「あぁ! いいなぁ、ヤシロ。エステラにイチゴもらってさぁ」
「あんたら、ちょっと目を離すと戯れて……いい加減、噂が収拾つかなくなっちまうさよ」
突然、俺の口へイチゴを突っ込んできたエステラ。
傍目に見れば「あ~ん」したと思われても仕方ない行動だ。
「な~に、ちょっとヤシロを黙らせたくてね」
「お兄ちゃん、またエステラさんのちっぱいを弄ったですか?」
「……ロレッタ。誰がちっぱいだって?」
「はぅわぅ!? エステラさんが刃物(ナイフ)を片手に山姥の形相に!?」
ナイフを握りしめ「むゎあ~てぇ~い!」とロレッタを追いかけ回すエステラ。
ちらりとこちらを見た瞳は、「黙秘せよ」と俺に申しつけていた。
その話は、こいつらには聞かせられないってのか。
……一体、何があったんだよ、この付近で。
「みなさんお待たせしました。プリンアラモードです!」
「ぅおおおお! やったぁ!」
「へぇ、こりゃあ見事な飾り切りさねぇ」
ジネットの再登場に、ホールの意識はそちらへ集中する。
デリアがジネットの周りをちょこちょこまとわりついて、ノーマはその出来映えに感心している。
確かに、俺が教えたものよりもはるかに洗練されている。
フルーツの飾り切りも、プロがやるとここまで変わるのか。
「……店長の本気を見た」
「エステラさん、見てです! ほらほら、美味しそうなプリンアラモードが人数分あるですよ!」
「お? よかったな、ノーマの分もあるんだって」
「くふふ。店長さんは気が利くいい女さねぇ」
「んじゃあ、さっきの約束はなしだな」
「ちょいとお待ちな! 明日、クレープをご馳走してやるさね」
「約束する! あたい、年齢言わない!」
デリアが爆釣れだ。
安いなぁ、あいつ。
クレープは「こんな食い方もあるぞ」と教えてやったら、マグダが非常に気に入り、あっという間に定番スウィーツの仲間入りを果たした。
ただし、清潔で頑丈な紙が微妙に高価なので、原宿でお馴染みのあの食べ歩きスタイルにまでは達していないのだ。
形状は似ているのに。いまだ皿に盛ってナイフとフォークで食べるに留まっている。
……あれが食べ歩きできるようになれば、陽だまり亭二号店と七号店でバカ売れするに違いないのに。
クレープ生地なら、ジネットがメチャクチャ早く大量に作れるしな。
ミルクレープを教えたのは随分前なので、とっくにマスター済みだ。
「ぁ…………んまぁ~い!」
早速席に着いてプリンを頬張るデリア。
プリンの柔らかさを表現しているかのように、表情がとろけている。
「なんかさぁ、店長が作るプリンって、特別柔らかくて甘い気がするんだよなぁ」
「そんなことはないと思いますよ。ヤシロさんのプリンも美味しいですし」
今のところ、プリンが作れるのは俺とジネットと、四十区ラグジュアリーのオーナーシェフポンペーオくらいだ。
マグダとロレッタも『お手伝い』までは出来る。
前に試作させてみたら失敗していたし、もう一息ってところだろう。
「……ヤシロはおっぱい好きだから、プリンにまで柔らかさを求めている」
「お兄ちゃんのプリンは、ちょっとこだわりが強過ぎる気がするです」
そんなもん、当たり前だろうが。
ぷるんぷるんのやわふわ食感にこだわらずして、何が男か!?
「……店長の場合は、柔らか成分が漏れ出ている」
「えっ、本当に!?」
「エステラさんが食いつき過ぎで、若干引くです!?」
「そんなことありません」
ほっぺたを膨らませて、マグダの頭を「ぽふっ」と撫でるジネット。
え、なに、そのご褒美。
お仕置きのつもりなの?
俺の時は懺悔なのに?
なんか酷くない? 俺もそっちがいい。
ほら見ろ、マグダの耳が嬉しそうに揺れてんじゃねぇか。
「ボクにも作れるようになるかなぁ、プリン」
「堅焼きせんべいの作り方教えてやろうか?」
「プリンの話をしているんだよ、ボクは!?」
いや、おっぱいに左右されるらしいし、プリンの柔らかさ。
だったら、エステラは個性を生かした物の方がいいかなって。
気遣いだよ、気遣い。
「ジネットも一緒に食えよ」
「はい。そのつもりで、自分の分も作ってきました」
てへっと舌を覗かせるジネット。
「5000Rbから」
「7000Rb!」
「競るんじゃないさよ、エステラ」
開始直後にエステラから入札が入った。
だが分かるぞ、エステラ。
さっきのはそれくらいに破壊力があったよな!?
「残念ながら非売品です」
ほっぺたをぷっくりと膨らませて俺の脇腹を突っつくジネット。
ほらまた俺にだけ怒る。
入札したのはエステラなのに。
「……店長。お店、閉めてきた」
「ありがとうございます、マグダさん。マグダさんもこっちで一緒に食べましょう」
「……うん」
とことこと小走りで駆けてきて、ジネットの腰にしがみつくマグダ。
さっきまで椅子に座ってプリンを見ていたのに、いつの間に……
マグダは、ジネットに褒められることに貪欲なのだ。
そして、エステラと共にジネットの隣をがっちりとキープして席に着く。
俺は空いた席に適当に座る。
ロレッタとノーマの横。ジネットの向かいの席だ。
「いつ閉店の合図を出したんだ?」
「うふふ。わたしとマグダさんの秘密の合図なんですよ」
「あたしも知ってるですよ! 店長さんがこうすると『閉店しましょう』の合図だって、マグダっちょに教えてもらったです」
と、親指と人差し指で作った『L』を、手首を捻るようにひらひら動かしてみせるロレッタ。
「秘密、ダダ漏れだな」
「はぅっ!? マズかったですか!? で、でで、でも、ここにいる人はみんなお友達ですし、いい人ですし、いいのかと……!?」
「……ロレッタの今日のパンツはモスグリーン」
「なんでバラすですか、マグダっちょ!?」
「……ここにいる人はみんなお友達だし、いい人だし、いいのかと」
「むぁぁあ! そう言われてしまっては反論の余地がないです!」
頭を抱えるロレッタを見て、ジネットがくすくすと笑っている。
別に秘密にしておく必要はなかったようだぞ。
バレたところで不都合がある合図でもないしな。
「では、ここにいるみなさんとの秘密ということにしておきましょう」
明日あたりには、教会のガキどもがみんなマネしてそうな気がするよ、俺は。
「そういえば、ベルティーナを送っていく途中で、嫌いなヤツはいないのかって聞いたんだ」
「シスターにですか? いないと思いますよ」
「あぁ、思い当たらないってさ」
「ふふ。シスターはすぐに人を好きになっちゃう人ですから」
ジネットにはちゃんと分かっていたようだ。
一度くらいは見てみたいけどな、ベルティーナのしかめっ面とか。
「反抗期に入った子供たちがシスターに『キライだ』って言うと、すごく落ち込むんですよ。『悲しいなぁ、悲しいなぁ』って。……それを見て心が痛むんでしょうね。すぐにごめんなさいをしに行くんです」
そんなことが何度もあったのだろう。
もしかしたら、ジネットも経験者かもしれない。
「だから、教会の子供たちは誰かに『キライだ』って言わない子に育つんです。言われた人がどれだけ悲しい気持ちになるのかを知っていますから」
「一部の模範生は、だろ?」
「わたしは、言われたことがないですよ?」
そりゃジネットだからだ。
「ウッセとかアッスントとか送り込んでみるか」
「……ベッコがお勧め」
「あぁ、ダメですよマグダっちょ。ござるさんは顔が面白いので子供たちに人気なんです」
「ダメですよ、みなさん。そんなことを言っては」
嫌われそうな連中を列挙していると怒られた。
「教会の子供らはみんないい子だからな。あたいも大好きだぞ」
「『も』はどっから来たんさね……。まぁ、言われてみりゃあ悪口や陰口を叩く子はいないさねぇ」
「みんな、シスターを見習っているんですよ」
もちろんわたしも、と言いたげな顔で笑う。
母親自慢が恥ずかしげもなく出来るのは、それだけいい関係が築けているからだろう。
最年長のイタズラ坊主が重度のマザコンになってなきゃいいけどな。
「本当に素敵な街です。四十二区は」
静かに微笑むジネットの瞳は、ここではないどこか遠くを見つめているような気がして――一瞬別人のように見えた。
俺の知らないジネット。
そんな気がした。
「わたしたちも、よいお手本になる大人でいなければいけませんね」
しかし、すぐにいつもの見慣れたジネットが帰ってくる。
俺に向かってにっこりと微笑みをくれる。
「そうだな」
その笑顔にほだされ、俺もガキどものために一肌脱いでやろうかなんて、らしくもない気分にさせられた。
「保健体育なら任せておけ」
「まずはこの悪い見本の矯正が急務だね」
「違いないさね」
「ヤシロさぁ、子供らの前では控えろよな」
「お兄ちゃんの懺悔室占有時間がまた増えるです」
「……ヤシロだから仕方ない」
周りから一斉に呆れた視線を向けられ、真正面からはもはやお馴染みのお言葉をいただく。
「もう。懺悔してください」
これが今の陽だまり亭。
今の四十二区。
それ以前にここにあった歴史を、俺は知らない。
俺がそれを知る日は、意外にもすぐに訪れた。
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