「ジネット。俺はボランティア精神に溢れる善人ではない。だから、いつもいつも人助けをするとは限らない。というか、するつもりはいつもない。たまたま、助かるヤツが出ているだけだ」
だから、何かある度にいちいち俺に期待を寄越すんじゃない。
「俺は、俺が心底大切だと思うものにしか労力を割くつもりはないんだ。そこんとこ忘れんなよ」
少し強めに釘を刺しておいた。……つもりなのだが、なぜかジネットがくすりと笑った。
「それは、『みんなを助ける』と言っているようなものですよ」
「いや、どこがだよ?」
「だって……、ヤシロさんは、みなさんのことをとても大切にしてくださってますもの」
とんでもない勘違いだ。
大切じゃないヤツだっていっぱいいる。というかほとんどがそうだ。
例えばだな…………………………大切じゃないから名前も出てこない、そんなヤツが多数だ。別に、考えてもパッと思いつかなかったわけではない。いっぱいいるさ、大切じゃないヤツなんか。
……けどまぁ、今回だけは特別に。
「モーマットんとこだけ飛ばして、水路が復活できないかを考えてやるよ」
「俺も大切にしてくれぇい、ヤシロォォオ!」
……んだよ、うっせぇワニだな。
冗談だよ。お前んとこを通らない水路を考える方がメンドウクセェっつの。
「けど、どうする気だい? 有効そうな手段は軒並み否定されてしまっているけれど」
エステラの言う『有効そうな手段』ってのは、川を堰き止めるだとか、入水口を深く掘るだとか、そういうことだろう。
「水はまだあるんだし、川から水路に汲み上げてやればいい」
「あ~、でもな、ヤシロ。あたいもそう思ったんだけど、オメロのヤツ、ヤシロが思ってるほど使えないぞ?」
「……俺はオメロを使うつもりねぇよ」
肉体労働は問答無用でオメロに回ってくるシステムなのか、ここは?
「ハムっ子、ガキども」
「「「はーい!」」」
「「「ぅはーい!」」」
手を上げ元気に返事するハムっ子に、それに負けじともっと元気に返事するガキども。
「労働力はこいつらでいいだろう」
「ヤシロ!? 君はこんな幼い子たちを酷使しようというのかい!?」
「それでしたら、私が引き受けます。子供たちに無理を強いるくらいなら……労働中の食事を三食きちんと提供していただけるのであれば!」
「いや、ベルティーナ……それ、たぶん誰か雇うより金かかるから……」
肉体労働をするベルティーナが、果たしてどれだけのものを食うのか……想像もしたくない。
「発想が逆なんだよ」
「逆……ですか?」
ジネットがガキどもを見つめて首をひねる。
「大変なことをガキにやらせるんじゃない。ガキでも出来るような簡単な方法で水を汲み上げるんだ」
もっとも、俺は絶対にやりたくないという方法ではあるがな……俺、そういう面倒くさいこと嫌いだし。
「子供たちでも出来る…………あっ! 分かりました!」
ぱぁっと顔を輝かせて、ジネットが自信満々で自分の意見を言う。
「子供たちがみんなで川に入れば、その分水位が上がります! 子供たちは水遊びが好きですから、遊んでいるうちに水路に水がどんどん流れ込んでいくというわけですねっ!?」
「わけじゃ、ないな」
「ふぇえっ!?」
お前は何日間ガキを川に浸け込んでおく気だよ。
流れが止まったら水路はまた枯渇するんだよ。
まぁ、もっとも、夜間は流れを止めて、日中だけ水を汲み上げるって感じになりそうだけどな。
それでも、溜め池に水が溜まれば、少しは楽になるだろう。
「そんなわけで、ウーマロ。作ってほしいものがある」
「はいッス! 四十二区の大ピンチッス。否も応もなく手伝わせてもらうッス!」
ウーマロがなんの躊躇いもなく、まさに否も応もなく返事をくれる。
こいつ、なんかいろいろな感覚がマヒしてるんじゃないだろうか? まぁ、俺にとっては都合がいいけどさ。
あぁ、これもあれかな。
陽だまり亭に充満しているジネットのお人好しオーラに全身蝕まれた結果かもしれないな。
「ジネット、怖ぇ~……」
「えっ!? な、なんでですか!? わたし、何かしましたか!?」
「ウーマロが『無料でなんでもやってくれるマン』になった」
「それはわたしのせいじゃないですよね!?」
「あ、あの、ヤシロさん! 無料じゃないッスよ? 工費はきちんとエステラさんからもらってるッスからね?」
なんだと!?
こいつは裏でこそこそと金を請求してやがったのか!?
「まだお人好しオーラが足りんようだな! マグダ、ロレッタ! ジネットのお人好しオーラをウーマロに浴びせかけろ!」
「……了解」
「任せるです!」
手巻き寿司で使用したウチワを持って、マグダとロレッタがジネットごしに風を送る。
「あの、お二人とも、やめてください! こんなので何も変わりませんから!」
照れたような焦りを見せて、ジネットがマグダたちに訴えかける。
いやいや。お前のオーラを浴びれば、大抵の人間はお人好しになってしまうはずだ。
「もしもそれでお人好しになるなら、その風はヤシロにこそ浴びせるべきじゃないかな?」
「……それもそう」
「一理あるです」
エステラがいらんことを言って、マグダとロレッタが体の向きを変えて俺にジネットごしの風を寄越してくる。
「えぇい、やめろ! お人好しがウツる!」
「ウツりませんもん!」
先ほどよりも顔を赤く染めてジネットが頬を膨らませる。
……というか。
「なんか、酸っぱい匂いがするな……」
「ふにょっ!? お、お寿司の匂いですよ!? さっきの酢飯の匂いがウチワについているんです! わたしが酸っぱいわけじゃないですからね!?」
いつになく必死の形相で訴えてくるジネット。
沽券にかかわることなので必死だな。
なんてことをしている俺たちを、な~んとなく不機嫌そうな目で見つめているヤツがいる。
俺たちっていうか……ウーマロを、かな。
「イメルダ」
「な、なんですの!? ワタクシは酸っぱくありませんわよ?」
「わたしも酸っぱくないですよ!?」
ジネットが必死だ。
が、今はそんな場合ではない。話を戻す。
「力を貸してくれるか?」
「え……っ?」
目を見張り、イメルダが一瞬固まる。
そして――
「……店長さんの酸っぱさが、何かの役に立ちますの?」
「酸っぱくないです! もう、お二人とも、もう扇がないでくださいっ!」
ジネットが涙目だ。
いやぁ、珍しい光景だなぁ……でも、そうじゃねぇんだ。
「お前の力が必要なんだよ、イメルダ」
「……ワタクシの?」
「というか、お前の頑張りにかかっていると言っても過言ではない。ちょっと大変かもしれないが……引き受けてくれるか?」
「ヤシロさんが、ワタクシを必要と…………」
無意識なのか、手で口元を隠し、もう片方の手で胸を押さえる。
そんなに動揺するなよ。
イメルダは以前、ウーマロが羨ましいと言っていた。
何かある度に頼られる、ウーマロのような人間に、いつかなりたいのだとも。
今回も、ウーマロの力を借りることになるわけだが……その前にイメルダの力が不可欠となる。
場合によっては、かなり無茶なことを頼むかもしれない。場合によっては、な。
「やりますわっ。なんなりと申しつけてくださいましっ」
頼もしい返事がもらえたところで、今回の計画の全容を明かしておくか。
順を追って……
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