「お前、領主クビ」
大勢の者が一斉に息をのむ音を聞いた。
一瞬、気圧が変化したのかと思うような耳障りな耳鳴りがした。
リカルドは顔を上げない。
思いっきり見下しながら、俺はリカルドにダメ出しを始める。
「お前さぁ、若いっつってりゃなんでも許されると思ってんじゃねぇの? 領主になって何年だよ? 何か成果出したのか? あぁ、違うなぁ……お前の親父の代から、この街はクソみてぇな街だったっけなぁ」
「父上を愚弄する気か!?」
顔を上げたリカルドを真ん前から見下ろしてやる。
ギリギリまで接近して威圧感を与える。
「愚弄? するさ。何やってたんだよ、お前の親父? 何十年領主やってたのか知らねぇけど……頑張った結果が、あの汚ぇ街並みだろ? ただの無能じゃん」
「……テメェ……っ!」
「違うってのか? じゃあ聞くがよ、この会場はなぜ作られた? 前の道はどうして整備された? 大通りが賑わいを見せているのは誰のおかげなんだよ? 全部俺だろうが?」
俺が勝負を持ちかけ、俺が築いた人脈を使って、俺の計画通りに四十一区は改革されたのだ。
「テメェらバカ親子が何十年かかって出来なかったことを、この街に来て一年足らずの『他所者』のこの俺が、たった数週間で作らせたものだろうが! 違うのか!?」
作ったのはトルベック工務店をはじめ、各区の大工たちだ。
だが、作らせたのは俺だ。
俺が、俺のために作らせたのだ。
「治水は? 食料の自給率は? 経済の基盤は? お前がどれか一つでも解決させられたか? 俺がやったんだよ。『他所者』の俺が! この短期間に、全部な!」
この言葉は、もしかしたら四十二区の連中にも辛辣に聞こえるかもしれない。
視線を向けると、どいつもこいつも、泣きそうな顔をしていやがった。
……そんな目で見んな。
俺は四十二区から目を逸らし、四十一区の連中へと向き直る。
こいつらだって、目的を与えてやれば協力し、生き生きした目をするようになっていたんだ。工事の期間、この界隈は大いに盛り上がっていた。
変わりゆく街を見て、この街の連中は未来に希望を抱いていた。
だが、心の中に小さなわだかまりが、抜けない棘みたいにずっと引っかかっていて……
そいつがある限り、こいつらは変われないんだ。
ずっと今までのまま……与えられたことをするだけの、責任の無い、楽な生き方しか、こいつらは出来ない。
すべてを領主と狩猟ギルドに任せ、表立って反発すらしなかったくせに、結果が気に入らないと途端に豹変する。
「ずっとそう『思っていた』」と、後付けで言う。
この体質はちょっとやそっとのことでは払拭できない。
自分に都合がいいものしか見えなくなり、見ようともしなくなっちまったこいつらを矯正するには……その居場所を根こそぎ奪ってやるしかないのだ。
さぁ、畳みかけるぜ。
「リカルド。お前は領主に向いてねぇんだからよ、ツルハシ担いで、四十二区の街門工事にでも参加しとけよ」
領主に、肉体労働をしろと宣告する。
それが逆鱗に触れたのか……
「ふざけんなぁ!」
領民どもから不満の声が上がった。
俺が与えた恐怖という抑圧をはねのけて、領民どもがまた、俺に牙を剥く。
「……誰に向かって口利いてんだ?」
静かに、可能な限り低い声で呟く。
「忘れてねぇよな? 俺は、テメェら全員をカエルにすることが出来るんだぞ?」
ざわざわと、客席に不服そうな空気が流れる。
「この大会のルールは知ってるな? 勝った区は負けた区に言うことを聞かせられる……もし俺が領主なら………………この区のすべてを四十二区のものにする」
「なっ!?」
リカルドの声と同時に、客席がどよめいた。
「テ、テメェ……テメェらの要求は、街門の設置で……それに文句を言わないって……」
「誰がそんなこと言ったよ? お前が勝手にそう思い込んだだけだろう?」
「…………なん、だと?」
呆然とするリカルドから顔を逸らす。
お前には構ってやるだけの価値もないと、示すように。
「とりあえず、お前ら全員出ていけ」
驚愕と怒号。そんなものが混ざった雑音が鳴り響く。
やかましい連中だ。
「だって、ここが四十二区になったら、お前らどこに住むんだよ? 四十二区にはいらねぇぞ。自分の意志で行動も出来ない、なんの責任も負わない、そのくせ文句だけは一人前で、数が集まった時だけ声がデカくなるような下等生物なんかよ」
ぐうの音も出ないのか、雑音が鎮まっていく。
じゃ、トドメな。
「でもまぁ、ど~~~~~~~~~~してもって、泣いて土下座するんなら…………」
ニヤリと笑い、最高に邪悪な笑みを浮かべて言ってやる。
「家畜として飼ってやってもいいぜ?」
その一言で領民はブチ切れたらしい。
「テメェ! 調子ん乗んじゃねぇぞぉ!」
「他所者がぁ! 出しゃばってんじゃねぇよ!」
「テメェに何が分かる!?」
「ここは俺たちの街だ! テメェなんかに渡すか!」
「何が家畜だ、ふざけやがって!」
「テメェがいなくなれ、この他所者!」
「この街から出ていけぇ!」
ったく。
なら最初からもっと頑張っとけよ……『大好きなこの街のために』よ。
「あぁ、うるせぇ……お前らもうカエルになれや」
腕を伸ばし、観客どもを指さす。
どんなに怒鳴っていても、このポーズをされると誰もが青ざめ、言葉を詰まらせる。
後ろ暗いことがある者は特にな。
だが……
そうじゃないヤツもいる。
たとえば、そう……守るものがあるヤツとか、な。
「オオバヤシロォ!」
リカルドが立ち上がり、俺のアゴに重い一撃を打ち込んできた。
軽く脳が揺れ、俺は地面へと倒れ込む。
っく……痛ぇ…………
「確かに、テメェの言う通りだ! 大会のルールも、俺が勝手に勘違いしていただけで、テメェの言うことを拒むことは出来ない。俺が甘かったせいで、俺が無能だったせいで、街が死にかけてたってのも、テメェの言う通りだ! だがな、だからって『じゃあ、あと頼むわ』って、テメェなんぞに託せるほど、この街は軽くねぇ! この街は、俺の、俺たちの、故郷だ! 命がけで守らなきゃならねぇ、大切な場所だ! テメェなんかにくれてやれるか!」
リカルドが覚醒した。
そういうことを、格好つけずにもっと早くから言ってりゃ、こんな面倒くさいことにはならなかったのによ。
あのなぁ……人間ってのは想像以上にバカな生き物なんだよ。
言われなきゃ、なんにも分からねぇもんなんだよ。
言ったって分かんねぇヤツがいるのによ……頑張ってる姿見せるだけで理解してくれるなんて、そんな都合のいい話はねぇ。
ちゃんと言葉にして、ダサくても、惨めでも、自分の本心をさらけ出さなきゃ……人なんかついてきてくれるわきゃねぇだろうが。
「俺が! この、リカルド・シーゲンターラーが、今大会の約束を反故にする! こんな大会は無しだ! 無効だ! やめだ、やめ! だからな、領民は誰一人嘘なんか吐いてねぇぞ! 嘘吐いてんのは俺だけだ! カエルにするならしやがれ、ボケェ!」
……ふふ。熱いなぁ、お前は。
見てて背中がむずがゆくなるぜ。
俺に、そんなまっすぐな眼差し向けんじゃねぇよ。
「おい、そこの悪魔野郎! 領主様になんかしてみろ!? 俺がテメェをぶっ殺してやるからな!?」
「オレがやってやるよ!」
「領主様に手ぇ出したら承知しねぇぞ!」
客席から吐き出される叫びは、どれもこれもが本心からで……それがすげぇ分かりやすいから……
「……テメェら」
リカルドが驚いたように間抜けな顔をさらしていた。
「俺を庇ってんのかよ? 俺は……うまく、街のこととか、出来もしないで……」
「いいに決まってんだろ!」
「あんただから俺らはついてきたんだよ!」
「あんたじゃなきゃダメなんだよ!」
「さっき、守ってくれたし!」
「そうだ! 四十一区の領主は、リカルド様だけだ!」
「そこの悪魔に言ってやってくださいよ! 『テメェの出る幕じゃねぇ』って!」
「…………テメェら…………くっ……!」
リカルドが、涙に喉を詰まらせる。
ホント、単純バカの集まりなんだから。
さっきと言ってることが真逆じゃねぇか。
何回手のひら返すんだよ、お前らは。
ま、そうなってくれなきゃ、俺が殴られ損になるとこだったけどな。
共通の敵がいれば……その敵が憎ければ憎いほど……人々は一致団結するものなのだ。
悲しいかな、手っ取り早く友情を育む方法は、誰か共通の知り合いの悪口だったりするわけで……敵意が同じ方向に向いている者たちは、自然と手と手が取れるものなのだ。
感謝しろよ……こんな絶好の悪役、そうそういないんだからな。
「……よ、っと」
痛むアゴを押さえて立ち上がる。
途端に、四十一区の連中から殺気立った視線を向けられる。
へへ、いい目だ。
「俺は領主でもなければ、領主代行でもない。ただの進行係だ」
サービスでお前らのことをまとめてやったんだ、四十二区にもおいしい思いをさせてもらうぜ。
「正式なこちらからの要望は、後日、領主代行から直々に通達されるだろう」
俺の言葉なんか、届いちゃいねぇか。
なら……
「精々、温情に期待するんだな、負け犬どもが」
盛大に煽っておいてやる。
四十一区の地盤が固まれば、こいつらは団結して四十二区に対峙しようとするだろう。
だが、実際にもたらされるのはエステラの考える『共同開発案』だ。
双方にメリットのある、有意義な計画だ。
きっと拍子抜けするだろう。徹底抗戦しようと思っていたところに、自分たちにとって多大なるメリットを含む案件を提示されて。
そこでこいつらは思うのだ。
「あぁ、この領主代行があの悪魔みたいな男を黙らせてくれたんだな」と。
これで、四十一区でのエステラの株も上がるだろう。
こいつらは四十二区というだけで無意識下で見下す癖があった。
一度完膚なきまでに叩き伏して、もう一度関係を築き上げる必要があったのだ。
そうでなければ、協力なんて出来ない。いい関係など、築けない。
俺一人が嫌われることで、俺以外のすべてがうまくいくのなら……いいことじゃねぇか。
最終的に、嫌われ者がこの街から消えてくれりゃ、万事丸く……
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