異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】二人で泣いて、二人で笑い合って

公開日時: 2021年2月25日(木) 20:01
文字数:3,903

☆☆ロレッタ☆☆

 

 

 あぁ、盛大にやらかしてしまったです……

 

「……ごめんです、マグダっちょ」

 

 街門の完成式典が明日に迫り、少し焦ってしまったです。

 式典が終わると同時にお兄ちゃんがいなくなってしまいそうな気がして……

 

 もし、笑ってくれたら……「あぁ、こいつのそばにずっといたいな」って思ってもらえたら、お兄ちゃんはどこにも行かないんじゃないかって……

 

 でも、ダメだったです。

 お兄ちゃんに、要らない気を遣わせてしまったです……

 

 あたし……ダメです。

 

 頭が重たくて、自然とうな垂れてしまうです。

 そんなあたしの手を、マグダっちょがぎゅっと強く握ってきたです。

 

「……ロレッタは、謝らなければいけないことなんて何もしていない」

「……でも」

「……マグダは、割と好きだった」

 

 こっそり表情を伺ったら、ばっちり目が合ったです。

 マグダっちょ、まっすぐにあたしを見てくれてたです。

 

「……マグダ史上、最高に大爆笑した」

「してましたっけ!? 『すーん!』って空気でしたよ、陽だまり亭!?」

「……昔からよく言われていたこと。『顔で滑って、心で笑う』」

「顔でも笑ってほしいです! むしろ顔だけでも笑っててです! 心でボロカス言っててもいいですけども!」

 

 いや、それはそれで嫌なんですけども。

 

 と、あたしの腕がくいっと引かれて、マグダっちょの方にバランスを崩したところで、頭をぽふって撫でられたです。

 

「……ロレッタは頑張った。マグダは、感動をした。……これは本当」

 

 心が、ほわっとしたです。

 マグダっちょが、褒めてくれたです……

 

「……うん。ありがとです」

「……さっきのは本当。でも、その前の大爆笑はちょっと嘘」

「そこ言わなくてもよかったですよ!?」

 

 正直者ですね、マグダっちょ!?

 優しい嘘も全否定ですね!?

 

「……ロレッタに顔芸は無理」

「そうですか? 弟たちはゲラゲラ笑ってるですけどねぇ……」

「……身内以外には無理」

 

 マグダっちょが、やけにきっぱり言い切るです。

 そして。

 

「……ロレッタは可愛いから、変顔しても可愛さが勝る」

「ほ…………にょっ」

 

 マグダっちょに可愛いって言われると、なんだか、照れる……ですね。

 

「あたし、可愛いです?」

「……マグダの次に」

「ミリリっちょよりも、です?」

「…………マグダは、ちょっと身内贔屓をするタイプだから」

「客観的に見たら負けてるですか!?」

「……でも」

 

 ミリリっちょはやっぱり手強いですね~っと、敗北を噛みしめかけた時、マグダっちょがここ一番のキメ顔で言ったです。

 

 

「……ヤシロも、身内には甘い。……激甘」

 

 

 そうです。

 お兄ちゃんは、なんだかんだ、いつも身内に甘いです。

 

「じゃ、じゃあ、お兄ちゃんランキングだと……」

「……いい勝負をするはず」

 

 こ、これは、嬉しい情報です!

 もし本当にそうなら、すごく……すごく嬉しいです!

 

 もし、本当に……

 

 

「身内だって、思ってもらえているなら……嬉しいです……ね」

 

 

 あたしは、こんなにもお兄ちゃんが好きです。

 大切です。

 そばにいたいです。

 

 でも。

 お兄ちゃんは……

 

 その時、お尻をぽんって強めに叩かれたです。

 見れば、マグダっちょがあたしをまっすぐに見つめていて。

 

「……当然」

 

 そして、ぴょんと跳ねて、ぎゅっとあたしの首に抱きついてきて、耳元で言ってくれたです。

 

 

「……ロレッタもヤシロも、店長も、みんなマグダの身内。マグダは、そう思っている」

 

 

 マグダっちょの体温はじんわりと温かくて、なんだかすごくほっとして……

 

「うん……そうですね。陽だまり亭は、みんなもう家族も同然です」

 

 あたしもマグダっちょと同じ気持ちです。

 店長さんだって、きっとそう思ってくれてるはずです。

 

 だから絶対、お兄ちゃんも。

 

 

「ありがとです……マグダっちょ」

 

 

 泣いて、騒いで、心にぽっかり穴があいたように寂しくて……

 でも、ちゃんとあたしのそばにいてくれる人がいるです。

 あたしのこと分かってくれる、分かってくれようとしてくれる人がいるです。

 

 

 あたしも、分かってあげたいです。

 

 

 そばにいたい。

 離れたくない。

 

 でも、それ以上に――

 

 

 

 お兄ちゃんには不幸になってほしくないです。

 

 

 

「あたし、お兄ちゃんの考えを尊重するです」

「……うん」

 

 陽だまり亭からの帰り道、あたしとマグダっちょはしばらくそこでお互いの温もりを味わい合ったです。

 

 

 


☆☆マグダ☆☆

 

 

 ロレッタの気持ちは、分かる。

 マグダだって、本当は……どこにも行ってほしくない。

 

 けれど、もう二度とあんなヤシロは見たくない。

 



「俺がやったんだよ。『他所者』の俺が! この短期間に、全部な!」


 

 

 マグダは……マグダたちは、いつも、ずっとず~っと、守られていた。

 何かある度にヤシロに頼って、それが当たり前だと勘違いして……

 

 そして、ヤシロを追い詰めた。

 今、ヤシロが悩んでいるのは、おそらくマグダたちが理由。

 だからこそ、ヤシロの思いを優先させたい。

 

 わがままを言って困らせたくはない。

 

 でも、もし……

 

 

 たくさん悩んで、そしていつか答えを出した時、その結果がまだマグダたちと一緒にいるというものだったら、その時は――

 

 

「……マグダは、とことんまでヤシロに甘える所存」

 

 

 もう二度と、自分が『他所者』だなんて言えないように。

 ヤシロの身内がここにいると、うんざりするくらいその体に刻み込まれるくらいに。

 

「……頼って、甘えて……目一杯可愛がらせる、所存……っ」

「……マグダっちょ?」

 

 ロレッタの胸に抱きついていたマグダの体を、ひょいっと持ち上げてロレッタがマグダの顔を覗き込んでくる。

 ……ぁう。今は見てはいけないのに。

 

「マグダっちょ……っ」

「……ぐすっ」

 

 目から涙が落ちていく。

 止まらない。

 

 怖い。

 

 ヤシロの隣はとても温かい。

 ヤシロがいれば、雪に埋もれる豪雪期だって乗り越えられる。

 けど、ヤシロがいなければ……

 

「…………ロレッタ、抱っこ」

「うん。ぎゅーってするです」

 

 ロレッタが再びマグダを抱きしめてくれる。

 さっきよりも強い力で、ぎゅーっと。

 

 マグダはロレッタに言った。

 ヤシロは約束を破らないと。

 信じてもいいと。

 

 でもそれは、ヤシロがいなくならないという意味ではない。

 

 だから……不安。

 マグダも、おそらく店長だって、ロレッタと同じくらい不安で、怖い。

 

「また豪雪期になればいいですのにね」

「……今から?」

「そしたら、またみんなでお泊まりですよ。そんで、かまくらを作って、お餅を焼いて食べて……それから、それから……」

「……すごろくで盛り上がる」

「むはぁ、それいいですね! あ、あとアレもやるです、プチ大食い大会! 今度こそはあたしが大活躍するです!」

「……ところが、マグダが優勝することになる」

「マグダっちょは『赤モヤ』禁止ですよ」

「……ロレッタ。その略し方は失礼。そもそも『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』というのは、マグダたちトラ人族に古くから伝わる由緒正しき……」

「あと、あたしお汁粉飲みたいです」

「……うむ、それには賛同する」

 

 それらは、全部ヤシロに出会ってから起こったこと。

 ヤシロに出会う前には、想像すら出来なかったこと。

 

 そして、マグダの人生を語る上で外すことが出来ない、大切な思い出たち。

 

 

「……ヤシロ…………っ」

 

 

 名を呼べど、返事は聞こえない。

 大きな手がマグダの頭を撫でることもない。

 

 ただ、夜の風が頬を撫でて吹き抜けていくだけ。

 

 

 ……みぃ。

 

「……あたしがいるですよ」

 

 ロレッタが、マグダの頭を撫でてくれた。

 ヤシロの代わりに。

 撫で方はへたっぴだけれど。

 

「今日は一緒のベッドでぐっすり寝て、明日はいつもの可愛いマグダっちょ&ロレッタちゃんでお兄ちゃんに会おうです」

「……うん。こんなに可愛い娘のそばは離れがたいと思わせるくらいに」

「それいいですね」

「……うむ、それがいい」

 

 ぐっと、体に力が入った。

 ロレッタの体にも力が入ったのが分かった。

 

 悲しいことがあれば泣く。

 けれど、いつまでも泣いてばかりではいない。

 マグダとロレッタは笑顔がトレードマークの、陽だまり亭のウェイトレスだから。

 

「よぉし! 明日はちょこっと早起きして、大人っぽいメイクをしていくです!」

「……ロレッタは、何もしないのが一番可愛い」

「ホントです!?」

「……そう。だから、余計なことは一切しないように」

「あれ!? それは『素が可愛い』って褒められてるです? それとも『絶対やらかす』って馬鹿にされてるです!?」

 

 おどけるロレッタ。

 こちらを向く笑顔はいつものように楽し気で……その顔を見ているとほっとする。

 

「あはっ。マグダっちょの顔見てると、なんかあたし落ち着くです」

「…………」

「一緒にいてくれて、ありがとです」

 

 マグダが思ったことを、先に言われてしまった。

 なんだか、「マグダも」と便乗するのは、真似っ子のようで少々癪…………よし。

 

「……まぁ、マグダの方がロレッタのことを好きだけれど」

「うにょ!? そんなことないですよ! あたしの方が、絶対マグダっちょのこと好きですから!」

「……その三倍はマグダの方が好き」

「いやいや! あたしの好きはまだ全然本気出してないですからね!? あたしの本気を見たらビビるですよ!」

「……マグダには、『赤いモヤモヤしたなんか「しゅきっ」なヤツ』がある」

「その伝統的な由緒あるヤツ、そーゆー使い方はしていいですか!?」

 

 明日になれば恥ずかしくなるかもしれないけれど、マグダとロレッタはお互いがどれだけ好きかを言い争いながら夜道を歩いた。

 二人してずっと笑い合っていたけれど、やはりまだ心のどこかに不安な寂しい気持ちがあって、だからこそこんなに過剰に気持ちをさらけ出していたのだろうと思う。

 

 

 

 もし、悲しい結果になったら、ロレッタと二人で泣こう。

 全力で悲しがろう。

 

 

 でも、もし嬉しい結果になったら、その時は……

 

 

 やっぱりロレッタと一緒に、思いっきり喜ぼうと思う。

 

 

 

 

 

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