異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

60話 新たな企み -1-

公開日時: 2020年11月28日(土) 20:01
文字数:2,617

「それはとても素晴らしいことだと思います」


 明くる日。

 俺とジネットは教会での朝食が終わった後でベルティーナに昨日思いついた計画を話した。

 大通りから延びる教会までの通りを使い精霊神を祭るイベントを行うという件だ。

 当然、今ここにはエステラもいて、一緒に話を聞いている。


「精霊神様の伝承にこのようなものがあります――かつて人間界に降臨された精霊神様は……」


 長いので要約すると、精霊神が人間界に降りてきて、夜に怯える人間に灯りをプレゼントしたことがある、という話だった。


「その影響で、年に数度、昼の時間が長くなる日があるのですよ」


 まぁ、夏至だろうな。

 季節のめぐりが出鱈目なこの世界では、夏至が定まった時期に来ないらしい。

 けどまぁ、原理は夏至と同じだろう。

 ……この世界のこの惑星、軸がふらふら揺れて定まってないんじゃないか?

 …………そもそも、ここが惑星かどうかも怪しいけどな。


「んじゃあ、太陽の恵みに感謝して、街のみんなで精霊神に灯りを返すってのでどうだ?」

「街の東西から教会へ灯りが集まってくるのですか? それはなんとも素敵な催しですね」


 その光景を想像したのか、ベルティーナは絵画のような整った微笑みを浮かべた、


 夜に火の灯ったロウソクを持った行列が教会を目指し、東西から同時に行進してくるのだ。

 そう。東西だ。

 教会を中心とし、大通りのある東側と、街門建設予定地の西側――正確には西南だが――から行列がやって来て、教会前で合流するのだ。

 こうでもしておかないと、大通りから教会までの区間でしか祭りが開催されないことになる。

 ……今回の祭りは、半分くらいイメルダを説得するために行われるようなものなのだ。木こりギルド支部の建設予定地を大いに盛り上げなければ意味がない。

 なので、行列は東西から教会を目指すということにしたのだ。


「この区間は道沿いにずっとロウソクが灯されるのかい?」


 俺が描いた街道予定地の図を見ながらエステラが言う。


「随分長いけど、そんなにロウソクが用意できるの?」

「ベッコに協力を要請する。大量に余っていると言っていたし、なんとかなるだろう」

「う~ん……でも、そういうお祭りをやるとなると、予算が…………」


 最近、金のことばかり口にするようになったエステラが、また眉間にシワを寄せている。


「お前は、金か胸の話しかしないな」

「うるさいなっ! その二つがボクにとって深刻で重大な悩みなんだよ! ………………胸の話はしてないよね!?」


 口に出さなくても分かる。

 俺には、分かっているからな。

 一人で悩むな。いつでも相談に乗るぞ。……半笑いで。


「金の面なら問題ない。協賛を募る」

「きょうさん?」


 平たく言えば、スポンサーのようなものだ。


「四十二区内にある店やギルドに頼んで、出資してもらうんだ。もちろん見返りも用意する」


 まずは、道沿いに並べる燭台に企業名を彫る。

 金を出せば出すほど、その企業名がズラリと並ぶわけだ。宣伝効果は抜群だ。


『新築、リフォーム、ガーデニングまで、お洒落な住まいをご提供! トルベック工務店』――みたいな、な。


 日本の祭りでは、提灯に名前が入れられ、神社にドドーンと飾られていたりする。まぁ、アレは、地域への貢献とお布施の意味合いが強いけどな。


「でも、宣伝だけでそんなにお金が集まるかな?」

「精霊教会の方でも寄付を募ればいい。宗教は信者の財布の紐を緩める力があるからな」

「ヤシロさん……それは少し、聞こえがよろしくないかと……」


 敬虔なアルヴィスタンのジネットが苦笑を漏らす。

 だが、事実だ。

 信仰心がなければ、怪しい壺に五十万とか出すわけがない。


 あ、ライブのグッズなんかもその類かもしれないな。「よくよく考えたらもっと安いだろこれ」みたいな物を結構いいお値段で買ってしまうのは、好きなアーティストに対するお布施のようなものだ。


「それから、こいつが一番の収入源なんだが……出店を出そうと思う」

「出店……? 屋台のようなものかい?」


 察しのいいエステラは語感だけでほぼ正解へとたどり着く。

 屋台と違うのは、移動しないってことだな。


「飲食店の経営者連中に出張販売をしてもらう。美味い物を食いながら、酒でもかっくらって、綺麗な灯りの行進を眺めるんだ。…………盛り上がるぞ、これは」


 少々割高な料金でも、祭りの空気にあてられてついつい買ってしまうのだ。

 普段そんなに粉物を食べないヤツでも、たこ焼きお好み焼き広島焼きと、何軒もはしごしてしまう、それが祭りマジックなのだ。


「非常に素晴らしいと思いますっ!」


 ベルティーナが物凄い勢いで食いついてきた。

 ……近い! ウザイ! よだれ出てる!


「精霊神様のお祭りということは、教会関係者には、それらの食べ物が無償で与えられると、そう解釈して間違いないですよね!?」

「大間違いだよ! どんだけ都合のいい解釈してんだ!?」

「寄付ということにはなりませんか!?」

「食いたきゃ金を出せ!」


 つうか、こいつには祭りの中で集まる灯りを受け取る役割があるので、そうそう食っていられないと思うけどな。


「………………あるのに食べられないのは、とても悲しいことです……」

「あぁ、もう! 拗ねるな!」


 ここでベルティーナがへそを曲げたら、この祭り自体が中止になりかねない。

 しょうがない! まったくもってしょうがないヤツだ!

 今回だけだからな!


「陽だまり亭の物なら、祭りの時だけ無償で食っていいことにしてやるから!」

「あぁ、あなたに精霊神様の加護があらんことを……」


 精霊神も、食い物の代金代わりに使われたらさすがに怒るんじゃねぇか?


「くすくす……」


 俺の隣で、ジネットが笑いを零す。


「なんだよ?」

「いえ……なんでも」

「気になるだろ」

「分からないのかい、ヤシロ?」


 言いにくそうにしているジネットの向こうで、エステラが俺にウィンクを寄越してくる。


「つまりアレだよ。なんだかんだと言いながらも、ヤシロは結構甘いってことさ。ね、ジネットちゃん」

「はい」


 エステラが訳知り顔で言い、ジネットがそれに同意する。

 ……けっ、別に甘やかしてるわけじゃねぇや。


「なんだか、子煩悩なお父さんみたいですね」


 嬉しそうに言うジネット。

 対する俺は全身鳥肌が立っていた。

 誰がお父さんか……


「では、お祭りの日はお父様におねだりするとしましょうか」

「やめろ、年齢不詳エルフ」


 確実にお前の方が年上だから。


 とにかく、祭りの大元となる教会の了承は得られた。

 あとは協賛を募り、人を集めなければ。


 ……『仕込み』が必要だな。


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