異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

169話 新たなブーム、そして…… -2-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:3,602

 そして、太陽が天辺に昇る頃……

 

 

「ドーナツ、おいひぃれふぅ~!」

 

 ようやく料理から解放されたジネットが、ドーナツを頬張ってわっしょいわっしょいしている。

 

「……店長が、幸せそうにわっしょいわっしょいしている」

「ホントですねぇ。これは、かなりわっしょいわっしょいしてるですね」

「えっ、え!? わっしょいわっしょいってなんですか!? どういう状況なんでしょうか?」

 

 それは俺らがずっと前から聞きたいと思ってたことだよ。

 

 今はちょうどランチのピークなのだが、陽だまり亭の客には新しいもの好きが多いようで――

 

「ピーナッツバターホットケーキを一つ!」

「こっちは、ピーナッツドーナツを!」

 

 ――こんな有り様なのだ。

 

 ジネットが腕を振るわなくてもいいものばかりが注文されるので、珍しくピーク時にジネットが休憩をしているというわけだ。

 もっとも、たまにソラマメの天ぷらが注文されるので、ちょいちょい厨房へ戻ったりはしているのだが。

 

「はふぅ……四十二区は獣人族が多くて楽しいなぁ……」

「今日は貸し切りにしないから、大人しくしとけよ」

 

 プレーンドーナツにピーナッツバターをこれでもかと塗って頬張っているルシア。……すげぇ甘そう。

 

「これだけ多くの人に情報が広まってしまっては、貸し切りにして追い出すわけにもいかないだろうね」

 

 ハニーローストピーナッツをカリコリと食べつつ、エステラが客たちの顔を眺めている。

 今から、「今日は貸し切りです、お前ら出ていけ。ドーナツも売らない」とか言うと、確実にルシアが悪者になるからな。

 今日のところは大人しくしていてもらおう。

 

 もっとも、三十五区の領主が食堂にいると、他の客が委縮してしまうだろう。

 だから、せめてもの抵抗にと一番奥の座席に座らせている。

 さらにルシアは、持参したという疑似触角を頭に装着している。結婚式のパレードの時に作ったアレだ。

 何があると思って持ってきたのかは知らんが…………いや、おそらく、ミリィに会えた時のポイント稼ぎのつもりだったんだろうけどな、どうせ。

 

 そのおかげか、はたまた、俺やエステラがあまり気を遣っていない様子を見てなのか、客たちはルシア相手に委縮するようなこともなく、普段通りに食事を楽しんでいる。

 

「この街の者はいいな。領主になる以前から考えても、これほど気軽な空間に身を置いたことはなかったぞ。バレていないからという理由とはいえ、少し楽しい気分だ」

「まぁ、ボクが領主だってことは、みんな知ってるはずなんですけどねぇ」

 

 まったくもって、四十二区の領主に対する敬いの心は見て取れない。

 もっとも、そうなるように働きかけたのは他ならないエステラなのだが。

 本望なくせに、悪ぶっちゃってまぁ。

 

「ドーナツ。絶対流行るね」

 

 エステラが漏らしたそんな言葉は、少々の警告を含んでいた。

 陽だまり亭は食堂だ。

 ドーナツばかりが売れるという状況は看過しにくい。

 ジネットも料理をしたいだろうし……やっぱりほどほどの人気が理想だな。

 

「じゃあ、また各店舗に教えてやるか。ケーキの時みたいに」

「はい! あたし覚えたい! 教えて、ヤシロ!」

 

 突然、背後からにゅっとパウラの顔が伸びてきた。

 俺の肩にアゴを載せるような格好で、俺の背中に縋りついている。

 

「お・ね・が・い~」

「どこで覚えた、そんな如何わしいおねだり……」

 

 甘えんじゃねぇよ。顔がにやけるだろうが…………にやにや。

 ……って!? なんか四方八方から冷たい視線食らいまくってるんですけど!?

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ……なんだろう。無言が痛い。心臓に悪い。

 

「パウラ……今度教えてやるから、とりあえず離れてくれるかな?」

「やったぁ~! お色気作戦、大成功~!」

 

 いや……これはある種の脅迫だぞ。

 

「美味しいよね、ドーナツ!」

 

 もうすでに食べたようで、その味を思い出してはにんまりと出来るくらいにはドーナツを知っているらしい。

 

「来る前にネフェリー誘ったんだけどさ、なんか忙しかったみたいなんだよねぇ」

 

 イマドキ女子同士気が合うのか、パウラとネフェリーはよく二人で出かけているらしい。話題スポットに二人で行ったりしているみたいだ。

 まぁ、二人揃って陽だまり亭に来ることがほとんどだけどな。話題スポットって、他にはあんまりないもんな。

 

「ネフェリーがね、『食べに行きたいのに、今日は養鶏場ミーティングがあるのよ~!』って泣いてたよ」

「あいつ、運営にまで口出してんのか?」

 

 両親、健在だろうに。

 まぁ、他の誰よりもタマゴ愛の強いヤツだからな。

 

「明日食べに来るって」

「じゃあ、パーシーも明日来るな」

「うふふ。きっとそうですね」

 

 ジネットが笑い、つられてパウラも笑う。

 

 それにしても、引っかかるところがある。

 パウラの先ほどの口ぶりでは、さも「陽だまり亭にドーナツ食べに行こうよ」と誘いに行ったようではないか。

 しかし、ドーナツは今日の朝、初めて陽だまり亭に誕生したのだ。

 ジネットもベルティーナも、エステラやルシアでさえも知らなかった食い物だから、パウラやネフェリーが知っていることがおかしい。

 

「どこでドーナツの情報を得たんだよ?」

「あぁ、それならハム摩呂がさ、『陽だまり亭の、新メニューやー!』って、大通り走り回ってたよ」

「……あいつ、殻剥きに参加してなかったっけ? いつ大通りなんか行ったんだよ」

 

 宣伝してこいなんて言ってないのに……どうりで客の入りがいいはずだ。

 ロレッタ弟妹は、ほんと宣伝の天才だな。

 

「ますます、貸し切りは不可能になったね」

「散々宣伝しといて、『食わせません』じゃ、あとで何されるか分からんよな」

 

 エステラがからかうような笑みを向けてくるが、こっちは苦笑いしか返せなかった。

 まぁ、今日はコーヒーでも飲んで、大人しくしておくか。対『BU』の対策も練らなきゃいけないしな。

 

「……店長。ドーナツのおかわり、いる?」

「ありがとうございます、マグダさん」

 

 ジネットに代わり、現場を仕切るマグダがドーナツを持ってやって来る。

 ジネットは手を伸ばしかけるが、少しだけ戸惑いを見せる。

 

「どうしましょう。食べたいんですけど、一人で一個は、ちょっと無理かもしれません……」

「じゃあ、ボクと半分こしないかい?」

「わぁ! いいですね、それ!」

「『仲良し食べ』だね」

 

 嬉しそうに笑顔を交わし、ドーナツを綺麗に二等分して分け合うジネットとエステラ。

 騙されるなジネット! エステラは『店長試食用ドーナツ』を強奪して、ドーナツの代金をケチるつもりなんだ!

 

「……節約術?」

「違うよ、マグダ!? なんなら払おうか、半分!?」

「い、いえ! 大丈夫ですよ、エステラさん! ここはわたしが持ちますから!」

 

 うむうむ。

 マグダは俺的な考え方を身に付けてきたな。

 ジネットの腕前と俺の商売法……そのどちらもマスターすれば、お前はきっと、オールブルーム随一の飲食店を生み出せるぞ。

 

「マグダ。……お願いだから、これ以上ヤシロに似ないでね」

 

 エステラが失礼なことを言う。

 マグダの両肩に手を置いて、瞳をまっすぐ見つめて、切実な思いをぶつけている。

 真剣そのものだな、お前のその目。

 

「…………心に留めておく」

 

 そしてマグダも、明確な否定はしないんだな……

 ちょっと「なりたくないなぁ」みたいな思いがあるんだろう。

 

「おい、マグダ! しゃべってないで厨房戻ってくれよ!」

「アタシらだけじゃ回しきれないさね!」

「……む、部下が呼んでいる。では、失礼」

 

 上司風をびゅんびゅん吹かせながら、マグダが厨房へと小走りで戻っていく。

 デリアとノーマは、朝からの流れでなんとなく手伝いをしてくれている。……の、だが。ノーマ…………本当にいいのか、仕事?

 

「ふふふ……。本当に愉快だ。引っ越してこようかな」

「おい、そこの領主」

 

 とんでもない発言してんじゃねぇよ。

 領主が勝手に引っ越しなんか出来るわけないだろう。

 

「それで、何か対策は考えたのか、カタクチイワシよ?」

「こっちは豆の処理でそれどころじゃなかったよ」

 

 正直、豆の使用法を考えるので精一杯だった。

 というか、情報が少な過ぎる。

 昨日は、これ以上豆をもらいたくないからとさっさと退散してしまったが、もっと粘って現地を調査しておくべきだったのかもしれない。

 

 とっかかりがなさ過ぎる。

 何より、あの多数決制度。――あれのせいで七人もいた領主の特徴が、誰一人として、まるで記憶に残っていない。

 

 そんな状態じゃ、何を話し合っていいのかすら浮かんでこない。

 何かとっかかりがあれば……『BU』を突き崩すための作戦だって…………

 

「英雄様! 領主様!」

 

 と、そこへ血相を変えたセロンとウェンディが駆け込んできた。二人揃って真っ青な顔をしている。

 

 乱れる呼吸もそのままに、二人は揃って頭を下げる。

 

「「申し訳ありませんでした!」」

 

 食堂内の空気が固まり、セロンたちの悲痛な息遣いだけが耳に届く。

 そんな二人の危機迫る様子を見て、何かが動き出す――そんな雰囲気を、俺は感じていた。

 

 

 

 

 

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