異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

223話 『宴』の準備9 -3-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:2,766

「あの、ヤシロさん。どうですか?」

 

 目の前に綿菓子が差し出される。

 それは見事なまでにもこもこでふわふわで、ガキにでも見せれば諸手を挙げて大喜びしそうなほど、完璧な綿菓子だった。

 

「採点をお願いします」

 

 そして、その向こうで満点の笑みが花を咲かせる。

 そんな笑顔されちゃ、厳しいこと言えないだろうが。

 

「完璧だな。免許皆伝だ」

「本当ですか!? わぁ~い、嬉しいです」

 

「わぁ~い」って……お前。

 いまどきネフェリーでも言わないぞ、そんなの。

 

「やっぱり、ジネットちゃんが作ると美味しそうに見えるんだよねぇ」

「ホントさねぇ。何が違うんかぃねぇ?」

「材料は一緒なのに、完成品がえらい違うです」

「……ふふん。素人には分かるまい」

「はいはい。マグダもどうせ分かってないんでしょう。偉ぶらないの」

 

 ネフェリーがマグダを諭している。成功者の余裕か?

 

 お前らには分からないかもしれないな。ジネットとお前らの違いが。

 エステラとノーマの顔には「うまくやってやろう」という『がっつき』が出ていたし、マグダとロレッタの顔には「早くマスターしたい」という貪欲さが出ていたし、ネフェリーの顔はニワトリだった。

 そんな中、ジネットだけが楽しそうに綿菓子と向き合っていたのだ。

 

 おそらく、こいつの頭の中には「美味しく食べてほしい」という、食べる者への思いが込められていたのだろう。

「誰のために作るのか」、それがジネットとそれ以外の連中では明確に異なっていた。

 

 料理は愛情――なんて言うつもりはないが、でもやっぱり、食べる者のことを考えて、食べてもらうために作られた料理は美味しくなるのではないかと思う。

 

「では、これはヤシロさんへ」

「へ?」

「ヤシロさんだけ、まだ食べてませんよね」

 

 見渡すと、金物ギルドのオッサンたちがみんなで綿菓子を「あたしたち、仲良し~」とか言い合ってシェアしていた。……誰が作ったヤツだ、あれ?

 

「よければ、召し上がってください」

「あ、ズルいよヤシロ! ボクもジネットちゃんの綿菓子食べたい」

「……マグダにもその資格はある」

「なら、あたしも食べたいです!」

 

 ジネットに群がる女子たち。……ハイエナどもめ。

 だが、ジネットは笑顔でそれを一蹴する。

 

「今回は、ヤシロさんに、です」

 

 にっこりと笑い、有無を言わさぬ朗らかさで全員を黙らせる。

 そう言われては、誰にも反論できないだろう。

 

「ジネットちゃんも、結構ヤシロに最初のをあげてるよね」

「……贔屓であると感じることは、ままある」

「お兄ちゃん、ズルいです」

 

 ズルいって……

 

「ふふ。そうですね」

 

 てっきり照れて、盛大に焦って反論するのかと思ったのだが、ジネットは驚くほどあっさりとそれを認めた。

 こっちがビックリしてしまうほど、あっさりと。

 

「だって、ヤシロさんに優しくしておくと、あとでいいことがありますから。ね?」

「……賄賂かよ」

 

 くすくすと肩を揺らして、「そうかもしれませんね」なんて笑うジネット。

 お前は軽い冗談のつもりかもしれんがなぁ……っとに。

 とりあえず、折角もらった綿菓子だ。誰にも盗られないように口を付けて齧りつく。

 あぁ、甘い甘い。

 

 と、そこへ――

 

「失礼いたします」

 

 ――ナタリアが陽だまり亭へとやって来た。

 

「おや? 珍しい物がありますね」

 

 店の中にどんと置かれた綿菓子器を見て興味を示す。

 そして、その向こうで固まっているムキムキオッサンどもに視線をちらりと向ける。

 

「珍しい生き物もいるようですね」

「「「んもう! ひ~ど~い、ナタリアちゃん!」」」

 

 酷いのはお前らの生態だ。

 くねくね動くなオッサンども。

 

「それで、ナタリア。何かあったのかい?」

「はい。ミスター・ドナーティからお手紙が届きました」

 

 来た。

 

 マーゥルに手紙を頼み、直接的でも間接的でもいいからドニスに働きかけてもらい、なんとか二十四区教会での『宴』に参加する方向へ誘導してもらっていたのだが、その結果が今ここに到着した。

 

 これで、ドニスが不参加なら、今回の『宴』は失敗となる。

 単なる交流会に留まってしまうだろう。それはそれで意味があるのかもしれんが……『BU』をひっくり返すにはそれでは足りないのだ。

 

 エステラが一度こちらへ視線を向け、そしてナタリアから受け取った手紙を開封する。

 

 一同が固唾を飲んで見守る中、エステラの瞳が手紙の上を素早く移動していく。

 左から右、そして上から下へと。

 

 そして……

 

「ヤシロ」

 

 手紙を折りたたんだ後、エステラは――

 

「『宴』の開催が決定したよ」

 

 ――勝利の笑みを浮かべた。

 

 ドニスが時間を作ってくれたようだ。

 あらかじめ、二十四区教会と麹職人リベカには了解を得てある。

 前もって連絡をくれれば日程を合わせてくれるという約束も取り付けてある。

 

「ナタリア、ボクはすぐに二十四区の教会と麹工房へ手紙を書くから、早馬車の手配をしておいて」

「かしこまりました」

 

 エステラがナタリアに指示を出す横で、俺も周りの連中に指示を出す。

 

「マグダはトルベック工務店、ロレッタはデリアに今のことを伝えてきてくれ」

「……了解した」

「分かったです!」

「では、わたしはシスターにお知らせしてきますね」

「頼む。ノーマとオッサンどもは俺と一緒にベアリングの仕上げだ」

「分かったさね!」

「「「まかせて~!」」」

 

 一気に時間が動き出す。

 その場にいる者が、各々の成すべきことを成す。

 

『宴』が決まったのはありがたいが、決まっちまったらもう後戻りは出来ない。

 あとは、何がなんでも成功させるしか道は残されていない。

 

「ねぇ、ヤシロ。お店はどうするの?」

「あぁ、すまん、ネフェリー。頼めるか?」

「うん。任せて」

 

 ジネットが教会から戻るまでの間、留守番を頼む。

 教会は明日でもよさそうなのだが……ガキを連れて行く以上、準備の時間は多い方がいいだろう。

 

「パーシー、寝かせておいていいのかな?」

「邪魔なら隅っこに引っ張ってって放置でいいぞ」

「あの、毛布を持ってきますね」

 

 パーシー放置案に異論があるのか、ジネットは急いでカウンターの向こうへと駆けていった。

 

「唐辛子でも振りかけておけば体温が上がって風邪も引かないと思うんだがなぁ、パーシーなら」

「ヤシロ……ないから」

「あたし、超特急で行ってすぐ帰ってくるです! 店番、任されるです!」

 

 言うが早いか、ロレッタは店を飛び出していった。

 ネフェリー一人に任せてはおけないと思ったのだろう。あいつが急げばすぐに帰ってこられるはずだ。

 

「じゃあネフェリー。客が来たら、ロレッタが戻るまで待たせておいてくれ」

「うん。分かった」

「……軽快なトークでも披露しながら」

「ハードル上げないでよ、マグダ……」

 

 そして、各々がそれぞれの役割を果たすために店を出る。

 出来ることは全部やる。

 ドニスを引き込むために。そして、『BU』の連中をやり込めるために。

 

 厚ぼったい言い方をすれば――四十二区を守るために。

 

 

 ま、ガラじゃないけどな。俺には。

 

 

 

 

 

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