異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

141話 向かう先 -3-

公開日時: 2021年2月18日(木) 20:01
文字数:3,988

「お前、領主クビ」

 

 大勢の者が一斉に息をのむ音を聞いた。

 一瞬、気圧が変化したのかと思うような耳障りな耳鳴りがした。

 

 リカルドは顔を上げない。

 思いっきり見下しながら、俺はリカルドにダメ出しを始める。

 

「お前さぁ、若いっつってりゃなんでも許されると思ってんじゃねぇの? 領主になって何年だよ? 何か成果出したのか? あぁ、違うなぁ……お前の親父の代から、この街はクソみてぇな街だったっけなぁ」

「父上を愚弄する気か!?」

 

 顔を上げたリカルドを真ん前から見下ろしてやる。

 ギリギリまで接近して威圧感を与える。

 

「愚弄? するさ。何やってたんだよ、お前の親父? 何十年領主やってたのか知らねぇけど……頑張った結果が、あの汚ぇ街並みだろ? ただの無能じゃん」

「……テメェ……っ!」

「違うってのか? じゃあ聞くがよ、この会場はなぜ作られた? 前の道はどうして整備された? 大通りが賑わいを見せているのは誰のおかげなんだよ? 全部俺だろうが?」

 

 俺が勝負を持ちかけ、俺が築いた人脈を使って、俺の計画通りに四十一区は改革されたのだ。

 

「テメェらバカ親子が何十年かかって出来なかったことを、この街に来て一年足らずの『他所者』のこの俺が、たった数週間で作らせたものだろうが! 違うのか!?」

 

 作ったのはトルベック工務店をはじめ、各区の大工たちだ。

 だが、作らせたのは俺だ。

 俺が、俺のために作らせたのだ。

 

「治水は? 食料の自給率は? 経済の基盤は? お前がどれか一つでも解決させられたか? 俺がやったんだよ。『他所者』の俺が! この短期間に、全部な!」

 

 この言葉は、もしかしたら四十二区の連中にも辛辣に聞こえるかもしれない。

 視線を向けると、どいつもこいつも、泣きそうな顔をしていやがった。

 

 ……そんな目で見んな。

 

 俺は四十二区から目を逸らし、四十一区の連中へと向き直る。

 こいつらだって、目的を与えてやれば協力し、生き生きした目をするようになっていたんだ。工事の期間、この界隈は大いに盛り上がっていた。

 変わりゆく街を見て、この街の連中は未来に希望を抱いていた。

 

 だが、心の中に小さなわだかまりが、抜けない棘みたいにずっと引っかかっていて……

 

 そいつがある限り、こいつらは変われないんだ。

 ずっと今までのまま……与えられたことをするだけの、責任の無い、楽な生き方しか、こいつらは出来ない。

 

 すべてを領主と狩猟ギルドに任せ、表立って反発すらしなかったくせに、結果が気に入らないと途端に豹変する。

「ずっとそう『思っていた』」と、後付けで言う。

 

 この体質はちょっとやそっとのことでは払拭できない。

 自分に都合がいいものしか見えなくなり、見ようともしなくなっちまったこいつらを矯正するには……その居場所を根こそぎ奪ってやるしかないのだ。

 

 さぁ、畳みかけるぜ。

 

「リカルド。お前は領主に向いてねぇんだからよ、ツルハシ担いで、四十二区の街門工事にでも参加しとけよ」

 

 領主に、肉体労働をしろと宣告する。

 それが逆鱗に触れたのか……

 

「ふざけんなぁ!」

 

 領民どもから不満の声が上がった。

 俺が与えた恐怖という抑圧をはねのけて、領民どもがまた、俺に牙を剥く。

 

「……誰に向かって口利いてんだ?」

 

 静かに、可能な限り低い声で呟く。

 

「忘れてねぇよな? 俺は、テメェら全員をカエルにすることが出来るんだぞ?」

 

 ざわざわと、客席に不服そうな空気が流れる。

 

「この大会のルールは知ってるな? 勝った区は負けた区に言うことを聞かせられる……もし俺が領主なら………………この区のすべてを四十二区のものにする」

「なっ!?」

 

 リカルドの声と同時に、客席がどよめいた。

 

「テ、テメェ……テメェらの要求は、街門の設置で……それに文句を言わないって……」

「誰がそんなこと言ったよ? お前が勝手にそう思い込んだだけだろう?」

「…………なん、だと?」

 

 呆然とするリカルドから顔を逸らす。

 お前には構ってやるだけの価値もないと、示すように。

 

「とりあえず、お前ら全員出ていけ」

 

 驚愕と怒号。そんなものが混ざった雑音が鳴り響く。

 やかましい連中だ。

 

「だって、ここが四十二区になったら、お前らどこに住むんだよ? 四十二区にはいらねぇぞ。自分の意志で行動も出来ない、なんの責任も負わない、そのくせ文句だけは一人前で、数が集まった時だけ声がデカくなるような下等生物なんかよ」

 

 ぐうの音も出ないのか、雑音が鎮まっていく。

 じゃ、トドメな。

 

「でもまぁ、ど~~~~~~~~~~してもって、泣いて土下座するんなら…………」

 

 ニヤリと笑い、最高に邪悪な笑みを浮かべて言ってやる。

 

 

「家畜として飼ってやってもいいぜ?」

 

 

 その一言で領民はブチ切れたらしい。

 

「テメェ! 調子ん乗んじゃねぇぞぉ!」

「他所者がぁ! 出しゃばってんじゃねぇよ!」

「テメェに何が分かる!?」

「ここは俺たちの街だ! テメェなんかに渡すか!」

「何が家畜だ、ふざけやがって!」

「テメェがいなくなれ、この他所者!」

「この街から出ていけぇ!」

 

 ったく。

 なら最初からもっと頑張っとけよ……『大好きなこの街のために』よ。

 

「あぁ、うるせぇ……お前らもうカエルになれや」

 

 腕を伸ばし、観客どもを指さす。

 どんなに怒鳴っていても、このポーズをされると誰もが青ざめ、言葉を詰まらせる。

 後ろ暗いことがある者は特にな。

 

 だが……

 そうじゃないヤツもいる。

 

 たとえば、そう……守るものがあるヤツとか、な。

 

「オオバヤシロォ!」

 

 リカルドが立ち上がり、俺のアゴに重い一撃を打ち込んできた。

 軽く脳が揺れ、俺は地面へと倒れ込む。

 

 っく……痛ぇ…………

 

「確かに、テメェの言う通りだ! 大会のルールも、俺が勝手に勘違いしていただけで、テメェの言うことを拒むことは出来ない。俺が甘かったせいで、俺が無能だったせいで、街が死にかけてたってのも、テメェの言う通りだ! だがな、だからって『じゃあ、あと頼むわ』って、テメェなんぞに託せるほど、この街は軽くねぇ! この街は、俺の、俺たちの、故郷だ! 命がけで守らなきゃならねぇ、大切な場所だ! テメェなんかにくれてやれるか!」

 

 リカルドが覚醒した。

 そういうことを、格好つけずにもっと早くから言ってりゃ、こんな面倒くさいことにはならなかったのによ。

 あのなぁ……人間ってのは想像以上にバカな生き物なんだよ。

 言われなきゃ、なんにも分からねぇもんなんだよ。

 

 言ったって分かんねぇヤツがいるのによ……頑張ってる姿見せるだけで理解してくれるなんて、そんな都合のいい話はねぇ。

 ちゃんと言葉にして、ダサくても、惨めでも、自分の本心をさらけ出さなきゃ……人なんかついてきてくれるわきゃねぇだろうが。

 

「俺が! この、リカルド・シーゲンターラーが、今大会の約束を反故にする! こんな大会は無しだ! 無効だ! やめだ、やめ! だからな、領民は誰一人嘘なんか吐いてねぇぞ! 嘘吐いてんのは俺だけだ! カエルにするならしやがれ、ボケェ!」

 

 ……ふふ。熱いなぁ、お前は。

 見てて背中がむずがゆくなるぜ。

 

 俺に、そんなまっすぐな眼差し向けんじゃねぇよ。

 

「おい、そこの悪魔野郎! 領主様になんかしてみろ!? 俺がテメェをぶっ殺してやるからな!?」

「オレがやってやるよ!」

「領主様に手ぇ出したら承知しねぇぞ!」

 

 客席から吐き出される叫びは、どれもこれもが本心からで……それがすげぇ分かりやすいから……

 

「……テメェら」

 

 リカルドが驚いたように間抜けな顔をさらしていた。

 

「俺を庇ってんのかよ? 俺は……うまく、街のこととか、出来もしないで……」

「いいに決まってんだろ!」

「あんただから俺らはついてきたんだよ!」

「あんたじゃなきゃダメなんだよ!」

「さっき、守ってくれたし!」

「そうだ! 四十一区の領主は、リカルド様だけだ!」

「そこの悪魔に言ってやってくださいよ! 『テメェの出る幕じゃねぇ』って!」

「…………テメェら…………くっ……!」

 

 リカルドが、涙に喉を詰まらせる。

 ホント、単純バカの集まりなんだから。

 さっきと言ってることが真逆じゃねぇか。

 何回手のひら返すんだよ、お前らは。

 

 ま、そうなってくれなきゃ、俺が殴られ損になるとこだったけどな。

 

 共通の敵がいれば……その敵が憎ければ憎いほど……人々は一致団結するものなのだ。

 悲しいかな、手っ取り早く友情を育む方法は、誰か共通の知り合いの悪口だったりするわけで……敵意が同じ方向に向いている者たちは、自然と手と手が取れるものなのだ。

 

 感謝しろよ……こんな絶好の悪役、そうそういないんだからな。

 

「……よ、っと」

 

 痛むアゴを押さえて立ち上がる。

 

 途端に、四十一区の連中から殺気立った視線を向けられる。

 へへ、いい目だ。

 

「俺は領主でもなければ、領主代行でもない。ただの進行係だ」

 

 サービスでお前らのことをまとめてやったんだ、四十二区にもおいしい思いをさせてもらうぜ。

 

「正式なこちらからの要望は、後日、領主代行から直々に通達されるだろう」

 

 俺の言葉なんか、届いちゃいねぇか。

 なら……

 

「精々、温情に期待するんだな、負け犬どもが」

 

 盛大に煽っておいてやる。

 四十一区の地盤が固まれば、こいつらは団結して四十二区に対峙しようとするだろう。

 

 だが、実際にもたらされるのはエステラの考える『共同開発案』だ。

 双方にメリットのある、有意義な計画だ。

 きっと拍子抜けするだろう。徹底抗戦しようと思っていたところに、自分たちにとって多大なるメリットを含む案件を提示されて。

 

 そこでこいつらは思うのだ。

 

「あぁ、この領主代行があの悪魔みたいな男を黙らせてくれたんだな」と。

 

 これで、四十一区でのエステラの株も上がるだろう。

 こいつらは四十二区というだけで無意識下で見下す癖があった。

 一度完膚なきまでに叩き伏して、もう一度関係を築き上げる必要があったのだ。

 そうでなければ、協力なんて出来ない。いい関係など、築けない。

 

 

 俺一人が嫌われることで、俺以外のすべてがうまくいくのなら……いいことじゃねぇか。

 

 

 

 最終的に、嫌われ者がこの街から消えてくれりゃ、万事丸く……

 

 

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