異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加31話 『台風の目』の必勝法 -1-

公開日時: 2021年3月31日(水) 20:01
文字数:2,852

 高らかに鐘が鳴り、各チームの第一走者が一斉に走り出す。

 

 白組の第一走者は、中心となる左側から、デボラ、妹A、妹B、妹C、イネスだ。

 スピード重視。まずは他のチームの前でオーソドックスな走りを見せつけてやる。

 

「……うむ。よい」

「ホントです! なんかいい感じのスタートを切ったですね、ウチのチーム!」

 

 総勢二十人の選手が一斉に走り出す様はなかなかの迫力で、見応えは十分にあった。

 各所から歓声が上がり、応援に一層熱がこもる。

 

「ヤシロさん! なんだか、白組以外がおかしなことに!?」

 

 開始早々状況が動いた。

 ジネットが言うように、白組を除く他の3チームが隊列を崩し始めたのだ。……俺の狙い通りに。

 

 読みどおり、『中心には力持ち』という後からもたらされた情報ばかりが重要視されて、他の3チームの第一走者は苦戦を強いられる展開になっていた。

 つまり、力重視の選手を一人入れたせいで、走る速度にバラつきが出てしまったのだ。

 力こそが最大の長所であり、その膨れ上がった筋肉故に足がそこまで速くない中心側の選手が、『最も足が速い者が着くべきポジション』たる外側の選手の足を文字通り引っ張っている。

 どんなに外側の選手が早く走ろうとも、竹で繋がれた選手団は分裂できない。

 そうなれば当然、最も足が遅い選手の速度に合わせるしかないわけで、俊足の選手がその速度を見事に殺されてしまうのだ!

 

「しまった!?」

 

 エステラが立ち上がり、ほぼ同時にノーマとパウラも立ち上がっていた。

 

「くぅ! ヤシロが大きな声で作戦会議をしていたのは、この状況を引き起こさせるためだったんかぃね!?」

「マズいよ……くっ! もう、こうなったらしょうがない! バラバラでもいいから、がんばれぇー!」

 

 パウラの声援も虚しく、黄組の第一走者たちはスピードを上げられない。

 黄組だけでなく、赤組も青組もそれは同じだ。どのチームも外側の選手ほど先行するので、列が斜めになってしまっている。

 

 そんな中、中央に同じ速度の妹を固めた我が白組はまっすぐ横一列でスピードに乗ってコースを駆けていく。

 

「ふはははは! いいぞ! 行けぇ!」

「一番です! なかなかやるです、給仕長ズとウチの妹!」

「……妹たちの速度をさほど殺さずしっかりついて行っている。お見事」

 

 さすがにトップスピードとはいかないが、それでも妹の俊足がそこまで殺されていない。

 イネスもデボラもやるもんだ。……徒競走に出てくれていたらもうちょっと点数稼げたろうに。

 

「がんばってくださ~い!」

 

 俺の隣でジネットが大きく手を振って肩を弾ませる。

 待機中の選手はしゃがんでいなければいけないのでジャンプが出来ない。……まぁ、他のチームは構わずに立ち上がっているが、ルールを守ろうとするジネットはしゃがんだままだ。

 ジャンプが出来ない代わりに肩を弾ませている。

 それにつけても揺れる乳房よ。

 こんなにも制限された動きでも遠慮という言葉を知らぬが如く弾む弾む。いいぞもっとやれ。

 

「……ヤシロ、集中して」

「ほら、綺麗にターンしてるですから何がすごいか解説でもしてです!」

「店長さんも~、気を付けなきゃダメだよぉ~☆」

「へ? ……きゃっ!? ヤシロさん! もう!」

 

 ジネットが揺れるのをやめてしまったので視線を戻すと、第一走者がターンを終えて二度目の一回転をするところだった。

 デボラがカカトを踏み込んで体を斜めにしてしっかりと踏ん張り、イネスが舵を取るように華麗に円を描く。

 間に挟まれた妹たちは導かれるままに前進するだけでよく、実にスムーズに回転していた。

 

 あいつら、説明を聞いただけでよくここまで的確に役割分担できたもんだな。想像以上だ。

 デボラのブレない姿勢もさることながら、イネスの走り方が絶妙だ。妹の推進力を考慮して実に見事に誘導している。

 こういうところに出るんだろうな『給仕長』ってヤツの性質が。

 

「いいぞイネス! 期待以上だ!」

 

 と、褒めた瞬間イネスが転んだ。

 ずじゃじゃー! と、派手に。盛大に。

 

「何やってんだよ!」

「きゅ、急に褒めるからです!」

 

 怒りながらもすぐさま立ち上がり体勢を立て直す。

 そして、程なくして待機列へと戻ってきた第一走者たち。妹が竹から離れ、デボラとイネスが竹を低くして突っ込んでくる。

 しゃがんで待機していた選手たちはそれを飛び越えていく。

 

 イネスがず~っと俺を睨んでいる。

 ……んだよ、もう。

 

「じゃあ、もう褒めねぇよ」

「発想が逆です!」

 

 イネスが通り過ぎ様にそう漏らして、折り返してきた時に言葉を追加していく。

 

「定期的に褒めてください!」

「はぁ!?」

 

 今度はしゃがんだ選手の頭上を竹が通過していき、そして第二走者へとバトンタッチされる。

 走り終わった第一走者はアンカー――俺たちの後ろへと並ぶ。

 

「本日中に慣れてみせますので」

 

 いやいやいや。

 慣れる必要もないし、なぜ俺が無条件でお前を褒めなきゃいけないんだ?

 

「…………私も、頑張っているのですけどね。ぷぅ!」

 

 俺の斜め後ろではデボラが膨れてるし。

 なんの対抗心だよ。二十三区が二十九区より劣ってるとか、そんな話じゃないだろうに。

 

「じゃ~あ、ヤシロ君がことあるごとに褒めてくれるように、二人とも頑張ればい~んじゃないかなぁ? ね、ヤシロ君☆」

「お前な……」

 

 マーシャが無責任なことを言って、イネスとデボラが「……なるほど」と、頷いている。

 俺に褒められて、お前らになんの得があるんだよ。

 

「分かりました」

「それで手を打ちましょう」

 

 分かっちゃったよ!?

 なんで乗っちゃうの? こんな訳の分からないウェーブに?

 あぁ、あれか。『BU』っ子独特の「そう言われてるから、なんかそっちの方がいいんじゃないかなぁ~」的なアレか。

 

「ねぇねぇ、ヤシロ君☆」

 

 と、物凄く嬉しそうにマーシャが俺を呼ぶ。

 

「私、今話をまとめたから、私のことも定期的に褒めてね☆」

「わぁ~、すげぇいいおっぱい」

「じゃあ、褒めてくれるのを楽しみに待ってるね☆」

 

 今褒めただろうが。

 この上もなく、大絶賛したろうに。……ったく。

 

「……ヤシロ。………………どうぞ」

「『褒めろ』の無茶振りやめてくれる?」

 

 難易度高いんだよ、マグダ。

 で、取って付けたような褒め言葉じゃ余計拗ねるじゃねぇか、お前らどーせ。

 

「ヤシロさん」

 

 くいっくいっと、ジネットが俺の袖を引く。

 

「無理やりにではなくても構わないと思いますが、出来る限り褒めてあげてくださいね」

 

 だから、なんでお前までそんな無茶振りをしてくんの?

 

「人は、褒められると頑張れるものですから」

「じゃあ、ジネットが褒めてやれよ」

「いえ、やはりヤシロさんでないと」

 

 なんでだよ……

 

「ヤシロさんは、特別、ですから」

 

 うふふ。と、小さく笑うジネット。

 すぐそばで、それもしゃがんでるから結構な密閉感のある中で、そういうこと言わないでくれる?

 おデコ「つーん!」ってして、後ろに「ころんころんころーん」ってしちまうぞ。……ったく。

 

「人を褒めるのは苦手だからな、期待はするなよ」

「うふふ。よかったですね、今日は『精霊の審判』が禁止されていて」

 

 俺は嘘なんぞ吐いちゃいないんだが。

 な~に笑ってんだよ。っとに。

 

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