異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

178話 杭と馬車 -1-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:4,140

 設計図の話をした後、なんだかんだと細かい話をして、その日のうちに契約は締結された。

 そして、善は急げとばかりに、各々が行動を開始した。

 

 そして、数時間後。

 太陽が天辺を過ぎて随分低い位置で輝き、もうしばらくしたら空が赤く染まっていくだろうなという時間になった頃、ニュータウンに、巨大な杭が持ち込まれた。

 

「最上級のカラマツの杭丸太ですわ。思いっきり打ち込んでも大丈夫ですわよ」

 

 外の森に生えていたという極太の松を加工した巨大な丸太。

 こいつを今から地中に打ち込むそうだ。

 これが基礎となれば、巨大な建造物も支えられるだろう。

 

 しかし、デカい。

 日本で見たボーリング車の鉄杭みたいな立派さだな。

 

「……オレ、杭、打つ!」

 

 トルベック工務店ナンバー2のウマ人族、ヤンボルドが巨大な木槌を担ぎ上げて「ブルルルルッ!」と嘶く。

 

「こういう時だけ馬キャラを演出するんですよね、ヤンボルドさん……」

 

 グーズーヤが白けた顔でヤンボルドを眺めている。

 演出なのかよ……

 

「つか、ウーマロ。あんな5メートル以上もある杭をどうやって打つんだよ?」

「ジャンプして『ドン!』ッスよ」

「……分かりやすい説明ありがとよ」

 

 なんかもう、この街の住人はなんでもありだな。

 重機が開発されていない理由が分かった気がする。必要ないんだもんな、獣人族がいれば。

 

「………………すっ、はぁぁああああああっ!」

 

 短く息を吸い、ヤンボルドが気合いの雄叫びを上げる。

『超ヤンボルド』に変身でもしそうな勢いだ。凄まじい迫力に、大地が少し振動している。

 面長の顔に、常時すっとぼけたようなくりっくりの瞳をしたヤンボルドからは想像も出来ないような迫力だ。

 

 グッと首を持ち上げ、高く聳え立つ巨大な杭丸太の先端部分を睨み上げるヤンボルド。

 筋肉ムッキムキの大工が四人がかりで支えるその杭に向かって、ヤンボルドが突進していく。

 

 十数メートルの助走の後、地面を蹴って大ジャンプ。

 図体のデカいヤンボルドが空を舞い、腕の筋肉をこれでもかと盛り上がらせて、巨大な木槌を振りかぶる。

 そうして、街中に轟きそうな咆哮と共に振り上げた木槌を巨大な杭丸太へと叩きつけた。

 

「ン……メェェエエエエエエエッ!」

 

 爆発音のような爆音とともに、巨大な杭丸太が地面へとめり込んでいく。

 たった一回の打撃で5メートル近くあった杭が四分の三以上も埋まってしまった。

 そんな恐るべきパワーを目の当たりにして、俺たち観衆は一斉に声をあげた。

 

「「「「「なんで羊だっ!?」」」」」

 

 ここ一番でボケんじゃねぇよ! 素直に感動しづらいだろうがっ!

 

「あの杭をもとに、とどけ~る1号を建てるんだな?」

「いや、アレはすぐ抜くッスよ」

「は?」

「まずは地質調査が必要ッスから。大きなものを建てて耐えられる地盤かどうかを見極めるッス」

「……じゃあ、最悪、立てられない可能性も?」

「そこは、まぁ……でも最大限なんとかするッスよ」

 

 そうか、地質とか調査してんだ、こいつら。

 なんか、アホみたいに上物うわものだけ「うわ~い」って建ててるんだとばかり……「上物」だけに「うわ~い」……

 

「ダジャレか!?」

「なんッスか、いきなり!? とりあえず、理不尽に怒るのはやめてほしいッス!」

 

 滝のそばということもあり、地質調査は入念に行うのだそうだ。

 まぁ、水辺は地面が緩かったりするもんなぁ…………温泉とか出たら一儲け出来ないかな……?

 

「ヤシロさん、ウーマロさん」

 

 ひらりひらりとスカートをなびかせて、イメルダが近付いてくる。日傘をくるくる回して。

 

「足場の木材が届きましたわ。こちらで保管してくださるかしら?」

「もちろんッス。任せてほしいッス……と、伝えてほしいッス」

「……だ、そうだ」

「ウーマロさん! ワタクシの顔を御覧なさいましっ!」

「オ、オイラ、ちょっとヤンボルドに用があるッス! じゃあ、またッス!」

 

 イメルダに顔を覗き込まれかけたウーマロが、身の危険を感じて一目散に逃げ出した。

 あいつは、もう……病気だな。

 

「棟梁、ホンット慣れないんですよねぇ。こんな美人の顔を見られないなんて……もったいない」

「あら。そちらの細長い大工さんは美的感覚が一般的ですのね。あなた、お名前は?」

「は、はい! グーズーヤと申します!」

「長いですわ。覚えられる気がしませんわね」

「光栄ですっ!」

 

 光栄なのか?

 

「グーズーヤは、元ジネットファンで、現在デリアに夢中な、単なる巨乳マニアだ」

「それはヤシロさんでしょう!?」

「……最低ですわね」

「はぁあ……蔑んだ目で見られてしまった……っ!?」

 

 グーズーヤは、ウーマロやヤンボルドとは違い、美人とはお近付きになりたいタイプの人間らしい。…………うん、モテないタイプだな、こいつ。

 

「まぁ、いいですわ。ホソイーヤさん。ウーマロさんに『仕事はしっかり頼みますわよ』とお伝えくださいな」

「はい、伝えます! グーズーヤですけど!」

「では、お行きなさい、ナガイーヤさん」

「はい、行きます! グーズーヤですけど!」

 

 元気よく返事をして、グーズーヤがウーマロとヤンボルドのもとへと駆けていく。

 デリアにチクってやろうか…………あぁ、いや。デリアはそんなことで怒ったりしないもんな。「へぇ~。で?」みたいな反応を見ても面白くないし、やめとくか。

 

「ところでヤシロさん。二十七区へ行かれるそうですわね?」

「あぁ。ちょっと領主に会ってくる」

「出発はいつですの?」

「今、エステラがアポを取ってくれてるんだが、それが取れ次第だな」

 

 おそらく、三日ほどはかかるのではないかと予想している。

 マーゥルからの紹介状があるから門前払いということはないと思うが、格下の領主からのアポとなれば、随分と蔑ろにされてしまいそうだ。

 まぁ、のんびり待つさ。

 

 ――なんて思っていると。

 

「ヤシロー!」

 

 エステラが、なんだか手紙的なものを握りしめて駆けてきた。

 ……すげぇ既視感。

『BU』からの呼び出しの手紙が来た時とよく似た光景だけに、ちょっと嫌な予感がする。

 そういえば、場所もこの滝のそばだったっけな……

 

 滝のそばに立つ俺たちのもとへと駆けてきたエステラは、一度膝に手を突いて呼吸を整えた後、

ガバッと顔を上げて言い放った。

 

「アポイントが取れたよ!」

「はぁっ!?」

 

 アポが取れたって……

 

「手紙出したの、今朝だよな?」

「早馬で返送してくれたみたいだよ。『是非会いたい』って」

 

 二十七区の領主が、四十二区の領主に『是非会いたい』?

 会いたいは社交辞令だとしても、わざわざ早馬を使って返事を寄越すか?

 ……なんかおかしい。違和感があるな、この反応。

 

 一番考えられるのは…………マーゥルか。

 マーゥルが裏から手を回してくれたのか……はたまた、二十七区の領主はマーゥルに弱みでも握られているのか…………早馬を使ってまでその日のうちに返事を寄越してくるあたり、弱み説の方が信憑性ありそうだな。

 

「……マーゥルさん、何かしたのかな?」

 

 エステラも同じことを考えたらしい。

 ……なんか、最近エステラと意見が被り気味だな…………不愉快な。

 

「それで、いつ会えるんだ?」

「明日の正午。ランチに招待されたよ」

「……また豆か」

「まぁ、豆は出てくるだろうけど……あ、でも。マーゥルさんから紹介状と一緒に免除の証明書をもらってきたからね」

「二十七区の領主からもらう豆を、マーゥルの証明書で免税してもらえるのかよ?」

「『BU』の規定で問題ないと定められているらしいよ。ほら、懇意にしている人が攻撃されても守れるようにさ」

 

 例えば、ある区とは懇意で、ある区とは険悪な重要人物がいた場合、険悪な区から嫌がらせのような課税を受けたりして、その重要人物が『BU』から離れてしまわないように手を回せる救済措置、ということなのだろう。

 

『BU』では、良くも悪くも個人的な感情で行動を起こすことが難しいようだ。

 守る方が楽なのは、現状維持の方が波風が立たないからだろう。「逃がした魚は大きかった」なんてことはままあることだからな。

 どんなヤツが相手にせよ、切り捨てるにはそれ相応の理由と決断が要求される。一度切れてしまった縁は、そうそう元に戻るものではない。

 

 そんなわけで、マーゥルの厚意で俺たちは『BU』からの攻撃を受けにくくなったというわけだ。

 もっとも、マーゥルがいつまでも無償で俺たちを庇い続けてくれるかといえば、それはそれで疑問だけどな。

 今はボーナスステージだって気持ちで、厚意に甘えておこう。

 

「適当な時間に呼んで、応接室で話だけ――っていうことだって出来たはずなんだよ」

 

 二十七区から来たという手紙を見つめ、エステラは言う。

 警戒心が滲み出している視線で、意見を窺うように俺を見る。

 

「わざわざランチに誘うだなんて……マーゥルさんって、実は怖い人なのかな? あ、いや、だってさ……二十七区の領主がボクをここまで厚遇してくれる理由が他にはないからさ」

 

 まるで、ぼっち男子がクラスの可愛い娘に優しくされた時のような挙動不審さだ。エステラの心拍数が毎秒上がり続けているのが分かる。心臓が痛くてうっすら汗を浮かべているほどに。

 

 確かに、二十七区の領主が他区の……それもかつては最底辺と言われた四十二区の領主をもてなす理由などどこにもない。

 

 ディナーではないとはいえ、ランチに招待するというのも結構な厚遇だ。

 区を挙げてもっと懇意にしていこうという意思の表れがディナーへの招待だとすれば、ランチへの招待は、もっと気軽に、フランクな関係を築こうという意思表示と言える。

 

 現在の四十二区が劇的な発展を遂げたといっても、いまだ体面を気にして上下関係に執着しているような『BU』の加盟区だ。

 対等とも取れるこの扱いは不自然としか思えない。

 

 ――マーゥルが暗躍しているという理由以外ではな。

 

「まぁ、用心はしておいた方がいいだろうな」

「だよねぇ……」

 

 心臓が痛むのか、エステラはずっと胸を押さえている。

 

「どうしたエステラ。一向に育たない胸に嫌気がさして押さえつけてるのか?」

「心臓が痛むから押さえてるんだよ!」

 

 あぁ、しまった。

 頭ではそう思っていたのに、口が視界からの情報を優先させて勝手なことを……

 

 が、エステラの心臓痛は今の怒りで忘却の彼方へ行ってしまったようで、いつものぷりぷり怒った表情に戻っている。つまりまぁ、あれだ。俺って親切なヤツだな、ってことだ。

 

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