人は、雰囲気によって左右されやすい生き物だ。
どんな種族であれ、どんな性格であれ、人は少なからず周りの空気に影響されてしまう。
かの有名な神話。『天岩戸』の話にもあるように、不機嫌な天照大神でさえ、楽しい雰囲気の中で怒りや憤り、悲しさや寂しさといった負の感情を持続させることは出来なかった。
と、いうわけで――
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
「あぁ~~~~ぃあぃあぃあぃあ~~~~! おぉ~ぇおぇおぇおぇお~~~~~!」
陽気なリズムで歌い踊ってみた。
「何事だいっ、朝から騒々しぃねっ!?」
陽気なリズムに合わせて歌い踊る俺たちの前に、怒り満面のバレリアが現れた。
……おかしい。こんなに楽しげなのに、全然笑ってくれない。
「ヤシロさん。楽しさが足りないのでは?」
「よし、テメェら! スピードアップだ!」
ズンダドッドズンダドッドズンダドッドズンダドドドズンダドド!
ズンダドッドズンダドッドズンダドッドズンダドドドズンダドド!
ズンダドッドズンダドッドズンダドッドズンダドドドズンダドド!
「あぁ~ぃあぃあぃあぃあ~! おぉ~ぇおぇおぇおぇお~!」
「やめないかっ! 近所迷惑だよっ!」
「ヤシロさん、激し過ぎたのでは?」
「よし、テメェら! 緩やかなリズムでだ!」
ズン、ダ、ドッ、トトッ、ズン、ダ、ドッ、トトッ。
ズン、ダ、ドッ、トトッ、ズン、ダ、ドッ、トトッ。
ズン、ダ、ドッ、トトッ、ズン、ダ、ドッ、トトッ。
「あ~ぁ~~~~ぃ~ぁ~あぁ~あ~~~ぉお~~~~」
「もういいわっ! なんなんだい! 嫌がらせをしに来たのかい!?」
うむ。どうやら、総合エンターテイメント集団『シルク・ド・ヤシロンチュ』は不評のようだな。
本家のようなアクロバティックな演目がなかったからか?
「で、でも。バレリアさんがちゃんと出てきてくれましたねっ。大成功です!」
「いや、ジネットちゃん……さすがに大成功は言い過ぎだよ」
陽気なリズムでテンションがハイになっているジネットと、元来のひねくれ性分があだとなり陽気になりきれないエステラ。
エステラ。お前ももっと素直になれよ。踊りはいいぞ? 楽しいぞ?
それ、皆の衆。エステラに楽しい気分をプレゼントだ!
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
「あぁ~~~~ぃあぃあぃあぃあ~~~~! おぉ~ぇおぇおぇおぇお~~~~~!」
「ボクに向かってやらないでくれるかな!? ちょっと怖いんだよ、コレ!」
おかしいな……やっている俺は物凄く楽しいのに。
「……ヤシロってさぁ、こういう、他人が微妙な気分になるヤツ、好きだよね?」
エステラが呆れ顔で俺を見ている。
……こいつは何を言っているんだ? まったく理解が出来ん。
「うま~ろ」
「ハイ~っす」
アメリカ大陸の先住民的な衣装を身に纏ったウーマロが、その民族の英雄のように気飾った俺のもとへと駆けてくる。
そして、エステラを指さして俺に説明してくれる。
「ぼんご、ばっばもーる、えれえれおー」
「なにそれ!? え、なにそれ!?」
エステラが戸惑っているので、仕方なく状況を説明してやる。
「通訳だ」
「いらないでしょ!? 『強制翻訳魔法』があるのに!」
「雰囲気だ」
「っていうか、今、めっちゃ言葉通じてるじゃないか!?」
まったく。『演出』というものを何も分かっていないヤツだ。
こういうディティールにこだわることで、バレリアも固く閉ざした心の扉を開き、俺たちの話を素直に聞き入れてくれるようになるのだ。
「ヤシロさん、大変ですっ! バレリアさんが家へ帰っていかれます!」
「ちょっ! 待て待て待て! うま~ろ!」
「ぼんごっ! ば~らっぼ、えれえれおー~!」
「ウーマロッ、通訳いらないってば! 君ら、真面目にやる気はあるのかい!?」
俺とウーマロのナイスコンビネーションにいちいちケチをつけるエステラ。
はっは~ん……さては混ざりたいんだな?
「はっは~ん……さては混ざりたいんッスね?」
「……刺すよ?」
「ウーマロ。そんなわけないだろう。ちょっとは考えろよ」
「あれ? なんか知らないッスけど、物凄く裏切られた気分ッス!?」
ナイフをちらつかされたら、そりゃ寝返るさ。
ウーマロ。お前が悪い。
「まったく。来る度に騒ぎを起こして……あんたら、アタシたちに恨みでもあるのかい!?」
「なんでだよ? こんなに友好的なのに」
「どこがだい!? まずそのけったいな羽飾りを取ってから言いなっ!」
どうも、アメリカ大陸の先住民的衣装が気に入らないようだ。
「しょうがない。替えの服はないから、全裸で話をするか」
「待て待て待て! ちょいと待ちな! あんた、この格好でここまで来たのかい!? 四十二区の人間だよね!? アホなのかい!?」
バカヤロウ。
着替えるスペースがないから家から着てきたんじゃねぇか。
コスプレのマナーだろうが。
「ウチのメンバーを紹介しよう。リズム隊のウーマロとベッコとウッセだ」
「アタシの脳に余計な情報を刻み込むんじゃないよ! 覚えたくもないよ、あんなけったいな集団!」
「ぷぷー! けったいな集団とか言われてやんのっ!」
「オイコラ、けったいなリーダー」
「如何にも、けったいの総大将はヤシロ氏でござるな」
「異論ないッス」
アメリカ大陸の先住民的な格好をしたけったい三人衆が酷いことを言う。心外だな。
「ねぇ、ウッセ……君は完全にソッチ側の人間になってしまったんだね」
「う、うっせぇ! ……ママに協力しろって言われたんだよ…………拳を握りしめて」
「ギルド構成員も大変なんだね、いろいろと。同情するよ」
「くっ、すまねぇ……いい領主を持って、俺ぁ幸せだぜ」
ウッセとエステラがなんか湿っぽい空気を醸し出している。
困るんだよなぁ、今回、そういう空気出されるの。
「何があったんだい、カーちゃ…………げっ!? 四十二区の!?」
相も変わらず、半裸黒タイツ姿のチボーが家から出てくる。
早朝故に眠そうな顔をしていたが、俺たちを見るや一瞬で目が覚めたようだ。
「……あ、ウクリネスの服、気に入らなかったんだ……ふ~ん」
「ちっ、違うっ! そ、そそ、そうじゃなくて、そ、そう! 寝る時に着るなんてもったいなくて! シワとかついたら困るし、ワシ、寝てる時によだれ撒き散らす方だしっ!」
必死の弁解をするチボー。
よほどウクリネスが怖いのだろう。
「あ、そういえば。今日はウクリネスも三十五区に来てるんだった」
「着てきますっ! 今すぐ服を着てきますっ!」
回れ右をして、チボーが家へと駆け込んでいく。
しっかり調教されてんなぁ。
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