「そういえば、雪かきどうする?」
退屈になってきたのか、デリアがそんなことを言い出した。
この街の住民は、『豪雪期の初日には雪かき』みたいな感覚が染みついているのだろう。
俺たちも、当初は教会から戻ったら雪かきをしようと話していたのだが。
窓の外を見ると、先ほどよりも雪が強くなっている。
こりゃ、雪かきしても無駄だな。
「雪かきしても、すぐにまた積もるだろう? やむまで待とうぜ」
無駄な労力は払わない。それが俺のスタイルだ。
だが。
「いやいや。屋根の上の雪降ろしはしないと危ないッスよ」
「そうでござる。雪が降っているなら尚のこと、倒壊の危険があるでござるよ」
「……あ、そうか」
何も、雪かきは邪魔だからするだけではないのだ。
つーことは、この大雪の中、外に出て、梯子なりを使って屋根に上って、雪を降ろして、で、邪魔にならない場所に雪を運ばなきゃいけないのか…………
「メンドクセッ!」
「でも、やっておかないと、陽だまり亭が潰れちゃうッスよ!?」
「軟弱な設計をしやがって!」
「雪の重さに耐えられる建物なんてそうそうないッスよ!?」
降り積もれば何トンにもなるのが雪だ。しょうがないか。
「それって、俺みたいな素人がやっても大丈夫なもんか?」
「……ヤシロは危険。マグダがやる」
「マ、マグダたんがやるくらいなら、オイラがやるッス!」
「「「とーりょうは、わりとおっちょこちょいー! ぼくらがやるー」
「弟がやるくらいなら、あたしがやるです! 姉として!」
「いやいや、ロレッタ氏! ロレッタ氏のようなうら若き乙女には荷が重いでござる。ここは拙者が!」
「変態が屋根に上るとなに仕出かすか分かんねぇからな。あたいがやってやるよ。力仕事なら、あたいの領分だ」
「そんな! お客様にそんな重労働をさせられません。ここは家主のわたしが」
「ジネットちゃんがやるくらいならボクがやるよ! お世話になるわけだし!」
「お嬢様に雪降ろしのような危険な仕事をさせるわけにはまいりません。ここは私が!」
と、ナタリアが胸を張って発言し、会話は途切れる。
そして、一同の視線が自然と一点に集まる。
その先には、薪ストーブのそばに座り、一人優雅にお汁粉の後のお茶を嗜むイメルダの姿があった。
「なっ……なんですの? みなさん、よってたかってワタクシを見つめて……」
全員からの視線を浴び、イメルダがいつになく狼狽している。
大方理解はしているのだろうが、ここは親切に教えておいてやるとするか。
「なぁ、イメルダ。『協調性』って言葉、知ってるか?」
「無理だよ、ヤシロ。イメルダにそんな難しい言葉が理解できるわけないだろ?」
「聞き捨てなりませんわね、エステラさん!?」
エステラの挑発的な言葉に、イメルダは立ち上がり自慢気に胸を張る。
「ワタクシが本気を出せば、あなたよりも上手に雪を降ろせますのよ!? ワタクシに降ろされた雪も『わぁ~い、イメルダ様に降ろされて幸せだなぁ~』みたいな落ち方をしていきますわ!」
それは是非見てみたい現象だな。……どんなんだよ。
「そんなの、ボクだって……」
「あなたがやったのでは、『え~、どっちが胸か背中か分からないよぉ……』と落ちていきますわ!」
「確かに!」
「『確かに』じゃないよ、ヤシロ!?」
なぜいつも俺が怒られるのか……
「よし分かった! そこまで言うのなら勝負をしてあげようじゃないか!」
「望むところですわ!」
睨み合う二人。
……う~ん、これはよくないな……
「とにかく、みんなで協力してさっさと終わらせちまおうぜ」
そう言って、全員を引き連れ建物の外へ出る。
雪は強さを増しており、数歩先が見えないほど一面真っ白だった。
「この雪は危ないな。本当に自信のあるヤツだけで屋根に上って、さっさと終わらせよう」
「んじゃ、あたいが行くよ。あたいなら、落ちたって大丈夫だ」
「落ちない人選をしたいんだが……」
「だったらオイラが行くッス! 建築物の構造は知り尽くしてるッスから、落ちないように雪降ろしをする方法も分かるッス」
「「「ぼくらもいくー!」」」
「……じゃあ、マグダも」
マグダが名乗りを上げたことに、俺は驚いた。
「マグダ、大丈夫か?」
「……平気。マグダが行けば、ウーマロは人間のレベルを超えられる」
「当然ッス! 100%を超えたオイラの力、見せてあげるッス!」
あぁ……こりゃ早く終わりそうだ。
「んじゃあ、下にいる連中は庭の雪を退けておいてくれ」
「え? 雪かきをするんですか?」
ジネットが驚いた声を上げる。
これだけ雪が降っていると、雪かきをしても無駄になる……というのは俺の意見だったのだが。
「雪かきがメインじゃない。かまくらを作るスペースを確保しておいてほしいんだ」
「あぁ、かまくらですか!」
屋根に積もった大量の雪を降ろすのだ。これを使わない手はない。
風が吹いても大丈夫なように、かまくらは四個、入り口が内に向くように作る。
お互いの様子が各かまくらからも見えるような配置だ。
「あとでチーム分けしてかまくら作ろうぜ」
「……かまくらと七輪は最強の組み合わせ」
「では、七輪で焼いて食べられる物を用意しておきますね」
そんなわけで、役割分担を終え、俺たちは屋根へと上った。
エステラとイメルダの二人はナタリアに丸投げだ。得意だろ、お嬢様のお相手は。
……すげぇ面倒くさそうな顔をされたが……まぁ、頑張れ。こっちだってこの雪の中屋根に上がるんだ。おあいこでいいだろう。
「高っ!?」
梯子で上った屋根の上は、想像以上に高かった。
積雪が1メートル以上あるので落ちても死にはしないかもしれんが……風が強くてマジ怖い。
今度ウーマロに、煙突を屋根の下に這わせ、ストーブの熱を屋根に伝えて雪を溶かす仕掛けでも作ってもらおうかな。
「こうして、ある程度の大きさに切り込みを入れて、下に落とすッス。こっから、こっちに向かって落とせば安全ッス」
「あ、ごめん。聞いてなかった。どのタイミングでウーマロを突き落せばいいって?」
「オイラは落としちゃダメッスよ!? ………………ホントにダメッスよ!?」
う~っわ、すげぇ『フリ』に聞こえる。うずうず、うずうず……
「おにいちゃん、悪魔の顔やー」
おぉっと。ハム摩呂に悟られるようでは俺もまだまだだな。
「……早く済ませるべき。寒い」
「そうだな。じゃあ、足場に気を付けて、作業開始!」
「「「おぉー!」」」
「ベッコに命中させると十点だからな」
「「「おぉー!」」」
「聞こえてるでござるよー!」
ベッコめ……屋根の上の会話まで盗み聞きしているとは……
雪の量が増えて音が伝わりにくくなったと思ったのに。
屋根の上は危険なので、作業中はふざけることなく黙々と、慎重に仕事に励んだ。
雪は多いが、休むことなく動いていたおかげか凍えることはなかった。
雪降ろしを終え下へ降りると、入り口の前に広いスペースが出来ていた。
頑張ったなぁ、こいつら。
「見ましたこと? ワタ……ワタクシの均した、この美しい……平面……」
「ボ、ボクが退けた、この快適なスペースを……見てから言ってもらいたいね……」
敵対心をうまく煽って、こいつらに作業をさせたわけか。……ナタリア、やるな。
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