異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

312話 タートリオ・コーリン、現る -3-

公開日時: 2021年11月14日(日) 20:01
文字数:3,405

 タートリオ・コーリンは六十を超えていそうな爺さんだった。

 髪とヒゲは真っ白で、顔には生きてきた時間の長さを思わせる深いしわがいくつも刻まれている。

 

 ただ、年齢に不相応なボンバーヘッドがインパクト大で、必要以上に長く伸びたアゴヒゲも相まって、コーンに乗ったアイスクリームを連想させる。カラオケマイクっぽくもあるか。

 

「アイスクリームが食いたくなる顔をしやがって」

「なんだいそれ? また新しい料理かい?」

「いや、まぁ……かき氷の親戚みたいなもん、かな?」

「じゃあ、今度作ろう」

 

 嬉しそうに言うエステラ。

 その前に俺を解放するようにお前んとこの給仕長に指示を出せ。

 俺、いまだに冷凍マグロだから。

 

 エステラから解放の許可が下り、俺の体が床へと降ろされる。

 その間に少しだけ考える。

 

 アイスクリームか……

 氷があるなら作れるんだけど……アレを作っちまうと絶対永続的な販売を求められて、そうなれば氷が年中必要になって、その結果氷室の建築が必須になって……アッスントを喜ばせることになるな。

 なんか、まんまとヤツの思惑にハマるようで若干気に入らない。

 

「くそ、このアイスクリームジジイのせいで……」

「なんぞい、冷凍マグロ坊主。ワシに文句があるんぞい?」

 

 変な語尾のヤツにまともな人間はいない。

 俺の経験則が結論付けた世の真理だ。

 

「あんたがタートリオ・コーリンだな?」

「ごぉほぉぉぅううう…………ぴゅ~ぴぃ~♪」

「誤魔化すの下手か!?」

 

 長いアゴヒゲを撫でながら、細い目をキョロキョロと動かし、ルピナスを見つけて目を見開いた。

 見開いても細いな、目。

 

「こりゃ驚いた。ルピナス嬢ではないか」

「ご無沙汰しておりますわ、タートリオおじ様」

「おぉ~、久しいぞい。また一段と美しくなったのぉ」

「ありがとうございます」

「相変わらず乳は大きゅうならんがのぉ」

「今まで楽しかったですわ」

「冗談じゃぞい。拳を収めるのじゃ、指の関節がエッグイ音立てとるぞい」

 

 アフロヘアをわさわさ揺らして首を左右に振る爺さん。

 

「そうなることが目に見えてるなら言わなきゃいいのにな」

「ヤシロ。ボクは今ほど『君が言うな』という言葉を叫びたくなったことはないよ」

「ヤシロ……? ほぅ、ではおぬしが『リボーン』の創始者か」

 

 ルピナスの邪眼から逃れるように俺の前へとやって来るアフロジジイ。

 

「なんじゃ、バレてしもうたか。折角情報を集めて驚かせてやろうと思うておったんじゃがのぉ」

「生憎と、鼻と耳が利くもんでな」

「ほぅ、若いのに大きな口を利く……ワシを情報通のタートリオと知っての放言かのぅ?」

 

 誰よりも情報に貪欲で、こんな最果ての区にも単身乗り込んでくる、そんな自分の行動力に自負があるのだろう。

 だが、今の今まで四十二区がノーマークだった情報紙の一角だろ? 大したことねーよ。

 

「俺の情報収集能力の高さを証明してやろうか?」

「ほぅ、この場でか? 面白い、見せてもらおうか」

「ふ……」

 

 俺は耳を澄まし、外の音に意識を向ける。

 ……くる!

 

「今から、この店の前をEカップとFカップの巨乳コンビが通るぞ」

 

 俺の宣言から三秒後、カンタルチカの前を二人の巨乳美女が談笑しながら通り過ぎていく。

 たゆんたゆんと、大きな胸を揺らす音を響かせながら。

 

「うむ、見事じゃ! オオバ・ヤシロ、気に入ったぞい!」

「あの、ルピナスさん。ミスター・コーリンは滅多なことでは他人を認めない方だったはずでは?」

「うふふ、ごめんなさいねぇ。あとでキツく締め上げて反省させておくから」

 

 後ろで貴族が不穏な笑みを浮かべている。

 爺さんの寿命、今日で尽きるかもな。

 

「ん? そなたは、デリアかの?」

「へ? ジーサン、あたいを知ってんのか?」

「あぁ、知っとるぞい。お前のオヤジさんとは二度ほど会ったことがあっての。その時、幼かったお前さんを見たんじゃ。まぁ、その時はまだこ~んなに小さかったけどのぉ」

 

 と、胸に両手を押し当てて『ぺったんこ!』を強調するタートリオ。

 

「しかし、しばらく見んウチに大きゅうなったのぉ~」

 

 と、両手を『ぽぃ~ん!』動かすタートリオ。

「どこで成長を語ってるんだ、このエロジジイ!」とルピナスに拳骨をもらうタートリオ。

 口から若干魂が抜けかけるタートリオ。

 逝くか!? 逝っちゃうのか!? ……あ、踏みとどまった。

 

「相変わらず、ルピナス嬢はお転婆さんじゃのぅ」

「えぇ、タートリオおじ様も相変わらずご重症なようで」

 

 思いっきり後頭部を殴られても怒るどころかにこにこしているタートリオ・コーリン。

 好々爺とした顔つきだ。

 

「気のいい爺さんだな。前に会ったテンポゥロ・セリオントとはえらい違いだ」

「ふん! セリオントの小倅なんぞと比べんでもらおうか!」

 

 ここまでにこにこしていたタートリオが眉間のシワを深くした。

 相当毛嫌いしているようだ、情報紙を乗っ取ったあのでっぷりした情報紙発行会会長のことを。

 

 あぁ、そうか。

 運営手形の過半数を手にしているから『会長』なんて役職を名乗れるのか。

 本来なら役員という同じ権力を持つ役職が三人いるはずなのに、あいつは取締役会長というトップの役職を名乗っていた。

 その時点で、内部のゴタゴタを想像することが出来たんだな。思い至らなかったぜ。

 

「金や権力をチラつかせるだけでは情報は得られぬ。まして、そんなやり方で得た情報になど、本当の価値なんぞ存在せんのじゃ」

「まぁ、そうだな」

 

 金になびくような情報提供者は、金が欲しいあまりに出資者の意向に沿うような情報ばかりを寄越すようになる。

 しまいには、出資者の意に沿わない情報を操作・改変して伝えたり、そもそも都合の悪い情報を伏せたりするようになる。

 そんなもんが、情報としての価値を持っているわけがない。

 

「やっぱ、情報は自分の足を使って、目と耳で集めるに限るよな」

「ほほぅ、分かるか! いや、若いのに大したもんぞい。とても、さっきまで冷凍マグロだった男とは思えんのぅ」

 

 はっはっはっと笑い、俺の背中をバシバシ叩くタートリオ。

 

「ワシのことは気易くター爺と呼ぶがよいぞい」

「いや、タートリオで」

 

 あんまり仲良しと思われるのも、気分的に嫌なんで。

 

「遠慮するでないぞい、冷凍マグロよ」

「それをあだ名にしようとしてんじゃねぇよ」

 

 もういいんだよ、海鮮系のあだ名は。

 イワシだったりマグロだったりややこしい。

 

「ワシをター爺と呼ぶのであれば、名で呼んでやるぞい」

「いや、好きに呼べばいいから俺はタートリオと呼ばせてもらう」

 

 俺が誰かをニックネームで呼ぶとか……なんか、ヤダ。

 というか、メドラあたりが「じゃあアタシもニックネームで~」とか言い出しそうで面倒くさい匂いがプンプンする。

 

「しょうがないのぅ。まぁ、好きに呼ぶがよいぞい。では、存分に四十二区を案内してもらおうかのぅ、冷凍ヤシロ」

 

 ささやかな意趣返しのつもりか、ジジイがしわくちゃの顔をくしゃくしゃにして歯を見せて笑う。

 誰が冷凍だ。

 

「そなたらが揃って出迎えてくれたということは、そういうことなんじゃろぅ? ふふふ、楽しみじゃぞい」

 

 老いても記者の端くれ。

 状況が飲み込めれば、その裏の意図を汲み取ることは造作もないようだ。

 この手の人間は話がスムーズに進むので助かる。

 

「腹にはどれくらい余裕がある?」

「ここで美味いワインをもらったんでな、割とイケるぞい」

「もともとタートリオおじ様は大食漢なのよ」

「その割にはガリガリだな」

「食べても太らない体質なのよ。女の敵ね」

 

 それは八つ当たりだろうに。

 

「それじゃあ、ここのフルーティーソーセージを食ったら、ニュータウンだな」

「は~い、父ちゃん! フルーティー一丁!」

 

 パウラが注文を通し、それにエステラが「ルピナスさんの分も追加で頼むよ」と追加注文をする。

 

 すぐさまフルーティーソーセージが出てきて、その味を知ったタートリオとルピナスが目を丸くする。

 二人はビールを注文するとデカいソーセージ一本とジョッキ一杯のビールをあっという間に平らげた。

 

「これはすごいぞい」

「本当に。今までに食べたことがない風味だったわ」

 

 好感触だ。

 この様子なら、四十二区を楽しんでもらえるだろう。

 

 第一印象はともかく、初っ端から友好関係を築けたのは行幸だ。

 それもすべて――

 

「俺のおっぱいセンサーのおかげだな!」

「ヤシロ、食事中は静かにしてね」

 

 俺のセンサーに引っかからない唯一の女、エステラに冷たい視線を向けられつつも、俺は今回の接待の成功を確信し、情報紙への次の一手を打つ段取りを頭の中で組み立て始めた。

 

 

 

 

 

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