度に。それでですね!」

 

 もう一段階、ジネットの表情が輝きを増す。

 ……何を期待してるんだ、その表情は?

 

「こういう時に打ってつけのお料理ってありませんか?」

「はぁ!?」

「ヤシロさんの故郷では、こういう時にどんなお料理を食べられるのかなって。実はすごく興味がありまして!」

 

 実はも何も、隠す気もないほど顔に出てるぞ。

 きょうみしんしんって、顔にひらがなで書いてある。

 

「運動会の後は、母親も疲れ切ってて外食か出来合いのもので済ませるのがセオリーだよ」

「えっ!? 作らないんですか!? こんな特別な日ですのに!?」

 

 お前くらいなんだよ、料理することでHPが回復する特異体質は。

 こいつはどんなユニークスキルを持っているんだろうな、マジで。

 

「でしたら、外で、みんなで食べると美味しいお料理とかご存じないですか?」

「外で食うなら、芋煮とか、カレーとか……」

「カレーを外で、ですか?」

「外で食うカレーは格別なんだぞ」

「分かりました! カレーを作ります!」

 

 こいつ。

 もう残りの競技に出るつもりないな?

 

 まぁ、残りの競技は結構荒っぽいからな。

 ジネットは出ない方がいいか。

 

「それで、芋煮というのは、お芋を煮込めばいいんですか?」

「いや、カレー作るなら芋煮は……」

「知りたいです! 特別な日ですから!」

 

 ……この娘のバイタリティ、どこから湧いてくるの?

 そこに栓をしてやりたい。

 

「芋煮ってのは……」

 

 東北ではお馴染みの芋煮会について、ざっくりと説明してやり、ついでにベーシックな芋煮のレシピを伝授した。

 これだけで、ジネットなら美味い芋煮を作ってくれるだろう。

 

「けれど、煮込み料理ばかりなのは気になりますね……」

「そんな何種類も用意したって、食いきれないだろ?」

「大丈夫ですよ、ヤシロさん。シスターがいます」

「はい。私がいます」

「「「ぼくらもいるー!」」」

「「「あたしらもー!」」」

 

 ベルティーナとガキどもがにこにこ顔で俺を取り囲んでいた。

 お前らがゾンビだったら、俺絶体絶命だったわ。

 びっくりするような高速移動してんじゃねぇよ。ちょっと心臓がきゅってなったわ。

 

「つっても、陽だまり亭で作ってここまで運ぶのだって、数が多けりゃ大変だろうに……」

「ですので、ここで作れるもので何かないですか?」

 

 ジネットの自信に満ちた表情。あれは、ナタリアなりエステラの許可がすでに下りていることの証左だな。

 グラウンドの一角で料理をしてもいいとお許しが出ているのだろう。

 

 外で、か……

 

「ヤシロさん、手巻き寿司はどうですか?」

「やめよう」

 

 こんな砂埃の舞う中に鮮魚の切り身なんか置いておけない。

 じゃあやっぱ、火を通すか。

 

「バーベキュー的な物にしておくか」

 

 狩猟ギルドと牛飼いを担ぎ上げれば競い合っていい肉を持ってきてくれそうだし。

 

「ヤシロ! あたいにいい考えがあるぞ!」

「ちゃんちゃん焼きか」

「ヤシロ、すごいな!? なんで分かったんだ!?」

 

 デリアがこうやって割って入ってきた時点で、それ以外にないだろうが。

 

「ノーマがいい鉄板用意してくれるって」

「ちゃんちゃん焼きの鉄板も、バーベキューの金網も、なんだって揃うさよ!」

 

 なんか、別の角度で張り切ってるヤツがいる。

 食材担当に調理担当、おまけに調理器具担当に食べ尽くし担当まで出揃って、そのどれもが腕まくりして鼻息を荒くしている。

 

 お前ら、好きだねぇ、飯が。

 

「じゃあ、ガキもいるし、早めに準備にかかってくれ」

「はい!」

 

 ぐっと拳を握って、出来もしない力こぶを作ろうと腕を曲げて、ジネットがやる気スイッチをオンにする。

 いや、こいつの場合ずっとオンになりっぱなしなんだろうけど。

 

 アッスントをはじめ、行商ギルドの連中が慌ただしく動き回り、デリアに指揮された川漁ギルドの連中が駆け足でグラウンドを飛び出していく。

 ウッセは、メドラが先に動いているから悠然と構えていたが、牛飼いの動きが活発になると反発するように行動を始めた。

 

 ノーマたち金物ギルドの面々も「あの油が落ちる鉄板にしましょ~よ~」「ヤシロちゃん考案の凹凸のあるヤツね!」「アレでお肉を焼くと、とってもヘルシー♪」「体重も減るし~♪」「お肉ダイエットね♪」とかあり得もしない願望を撒き散らしながら準備を始めた。

 

「おぉ、そうだ! メドラも一度本部に戻って準備をした方が――」

「アタシは次の競技に参加するからね。ダーリンのそばにずっといるよ。……うふっ」

 

 ちっ!

 メドラが四十一区に戻れば黄組の戦力はがた落ちなのに!

 

「……ヤシロが陽だまり亭に戻れば、メドラママもついて行くかも」

「そうですね! お兄ちゃんのそばにいるって言ってたですからね!」

「お前ら、俺を生け贄に捧げるんじゃねぇよ……」

 

 仮にそれでメドラが戦線を離脱したとして、陽だまり亭でメドラと二人っきりにされた俺はどうすりゃいいんだよ。

 食われちまうだろうが、確実に!

 

「ノーマにパウラも準備を……」

「さぁ、次の競技で逆転を狙うさよ、パウラ!」

「任せて! 気合い入りまくりなんだから!」

 

 ……ちぃっ!

 

 次の競技は狩猟ギルドにとってかなり有利な内容だから、なんとか連中を排除したいのに……

 しょうがない。

 ここは玉入れの時同様……

 

「デリア、ルシア。青組と黄組には狩猟ギルドとメドラがいる。俺たちと協力して――」

「悪いなヤシロ。さっきの障害物競走で赤組は黄組に逆転してさ、今すげぇ盛り上がってるんだ」

 

 得点ボードに視線を向けると、確かに総合得点で赤組が黄組を追い越していた。

 

「だからさ、今チーム内では『この調子で白組も追い抜け、青組にも逆転だ!』って感じになってんだよ」

「なん、だと……?」

「ほら」

 

 と、デリアが指差した先には拳を振り上げるルシアがいて。

 

「事を成す時に重要なのは勢いだ! 波に乗っている今こそ、逆転の好機! カタクチイワシをすり身にする気概で勝負に挑むのだ!」

「「「おぉー!」」」

 

 ……あんにゃろう。

 

「協力しないと、青組や黄組に点数を掻っ攫われちまうぞ」

 

 なにせ、次の競技は四チーム一斉参加の、点取り合戦なのだから。

 

「それでも、だ」

 

 しかし、デリアの意志は固かった。

 

「あたいらは、自分たちの力でどこまで出来るか勝負してみたいんだ。この先は協力はなしだぜ、ヤシロ!」

 

 なんとも男前な笑顔を向けてくるデリア。

 くそぅ……こういう場面で小狡く行動してくれりゃ操りやすいのに……良くも悪くもまっすぐ過ぎるんだよな、デリアは。

 こうなってはしょうがないな。

 

「了解だ……その代わり」

 

 協力が仰げないのであれば、赤組は排除するべき敵だ。

 

「こっから先は容赦しないからな?」

「おう! 真剣勝負だぜ、ヤシロ!」

 

 握った拳をこちらに向ける。

 一瞬悩んだが、こちらも拳を握ってぶつけておいた。

 後腐れを望んでいるわけではない。

 

 ただ、『正々堂々』って雰囲気が物凄く胃にもたれるだけだ。

 

 あぁ、くそ。

 全員の弱みを握って棄権させてやりたい。

 

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